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EP.26



翌日、私は転写した書類を持って王宮に来ていた。

内容が内容だけに、誰かに預ける訳にも行かず、エリオットの執務室を訪れる。


「よく来てくれたね、シシリア」


私の来訪と共に、エリオット付きの執務官達が部屋から出て行く。

エリオットの指示だろう。



「はい、これが昨日言ってた書類」


バサリと執務机に置くと、エリオットが驚くべき速さで速読していく。

私も身に付けるよう言われてトレーニングしたが、それとは比べ物にもならない。


「なるほど、フィーネからニーナへの援助は、昨日の会話とも当てはまるね。

ニーナの謎の力への報酬という訳か。

シシリアは、ヤドヴィカ夫人の死を調べている様だが、何か不審な点でも?」


コイツ、どこまで知ってんだよ。

まぁ、早々に2人に監視をつけたのなら、私がエリクに命じてヤドヴィカ夫人の死因について調べさせている事も気付かれて当然か。


「別に、ただ気になったから、念の為」


プイッとそっぽを向く私に、エリオットは眉を下げて困り顔になった。


「ごめんね、シシリアの行動に監視をつけている訳じゃ無いんだよ?

ただ今回は、調査対象が同じだったものだから」


申し訳無さそうなエリオットを、私はチラッと目だけ動かして見つめる。


後ろめたさを感じているから、いつもより過剰に反応してしまうのかも知れない。

私は溜息を吐いて、腰に手を当てた。


「いいわよ、仕方ないわ。

その代わり、今後アンタが掴んだ情報も、必ず私に教えてよね」


エリオットはニッコリ微笑んで頷いた。


「分かったよ、約束する」 


そう言って小指を私に差し出してきた。


え〜〜……。


面倒くさそうに、その指に自分の指も絡ませる。

エリオットは嬉しそうに笑って、グイッと繋がった2人の小指を引き寄せると、私の小指にキスを落とした。


「シシリアに誓って、必ず約束を守るよ」


いや、そこは神に誓えよ。

いやいやっ、やっぱりあんな奴に誓わんでいいっ!


ってか、隙あらばキスするの止めろっ!



私はその手を強引に振り払って、キスされた小指をゴシゴシと服で拭った。


「ひ、酷いよっ!シシリアッ!」


机にワッと泣き伏すエリオットを無視して、私はサッサッと扉を開ける。


「じゃ、私もう帰るわ、用も済んだし」


あばよとヒラヒラ手を振る私に、エリオットが涙に濡れた情けない顔を上げて、口を開いた。


「今日は庭園にキティちゃんが来てるよ。

挨拶していったら?」


んなっ!

それを先に言わんかっ!

そういう事なら、尚更こんな所には用がないぜっ!


あばよっ!


まるで猪の様に、扉を蹴破らんばかりに飛び出していく私の背に向かって、エリオットの嘆く声が聞こえた。


「シシリアちゃんったら、冷た過ぎるよ〜っ!」



情けなさ過ぎるこの国王太子の嘆きを背に、私は一目散に庭園に向かった。



わっほ〜いっ!

久しぶりにキティたんに会える〜!

何だかんだ言って、私ってあんまり、いや、ほぼキティたんに会えないのよね〜。

女だから、クラウスの側近って訳にはいかないし、何だかんだと私も忙しいし。


魔法の修行、剣術指南、自分の鍛錬。

フリーハンターとして討伐依頼も受けているし。

これらに加えて、貴族令嬢の主催するお茶会という名の情報収集と人脈作り。

もちろん、お邪魔するばかりでは失礼にあたるので、自分でも主催する。


意外に息つく暇もないくらいに、毎日忙しくしてるのよ?

体力だけは自信があるから、しっかり食べてしっかり鍛えてしっかり寝て。

毎日動きまくってるって訳。


しかし、そうなると、キティたんに会える機会がほぼ無い……。

キティたんは邸に引き篭もっているから、精力的に動き回る私とは相容れないのよね〜。

用も無いのにひょっこり邸を訪ねる様な関係じゃ無いし……。


まぁ、学園に入学すれば、クラウス名指してキティたんの専属ボディガードになれるから、そうなれば一気に距離縮めてガッツリ側に引っ付いているんだ〜。


そりゃもう……お早うから、おやすみまで……ハァハァ……。


……ハッ!今私、あの犯罪者と同じ思考回路になって無かったっ!


い、い、いかん、いかんっ!

危なーーッ!

自重せねば、自重自重。


私は墓石の様に重い自重という二文字を背負いつつ、庭園に着き。

そこでクラウスの膝の上でプルプル震えるキティたんを発見し……。

背中に背負っていた自重の二文字が、サラサラと砂と化して風に飛んでいくのを感じた。



か、が、がわいいーーーっ!


やっぱり可愛いっ!

推ししか勝たんっ!

尊すぎてしんどい……。


口元を手で隠して喜びに打ち震える私に気付いたノワールが、相変わらず優雅な所作でこちらに近づいて来て、花を背負ってフワッと笑った。


いや、花が邪魔。

キティたんが見えない。



「やぁ、シシリア。エリオット様に用でも?」


何故私が王宮にいるだけでアイツに結びつくのか、コイツの頭の中は花弁で埋め尽くされているのか。


「ええ、でももう終わりましたから」


まぁ、当たりなんだけども。

私は淑女スマイルでノワールに微笑み返す。


「なら、丁度良かった。あちらで僕達と一緒にお茶でもいかがですか?」


えっ?

はなからそのつもりだが?

とはおくびにも出さず、私は再びニッコリ微笑む。


「まぁ、ありがとうございます。

ではお言葉に甘えさせて頂き、是非ご一緒させて頂きますわ」


是非、というところを強調すると、ノワールは手の甲を口元に当てて、クッと笑った。


なんだよ?失礼な奴だな。


「お受け頂き光栄です。シシリア嬢、どうぞお手を」


ハッ?

お手しろって?

犬じゃ無いんだが?


などという事はもちろん無く、ノワールの恭しく上向かせた掌に自分の手を乗せる。

ノワールのエスコートで、お茶会の席に近付くと、ジャンがブスっくれた顔でこちらをジトッと見ていた。


何だよ、不細工な顔して。


「お前ら良くやるよな〜。

そんな社交界ごっこして、尻が痒くなんねーの?」


なるが?それが何か?


口を尖らせるジャンの隣で、ミゲルがクスッと笑った。


「ジャン、ノワールのはごっこでは無く、もう日常なのですよ。

誕生日を迎えて成人しているのですから」


そう、この国では、男子は15歳で成人する。

ちなみに、令嬢の様に16歳になる年に皆で一緒に社交界デビュー、お披露目とかは無い。

誕生日を迎えれば、自動的に大人とみなされ、それ相応の所作を求められる。


「ちなみに、この中で成人をまだ迎えていないのは、ジャンとレオネルだけですね」


ミゲルの言葉に、ジャンがますますブスっくれた。


「そんなの分かってるけど、俺、成人してもそんな面倒臭え事出来ねぇよ」


まだまだ少年っぽさを残すジャンの方が、隣で微笑んでいるノワールより年相応に見える。


しかし、家督を継ぐ可能性のある男子がいつまでも子供では困るのだ。

無駄な争いにも繋がりかねないし。

そんな訳でこの国の男子は15歳の誕生日をもって成人となる習わしだが、当然その日から大人の所作が出来るものなどほぼ居ない。


ちなみに、高位貴族になるほど学園の入学が遅くなるので、入学時には男女共に成人しているという、前世ではあり得ない現象も起こる。


何故、高位貴族程学園への入学が遅くなるのかというと、単純に必要が無いから。

高位貴族になると自宅に優秀な家庭教師を招いて学ぶ事が殆どなので、下手したら学園の高等教育など、入学前に終了している。


それでも学園に入学するのは、最低でも3年は学園に在籍する事、それが高位貴族に定められている、暗黙のルールだから。


社交界に一歩出れば、高位貴族と下位貴族が合間見える事はほぼ無い。

その為表向きは、身分の貴賎なく平等な自治を謳っている王立学園で、お互い一生徒同士として交流を図る、という事が定められている。


高位貴族からは無駄な時間だとの意見が毎年出ているが、高位貴族とお知り合いになれるチャンスを逃したく無い下位貴族からの要望が絶えない。


下位貴族にしてみれば、王立学園に通う事は一種のステータスなので、初等科から通っている者が多い。

勿論、費用がそれなりにかかるので、途中自主退学する者は多いが、それは気にするところでは無い。

あくまで入学した、通っていた事が重要なのだ。

更に、途中自主退学組の家では、何年通わせていたかでマウントを取り合い、お互いの経済状況を計ったりもする。


とても分かりやすいシステムが構築されている。


しかしそうなってくると、どうしても高位貴族が学園への入学を引き伸ばしてしまう。

下位貴族の考え方を浅ましいと捉え、同じ様に見られたく無いと考えてしまうからだ。

擦り寄ってくる下位貴族の相手も面倒と考える者もいる。

いや、そこを交流させようとしているんだが?

とも思うが、仕方ない。


高位貴族の中では、学園の入学が早い事は俗っぽく下品な事と嫌われる傾向がある。

自然、高位貴族は高等部からの入学になりやすい。

そう考えれば、原作キティが初等部から学園に通っていた事は、侯爵家令嬢という身分を考えれば、とても特異な事だったと言える。

ほぼ前例無し。

だがそんな事全く気にしないキティ。

そこにシビれる憧れるぅっ!



で、そんな原作キティとは違い、こちらの第二王子の膝の上でプルプル震えているキティたんは、目立つ事はせず、大人しく高等部からの入学を待ってらっしゃる。



「あ、あの、クラウス様……お、降ろしてくださいまし……」


弱々しく懇願するキティたんの腰を、クラウスがますますグッと引き寄せる。

ビクビクプルプル震えながら、キティたんはクラウスを見上げ、頬を膨らませた。


「……クラウス様……降ろして下さいまし」


先程より語気のキツい声色に、クラウスがビクリと体を震わせ、何故か頬を赤らめながらキティたんに巻き付けていた腕を離した。


すかさずノワールがキティたんの手を取り、優しく立たせる。


キティたんは私に向かって、それは美しいカーテシーで礼をとった。

流石、あのグローバ夫人が完璧な淑女と評すだけはある。


「ご機嫌よう、キティ様。

急にお邪魔してしまって申し訳ありません」


私史上最高級の笑顔でそう言うと、キティたんは口元を綻ばせ、はにかむ様に微笑んだ。


「お越し下さり光栄です。シシリア様」


あ〜〜声がロリッ子……。

耳が溶ける。

幸せ………。


ゲル状になりそうな自分を必死に支えながら、私はニコニコとキティたんに笑いかけた。


「おい、座れば?」


ジャンが椅子を引いてくれる。

おい、どうした?頑張ったな。


ノワールがキティたんの為に、私の隣の椅子を引いてくれた。


やったっ!隣同士で話せるっ!

ヤバいっ!ドゥフフッ!

嬉しすぎる。


もちろんそんな心の内などおくびにも出さず、私は静かに椅子に座った。

同じ様に私の隣に腰掛ける、キティたん。


あぁ、小ちゃい。

手の爪まで可愛い。

髪の毛ふわふわ。


私がティーカップを手に持ち、一口飲むと、キティたんも同じ様にお茶を一口飲み、お互い見合って微笑み合った。


ああっ!し〜あ〜わ〜せ〜っ!



「不思議ですね。シシリアでも、キティ様と並ぶと令嬢に見えます」


驚愕した様なミゲルの声が、せっかくのひと時に水を差す。


上がった口角をピクリと小さく震わせると、ミゲルがヒィッと悲鳴を上げて、レオネルの背中に隠れた。



「キティ様はとても優秀だと聞いていますわ。

もう中等部相当の学問を修了なされたとか」


空気を読めない可哀想なミゲルは放っておいて、キティたんに話しかけると、その頬がほのかにピンクに染まる。


「そ、そんな、私なんて、皆様に比べたら……。

邸に篭って勉強ばかりですから。

シシリア様こそ、とても素敵なお茶会を主催されたとか」


ああ、あの師匠から譲ってもらった緑茶と煎餅パーティーね。

皆新しい物が好きだから、確かに好評だったけど、キティたんが知っていてくれたなんてっ!


えっ?これもう両思いじゃない?


天にも昇る気持ちでニヤニヤとご機嫌でキティたんを眺める。


クラウスから黒いオーラが漂っているが、知ったこっちゃ無い。


ああ〜報われる。

今までの全ての努力が全て報われる。


なんなら学園入学までの分もと、心ゆくまでキティたんとの時間を堪能する。

しかし、一つ残念なことは、やはりこの分厚く、鼻まで隠している前髪。

この下に、あの可愛いエメラルドグリーンの瞳があるかと思うと、その瞳で見つめられたいと、ついつい欲が出てしまう。


「キティ様は、その前髪をお切りになろうとは思いませんの?」


あくまで自然に、優しく問いかけると、キティたんはワタワタと前髪を両手で押さえ、申し訳無さそうにシュンとした。


「も、申し訳ありません……この様な不恰好な姿で……」


いやいやいやっ!

気にしないでっ!

それはそれで可愛いからっ!

めちゃんこ可愛いよ?

ってか、何しても可愛いからっ!

こっちこそ、なんかすんませんっ!


同じ様に私もワタワタと焦り、無意味に両手を上下に振って首をブンブン横に振る。

我ながら、凄い器用な事しとるな。


「いえっ、とても素敵ですわ。

キティ様はどの様にされていてもお可愛らしいですもの。

ただちょっと、視界が遮られては危ないのでは、と思いまして」


焦りつつも何とか伝えると、キティたんは口元をフワッと微笑ませ、穏やかに答えた。


「ご心配頂き、ありがとうございます。

実は意外と、この前髪越しだからこそ見えるものもあるんですよ。

私は、この前髪越しに見る世界が好きなんです」


その瞬間、風がブワッと吹いてキティの前髪を巻き上げた。

優しく真っ直ぐ光るエメラルドグリーンの瞳は、まるで彼女の魂の輝きの様に、美しかった。





……ああ………。


そうだったのか………。


ここは、本当に乙女ゲーの世界だったんだ。

おとぎ話みたいな、夢の世界。

奇跡に満ちた、希望の世界。


目の前がより一層美しく、輝いて見える。


ありがとう。

誰かに感謝したくなる。

ありがとう。

目の前のキティに、貴女に祝福を。

ありがとう、ありがとう、ありがとう。



心の内から幸福感が満ち、胸がいっぱいになった。


腹の底から叫びたいほどの幸せに、笑いたいのを必死に我慢する。




全ての幸せを噛み締め、私は優雅に微笑んだ。


「ええ、キティ様の言う通り。

キティ様にしか見えない世界がありますものね」


「ありがとうございます、シシリア様。

その様に言って頂けたのは……ふふ、シシリア様で2人目ですわ」


思い出し笑いをするキティに、私もふふっと笑った。



風が少し肌寒くなってきたけど、そんな事気にならない程、私の胸の中は満たされていた。






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