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EP.27



王宮の廊下を、私は淑女モードで許されるギリギリの速さで急ぐ。


先程、エリオットが庭園でアランさんとお茶をしている、との情報を掴み、急ぎに急ぎたいのは山々だけど、まったくこの世界の女の子は面倒だ。



やっと庭園に着くと、エリオットとアランさんが楽しげにお茶をしていた。

周りを見渡し、更に魔法で人の気配を探り、2人だけしかいない事を確認してから、そこに走り寄った。


2人は驚いた顔で私を見ている。

走り寄りながら、魔法で防音と幻影の結界を張る。

これで会話は絶対に漏れないし、私達の姿も楽しくお茶している様に人からは見える。



「エリオットッ!」


「は、はいっ⁈」


エリオットの肩を勢い良く掴み上げる。


「あんたっ!婚約者のクラーラ・ルシェット伯爵令嬢が、大病を患っていて長く床に伏せたままだって、何で今まで黙っていたのよっ!」


私に怒鳴られ、エリオットは一瞬目をパチクリした後、大口を開けて笑った。

アランさんは飲んでいた紅茶を吹き出している。


「あーはっはっはっはっ、そ、そんな事、誰に聞いてきたのっ?」


笑い過ぎてヒーヒー言いながら、エリオットは目尻に滲んだ涙を拭った。


思っていた反応とあまりに違ったもので、私は面食らいながら、答える。


「……誰って……それは、ルシェット伯爵夫人に……」


私がそう言うと、エリオットは更に腹を抱えて笑い転げた。

何故かアランさんが頭を抱えている。


「えっ?ちょっと?まさか違うの?

でも私、本人の母親に聞いたのよ?

とても悪い病気で、明日をも知れないって……。

えっ?違うの?」


ヒーヒー笑い転げるエリオットは、腹が捩れて言葉も出ない様だった。

代わりにアランさんが答え……る訳でもなく、何やらぶつぶつ呟いている。


「……あの人は、エリオットとシシリアちゃんを応援しているから……。

背中でも押すつもりだったんだろう……」


全く意味の分からないアランさんの呟きに、エリオットが一層笑い転げた。



……ちょっと、いい加減にしてくれない?

私はアンタが心配で、こうして急いで来たのに、何なの?さっきからその態度。

ひっじょ〜に不愉快なんですけど?


掌の上で、小さな竜巻を起こし、それをどんどん大きくしていく。

丁度私の顔くらいに大きくなったソレを頭上に掲げた時、やっとエリオットが気付いて焦り始めた。


ちっ、ここからまだまだ大きくするつもりだったのに……。



「ちょっ、タンマタンマ、シシリア、ごめんっ!」


こちらを手で制しながら、ズリズリ後ずさるエリオットに、一発くらいお見舞いしてやろうかと思ったが、ここは王宮の庭園だ。

攻撃魔法を察知した宮廷魔道士でも駆けつけて来ては面倒だし、腹の虫はまったく収まらないが許してやろう。


ちなみに、ノワールは宮廷魔道士を出動させる常連だ。

クラウスがキティに不埒な真似をしようとすると夜叉と化し、ブリザードを吹き荒らせ氷塊でそこかしこを損壊させる。

何故アイツがこの王宮を出入り禁止にならないのかは、永遠の謎。



「まぁ、落ち着いて。

一緒にお茶でも飲もう」


まだ肩で笑いながら、エリオットが私の為に椅子を引いてくれる。

渋々そこに座って、アランさんの淹れてくれたお茶を有難く頂く。


「ハーッ、久しぶりにキツかった。

笑い死ぬかと思ったよ。

それで?シシリアはどこでそんな話を聞いてきたんだい?」


言いながら頬が緩んでいるエリオット。

この話のどこにそんなに笑える要素があるのか、全く分からない。

私は訝しみながらも、口を開いた。


「さっき、王妃様のお茶会に招かれて参加してきたの。

そこで、ルシェット伯爵夫人にお会いして、直接お聞きしたのよ。

クラーラさんがアンタを置いて先立つ不義を、嘆いてらっしゃったわよ。

アンタにはクラーラさんを早く忘れて、新たに婚約者を迎えて欲しいって、そんな哀しい事まで仰っていたわ」


涙ながらにそう切々と語るルシェット伯爵夫人の姿を思い出し、私は胸が苦しくなった。


その私の様子を見て、エリオットがアランさんをチラッと軽く睨んだ。


「いけないなぁ、アラン。

僕に不義だなんて……。

それに、水臭いじゃないか、僕と君の仲なのに……ぷくくっ、明日をも知れぬ大病を…ぷふっ、黙っているなんて……あーはっはっはっ!」


そう言って再び笑い出す、エリオット。

一体何の事か分からず、私はエリオットとアランさんの顔を交互に見つめた。


「いや、すまない、シシリアちゃん。

母が君に迷惑をかけて……」


何故かアランさんに謝られ、私はますます訳が分からなくなった。


えっ?

てか、さっきアランさん、ルシェット伯爵夫人の事を母って言った?

ルシェット家には子供はクラーラさん1人だけだと聞いたけど、違うの?

アランさんは、クラーラさんの一体何?


頭の上に?マークを沢山浮かべて、困り顔の私に、アランさんが申し訳無さそうに口を開いた。


「ごめんね、混乱させて。

クラーラ・ルシェットは僕、アラン・パーシヴァルなんだよ」



………………………………………???




いきなり宇宙空間に投げ出された感覚に襲われる。


クラーラ・ルシェットハアラン・パーシヴァル………?


えっ?


えっ?


ええぇっ⁉︎




土偶の様な顔で固まる私を、アランさんが心配そうに覗き込み、目の前で手を振る。

その手は筋張っていて、剣ダコが出来ている。

華奢とはいえ、肩幅は広く、騎士らしく逞しい体。

身長だってある。

それに、顎に薄っすら剃り残した髭が……。


中世的で美しい人だけど、どっからどう見ても男性だ。

クラーラさんが男装しているとかでは、決して無い。


どこをどう見ても、伯爵令嬢とは結び付かない。



「いきなりこんな事を言われても、直ぐには信じられないよね。

でも、間違い無く、僕は元クラーラ・ルシェットだったんだよ」


アランさんが困り顔で眉を下げるのを見て、エリオットがその肩を叩きながら口を開いた。


「僕とアラン、いや、当時はクラーラだったか。

僕らは、王太子である僕の婚約者候補を集めた茶会の席で初めて会ったんだ。

当時、僕は5歳、クラーラは8歳だった。

当時既にクラーラは自分の性に疑問を、いや、確信を持っていた。

自分は女性では無い、とね。

そしてそれを思い悩んでもいた。

僕はね、他の女の子達の様に僕に擦り寄ってこないクラーラを側に置いておくのが1番楽だと気付いたんだ。

それからはいつもクラーラと行動を共にし、自然色々と語り合った。

クラーラは男になれなくても、せめて騎士になる夢は叶えたいと言ったんだ。

だから僕は一つ提案をした。

僕の婚約者にならないかって」


えっ?

それで何故婚約者って話に?


私の顔を見て疑問を察したエリオットは、更に話を続けた。


「僕の、王太子の婚約者であれば、護身術は必須になる。

武術も剣を握る事も許される。

シシリアがローズ侯爵に使った手だね」


パチリと片目を閉じられ、私はハハハと頭を掻いた。

なるほど、先人がいらっしゃったからこそ、意外とすんなり行ったのか……。


「それに、僕との時間を増やしたいとか何とか言えば、騎士団に出入りする事も出来る。

そんな風に過ごす中で、クラーラには自分の性と向き合って欲しかったんだ。

自分が男勝りなだけの女なのか、それとも男なのか」


……なるほど。

その為の婚約だったのか。


エリオットは私が納得したのを確認してから、また話を続ける。


「流石に王太子の婚約者に縁談を申し込む輩もいない。

僕は僕で、クラーラという婚約者がいれば周りから煩わしく言われる必要も無い。

正にwin-winの素晴らしい関係性だったのさ。

それから時が過ぎ、クラーラが11歳の時だったかな、言われたんだよ。

やはり自分は男の婚約者ではいられないってね。

はっきり、フラれちゃったよ」


わざとらしくヨヨヨと泣くエリオットを、アランさんが鼻で笑った。


「よく言うよ。お前こそ僕と婚姻までいく気はサラサラ無かったくせに。

色々言ってたが、お前は最初から見抜いていた。

僕が女ではいられないってね。

だから婚約者に僕を選んだんだ」


アランさんに事もなげに言い当てられて、エリオットは鳴き真似から舌をペロっと出して笑った。


「ま〜ね、君は最初から大事な親友だったよ。

性別なんかはどっちでも良い、僕の右腕となるべき人だと思っていた。

だから、君の憂いは全て晴らしてやろうと思ったんだ」


ヘラヘラと笑うエリオットに、アランさんはふっと笑い返した。


「最初、師匠を紹介してくれたのも、エリオットだった。

一緒に師匠の元で学ぼうと巻き込んだのは僕だけどね。

僕は師匠の元で学びながら、師匠と共に一つの魔法の研究を始めた。

それが、性転換魔法手術なんだ」


そこまで聞いて、鈍い私はやっと全てを悟った。

つまり、その研究は成功したんだ。

同意を求める様に見つめると、アランさんは一度頷いてから、また口を開く。


「そう、実験は成功した。僕が15歳の時だった。

そして、僕はその魔法の最初の被験者になったんだ。

流石、師匠は凄いよ。

性転換魔法手術で男になった僕は、今や妻子までいる。

見た目を変えるだけでは無く、ちゃんと存在そのものを男に変えて……いや、戻してくれた。

本当に師匠には感謝してもしきれない。

ついでに、エリオットにもね」


悪戯っぽく笑うアランさんに、エリオットがプンプンと分かりやすく怒っている。


「ついでって、非道いじゃないかっ!」


アランさんはあははと笑い声を上げて、エリオットを見た。


「すまんすまん。本当に感謝しているよ。

エリオットは帝国に、僕の新しい名前と身分を用意してくれていた。

まったく、いつから何処までを見越していたのやら」


アランさんが横目でチラッと見ると、エリオットはヒョイと肩を上げた。


「君と師匠が失敗する筈無いからね。

お陰で僕は帝国に、大変優秀な友を持てた。

本当に助かっているよ、アラン」


そう言われたアランさんは、溜息を吐いてエリオットに応える。


「まったく、最初からそれが目的だったんじゃ無いかと、偶に考えてしまうよ」



私は目の前のアランさんの生き方に、敬意を感じずにはいられなかった。

どんな事があろうと、自分を曲げず、まだ誰も受けた事がない魔法手術にも果敢に挑んだ。

なんて、強い人なんだろう。

私が惹かれたのは、この強さだったんだ。

単純に、武力や魔法の強さだけじゃ無い。

自分を貫き通す、その強さ。


私は、アランさんの様に強くなりたい。

最後まで自分を見失わず、貫き通す、そんな力が欲しい。


目の前のその人は、そんな生きる指針を私に示してくれたのだ。



「で、ルシェット伯爵夫人の事に話は戻るんだけど。

実はアランが魔法手術を受けると同時に、クラーラは病気で身罷る筈だったんだ。

けど、アランが多少無理が出ても、ギリギリまで王太子の婚約者であるクラーラを残そうと提案してくれた。

また婚約者選びで、僕の周りが煩くなる事を心配してね。

僕は大いに助かるので、そのアランの提案に甘える事にしたんだが……。

流石に甘え過ぎちゃったみたいだねぇ……。

最近、ルシェット伯爵夫人が、オコでね」


エリオットの話に首を傾げていると、アランさんが深い深い溜息を吐いた。


「クラーラは王太子の婚約者なのに、一向に婚姻の話は無く、既に22歳……。

流石に母も周りの目に耐えられなくなったのだろう。

当初の計画通り、クラーラは病気で身罷りました作戦を強行しようとしているんだよ」


アランさんの言葉で、私はやっとハッと悟った。


この国の女性の結婚適齢期は18歳。

だけど、それより早ければ早い程良いとされている。

だから貴族は大々的に、16歳になる年に社交界デビューをし、一斉にお披露目をするのだ。

いつ嫁に行っても良い、ご令嬢方を。

しかし、逆に18を過ぎるとどんどん嫁の貰い手が減ってゆく。

22歳と言えば、そろそろ行き遅れと言われ始める頃。

王太子の婚約者であるにも関わらず、そんな不名誉はルシェット伯爵夫人には耐えられないのだろう。


「だから、私に話したんですね。

私の言う事であれば、皆が信じ、噂話程度では無く真実として広まるから」


私の確信めいた言葉に、アランさんはう〜んと首を捻った。

思わず私も一緒になって首を捻る。


「それも多少はあるだろうけど……。

我が家はゴリゴリの王族派でね。

つまり母はシシリアちゃんに、ウチの娘は近いうちにいなくなるから、空いた婚約者の席にどうぞお座り下さい、とそう言っていたんだと思うよ」



はっ?

えっ?

エリオットの空いた婚約者の席に………?

私が座るっ⁈つまり、私にエリオットの婚約者になれって事っ⁈


ブクブクと泡を吹いて倒れそうな私を見ながら、エリオットがまた笑い転げている。



こ、こいつぅ!

だからあんなに馬鹿笑いしてたのかっ!


やっと全てを悟った私は、怒りでプルプルと拳を震わせた。



「ごめんね、シシリアちゃん。

母には僕からキツく言っておくから」


逆に申し訳無いくらいに、アランさんが眉を下げ謝罪してくる。

私は慌てて首を振って、そんなアランさんを両手で制した。


「そんなっ!アランさんは何も悪く無いのにっ!

良いんですっ!気にしないで下さい。

それにそもそも私はフリードの婚約者だし。

エリオットの婚約者なんて、元から無理だし」


私の言葉に、エリオットがピクリと片眉を上げ、何故か楽しそうに口角を上げた。


「へぇ………。

悲しいな、クラーラばかりか、シシリアにもフラれちゃったね」


全く悲しんでいないその表情に、私はカッとなって言い返した。


「フルとかそんな話じゃ無くて、そもそも私がアンタの婚約者だなんて、荒唐無稽な話だって言ってんのっ!」


その瞬間、アランさんがあっという顔をして、口元を覆い、横を向いた。


エリオットはへぇっ、と黒い微笑みを浮かべ、私の腕を掴むとグイッと立たせて、ヒョイッと抱き抱える。



「……荒唐無稽ねぇ……。

なるほど、シシリア、少し話をしようじゃ無いか……」


そう言って、庭園からスタスタ歩き出すエリオット。


いや、あれ?

これ、覚えあるぞ?

ちょっ、ヤバイッ!ヤバいってっ!


アランさ〜んっ!

助けて〜って、あか〜んっ!


アランさんは頭を下げて、その上に両手を合わせている。


めっちゃ謝罪スタイルですけど、もう、目も合わせない作戦ですね〜っ!


アランさんのっ、薄情者〜〜っ!!





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