EP.29
いよいよ社交界デビューを1週間後に控えた今日。
王宮ではクラウスの【祝義の謁見】が催される。
【祝義の謁見】とは王族から、自分の婚約者候補の内、今年社交界デビューするデビュタントに祝いの言葉と贈り物をする催しである。
クラウスの婚約者候補は現在28名。
今年のデビュタントは内7名。
その中にはもちろん、キティも含まれる。
候補の順位の高い順にクラウスに謁見するので、多分キティからだと時間を合わせて、偶然を装い話しかける寸法。
ってか、私は知っている。
今日ここに呼ばれているのは、キティだけだと。
そもそもあのクラウスが【祝義の謁見】など今まで真面目に執り行っている訳が無い。
レオネルに聞いたら、やはり今まではテキトーに祝辞と贈り物をテキトーに城の者に申し付けて、いや、先回りして侍従とかが全て行っていたらしい。
さもありなん。
しかし今年はキティの社交界デビューの年。
奴は必ず動くっ!と網を張っていれば、やはりというか何というか、とんでもない事になっていた。
私は先日見せてもらったキティへの贈り物の数々を思い出し、頭痛がする思いだった。
髪飾りにティアラ、ネックレスにイヤリング、指輪、ブレスレット。
全てサファイアやブルーダイヤモンド等、澄んだブルーを基調とした宝石を精巧な作りで仕上げてあった………が。
いや、多いっ!
それ、婚約者候補に贈る量じゃ無いっ!
もう、婚約者じゃんっ!
候補とかすっ飛ばしちゃってるじゃんっ!
更にあのドレス……。
私は目を片手で覆って天を仰いだ。
デビュタントのドレスは、白と決まっているのだが……。
アクセサリーなんかも透明や白い物と、実は暗黙のルールがある。
それは何故かというと、まだ未婚の令嬢達が真っ白な状態で社交界にデビューしましたって意味合いがあるから。
何色にも染まりますので、縁談のお申し込みはどうぞ0120-×××-⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎(リプレイ)まで。
と、自分を売り込む為なのだ。
まぁ、比較的婚約の早い高位貴族の令嬢なんかは、控えめに婚約者の瞳や髪の色をあしらった髪飾りやアクセサリーを1つくらい飾る。
大抵は相手の男からの贈り物で、既に契約物件だと暗にアピールする為だ。
他にも、洒落た令嬢なんかは、ドレスグローブに自分の家の紋章なんかを刺繍したりする。
で、改めてクラウスが用意した、キティの社交界デビューへの贈り物を検証してみよう。
アクセサリーは全て自分の瞳の色……。
しかも一つどころか、全て揃えてある。
更に問題なのが、ドレスの方。
首元から胸元に向かって繊細なレースが沿っていて、レースには小さなブルーの宝石が星の様に散りばめられている。
レースから続く上等のシルクは最高級の物。
その生地に金色の細かく精巧な刺繍が、裾から蔦が這う様に施してある。
いやぁ、清々しいくらいにクラウスカラー。
一応、白いドレスではあるが、その上から自分の瞳と髪の色をこれでもかと強調する鬼畜っぷり。
更に鬼畜なのが、ドレスグローブ。
……アイツ、入れやがった。
金の刺繍で鮮やかに、王家の紋章……。
いや、もう怖いっ!
候補も婚約者も飛び越えて既に嫁っ!
キティ、絶対これ見たらぶっ倒れるっ!
分かるっ!私でもぶっ倒れる自信あるっ!
……鬼畜クラウス包囲網……。
もう誰にも止められない……。
何故かと言うと……これ全部、なんとローズ侯爵夫人、つまりキティの母親からの了承済みだから……。
ふ、夫人っ!
何故こんな暴挙を許すのかっ⁈
ってのにも、実は理由がある。
クラウスの幼い頃に、キティを婚約者に欲しいと言うクラウスに条件を出した夫人。
一つはクラウスが強くなる事。
もう一つは、王族の権威を利用して、無理矢理キティに強要しない事。
クラウスは律儀に夫人との約束を守り、今や帝国にも名を轟かせる程に強くなり、更に王家からの勅命ではなく、あくまで個人的にキティに求婚してきた。
その姿を見定めていた夫人からは、実は2年も前に、婚約者として認めると許しが出ている。
……のだが、そんな事を知らないキティは、やはりクラウスからの求婚を断り続けてきた。
それはそうだ、ゲームの設定から外れる事で、本来ある筈の無い婚約破棄からの断罪ルートが発生するかも知れないのだ。
ってそんな事は起こりようも無い事は、今のキティには知る術も無いし。
断言出来る、クラウスがキティを婚約破棄などあり得ない。
例えゲームが開始されても、あのヒロインに惚れる事も絶対に無い。
だがそれはキティが知り得ない事。
クラウスの闇属性云々について、クラウス本人以外がキティに話す事など出来ないし、ヒロインの事も、関わる必要など無い。
そんな訳で、何も知る術の無いキティは、とにかく不確定な未来に怯え、せめてクラウスの婚約者になる事は回避しようと頑張っている……というところなんだろうが……。
残念っ!
それ、回避出来ませんっ!
実は痺れを切らしたローズ侯爵夫人と王妃様が、陛下と宰相(マイ父上)と結託して、今度の社交界デビューで、キティをクラウスの婚約者と正式に発表すると決めちゃったんだわ〜っ!
後はクラウスが首を縦に振るだけ。
クラウスはあくまでキティからの良い返事を待つつもりらしいが、たぶん、いつまで待ってもそんなの貰えないよ?とは、言えず。
先日も、何故キティはこんなにも俺の求婚を受け入れないのか?と、聞かれたが、ニヨニヨ笑って誤魔化すしか出来なかった。
クラウスは野生の感のようなものが備わっていて、どうやら、私がキティについて周りが知り得ない事を知っている……と何故か勘付いているっぽい。
偶に核心をついた質問をされるので、そんな時は肯定も否定もせず、ニヨニヨ笑う事にしている。
下手に喋ってボロが出ても困るし、終始一徹そうしていれば、相手はそのニヨニヨ笑いを見ただけで、私が何も話す気が無い、とその内諦めてくれるからだ。
さて、話は逸れたが、母親であるローズ侯爵夫人がキティの意志を無視して今回の事を強行するのにも、ちゃんと理由がある。
さっきも言ったが、クラウスの婚約者候補は現在28人。
内訳は、クラウスより年上が3人、同い年が10人、一つ下が6人、二つ下(キティ世代)が7人、更にその下が2人。
現在クラウス17歳。
つまり、結婚適齢期の令嬢が少なくても13人はいるって事だ。
中には差し迫ってるご令嬢もいらっしゃる……。
皆まさかクラウスとキティがこの歳まで婚約を発表しないとは思っていなかったのだろう。
王家に候補者と選ばれた時点で大変な誉れなので、例え選ばれなくても縁談に困る事は無い。
更に王家の推薦状まで貰えて、より好条件な縁談に恵まれる。
候補だからといって、皆が本気で王子妃を狙っている訳でも無いし。
むしろ狙いは、王家に選ばれた実績と、王家より賜る推薦状。
クラウスは8歳の頃からキティを婚約者に望んでいるし、毎年求婚してきた。
なので、中には候補を辞退した家も当然ある。
その場合でも、当然上記二つは有効。
それでも居残ってる家は、それぞれ理由がある。
まず、王族派貴族のご令嬢。
ここは、王家の権威の為。
基本、婚約者候補は50人は超える。
キティが婚約者とハッキリ決まっていないこの時点で、候補の数をこれ以上減らしたく無い、と考えている勢。
次に、貴族派。
ここで現在まだ残っている家はほぼ無い。
王家にそこまでする義理無し、な考え。
残っている家は、単純にご令嬢自身がまだ嫁に行く気が無く、候補でいれば免れるのでしがみ付いているだけ。
次は、新興勢力、魔法優勢位派。
ここは最初から候補にすら選ばれていない。が、唯一、件のロートシルト伯爵家のご令嬢だけが、どんな手を使ったのか知らないが、候補に入り込んでいる。
もちろん、しつこく居座ってるし、なんとかキティを蹴落として自分が婚約者になろうとあの手この手を使おうとしているが、もちろん片っ端から握り潰してきた。
私筆頭に、クラウス本人、その側近、王妃様まで、ロートシルト家令嬢が何かする度すぐさま潰してきたので、実質被害無し。
まぁそんな訳で、キティ以外の候補達は、好意で残っている王族派ばかり。
そんな家のご令嬢をこれ以上待たせて、行き遅れになどしてしまっては大変な事だと、この度ローズ侯爵夫人が動いたのだ。
こればっかりは私もどうする事も出来なかった……すまぬ、キティ。
今はクラウスが、まだキティの気持ちを待ちたいとか言っているが、それもいつまで通るか。
社交界デビューまでは、もう1週間しかないのだから。
う〜むと思案にくれていると、クラウスの宮に続く廊下を、こちらに向かってくる人の気配……。
時間ピッタリ、やはりキティがやって来た。
私はすました顔で、そちらに歩いてゆく。
キティが私に気付いて立ち止まる。
「ご機嫌よう、キティ様」
「ご機嫌よう、シシリア様」
お互い小さくカーテシーをして挨拶をする。
「本日は【祝義の謁見】でこちらへ?」
もちろん分かりきっている事だが、あえて確認しながら、わたしの心臓はドッグンバッグン飛び跳ねていた。
ヒギャーーーーッ!
キティたんがっ!
私のキティたんがっ!
あの、厚い前髪バッサリ切ってるぅ〜っ!
し、し、しかもっ!
原作と同じツインテしとる〜〜〜っ!
ブクブクブクブク。(白目)
小さな顔に、大きなエメラルドグリーンの瞳。ちょっと吊り上がっているところが胸ドキポイント。
白い肌に桃色の頬、小さな口はぷっくり艶やか………あ〜っ、食べちゃいたいっ!
ヤバい、これはヤバい。
今すぐ小脇に抱えて家に連れて帰りたい。
魔王の手の届かないとこまで連れて逃げたいっ!
末永く2人で幸せに暮らしたい〜〜〜っ!
キティ沼の住人が、頭の中でピーヒャラドンドンと大騒ぎしているが、もちろんそんな事など表には一切出さず、キティに向かってニッコリ微笑む。
「はい、有難くも第二王子殿下よりお言葉とお祝いを頂きに参じました」
こちらに微笑み返して答えるキティ。
可愛い。
「おめでとうございます。もちろん、キティ様がお一人目ですわよね?」
分かり切っている事だが、一応確認。
キティは私の探る様な目に、一瞬怯みつつ、こっくりと頷いた。
可愛い。
「はい、有難くも1番最初に拝謁させて頂きます」
やっぱりな、婚約者候補序列1位に変わりは無いようだ。
いや、ある訳無いが。
しかし、こうして向き合っていると、同い年だというのに身長差がかなりある。
まぁ、それも仕方の無い事。
低身長悪役令嬢の完全逆振りで出来たのが、私なのだから。
身長は無事に170を超えた。
対してキティは、公式では148㎝の筈だが、もう少しありそうだ。
それでも150台前半と言ったところ。
私と話すだけで、首が痛いだろうな〜と心配になる。
少しでもキティから遠ざかろうと頑張ったんだろうな〜。
これが前世なら、まぁ平均よりちょい低いくらいなんだか、この世界ではまだまだ低身長なキティ……。
くっ、私だけはその努力を知っていると、出来る事なら伝えたいっ!
更に……。
今日のキティは胸元の開いた流行りのデザインのドレスを着ている……。
ほう……ほほ〜う。
実にけしからん。
公式トリプルAを打破してくるとは……。
Cカップか?Cカップはあるよな?
小さいから胸がよりおっきく見えて、ひっじょ〜にけしからんっ!(歓喜)
もちろん、そんな邪な思いなども、一切おくびには出さず、私は優雅に微笑む。
「ところで、本日はいつもと装いが違いますのね。とても素敵ですわ」
私の言葉にキティがギクっと肩を揺らした。
「デビュタントも控えていますので…」
シュンとしたその様子に、私は全てを察した……。
あ〜これ、ローズ侯爵夫人に無理矢理やられたな、と。
すまぬ、余計な事聞いて……。
私は慌てて話を逸らす。
「そうですわよね。
デビュタント、とても楽しみですわね。
キティ様のエスコートはクラウス様が?」
「いえ、お父様かお兄様がエスコートして下さる事になると思います」
キティの返事に、私は片眉を上げた。
「あら?そうですの?てっきりあの男…いえ、クラウス様がエスコートなさるとばっかり」
って話は、ローズ侯爵夫人とついている筈。
なのに、ローズ将軍とノワールは自分達がするものと思い込んでいる。
そこから導かれる答えは一つ……。
あの2人、ローズ侯爵夫人からなっんにも、教えて貰ってないなっ。(爆笑)
まぁ、そりゃそうだ。
あの2人が知ろうものなら、暴れまくって、陛下の住居くらいは全壊するだろうし。
ってか、キティを社交界デビューさせないとか言いかねない。
流石、ローズ侯爵家の影の支配者。
よく分かってらっしゃる。
しかし、ここまで綿密にお膳立てしておいて、あのクラウスが本当に大人しくキティの返事を待つだろうか……。
……いや、奴はもう決めている……。
「今日にでもなし崩しに色々仕掛けるつもりでしょーね、あの男…」
つい小声で呟いてしまい、キティが不思議そうに小首を傾げた。
可愛い。
「えっ?」
「い、いえ。何でもありませんのよ。
それよりキティ様。
今王宮では帝国から輸入さているコーヒーという飲み物が流行しておりますの。
もう飲んでみました?」
秘技、無理矢理話題逸らし。
キティはパァッと笑ってコクコク頷いた。
「はい、私コーヒー大好きなんです」
キティの返事に私は片眉を上げる。
綺麗に引っかかったわね。
あと、可愛い。
これは、キティが転生者だと確認する為の質問。
いや、絶対に間違いない事は確定しているが、今後どこで私がそれを確信したのかを誤魔化す為にも、この会話はしておいた方が良い。
「まぁ、意外ですわ、独特の苦味を苦手に思う女性が多いそうよ?」
「確かに私もそのままではちょっと苦手ですが、砂糖とミルクをたっぷり入れてカフェオレにして飲むのが大好きなんです」
キティの返事に、また私は片眉を上げる。
吹き出しそうになるのを我慢するのが、辛い!
つい最近、帝国から輸入される様になって、この国でも(まだ一部だけど)飲まれる様になってきたコーヒー。
帝国でも最近やっと量産出来る様になり、他国に輸出し始めたばかりで、本当にまだまだ貴重品。
キティが気に入ったと知ったクラウスが王宮でのお茶は必ずカフェオレを出すよう言い付けた事を私は知っている。
ちなみに、帝国でもまだカフェオレという飲み方は普及していない。
コーヒーは何も入れずにそのまま飲むのが主流。
だが何故か、王国の王宮内では輸入元の帝国より先に、ミルクや砂糖をたっぷり入れたカフェオレが貴族令嬢を中心に流行しつつある。
それは何故か?
第二王子の婚約者(ほぼ内定)であるキティが愛飲しているからだ。
位の高い女性は流行の発信源になりやすい。
王族に連なるとなると、尚更。
ちなみに、キティの飲み方カフェオレに対して、何も入れずに飲む事をブラックと呼ぶように私が調整中。
帝国でもまだ、ブラックという呼び方はしない。
そのままコーヒーと呼んでいる。
あれあれぇ?
おかしいぞー?
帝国でもまだ普及していないカフェオレを、何故キティが知っているのかな〜?
みたいなとこを突けば、私がキティを転生者だと確信した話に繋げられる。
「キティ様はカフェオレ派なのね、私はブラックが好みなの」
畳み掛ける私に、キティはへーっと感心していた。
「ブラックだなんて、大人ですね」
まったく何も気付いていない。
可愛い。
「まぁ、長らく足止めをしてしまいましたね。
申し訳ありませんわ。
さぁもうクラウス様の所にいらして下さいな。
きっと首を長くしてお待ちだわ」
「まぁ、そうでしたわ。
それではこれで、失礼致します。
ご機嫌よう、シシリア様」
「ええ、ご機嫌よう、キティ様」
私にそう言われて、キティは本来の目的を思い出したのか、軽くカーテシーをして、クラウスの待つ応接室に向かって行った。
キティたん……。
私はその後ろ姿を見送りながら、ただただ心配でならなかった。
あんな可愛く変身しちゃって……。
クラウスが無事で帰す訳が無いっ!
分かるっ!私でもただじゃ帰さないっ!
ローズ侯爵夫人……お見事です……。
早ければ今日にでも、クラウスは社交界デビューの席で、キティを婚約者に公式発表する事を承諾するだろう。
さてさて、忙しくなるな〜。
しかし、クラウスがあんなに可愛くなっちゃったキティに何か良からぬ事をしなければいいが…………。
………キティッ!やっぱり、逃げてーーーーーーーーッ!




