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EP.25



「会話が聞きたいな。少し近づこう」


エリオットがそう言い、私の手を引いて2人に近付く。

その頃には瘴気を抜け、鬱蒼と木々が生い茂って薄暗いとはいえ、2人の表情がハッキリと確認出来た。



「ごめんね、ありがとう、ニーナ」


すっかり元の目に戻ったフィーネは、憔悴した顔でニーナに申し訳無さそうに詫びた。


「あんたもこんな事、良くやるわよね」


侮蔑のこもったニーナの声色に、フィーネが顔をカッと赤くする。


「仕方ないじゃ無いっ!こうして定期的にアイツのメンテナンスを受けないと、私の身体はドロドロに腐り落ちるのよっ!」


力を絞るように怒鳴るフィーネを、ニーナは嫌そうな顔で睨む。


「知ったこっちゃ無いわよ。

何で私がアンタに付き合わなきゃいけない訳?」


鋭い眼光に怯む様にフィーネは体をビクッと震わせて、弱々しい声を出した。


「ご、ごめんね、ニーナ。

でもアンタが居ないと、この瘴気の中を人の姿を保ちながら抜けられないから……」


ご機嫌を伺う様なフィーネの上目遣いに、ニーナは無表情で目を細めた。


「今のアンタに人の姿なんて必要あるの?」


くだらないと言わんばかりのニーナに、フィーネは目をギラリと光らせた。


「必要に決まってるじゃないっ!

私はゲームが始まったら、絶対にクラウスを攻略するのっ!

それから他の攻略対象も絶対に落とす。

オリジナルには無い逆ハーエンドを迎えるには、この力もこの容姿も、絶対に必要なのっ!

この世界は私が主人公なんだから、私の思う通りになるのよっ!」


不敵な笑みを浮かべ、フィーネは気味悪い笑い声を上げる。

ニーナは心底嫌そうに、侮蔑の目を向けた。


「逆ハーエンド、ね……。

その為に魔族の魔力の種を自ら埋め込むなんて、イカれてんね。

そのせいで、こうやって魔族の元に通って精を注がれなきゃ、人の姿も保てないとか、マジウケる」


「メンテナンスよっ!」


すぐさま言い返すフィーネに、ニーナは嘲笑うかの様に、ハッと鼻で笑った。


「言い方変えたって、やってる事は魔族と交わってるだけじゃ無い。

しかもあんな気持ち悪い趣味に、アンタよく耐えられるわね?

まぁ、私には関係無いけど、いい加減迷惑なのよ。

いつまでアンタらのキモい密会に付き合わなきゃいけない訳?」


ニーナの心底うんざりした声色に、フィーネはビクビクと体を震わせ、ニーナの顔色を伺う。


「ホント、ごめんって。

力が体に馴染んで固定されれば、もうここにくる必要は無くなるからさ。

アイツは子供が好きだから、そろそろ私に興味が無くなる。

その前にしっかりメンテナンス受けとかないと、ヤバいのよ。

ね、ニーナ、お願い。

その為にアンタには沢山お金払ってるじゃ無い。

宝石だってドレスだって、何でも買ってあげる。

だから、お願い、もう少しだけ付き合って」


ペコペコと頭を下げるフィーネを、ニーナは侮蔑の目で見つめる。


「金、ね。別に私は幾らでも自分で稼げるし。

あと何年かしたら、マイヤー家も金持ちになるって、アンタ言ってたじゃない」


ニーナの言葉にフィーネが顔をますます青くする。

その顔を、薄ら笑いを浮かべて眺めた後、ニーナは楽しそうに笑った。


「まぁ、いいわ。後少しくらい付き合ってあげても。

私、アンタの事これでも気に入ってるの。

……前より、ずっとね」


ニヤリと笑うニーナに、フィーネは安心した様に安堵の息を吐いた。






いつの間にか森の入り口に着き、私達は王都へと戻って行く2人の後ろ姿を見送った。


何かどっと疲れた私は、近くの木に体を預けた、と思ったらエリオットだった。


「大丈夫かい?シシリア」


心配そうに私の顔を覗き込むエリオットに、小さく頷く。


「しかし、凄いものを掘り当てたね、シシリア」


エリオットの言葉に、私は真剣な顔で聞き返した。


「あれってつまり、あの隠者ゴードンが魔族って事?」


私の問いに、エリオットは難しい顔で頷いた。


「だろうね。魔族である事は間違い無い。

うまく隠してはいたが、物凄い魔力量だった。

更にあの2人の会話。

まず間違いなく、隠者ゴードンは魔族だ」



魔族……。

人の領域を超えた、元闇属性持ちの人間。

全ての魔族が魔王の称号を持っている。

つまり、この王国に魔王が棲みついているという事……。



「こんな事は初めての事だからね。

事は慎重に進めなければならない。

あの、魔族の魔力の種を取り込んだという少女についても、準魔族として、動向を探っていかなければ……」


エリオットは考え込みながら、そう言った。


「ねぇ、魔族の魔力の種って、人が取り込んだら異形に成り果てる筈よね?」


私の問いにエリオットは頷く。


「そうだね。今までは、人が取り込むと体がドロドロに溶けて、腐って消滅するとされていた。

準魔族になれる人間はほぼ存在せず、人の形を保ったまま準魔族になれるかなれないかは、運によるんじゃないかと言われていたが……。

今日その謎が解明したね。

魔族に選ばれ、メンテナンスと呼ばれる何か、あの少女の場合は、魔族の精を注がれる事、そういった事が必要だと分かった。

これは帝国もまだ解明していない、とんでもない事だよ」



なるほどね〜。

私は遠ざかって行く2つの影を見つめながら、せせら笑った。


ヒロインがゲーム開始前に闇落ちとか、本当に笑えない。

単純で単細胞なフィーネのお陰で、こちらは重要な情報を得る事が出来た。


あの女、原作に無い逆ハー狙いとか、強欲過ぎるでしょ。

その為に魔族と通じ、魔族の魔力の種を自ら埋め込むなんて、どこまで浅はかなんだか。



「だけど、あの女が魔族からどんな力を譲り受けたか、それが分からなかったわね」


口惜しい気持ちで、知らずに爪を噛む私の手をエリオットが優しく奪って、顔を覗き込んできた。


「流石にそこまでは無理と言うものさ。

魔族にしろ、準魔族ににしろ、その力がどんなものか知る事は非常に困難なんだ。

何しろ奴らが力を使う時で無いと、魔族の魔力を探知出来ないんだから。

つまり相手が魔族だと気付いた時には、その力の餌食になっている。

当然、魔族の正体もその力も、誰にも伝える事が出来ない。

そこが魔族の厄介なところで、奴らを捕えられない原因の一つなんだ。

さっきのあの準魔族の少女だって、僕らの証言だけで準魔族と認定するのは難しいだろうね。

平常時は、普通の人間と変わらない。

当然、魔力測定器にも引っかからないからね」


エリオットの説明を聞いて、あのフィーネを今すぐどうにか出来ない事は分かった。

だが、フィーネを学園でキティたんと一緒にするなどあり得ない。

あの女は、〈キラおと〉を熟知している。

当然、ゲームが進み、エンドを迎えればキティたんが死んでしまう事も知っていて、ゲームする気満々なのだ。

人の命など何とも思っていない。

そんな人間、いや、既に準魔族に堕ちた者など、キティたんに近付けられない。


何とかアイツの学園入学を阻止しなければ……。


思案に暮れていると、エリオットが難しい顔で口を開いた。


「でも、僕はむしろあの、もう1人の方の少女が気になるな……。

あの子からは、一切の魔力の力を感じなかった。

確かに、魔法も、魔族の使う魔術の痕跡も無かった……にも関わらず、あの2人があれほど濃い瘴気の中で平気だったのは、あの少女の力のお陰だと、さっきの会話でも明らかだ。

しかし、その力の正体が見えてこない……。

……いや、もしかすると………」


まるで独り言の様に呟いていたエリオットが、何か思い当たる事でもあるのか、その瞳をキラリと光らせた。


「なに?あの、ニーナの力に何か思い当たる事があるの?」


私はとにかくどんな情報でも欲しいと、エリオットの服を掴んだ。


エリオットは顎に手をやり、暫く何事か考え込んでいたけど、急にパッと私の顔を見て聞いてきた。


「シシリア、あの2人を調べさせたんだよね?

だから、今日あの2人がここに来る事も知っていた」


急なエリオットの問いに、私は反射的に頷いてしまった。


確かに、エリクとエリーの報告で、2人が10日間隔でここに来ている事を知っていた。

だから、前回2人がここに訪れてから丁度10日後の今日、ここに先回りしてあの2人を待っていたのだ。


だけど、どうしてあの2人を調べさせていたのか、それを聞かれても答えられない。

私は内心焦りながら、エリオットの様子を伺った。



「シシリア、悪いんだけどその報告書、僕に貸してくれないかな?」


エリオットの言葉に、背中に冷たい汗が流れる。

けれどそんな事は表には出さず、私は平気な顔で首を傾げた。


「いいけど、転写した物でも良い?」


私の言葉にエリオットは直ぐに頷いた。


「もちろん、それで充分だよ」


ほんの少しの後ろめたさを感じながら、やはりそんな事はおくびにも出さず、私は頷いた。


「分かったわ。それじゃあ、明日にでもアンタのところに持って行く」


「ありがとう、シシリア、助かるよ。

……あと、この事なんだけど……」


エリオットが言いにくそうに続けた。


「当分、誰にも秘密にして欲しい。

僕の方は、アランとルパート、それからニースには話して、帝国、王国の騎士団をいつでも動かせる様、裏で準備をしておいてもらう。

だが、当分はこの3人以外には話さないつもりだ」


エリオットの言葉に私は目を見開いた。


「陛下にも報告しないつもり?

それから、クラウス達にも言わないの?」


私の問いにエリオットは人差し指を口の前に立てて、片目を瞑った。


「少しの間だけだよ。時が来れば全て話すさ」


悪戯っぽく笑うエリオットに、私はここにきてやっとコイツがどんな事でも利用する人間だという事を、やっと思い出した。


楽しそうにヘラヘラ笑うその顔をジト目て見つめながら、今度はどんな企みを思い付いたのか、と頭痛のする思いだった。








邸に戻り、自室に入ると、私は直ぐに例の報告書をエリオット用に転写した。

書類を転写するくらいなら、生活魔法で事足りる。


しかし、私は全ての書類を転写した訳では無い。


エリクとエリーが別紙に纏めていた、2人の会話を書き写した物。

これだけは転写しなかった。


改めて、その書類に目を落とす。



2人の会話は主に、フィーネがニーナに〈キラおと〉の内容を説明するものだった。

会話中にフィーネが何度も『何回も説明したけどね……なのよ』と言っている通り、ニーナの方は〈キラおと〉をまったく知らず、且つ興味も無いようだ。


会話の内容で、2人がもっと幼い頃からの知り合いだった事が分かる。

更に、先に接触したのはフィーネの方からだったようだ。


ゲームの内容を1、2共に熟知しているフィーネが、2のヒロインにどんな用があって近付いたのか……。

まぁ、碌な内容ではなかった事は分かる。


しかし、フィーネはニーナに返り討ちにでもあったのだろう。

結局はまるで子分のような関係になってしまっている。



……しかし、この女。

本当に笑わせてくれるわ。


乙女ゲーなんて、ガチのオタクじゃん、マジきもい、とか言って、散々馬鹿にしてくれたくせに……。


何がクラウス攻略、逆ハーエンドだよ……。



あの時の事、未だに私が知らないとでも思っているのだろうか……。



私はその報告書をグシャリと握りつぶし、炎で焼き尽くした。



良いわ、アンタの言う、その、アンタが主人公の何でも思い通りになる世界とやら……この私が握り潰して燃やし尽くしてあげる……。



暗闇の中、ニヤリと笑う私は、どれほど醜い顔をしていただろう……。

それは、誰も知らない。

私だけの秘密にしなければいけない領域だった……。






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