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EP.35



一人盛り上がっている私だが、皆もちゃんと腹を決めた顔をしている。

学園から無用な貴族を追い出し、学園を本来の姿に戻す。

簡単な事では無いけど、必ずやり遂げなくては。

このまま優秀な人材を失っていては、必ずいつか国力の弱体化に繋がる。

それも分からないノータリン共など、このシシリア様が一掃してくれるわぁっ!

ぬはははっ!



「シシリアが楽しそうで、良かったよ」


ニコニコ顔のエリオットに、ミゲルがまだ納得いかない顔で、おずおずと切り出した。


「あの、やはりその準魔族に操られる男子生徒達が心配です。

彼らにだって、本来罪は無いのでは?」


よっ!流石、博愛の神の信徒っ!

御心が深いっ!


そのミゲルに、ニースさんがビキビキと青筋を立てながら、口を開く。


「貴方は何を聞いていらっしゃったのか。

先程も言った通り、準魔族フィーネの力は、相手の負の感情を増幅する力。

元々その人間の持つ、卑しい本質を増幅するに過ぎないのです。

心根の清い者であれば、フィーネになど操られない。

つまり彼らは放っておいても学園の悪き風習に染まり、自分より下の者を虐げ搾取するでしょう。

元々のこの計画の粛清対象に他ならない。

なのに、実際にキティ侯爵令嬢に何か事を起こせば、極刑に値するところを、計画上、退学または自主退学で済ますと言っているんです。

これ程の温情をかけると言っているのに、まだ何かご不満が?」


あぁんっ?この暢気な坊主は何を言っとんじゃ、ワレェ。

みたいな心の声が聞こえる……。

ニースさん、実は1番ガラが悪いんじゃなかろーか……。


そのニースさんに睨み上げられ、ミゲルはヒィィッと小さな悲鳴を上げて、レオネルの腕にしがみ付いた。



「まぁまぁ、ニース。

ミゲル君の言う事ももっともだ。

彼らだって立派な貴族の令息。

中には跡取りだっているだろう。

そんな彼らをこちらの計画の為に準魔族に捧げるんだからね、しっかりと後のケアは考えてあるよ。

実は帝国には、問題の多い若者を育成する巨大な学園があってね。

海の上に浮かぶ島を丸ごと学園として利用しているんだ。

流石帝国、豪奢だよね。

そこでは学業から武術、剣術、魔法技術まで、朝から晩までみっちり教え込んでくれる。

親切な上に凄くお得なんだ。

更に生活全般、全て自分でやらせてくれるらしいよっ!凄いよねっ!

実はそこの運営陣と教師の中に、学園のOBである元一般生徒がいてね。

今回の事を話したら、快く彼らを受け入れてくれると言うじゃないかっ!

ワオッ!アメージングッ!

そんな訳で彼らもそこを卒業すれば、立派なひとかどの紳士になって戻ってくるという訳さ。

まっ、卒業は学園側の判定制だから、王国に戻ってこられるのは本人の努力次第なんだけどね。

更に凄いのは、その学園はどんな若者でも受け入れるという所。

学園内では完全に身分制度は撤廃されているから、ストリートで育った逞しい平民達に教えを乞う事も出来るって訳さ。

彼らも、貴族制度や身分の貴賤の儚さを知る良い機会になると思うなぁっ!」


まるでナレーションの様にスラスラと、全てノーブレスで一気に話し切ったエリオットに、思わず皆から拍手が巻き起こった。


おーーっ!

凄い凄い。

そんな最高の学園に入れてもらえるなんて、何だよ、超お得じゃんかっ!

準魔族に操られた事なんて、きっと一瞬で忘れさせてくれるな。

良かったなっ!


ミゲルは全てを悟り切った顔で、微笑みを浮かべている。

憂いは晴れたみたいで、良かった良かった。

目は死んでるけどなぁっ!



「ま、まぁ、そこまでの手厚いケアがあるなら、ミゲルとて納得したでしょう。

それにしてもこれだけの入念な下準備があっても、今まで事を起こせずにいたのですから、絶対に失敗は許されませんね。

準魔族とそれに準じた者達を粛清したのちはどの様に事を運ぶのですか?」


ちょっとミゲルを背に庇い、ニースさんの眼光から守りつつレオネルが問うと、エリオットは片眉を上げて、にっこり笑った。


「では、レオネルならどうする?

彼らの起こした醜聞をどう利用する?」


逆にエリオットに問われたレオネルは、顎に手をやり瞬時に答える。


「そうですね、私なら、そこで一気に貴族生徒達の悪行を明るみにしますね。

過去を含め、洗いざらい全てを。

ここで、高位貴族にまで手が届かなくとも、せめてE、Fクラスは廃止し、そこに在籍する一般生徒を能力に見合ったA、Bクラスに戻します。

元々A、Bクラスに在籍している高位貴族は平民と共にある事を嫌い、一気に数を減らすでしょう。

自ずと、A、Bクラスは元の姿に戻っていく筈です。

問題はC、Dクラスですが、来年の新入生からは貴族位では無く、実力、つまり試験の結果で入学を決めます。

つまり、全ての貴族に入学試験を義務付けるのです。

本来のA、Bクラス相当の点数が取れないものは入学出来ない様にすれば、能力も無いのに学園に在籍している者はシシリア達の世代で最後になる。

その頃には人数も減り、C、Dクラスも必要無くなるでしょう」


レオネルの答えにエリオットは満足そうに頷いたが、ニースさんはまだ甘いとばかりに鼻で笑った。


「問題は学園をビジネス化している大人達です。

彼らを潰さない限り、本来の学園は取り戻せない。

一時君の言う様な理想に近い形になっても、直ぐに今の状態に戻る事でしょう。

まぁ、そこは我々が食い込むべきところですから、貴方方に何かを望みはしませんが」


ニースさんに冷たく言い放たれ、レオネルは悔しそうに唇を噛んだ。


「まぁまぁ、ニース、人が悪いよ。

生徒については今レオネルが言った通りに事を運ぶつもりだったじゃないか。

彼らもあと1年で学園を卒業だ。

卒業した後は僕らと共に、学園の金の腐敗を追求して貰うんだから、それからだって遅くは無いさ」


ニコニコ笑うエリオットに、ニースさんはフンッとそっぽを向いた。


クラウスの側近達もだいぶアクが強いが、エリオットの方も大概だなぁ、と思いつつ、取り敢えずレオネルの肩をポンポンと叩いておいた。



「僕らの計画は、取り敢えずさっきレオネルが話してくれたところまで、例の準魔族を利用して一気に推し進めるつもりだから、皆もそのつもりでいてくれ」


改めて皆の顔を見渡して言ったエリオットの言葉に、私達は静かに頷く。



「さて、折角ここまで話をした訳だが、申し訳ないけど、君達の記憶を一部消去させてもらうよ」


エリオットの言葉に、皆が驚いてエリオットを唖然と見つめた。


「な、何故ですかっ?」


焦るミゲルに、エリオットは申し訳無さそうに笑った。


「今回は今までに無い好機なんだ。

これを逃したら、次にこんな機会がいつ巡ってくるか分からない。

組織は必ず作戦を成功させるつもりだ。

だからね、万が一にも、あの準魔族を逃す訳にはいかないんだよ。

君達は狙われているから、それだけ向こうも意識して君達を見る。

少しでも正体を知っている様な素振りをすれば、逃げられてしまうかも知れない。

だからね、フィーネ・ヤドヴィカの名前と生い立ち、容姿の記憶を消させてもらう。

まぁ、個人の特定に繋がる部分だね。

あとは残るから、君達は計画の内容、新入生の中に準魔族が紛れ込んでいる事、その狙い、力の詳細、一部記憶を消された意味等は忘れない。

必ずフィーネは何事かやらかす。

その処理をしている中で、フィーネと準魔族が徐々に結び付き、完全に記憶を取り戻す様に調整しておくから、ちょっと我慢してくれないかな?」


私とレオネル、ミゲルは、向かいに座るクラウス、ノワール、ジャンを無言で見つめた。


ジャンはフィーネに接触した途端、顔に出すどころか、指差して準魔族呼ばわりしかね無い。

ジャンも、な、何だよ?とか言いながら自分自身思い当たるところがあるのだろう、冷や汗を流している。

クラウス、ノワールなど一瞬で塵に還してしまいそうだ……。

他意はなく、本当についうっかりでそれぐらいはやる。


「致し方ありませんね」


レオネルが、例の3人を虚ろな目で見つめながら答えた。

ニースさんが皆から無言で資料を回収していく。


「申し訳無いね、それじゃ、デリート」


エリオットがスキルを発動し、部屋がピカッと光った。

次の瞬間には、誰もフィーネの名前も生い立ちも外見も覚えていなかった……。


私以外は………。


エリオットめ、そんな余計な事しなくても、私は自室に資料を持っているから直ぐに思い出せるのに。


何故エリオットが私にだけスキルを使わなかったのかが分からず首を傾げていると、エリオットが誰にもバレない様に私にだけそっと片目を瞑って見せた。


いや、何なんだよ、だから。








その後、今後の対策を何点か確認した後、今日は取り敢えず解散となった。


王宮の廊下を歩きながら、エリオットに小声で問う。


「何で私の記憶を皆みたいに消さなかったの?」


エリオットは片目を瞑って答えた。


「シシリアは、個人的にあのフィーネ・ヤドヴィカに用があるんじゃないかなぁ、と思ってね。

それこそ、人だろうが準魔族だろうが関係無い、とっても大事な用事だよね?

邪魔したくなかったんだ」


にっこり笑うエリオットに、私は背中に冷たい汗が流れた。


……コイツ……。

本当に侮れない……。


異世界転生だとか、乙女ゲーとか、ゲームのシナリオとか、この世界の人間に分かる筈なんて無いのに。


一体コイツは何をどこまで勘付いているのだろう。



私は引き攣った顔で、エリオットに向かってニヨニヨ笑った。

エリオットは承知してますって顔でまた笑う。



まぁ……邪魔しないって言ってるんだから……もう気にするのは止めよう。

精神疲労がハンパないし……。






「ねぇ、ちょっと庭園を歩こうか?」


急なエリオットの誘いに、私は首を捻った。

勝手知ったる王宮の庭園を今更2人で散歩してどうするってのか。


訳が分からないままエリオットに手を引かれ、春の花が咲き乱れる美しい庭園をゆっくりと歩いた。

不思議と誰もいないのは、どうせエリオットのロクでも無いスキルの所為だろうと思いつつ、花の甘い香りを胸いっぱいに吸い込んだ。



「クラウス程では流石に無いけどね。

改めて、僕からシシリアに社交界デビューの贈り物があるんだ」


はて?

私はますます首を傾げる。

社交界デビューの祝いの品なら、もうとっくに受け取っている。

ゲオルグにはあれから毎日討伐に行かせて実力を付けさせているところだ。

風属性持ちだから、師匠の所に放り込んで魔法の修行も受けさせ、ガンガン強化しているところだぞ?


日を追うごとに良い顔になってきてるから、本当にこの先が楽しみだ。


で、ゲオルグとは別に何かくれるのか?

んっ?

次はどんな奴だ?


何だかんだとエリオットの贈りもののセンスを信頼している私は、ちょっとワクワクしながらエリオットを見上げた。


エリオットは両手を皿の様に上向かせ、そこにパッと大きめの箱を出現させた。


手品かよ。


私はその王家の紋章入りの箱を眺め、人は入りそうに無いけどなぁ……と首を捻る。


ゆっくりとエリオットがその箱を開けると、眩く輝くネックレスがそこに収められていた。


えええ〜〜……。

使える人材でも食いもんでも無いのかよぉ。

そう思いつつも、そのネックレスをまじまじと見つめる。


ご令嬢育ちの弊害だよなぁ。

本当に良い物には思わず目がいってしまう。


精巧なカットを施された上等なロイヤルブルーサファイヤの周りを星を散りばめた様にダイヤモンドをあしらった、上品ながら存在感のある美しいネックレス。


その美しさに魅入っていると、エリオットがクスリと笑った。


「いつか、このネックレスを着けたシシリアとファーストダンスを踊りたいな」


そう言いながら、エリオットは私の首にそのネックレスをゆっくりした仕草で着けた。


「ちょっ、夜会でも無いのに、こんな豪華な物今着けられても……。

それに、アンタは王太子なんだから、ダンスのパートナーくらい好きに出来るでしょ」


照れ隠しにフンっとそっぽを向くと、エリオットは優しく私の片手を持ち上げ、ゆっくりと手の甲に口付けを落とした。


「僕はシシリアの許しが無ければ何も出来ない臆病者だよ?

シシリアが僕に許さない事は、何も出来ないさ……」


そこで一旦言葉を切って、エリオットはそのロイヤルブルーの瞳を甘く揺らめかせた。


「ただし、許しを得ればもう止まらない……かもね?」


一瞬、その瞳の奥が妖しく光り、私の中で初めて感じる危険信号が鳴り響いているのに、エリオットの瞳に絡めた取られた様に、体がピクリとも動かなかった。


春の風が私達の間を吹き抜けて、巻き上げられたエリオットの金髪が陽の光に透ける様に淡く光るのを、私は呆然と見つめていた。


何故か社交界デビューの日の事を思い出す。

シャンデリアの下で淡く光るエリオットの髪も美しかった……。


まるで時が止まったかの様な錯覚の中、私達は見つめ合ったまま、身動きも出来ない。



ややしてエリオットがフッと笑った。


「シシリア、君は僕が守るよ。

何者からも、どんな事からも。

全てから君を守る」


その穏やかな微笑みの中の真剣な瞳に、急に胸が高鳴った。


激しく動揺して、いつもの様にエリオットに拳を繰り出すが、易々と片手で受け止められてしまう。


悔し紛れにそっぽを向いて、フンっと鼻で笑った。


「アンタにどんなスキルがあろうと、物理的に私の方が強いんだから、そんなの必要無いわよ。

私は誰かに守られる必要なんか無いから、余計なお世話よ」


私の可愛げの無い態度にも、エリオットは嬉しそうに笑って、受け止めた私の手を自分の頬に持っていきスリスリと頬擦りをした。


「そうだね、じゃあ僕を守ってくれる?シシリア」


いつもの様にヘラヘラ笑うエリオットを、私はジト目で見つめた。

こいつ、最初からそれが目的だったんじゃねーの?


何だよ、ドキドキして損した……。


い、いやいやいやいやっ!

ドキドキとかしてねーしっ!

する訳ないじゃんっ!

いや、本当にっ!



し、してねーーーーーしっ!!



 


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