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EP.30



「シシリア、これは由々しき事態だね」


勝手知ったる何とやら、エリオットは私の自室で社交界デビュー用のドレスをまじまじと見つめ、次に私を上から下まで舐め回す様に見る。


ガツンッ!


無論、私の怒りの鉄拳が炸裂して、エリオットはプシューと頭から煙を出しながら床に這いつくばった。


「何を考えてるんだか、大体分かるけど、お母様が用意したドレスなんだから仕方ないでしょ」


お母様が私に用意してくれたドレスは、繊細な総レースのマーメイドタイプのドレス。

体のラインにピッタリピチピチにフィット。

魅惑のセクシーボディラインを余す事なくお披露目出来る逸品だ。


実はこのデザイン、王国では最新で、新しい物好きなお母様がいち早く飛び付いたって訳。

着る人間を選ぶデザインは王国ではあまり流行らないのだが、私みたいに高身長なご令嬢の一つの選択肢となれば、と思い快諾した。


公爵家令嬢で、更に第三王子の婚約者である私が着れば、他のご令嬢も遠慮せずに着れるようになる。


何せこの国のインフルエンサーの1人だからね、私。

実際はお母様の言われた通りに装っているだけなんだが。

とはいえ、お母様のセンスはピカイチなので、そこは信頼している。


まぁ、私は放っておけば、シャツに男用のトゥラザーズ(私用に仕立て直したもの)か、騎士服しか着ないから。

お母様もパーティや式典などで私を着飾るのが楽しいのだろう。


前世でも、あれだったな……。

Tシャツにジーパンか短パンしか着ない私に、母ちゃんがあれこれ買ってきては着せられていたな。


転生しても、本当に何ら変わらない自分に、図太いな〜と流石に関心してしまう。



「で?こっちは?」


いつの間にやら復活しているエリオットが、王家の紋章入りの宝石箱を開き、嫌な顔をしている。


「ああ、それはフリードからの祝いの品……っていっても、用意したのはアマンダ夫人でしょうけどね」


シャンパンカラーのブラウンダイヤモンドをあしらった首飾り。

ブラウンはフリードの瞳の色だ。

アマンダ夫人は、私がフリードの契約物件だと言いたいのだろう。

しかも、これでもかとゴテゴテしている。

こちらのドレスのデザインも確認せず一方的に送りつけてくる辺り、あの夫人のやりそうな事だ。

フリードなんか、私の社交界デビューなど頭の隅にもないだろうに。



「こんなのつけていくの?」


首飾りを指にぶら下げてクルクル回すエリオットに、私は深い溜息を吐いた。


「仕方ないでしょ。今はまだあちらの思う通りに動いた方が良いんだから」


私はエリオットから首飾りを取り戻すと、箱にしまって元の場所に戻した。


「ああ、本当に、シシリアにこんな事を押し付けて、申し訳無い……。

あんな悪趣味な首飾り……。

見るに耐えないよ……」


エリオットはイライラした様子でこめかみを抑えている。


別に私は何だろうと気にならないので、エリオットがこんなに気に病んでいる意味が分からない。



「そうだ、実は僕からもシシリアにお祝いの品があるんだ。

気に入ってくれたら嬉しいなぁ」


モジモジするエリオットに、嫌な予感しかしない……。

何せコイツの贈り物は通常ではないからだ。


「庭園に用意しているから、一緒に行こう」


エリオットのエスコートの手に、訝しげに自分の手を重ねる。







庭園に移動した私の目の前に、ダークブラウンの髪にアンバーの瞳の、背の高い若い騎士が立っていた……。


やはりか……。

私はジトーッと隣に立つエリオットを横目で睨む。

エリオットはもちろん、ヘラヘラ笑っている。


「彼は、ゲオルグ・オルウェイ伯爵令息。

っていっても三男だからね、自分で身を立てなきゃならない。

今は学園に通いながら、騎士団に所属しているんだけどね。

彼、騎士団の中でも凄い刀の使い手なんだ。

シシリアと気が合うと思って連れて来ちゃった」


いや、連れて来ちゃった。

じゃね〜よ。

本人めっちゃ不服そうな顔してるじゃん。

まったく納得してない顔してるよ?

無表情だけど、ピリピリした空気くらい読んでやれよっ!


エリオットに望んでも無理な事は知っているが、流石にこの若い騎士が可哀想になってくる。



「ご機嫌よう、ゲオルグ・オルウェイ。

私はシシリア・フォン・アロンテンです。

この様なところまでご足労頂き、感謝致しますわ」


ゲオルグは胸に手を当て、騎士らしく一礼をした。


「いえ、殿下に言われて来ただけですので」


取り付く島も無いとはこの事だよ。

ブスッとしてるじゃん。

エリオットはコイツに何をさせるつもりで連れて来た訳?


「ほら、シシリア、今私兵団を作ろうとしてるでしょ?

魔力を持つ者を集めて、少数精鋭の刀部隊。

彼なんか、それの団長に打ってつけじゃない?」


おうおうおう。

何で知ってやがる。

そうだよ、仰る通りだよ。

私の下に直接つく部隊を編成してるところだよ?

ちなみに、団長がなかなか決まらず、悩んでたとこだよっ!

何で知ってんだよっ!

今はアロンテン公爵家私兵団の副団長に、仮の団長を務めてもらっているけど、いつまでも借りていられ無いし……。



「殿下、お待ち下さい。

自分はローズ将軍を慕い騎士団に入団したのです。

申し訳ありませんが、アロンテン公爵令嬢の下につく事は出来ません」


ゲオルグがキッパリとそう言うと、エリオットはニヤリと笑ってゲオルグに向き直った。


「ローズ将軍を慕っているのは、強さかい?

悪いが、刀の剣術については、シシリアの右に出るものはいないよ?

君、刀に魅せられていて、極めようと日々研鑽を重ねているそうじゃ無いか。

今は剣術指南を他の者に任せてはいるが、元々あの剣術を作り上げたのは、ここにいるシシリアなんだよ?」


エリオットの言葉にゲオルグは一瞬目を見開いたが、あり得ないとばかりに首を振った。


「何を仰るとかと思えば……。

そんな荒唐無稽な話。

それを俺に信じろと?」


ギラリと鋭い視線をこちらに向けるゲオルグ。

なるほど?信用に値しない人間は、王太子だろうと、公爵家の人間だろうと関係無いという事か……。

よしっ!出世しないタイプだなっ!

気に入ったっ!


私がゲオルグに向かってニヤリと笑うと、エリオットがホッとしたように息を吐いた。


「気に入ってくれて良かったよ」


そう言って微笑むエリオットをギリっと睨み付け、言い捨てる。


「離れて」


「オッケーオッケー」


軽い口調で快諾したエリオットは、私達から離れ、楽しそうにヘラヘラ笑っている。



「ゲオルグ、貴方は間違っていない。

けど、相手の力量を読む力はまだまだね」


私は何も無い空間にスッと手を差し入れ、その手に愛刀カゲミツを握りゲオルグの方に差し出す。

ちなみに、さっきのは空間魔法から収納していたカゲミツを取り出しただけ。

師匠の開発しためっちゃ便利なやつ。

商人や運送人向けに開発したんだけど、ある程度の魔力量が無いと扱えない。



ゲオルグは怪訝な顔で、私の差し出したカゲミツを見ていたが、ややしてハッとした顔をする。


「それは……名匠ヴィクトールの名もの。

まだ6振りしか存在しない名のついた刀を、何故貴女が……」


いや、だって。

その6振りに名前つけたの私だし。


先程までほぼ無表情だったゲオルグが、静かにその顔に怒りを滲ませてゆく。


「公爵家の金で手に入れたか……。

まさに名刀への侮辱に他ならん……。

令嬢相手に手荒な真似はしたくない、黙ってそれをこちらに渡すんだ。

然るべき御仁に俺から返しておこう」


いや、追い剥ぎか、お前はっ!

いくら名刀だろうが、金を積んで手に入れようが、お前には関係無いだろうっ!

そりゃ、所有者の物なんだよっ!

然るべき御仁ってヴィクトールさんか?

なら私に返却されて終わりだわっ!


阿呆め……。

いくらまだ若いとはいえ、物を知らなさ過ぎる。


これは、あれだな……。

教育的指導しか、ないな……。


私はスラリとカゲミツを鞘から抜いた。

ゲオルグはその刀身の美しさに息を飲んだのち、私に向かって声を荒げた。


「馬鹿もんっ!何も知らない奴が抜刀などするなっ!

指を無くすぞっ!」


こんのっ、阿保がっ!

抜刀慣れしているかいないか、見て分からんかっ!

私が女だからと、ガッチガチの固定観念でものを言いやがってっ!

その石頭、私が叩き割ってやるわっ!



「ごちゃごちゃとやかましい。

アンタもさっさと構えなさい」


私はユラリと正眼の構えをとった。

その私の覇気に、ゲオルグは息を飲み、自分も刀を抜いた。

抜かねば殺られるくらいは伝わったらしい。


お互い正眼(中段)の構えで向き合う。

ジリジリとこちらを伺うゲオルグ。

相手の力量を測る真似事くらいは出来るようで、なかなかに打っては来れない様だ。


……しかし。

刀を向け合い涼しい顔で、まったく揺らぎもしない私に流石に焦れたのか、ゲオルグはジャッと地を蹴りこちらに切り掛かって来た。


振り下ろされる刀の軌道を、スッと切っ先で変えてやると、ゲオルグはその勢いのまま、ズシャッと地に転がり、だが直ぐに起き上がると私に向き直った。


何が起きたか分からないといった顔をしているが、反応は良い。


「ヤーーーッ!」


また斬り込んでくる、が馬鹿正直にまた真上から。

同じ様に刀の軌道を変えてやると、また地に転がる。

しかし、直ぐに起き上がる。



全く……。

ヤーーーッ!じゃないんだわ。

力が入り過ぎ。

刀の切れ味舐めとんのか。

斬り込みに力は要らん。

引いて斬らんかい。


これは他の騎士にも言えるが、やはり叩き潰して戦う剣に慣れていると、踏み込み、斬り込みに力が入り、動きが重い。

今や刀が騎士団の主武器になっているとはいえ、騎士団に入らないと支給されないし、刀の為の剣術も学べない。

つまりそれまでは従来の剣を使った鍛錬になるので、やはり動きが重くなる。


ゲオルグはかなり刀に慣れ、鍛錬している方だが、それでも肩に力が入り過ぎている。

悪いが、筋肉の動きで次にどう打ってくるか分かるレベル。


どう打ち込もうと私にヒョイヒョイかわされるゲオルグは、次第に苛立ちを隠せなくなっていき、ついに大振りで斬り込んでくる。


私は瞬時にその懐に潜り込み、刀身をゲオルグの腹に当て、寸ででピタリと止めた。


少しでも動けば胴が真っ二つになると察したゲオルグは、刀を天に掲げたままの姿勢で1ミリも動けない。

そして、そのまま刀から手を離し、ゲオルグの刀が地に落ちた。


「ま、参りました……」


なる程、状況判断は早い。

良きかな良きかな。


私はゆっくりと離れると、ゲオルグの刀を拾った。

しっかり手入れのしてある、良い刀だ。


「はい、どうぞ」


柄の方を向けて返すと、ゲオルグは受け取らず、その場で地に両膝をつき、頭を下げた。


「シシリア様。数々の無礼をどうかお許し下さい。

俺は、貴女を主とし今後は貴女に誠心誠意仕え、貴女の元で刀を学びたい。

どうか俺を貴女の私兵団に入団させて下さい」


騎士が両膝をつくのは最上級の騎士の礼を表す。

片膝だと、剣を抜く事が出来る為、絶対の忠誠を誓う相手には必ず両膝をつく。

そして自分の剣を刃を自分に向けて、忠誠を誓う相手に渡す。

これは、私が気に入らなければこの場で斬って捨てて構わない、という意味。

騎士道というやつは頭が固いので、貴方に仕える事が出来ないなら自分の存在など意味が無い、どうかこの場で斬り捨てて下さい、とかいう非常に受け取る側が断り辛い意味も込められている。


ちなみにプロポーズの最、片膝なのは、いつでも剣を抜いて貴女を守れます、って意味ね。

どんな時でも警戒を解かない男らしさを意味する。

あっ、これこの世界のマメね。


と、話は逸れたが、騎士の礼など殆どは形式的な事なので、そこまでの意味は込められていない事が殆どなのだが。



私は自分の前で跪くゲオルグをチラッと見て、内心頭を抱えた。


込められてるな〜、これ。

嫌なら殺せってオーラがビシバシと出てるな〜。


既に刀を受け取っている形になっちゃってる私は、どうしたものかと思い悩んだ。


確かにまだまだ荒いが、筋は良い。

うまく育てればかなりの拾い物になると思う。

しかし、頭がガッチガチなんだよなぁ。

私が欲しいのは、剣術と魔法にストイックで強く、尚且つ柔軟な人間。

何故なら今後、私の周りでは何が起こるか分からないから。

何せ既に魔族と準魔族まで関わる事になるのが決定してるし。

仲間には魔王(になる可能性がある)までいるし。

魔獣、魔物相手に人の道理など通用しないし。

こんな頭でっかち君だと、正直足手まといなんだが……。


う〜んと頭を捻り、ややして私はパッと閃いた。

うん、よしっ!

コイツは早々に討伐に連れて行こう。

こ〜ゆ〜タイプは習うより慣れろ。

実戦に放り込んで体に叩き込むのが1番。

どうせそのうち私兵団は全員実戦に放り込むつもりだったし。



「分かりました。ゲオルグ・オルウェイ。

貴方を我が騎士と認めましょう。

永遠に私に忠誠を誓う事、シシリア・フォン・アロンテンの名において許します」


刀の切っ先を両肩に交互に軽く触れさせる。

しかし、これ、切れ味の悪い剣ならまだしも、刀だと洒落にならんな。

スラっと首を切られそうで怖くない?


ゲオルグを見ると、まったく動じていない様子だ。

うん、私が作ろうとしている私兵団的には、これいいかも。

より強い忠誠心が測れる。

よし、これ採用。



次に、ゲオルグが両手の掌を上向かせるので、そこに刀の柄を乗せる。

いや、流石に刀身だと危ないからね。


これで主従の誓いの儀式は終わり。


「これからよろしくね、ゲオルグ」


「はっ、どこまでもお供仕ります」


うんっ!その心意気や良しっ!

早速明日、ファイヤードラゴンの討伐依頼を受けているから、一緒に頑張ろうぜっ!


などと私が思っている事など知らないゲオルグは、ゆっくりと立ち上がり、刀を鞘に戻した。




「いや〜〜良かったよぉ、話が纏まって」


ニコニコ顔のエリオットをジト目で見るが、確かにコイツは私への贈り物のセンスが良い。


私が宝石やドレスじゃ喜ばない事をよく分かってる。

その時その時で私が1番求めているものを手に入れるチャンスをくれる。

やはり優秀な人材は、素直に凄く嬉しい。


「あの……ありがとう……」


ボソッと呟くと、エリオットがその場に両膝をつく。

いや、コイツの場合は忠誠云々では無く、ただ腰が砕けただけっぽい。


「シ、シシリアちゃんが、そんなに素直に礼を言ってくれるなんてっ!」


ウルウルと瞳を潤ませ、次の瞬間エリオットは私に向かってピョ〜ンと飛んで来た。


ガッシリ抱きしめられ、私はこめかみに青筋を立てながら、眉毛をピクピクさせゲオルグに命じた。



「斬り捨てて頂戴」


「御意」


ゲオルグがエリオットに向かってギラリと目を光らせ、刀の柄に手をかける。


「あっ、ちょっと?僕この国の王太子なんだけど〜〜っ!

2人とも、不敬って知ってるっ⁉︎」


完全にゲオルグの間合いに入っているエリオットは、カタカタガタガタと震えながら叫んだ。



「僕っ!次期国王なんですけど〜〜っ!」



大丈夫、スペアならいる。

ちょっと魔王だけど、何とかなるさ。

ゲオルグ………。



ヤッチマイナーーーッ!





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