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EP.24



「……ここが、迷いの森」


目の前の鬱蒼とした森を前に、私は一つ深呼吸をして、ギュと拳を握った。



「薄暗くて、何か怖くない?

この中に本当に入るの?」


うん、何故いる?いや、愚問か。


隣に立つエリオットを横目でチラッと見て、スンッと感情を無にする。


大丈夫、全然無問題。

こいつは、私が成長さえすれば撃退出来るロリコンの人。

気にしない気にしない。



「シシリア……」


耳元で急に囁かれ、ピャッと飛び上がる。


「こんな所に何の用があるのかな?」


言いながらツツツと顎を撫でられ、ガマ油をダラダラ流す私。


大丈夫……大丈夫……。

コイツは、ロリコン。

成長さえ、すれば……。

オサラバ出来るんだっ!


黙って耐えていると、調子に乗ったエリオットは、フッと耳に息を吹きかけた。


「イギャァァァァァァッ!」


めちゃくちゃにエリオットに殴りかかり、フーッフーッと荒く肩で息をついた。


「ごめんにゃはい、調子に乗りまひだ……」


顔をボコボコに腫らし、エリオットが泣きながら謝ってくる。



こ、コイツは、ストーカーという犯罪を平気で犯し、サイコパスなロリコンで、更にセクハラ野郎だった!

何故っ!耐えねばならんっ!

今すぐこの場で滅したところで、感謝こそされ、責める者など居ないだろう……。


ゴゴゴッと片手に炎の塊を浮かせ、無言でエリオットを見つめると、エリオットは流れる様に鮮やかな土下座を披露した。


「本当にっ!申し訳ございませんでしたっ!」


顔を土につけて詫びる、その美しい土下座に免じて、私は炎の塊を仕方なく消してやった。


「着いてくるのはいいけど、邪魔しないでね」


もう、諦めるしか無く、ジロリと睨んでそう言うとエリオットはゆっくりと立ち上がり、パンパンと服についた土を払った。


おい、額にまだ土がついてんぞ。



エリオットは私の両手をそっと握り、静かに呟く。


「スキル、隠密、気配遮断」


瞬間、私の周りを何かが包んだ。


「これで僕達の存在は気配まで他人から遮断された、会話も物音も消えたから安心して」


エリオットの言葉に私はふくれっ面で奴を睨む。



がっげっ!

がっげぇよぉぉぉぉぉっ!

スキルかっけぇぇぇぇぇぇっ!


私が使いたいっ!

私がつかいたかったぁぁぁぁぁぁっ!!


内心駄々っ子の様に泣き暴れ、ムッスーとしていると、エリオットがフワッと笑った。


「シシリアの役に立てて良かった」


嬉しそうに微笑むエリオットに、ちょっと後ろめたくなって、私は目を逸らした。


まぁ、人のものを欲しい欲しいと駄々こねるのは良くないな。

うん、私がロリのうちは便利なスキル使いたい

放題だと思えば良いか。


チラッとエリオットを上目遣いで見て、モゴモゴと呟く。


「……あ、ありがとう」


エリオットはパァッと破顔して、コックリ大きく頷いた。



その時。

ガサっと遠くで音がして、私達は咄嗟に近くの木の影に隠れる。


2つの影が、こちらに近づいてくる。

私とそんなに変わらない様な歳の頃の、少女2人だった。


1人はブラウンベージュのたおやかな髪、ヘーゼルナッツ色の大きな瞳の優しげな少女。


もう1人は、キャラメルブロンドの髪に、蜂蜜色の気の強そうな大きな瞳。

だけど、眠たそうに半分瞼を降ろしている。



私は〈キラおと〉のヒロイン2人と思い比べて、ブラウンベージュがフィーネ、キャラメルブロンドがニーナだと確信した。


怠そうなニーナの手を引いて、フィーネがズンズンこちらに向かってくる。


エリオットのスキルで姿も気配も消えているとはいえ、私は思わずゴクリと唾を飲み込んで、木の影に身を隠した。



「早くっ、ニーナッ!

約束の時間が過ぎたら、私殺されちゃうっ!」


焦った様にフィーネが声を上げる。


「煩いわね……、私には関係無いわよ」


煩わしそうなニーナの声に、フィーネが目尻に涙を滲ませた。


「分かってるけど、お願いっ!

今は急いでっ!」


それでも急ごうとしないニーナを、フィーネが必死の形相で引っ張り、森の中に入って行った。



「あの子達がシシリアがここに来た目的?」


エリオットが光の無い目で、目の前を通り過ぎる2人を見ながら言った。


声は漏れていないとは分かっていても、ヒヤッと背筋を冷やした、その瞬間……。


目の前を通り過ぎるニーナがチラッとこっちを見た。


えっ?

見えてる……?


ブワッと冷や汗を流すが、ニーナは無表情のまま私達から視線を逸らした。


えっ?

えっ?どっち?


混乱していると、エリオットが力強く肩を抱いて耳元で囁く。


「大丈夫。僕達の姿は見えていないよ。

気配も察知出来ない筈なんだけど……随分勘の良いお嬢さんだ……」


エリオットが片眉を上げて、ニーナの後ろ姿を眺めている。

その声色の冷たさに、ゾクッと背中を震わせた。



「と、とにかく追うわよ」


冷や汗を流しながら、エリオットの手をギュッと掴み、引っ張った。

そうして手を繋いだまま、2人の後を追う。


何故かそれ以上、私の知らないエリオットを見たく無くて、そうしていないといけない気がした。


エリオットは私と手を繋いで、いつもの様にヘラヘラ笑っている。

その顔に何だかホッとする。

何故なのかは、分からなかったけど。



フィーネとニーナは迷いなく森の奥へと進む。

その後を追いながら、どんどん霧深くなる景色に無意識にエリオットの手を強く握った。


奥に進むごとに濃くなってゆく霧に、エリオットがピクリと眉を動かし、ボソッと呟いた。


「魔力遮断、気配探知」


エリオットが呟いた後、霧の色が濃くなってゆき、やがて真っ黒になって視界を奪った。


エリオットが先に気配探知のスキルを使ってくれていなかったら、2人を見失っていただろう。


「これ、魔力の瘴気……」


私の呟きに、エリオットが小さく頷く。


「主に魔物が発生させる黒い霧……瘴気だね。

生きるものを根こそぎ腐らせる。

魔獣は死ぬ瞬間に辺りに瘴気を撒き散らす。

だから魔獣はバッサリ一刀両断にコアを切るか、魔法で狩ってその被害を最小限にしなきゃいけない。

だけど魔物は生きているだけで周りに瘴気を撒き散らす。

光属性の魔法で瘴気を抑え、討伐後直ぐに浄化する必要がある」


エリオットの言葉に、私は息を飲んで訊ねた。


「こんな王都からそう離れていない場所に、これだけの瘴気を発生させる程の魔物の群れがいるって事?」


私の問いに、エリオットは首を振った。


「いや、これは魔物が発生させている瘴気では無いね。

もっと人工的なもの……とでも言えばいいのかな?

人からこの森の奥を隠し、撹乱している。

リターンワープの魔術の気配があるから、多分本来ならこの手前で森の入り口に飛ばされて、この瘴気さえ見る事は出来ないと思うよ。

僕らは魔力遮断で進めているけど……。

あの2人は何でなんだろうね?」


エリオットのヒヤリと冷たい声に、私は前を歩く2人の気配を追った。


迷いなく奥へと進むその気配に、次々に疑問が浮かぶが、とにかく今は2人を見失わない様について行くしかない。




やがて、森が開け、鬱蒼とした空間に一軒の山小屋が見えた。

こじんまりとしたその小屋の扉を、フィーネがコンコンと叩くと、中から小太りの中年の男がのっそりと現れた。

分厚い眼鏡をかけ、肌は湿疹で荒れ、大きな鷲鼻、ボサボサの髪に汚れた爪、出っ歯のせいで口が微かに開いていて、そこからハァーハァーと荒い息を漏らしている。



どうした事だろう……。

この世界に転生してからというもの、周りがキラキラと煌びやかで色とりどりにチカチカと輝いているせいだろうか……。

私はその男の容貌にクラクラと目眩を起こした……。


咄嗟にエリオットが体を支えてくれたが、なかなかの衝撃に耐えられず、薄目でその男を見つめる。



くっ……。

情け無いっ!

前世ならアレくらいで目眩を起こさなかったものをっ!


私は改めて乙女ゲーの恐ろしさを再認識した。

何せ、その辺歩いている人でさえ、それなりに容姿が整っている。

果物屋のオヤジさんでも、でっぷりしたお腹ながら目がクリクリしていてキュートなのだ。

あと、基本、清潔感の無い人間がほぼいない。

爪の先までキラキラしている。

流石、乙女ゲー。

耽美の祭典。



くだらない事を考えながら、意識を保つ。

情け無い事に、その男の醜さに腰が抜けそうなのだ。


「シシリア、気にせず、僕に体を預けて。

あの男は、醜怪の魔術を自らに掛け、特に女性に険悪される様にコントロールしている。

自身に掛けている魔術は遮断出来ないんだ、ごめんね」


そう言われて私は首を弱々しく振った。


何だよ、気の持ちようじゃないかっ!

しっかりしろ、私っ!


ギュッと拳を握り、姿勢を正す。

アレくらいっ!人の容姿の範疇じゃ無いかっ!


「でも、何でわざわざ自分にそんな事を?」


ガクガク震える足を誤魔化す様に、エリオットに聞いた。

エリオットは私の肩を抱いて支えながら、首を捻る。


「さぁ、分からないな。

とにかく、様子を見よう」


エリオットの返事に私は冷や汗を流しながら頷いた。

くっそぉ、あの男、厄介な術を使いやがって。




「ハァハァ、フィーネたん、待ちくたびれたよっ!」


その醜い顔を近づけられ、フィーネはうっと少し身を引きながら、ご機嫌を取る様な笑いをその顔に浮かべた。


「ご、ごめんなさい、隠者様。

でも、時間通りだったでしょ?」


フィーネの鈴が鳴る様な声に、隠者と呼ばれたその男は、ニタァッと醜悪な笑みを浮かべる。


「もう、フィーネたんっ!

僕の事はゴードンと名前で呼んでよ。

僕と君の仲じゃないか……」


そう言って、ゴードンという名の隠者は、フィーネの頬を意味ありげに撫でた。


ゴツゴツとした汚い手で触れられ、フィーネは顔を歪ませながらも無理矢理に口角を上げる。


「え、ええ、そうね、ゴードン。

ごめんなさい」


フィーネの返答に満足したのか、ゴードンはふひひと笑ってフィーネの肩を撫でた。


「さぁ、いつものメンテナンスをしてあげよう。

中に入って」


フィーネは震えながら、中に足を進め、小屋に入って行った。


ゴードンが扉を閉める瞬間、ニーナをチラッと見て、ニチャアと笑う。


「本当にニーナたんはいいの?」


期待するようなゴードンの問いに、ニーナは相変わらず無表情で答える。


「私には必要無いわ」


その返答に、ゴードンは軽く肩を上げ、笑って言った。


「まっ、そうだろうね」


何故かその動作と喋り方だけ、見た目とチグハグな印象を受けた。



パタン。


小屋の扉が閉まり、フィーネとゴードンの姿が消えると、ニーナは庭のハンモックに横たわり、スヤスヤと寝始めてしまった。



そのまま時が3時間ほど経った後、小屋からフィーネが真っ青な顔色で出てきた。


足元もフラフラとおぼつかないが、表情だけは恍惚として、目はギラギラと金色に輝いている。

目の瞳孔が、爬虫類の様に縦に伸びていた。



「ちょっ、アレって……」


エリオットの服をギュッと握って小声で言うと、エリオットは小さく頷く。


「うん、魔物の目と一緒だね」


コクリと息を飲み、エリオットと見つめ合う。


……一体中で何をしていたんだろう……。

人が魔物の様な目を手に入れる意味は……。



「じゃ、フィーネたん、また10日後に。

忘れない様にね」


そう言って舌舐めずりするゴードンに、フィーネはフラフラと頷いた。


そのフィーネの体を面倒臭そうに抱えながら、ニーナが引き摺り、2人は元きた道を戻って行く。


私達も慌てて2人の後を追った。


最後にチラッと小屋を振り返ると、そこにゴードンの姿は既に無く、細長い黒い靄が人の形に揺らめいていた。


瞬きをする間に、それは消えてしまって、私は首を捻りながら2人を追った………。




2人はやはり何の迷いも無く、元来た道を歩いて行く。

来た時と違うのは、今度はニーナがフィーネを引き摺る様に引っ張っている事だ。


フィーネはとにかくニーナに気を遣って、その腕を引っ張っていたが、ニーナは無遠慮にフィーネの襟首を掴み、煩わしそうに引っ張っていた。

まるでゴミ袋でも運んでいるかの様な扱いだ。


そうしているうちに、フィーネが多少回復したのか、何とか自分の足で立ち、そこからは2人は手を繋いで歩き出した。


真っ暗な瘴気の中、2人の気配を追っていると、前から何やらボソボソとした話し声が聞こえる。


エリオットがピクリと眉をあげ、私達はお互いの顔を見合わせた。



……もしかしてこれは、何か情報を得るチャンスかも知れない。


そう思い、知らずに唾をゴクンと飲み込む。



一体この2人はあの隠者と呼ぶ男の所に何をしに来たのか?

フィーネのあの魔物の様な目は……。


きっとこの2人の会話で分かる事がある筈。

一言も聞き漏らさまいと、私は拳に力を込めた……。





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