EP.36
それから、1週間後。
私は学園の入学式の日を迎えた。
正門で、レオネル、ノワール、ミゲル、ジャンと、キティとクラウスの登校を待つ。
「それにしても、学園でそんな事が起きていたのに、生徒会を取り仕切っていてまったく知らなかったなんてね」
ノワールが溜息を吐きながら呟いた。
「気付けなかった事は不甲斐ないが仕方無い。
今からでも挽回する術はある。
しかし、父上達まで組織に所属していたとは……。
何も言わず、私達がその問題に辿り着けるか見られていたと思うと、良い気はしないな……」
うんざりした様子のレオネルに、他一同も頷いた。
この学園の闇に最初に切り込もうとしたのは、現陛下と、その側近であるそれぞれの父親達だった。
彼らは正しく機能していた頃の卒業生達の家、つまり子供や孫に接触し。
不遇な思いをしながらも学園を卒業し、大成している者にも片っ端から声を掛けた。
やはり、事の発端となった学園運営の為の資金。
ここの憂いを解決しておかないと、前に進めない。
かつてのA、Bクラスを卒業したOBが起こした家は大商家になっていたり、高官を輩出する家系になっていたり、貴族位を上げていたりとどれもこの王国内で大きな影響を持つ程に成長していた。
彼らとの資金協力を結び付けたのが、陛下達の大きな功績といえる。
更にエリオット達が、貴族達の学園での腐敗ぶりを洗いざらい調べ上げた。
学園ビジネスと化した全ての金の行き着くところ……ゴルタール公爵家。
ゴルタール家がいつから学園の運営に絡み始め、今の様な学園に変貌させていったのか、エリオット達はその全てを暴いていた。
全ての下地は揃っている状態。
あとは私達が上手く立ち回るだけ。
私達は目を合わせて、力を込めて頷き合った。
王宮の豪奢な馬車が学園の正門に止まる。
業者が扉を開くと、先に中からクラウスが降りてきて、中に向かって手を差し出した。
その手に小さな手が重なる。
キタキタキタキターーッ!
テンション爆上がりの私。
何故って?何故かって?
聞きたい?聞きたい?(ウザ絡み)
キティたんの〈キラおと〉設定、学園の制服ビジュアル初公開だからですぅ!
ギャーーーーーーーーッ!
めっちゃ楽しみにしてたっ!
めっちゃ楽しみにしてたっ!(2回言う)
〈キラおと〉でのキティたんは、掟破り、校則破り、常識破りのフリフリミニスカ改造制服っ!
そんでロリッコお約束のツインテーーッ!
改造制服の方は無理でも、ツインテだけはっ!
制服にツインテ、神コーデッ!
頼むっ!来いっ!ツインテッ!
ドゥフフドゥフフとキティの登場を待つ。
クラウスの手に引かれ、ゆっくりと馬車から降りてくるキティ。
制服はやはり通常の着こなし。
ミニスカの夢は破れたがっ!
まだっ!ツインテの夢がっ!
夢がぁ〜〜〜…………あっさり破れる。
キティはフワフワの髪を落ち着いたハーフアップに纏めている。
いや、うん、可愛い。
美少女は何しても似合うよ。
むしろ公式では見れなかった超貴重ビジュよ?
なんだけど……そうなんだけどさぁ………。
私は一人ガックシ肩を落とす。
いや、自分勝手ですみません。
ちなみにキティは私達を眺め、まっ、眩しっ!美しっ!と言った感じで目を細めている。
あちらもあちらで、〈キラおと〉の入学式イベントに興奮気味だ。
「おはよう、キティ。会いたかったよ」
そう言って、ノワールがキティに向かって両手を広げた。
キティも両手を広げてノワールに駆け寄ろうとしたところを、クラウスに腰を抱えられ、グイッと引っ張られた。
ぐえっ!
とか、潰れた蛙みたいな声出してる。
ド可愛い。
「……ノワール、いくら兄妹といえ、婚約者のいるご令嬢に馴れ馴れしくするのは感心しないな」
クラウスがにっこり笑って言うと、ノワールも負けじと微笑んで答えた。
「その様な狭量な婚約者殿では妹も苦労しますね……。
どうでしょう?妹が苦労する前に、我が家に返して下さるというのは?」
クラウスとノワールはおデコがくっ付きそうな距離でにっこり睨み合っている。
ああ、そんな……。
って顔して、キティがキャッキャッと2人の周りをクルクル回る。
そうかそうか、BでLに見えているんだね。
うんうん、存分にお楽しみなさい。
そんなキティを微笑ましく眺めていると、無粋なジャンが溜息混じりに呆れた声を上げた。
「……お前に絡むと碌な事にならないから、あんまり突っ込みたくないんだか……。
それは、何をやっているんだ?」
キティが信じられないと言う目でジャンを見ている。
そうだよな、こんなBでLな状況、がっぷり乙で間近で楽しむのが、美しい所作というもの。
全くその辺を理解出来ないとは……。
ジャン、お前はダメだなぁ。
私はスススとキティの背後に立ち、その耳元でボソッと呟いた。
「ジャン×ミゲルも捗りましてよ」
それを聞いて、パアァァァッと満面の笑顔で振り返るキティ。
「し、師匠とお呼びしても?」
キティの言葉に、私は優雅に微笑み、ゆっくり首を横に振った。
「いいえ、どうか同志、と」
にっこり微笑むと、キティは感動に身を震わせた。
分かるっ!分かるよっ!
飢えてるんだよねっ!
私達はこの世界で初めて巡り会えた、BでLな同志だっ!
これからは思う存分オタ活できる様に必ず私が全て用意するからっ!
ちょっと待っててねっ!キティッ!
密かにキティオタ活計画を胸に誓う私。
その時、ズザサッという音と共にわざとらしい、女の小さな悲鳴が聞こえた。
「キャッ!……いたたっ!」
その声を目で追って、私は鼻で笑う。
目の前で、ブラウンベージュのたおやかな髪、ヘーゼル色の大きな瞳の優しげな少女が、今正に転けちゃいましたっといった風情で倒れ込んでいる。
おいでなすった。
ご丁寧に完璧に登場シーンを再現してやがる。
全部狙ってやってると思うと、随分滑稽だなぁ。
なぁ、フィーネ・ヤドヴィカ。
まずは〈キラおと〉ヒロインとクラウスの出会いイベントかよ。
キティは目の前にヒロインが現れ、興奮した様子でクラウスをチラッと横目で見ている。
〈キラおと〉のあのシーンが再現されると思ってるんだろうなぁ。
クラウスが転けたヒロインに手を差し出して、『キミ、大丈夫?』って、声をかける。
ここで超絶美スチルがドーンッてやつな。
初めてのアップ、超美麗スチルのクラウスに心臓根こそぎ持っていかれて、そこからクラウス最推し廃プレイヤーになるんだよな?
……が、そうはならねーよ、残念ながら。
クラウスはゲーム通りに格好良くヒロインにサッと手を差し出し。
『キミ、大丈夫?』
………なんて、言う訳ない。
「キティ、こっちにおいで」
もちろん、現実はこっち。
クラウスは優しくキティの肩を抱いて、スタスタと歩き出した。
キティは、えっ?あれっ?って顔して目を見開いて、クラウスとヒロインを交互に何度も見ている。
フィーネも間抜け面で、えっ!て顔しているが、当たり前だろうが、阿保。
もちろん他の皆も、目の前のフィーネを完全にスルー。
キティは困惑し切った顔でオロオロワタワタしていたが、ややしてその顔を険しく曇らせた。
それもそうだ、曲がりなりにも社交界のフラワー5と呼ばれてる奴らが、揃いも揃って倒れ込んでいるご令嬢を完全スルーだもんな。
私は仕方なくミゲルをチラッと見た。
意を汲んだミゲルが小さく頷く。
痺れを切らしたキティが、自分がなんとかしようとクルッと振り返るのと同時に、丁度ミゲルがフィーネに手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「あっ……はい。ありが」
「気をつけて下さいね」
頬を染めてお礼を言おうとしているフィーネを、さっさと起き上がらせると、ミゲルはさっとこちらに追いついて来た。
当たり前だ、フィーネの容姿についての記憶は消されたが、新入生の中に準魔族が紛れ込んでいる事は知っている。
誰がその準魔族なのか分からない中、余計な接触など、誰も出来ない。
光属性持ちで、光魔法のレベル熟練度共に高いミゲルなら、咄嗟に力を使われてもまだ対処出来るが。
キティはう〜んと頭を捻らせていた。
たぶん、今のは出会いイベントとしては、不発なのか、それとも何故かミゲルに変更されて成功したのか、そんな事を考えているのだろう。
うんうん頭を捻るキティに、私はちょっと冷たい声で言った。
「あの様な場合、こちらの皆様がお手をお貸しする事はありませんよ」
キティは、えっ!と私を振り返る。
「身元も分からない者に無闇に近づけない高位な身分の方々ですから。
偶然を装って、何か思惑を隠して近づいてくる不埒者かもしれませんし。
そういった事が珍しくもありませんから」
キティはビックリして目を見開いている。
「そーそー。思惑とまではいかなくても、何とかお近づきになろうって奴らばっかりだからな。
あ〜ゆ〜時は、ミゲルか護衛騎士に任せとけばいいんだよ」
ジャンの言葉に、キティは首を捻ってミゲルを見た。
ミゲルは仕方なさそうに溜息を吐く。
「私は神の信徒ですからね。
我が神は博愛の神、クリケイティア神ですから」
キティは感心した様に頷いている。
可愛い。
やがてキティはハッと何か思いついた様で、またうんうん頭を捻らせている。
可愛い。
たぶん、それでは〈キラおと〉の出会いイベントとは、そもそもが成立しないって事では無いのか?
じゃあ、ヒロインはどうやって攻略対象者達とお近付きになるのか?
などと考えているのだろう。
キャパオーバーしたのか、キティはとうとう頭から湯気を出し始め、完全にフリーズした。
可愛い。
「さ、キティ。少しの間お別れだけど、シシリアの側から離れちゃ駄目だよ」
クラウスの言葉にコクコク頷くキティ。
「キティ、シシリアの言う事をよく聞いて、良い子にするんだよ」
ノワールの言葉にも、コクコク頷くキティ。
「お前も、ガキのお守り大変だな」
ジャンの言葉にも、コクコク頷くキティ。
「可愛いキティ様とご一緒出来るなんて、光栄ですわ」
私の言葉にも、コクコク頷くキティ。
完全に思考停止している。
キャワワワッ!
……そして、次にキティが意識を取り戻したのは生徒代表として、生徒会長でもあるクラウスが新入生に祝いの言葉を送る為、壇上に上がった時だった。
「暖かい春の日差しに包まれ、春の花も満開な今日の良き日に、この王立学園への入学を迎えた諸君、おめでとう。
在校生を代表し、諸君らを心より歓迎しよう」
偶にはちゃんとしている、いや、キティがいるからか……。
そのクラウスの姿を、うっとり見つめるキティ。
このうっとりは、最推しへのうっとりだろうか……。
それとも、一人の男として少しは意識しているのだろうか。
ややしてキティは、目だけでキョロキョロと何かを探している様で、斜め前からわざわざこっちを振り返って、こちらを刺すように睨んでいるフィーネと目が合い、下を向いてカタカタ震えてしまった。
私はフィーネを一瞥して薄く笑う。
「大丈夫ですわよ。私がついていますから」
優しく耳元で囁くと、キティは私に縋る様に頷く。
か・わ・い・いっ!
その後、私達はそれぞれの教室に移動した。
私とキティは同じSクラス。
ここは、貴族位が高く、尚且つ成績の優秀な生徒の集まるクラス。
次にAクラス。貴族位の高い生徒(成績は平均)と、貴族位に関わらず成績優秀な貴族が集まるクラス。
本来ならヒロインは男爵令嬢であるにも関わらず、ここに在籍している。
成績優秀だからね。
原作キティはCクラスだったから、下からヒロインにキャンキャン言う訳よ。
男爵令嬢のくせに自分より上のクラスだなんて生意気よ、とか何とか。
まぁ、デフォですな。
大した打撃は無いんだけど。
けど、実際のフィーネはFクラスだ。
ヒロイン補正で何とかなるとでも思っていたのか、いや、思っていたのだろう。
何の努力もせず、何も学ばず、結局親の金で学園に入学出来た訳だ。
そんな愚物を二度と学園に近寄らせない。
革命は必ず成さねばならないと、改めて心に誓う。
それからキティは、各出会いイベント発生場所にコソコソと赴いた。
ちなみに私がひっそり……としつつもピッタリ後ろに引っ付いているのだが、まったく気付かない。
何だ?この可愛い生き物は。
朝のあの一件で、流石におかしいと気付いたのだろう。
他の出会いイベントがどうなっているのか確認する為の様だ。
出会いイベント:レオネル
人気の無い図書館。
キティにキャンキャンウザ絡みされているヒロインをさり気なく救出したレオネルが、ヒロインの持っている本をチラッと見て、
『キミもその本を?奇遇だな』
同じ本を持ち上げてほんの少し微笑む、超貴重微笑みスチル。
……だが、起きない。
そんなものは起きない。
フィーネが例の本を持って近くをウロウロちらちらしているが、レオネルは完全スルー。
しまいには苛立たちそうに、バタンッと読んでいた本を閉じて出て行った。
キティは慌てて、ワタワタしている。
よしよし、落ち着け落ち着け。
大丈夫、当たり前の事だから。
出会いイベント:ノワール
裏庭の花壇。
花に水をあげている心優しいヒロイン。
そこを通りかかったノワールが。
『花が喜んでいる様ですね。優しい貴女の心が花にも分かるのかな?』
薔薇を背負っての美麗スチル、はい!どーーんっ!
……しない……。
ノワールはフィーネの前を素通り……。
目もくれない……。
やっぱり焦るキティ。
いいじゃん、お兄ちゃんの美麗スチルとか、いる?
で、次はジャン。
鍛錬場で、誰かの手から滑った木剣がヒロインに向かって飛んで……来ない。
フィーネの奴、覚悟を決めた顔でギュッと目を瞑って構えてる。
間抜けすぎ。
ジャンが、滑った木剣をほぼゼロ距離で受け止め終わり。
瞬間移動並みの速さと動物並みの危険察知能力で、モブが手を滑らした瞬間に受け止めた。
もちろんそれじゃ、フィーネの所まで、飛んでいかない。
出会いイベントもへったくれもねーー。
で、最後はミゲル。
人のいない学園内の教会で。
ミゲルとヒロイン二人きり……。
って本当に人いねーーーっ!
人っ子一人どころか、ミゲルまでいねーーーっ!
アイツ1番おもろいじゃんっ!
密かにくっくっと笑っていると、キティは訳が分からず完全にバグったのか、一人で手を上げてワッショーイっ!ってしてる。
ワッショーイっ!て。
キティ……可愛いから、もう止めて……。
このままではキティを抱き潰してしまいそうなので、私はとうとう笑いながら声をかけた。
「キティ様、お気はすみまして」
真後ろからの声に、キティはぴゃっと飛び上がり、慌ててこちらを振り返る。
「なっ!どっ!いつの間にっ⁈」
焦るキティに私は不思議そうに首を傾げた。
「いつの間にも何も。
最初からずっとご一緒させて頂いていましてよ?」
えっ?と目を見開くキティに、そうそうと頷く。
図書館の入り口にへばり付いていた時も、物陰や木の陰に潜んでいた時も、草むらに這いつくばっていた時も、ずーーーっとご一緒でしたよ?
グフフ。
キティはダラダラと冷や汗を流しながら、震える声で言った。
「こ、声を掛けて下されば宜しかったのに……」
キティの弱々しい非難の声に、私はモジモジと頬を染める。
「キティ様があまりに必死で……。
お可愛らしいかったから、つい」
真っ青になるキティを楽しそうに眺めながら、私は優雅に微笑んだ。
「ところで、キティ様?
もう放課後ですし、良ければ私の家にお越しにならない?
私、貴女と2人きりで一度お話がしたいと、ずっと思っていましたの……」
そこで私は一度言葉を切って、意味ありげにニッコリ微笑んだ。
「例えば、何故今日、ヒロインの出会いイベントが起こらなかったのか?とか」
私の言葉に、キティは金槌でゴーンっと頭を打たれた様に、頭をグラグラさせている。
いちいち可愛いなぁ……。
よしっ!邸に持って帰ろうっ!
……私の邪な想いを察知したのか、この後あの男が動くのだが………。
そんなのカンケーねぇっ!




