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EP.239


「じゃーなっ!アインデル王国っ!達者でなっ!」


高い城壁を登り、そこからトウッ!と飛び降りた私は、スチャっと着地して、パンパンと膝を払いながらゆっくりと立ち上がった。


「さぁっ!私の冒険の始まりよっ!」


清々しい気分で空を見上げている私の背後から、間伸びしたいつもの声が聞こえる。


「リアーー、お昼のお弁当忘れてるよーー」


だよなっ!うんっ、知ってたっ!

コイツにバレてない訳ないんだわっ!


ルーッと涙を流しながら、私は悔し気に後ろを振り返る。

そこにはニコニコ嬉しそうに笑いながら、弁当箱を抱えているエリオットの姿が………。


「いよいよ行っちゃうんだね……リア……。

立派な冒険者になるんだよ……」


グズっと鼻を啜りながら私に弁当箱を差し出すエリオット。


「学園の卒業式もまだなのに、生徒会長としての最後の仕事も投げ出すくらい早く冒険者になりたいんだね、仕方ないよね」


目尻に溜まった涙を拭いながら、無理やりに笑う(演出)エリオット。


「……今度はいつ会えるか分からないね。

リアが帰ってきた頃には、この王国もキティちゃん仕様の愉快な場所になってると思うよっ!(EP.102参照)

楽しみにしててねっ!」


ふふっと穏やかに笑うエリオット………。


………お前、懐かしいネタを出してきやがって………。


バサッとマントを翻し、スタスタと今飛び越えた城壁の門へと向かう。

エリオットはキラキラとした瞳ですれ違う私を見つめた。


「リア………残ってくれるのっ!」


うるせーよっ!白々しいっ!

キティコミケ王国の話を出しといて、よく言うわっ!


チッとデッカい舌打ちで返し、私はイライラしながらドカドカと、今度は門から王都へと戻る。

その私を嬉しそうに慌てて追いかけてくるエリオットを、門兵が目を丸くして見送っていた………。






「気分くらい良いじゃないっ!気分くらいっ!」


その一件を知ったレオネルに無言で頭にゲンコツをもらい、涙目でそのレオネルを睨む私。


あの後、門兵からアロンテン家に問い合わせがあり、激怒したレオネルにひっ捕まったという訳だ。


「あ〜〜でもいいよなぁ、冒険者」


王宮の庭園のティーテーブルに突っ伏して、ジャンが溜息混じりにそう言った。


「……お前らはいい歳して、いつまでそんな事を言っているんだ」


既に国の中枢として動き出した私達に、勝手に国外に出て冒険者になるなどという選択肢など無い事くらい、私もジャンもよく分かっている。


分かってはいるが、少年心が疼くもんは仕方ないだろっ!

私なんか、ファンタジー皆無の世界から転生してきたんだぞっ!

目の前にニンジンだけぶら下げられて走らされる馬の気持ちになってみろっ!

動物虐待で訴えてやるっ!


ブルル〜っと荒馬の如く鼻息の荒い私に、キティが可哀想なものを見る目を向けてきた。

お前を背中に乗せて暴走してやろうかっ!


「シシリィは卒業生代表なんだから、式には出なきゃダメなのよ?ねっ?」


まるで子供を諭すような口調のキティを、ギッと睨みつけた。

そんな事分かっとるわいっ!

そもそもな、お前の魔の手からこの国を守る為に、私はここにいるんだぞ?

このままだとな、エリオットは誰とも婚姻せずに、後継ぎも作らないつもりなんだからなっ!?

そしたらお前とクラウスの子供が次期国王になっちゃうだろ?

その後ろ盾になったお前がやる事なんか、一つだっ!

王国を超クソデカコミケ会場にすんだろっ、お前っ!バカヤローーッ!

そんな事、この愛国心溢れる私に耐えられる訳がないだろっ、コンチキショーー………。


色々言いたい事はあるが、睨むだけで我慢してやってる私に向かって、キティはドードーと馬を落ち着かせるようなジェスチャーをしている。


ロリッ子がモノホンのロリッ子になる呪いを、更にしつこくかけといてやろうか……このガキ………。


チッと舌打ちをしてから、私はブータレてそっぽを向いた。


「それにしても、もうキティ達が卒業なんだね」


花を背負い儚げに微笑むノワール。

本当になぁ………。

学園に入学してから、色々あったなぁ。

準魔族認定されたフィーネ(ニアニア)に、キティの死神に堕ちたシャックルフォード。

テレーゼを助け出し、無事に叙爵させる事も出来た。

リゼも、ゴルタール家からの長い支配から解放出来たし、レオネルと結ばれる事も出来た。


………助けたくても助けられなかった命もあった。

皆がそれぞれ痛みを抱えながらここまで来たんだ。


最初はキティを助ける為だけに強くなったんだったな。

でもその力はそれ以外にも役立てる事が出来た………。


最初は乙女ゲーの世界だと思っていたここにも、沢山の人間がいて、それぞれが様々な人生を生きている。

画面越しにゲームをしているだけじゃ分からない、人々の人生模様があった。

確かにそこには、血が通った人の生き様があったんだ。


前世の記憶のある私だけど、今はこの国が心から好きだ。

国も国民も守りたいと思う。

だから本当に、冒険者になる夢はもう良いんだ。

元々最初から、異世界転生したならそりゃ冒険の旅に出るっしょっ?くらいのテンションだったし。

何だかんだ、フリハンターになって魔獣討伐とかダンジョン攻略とか好き勝手にしてるし。


この国にいたって冒険は出来る。

沢山の経験が出来るって分かったからな。


私はんーーっと背伸びをしてサッパリした気持ちでキティに振り向いた。


「卒業式が終わったら、いよいよアンタらの婚姻式ね」


ふふっと笑うとキティは顔を赤くして、小さくコクンと頷いた。


「……本当に長かった……やっとだね、キティ」


そのキティの両手を握り、自分の方を向かせて、クラウスは熱っぽい溜息をつく。


「……はい、クラウス様……王子妃として至らない私ですが、精一杯頑張りますので、どうか……あの………す、す、末長く、よろしくお願い致します」


もはや、大事なところで噛むのはキティのデフォだ。

様式美と言っても良い。


真っ赤な顔で俯くキティの顎を掴んで上向かせると、クラウスは唇が触れそうなほど顔を近づけ、蕩けるような顔で囁いた。


「……もちろん、キティを手放す気なんて、俺にはないよ……未来永劫、ね」


う、うむ。

なんだろう………?

末長くと未来永劫、同じような意味なのに、未来永劫って言われた方が背中に冷たいものが走るのは………。


なんかもう、生まれ変わっても粘着しそうな勢いがある。

いやマジで。

たぶん、言っている人間の人間性の問題なんだろうけど。


密かにヒィィィィィッと身震いしていると、どさくさに紛れてエリオットが私の手をギュッと握ってきた。


「ハァハァ……リア……僕もリアの事、未来永劫………」


気色悪い息遣いで耳元で囁いてきたエリオットに、超近距離からその顔に拳をめり込ませる。

メキョッと楽しげな音がして、エリオットの顔の中心が私の拳の形に綺麗に窪んだ。


「……エリオット様の唯一の取り柄である顔を、お前………」


呆れたように私を睨むレオネルだが、その言葉の威力の方にエリオットは凹んでいた。

これでわざとでは無く天然なのだから、レオネルは下手したら私よりエリオットに酷い事してきてると思う。

いいぞ、もっとやれ。









その数日後、私達の卒業式が厳粛な空気の中執り行われた。


「卒業生代表、シシリア・フォン・アロンテン」


「はい」


名前を呼ばれ、私は起立して壇上に上がった。

壇上の上から皆を見渡し、ゆっくりと口を開く。


「冬の厳しい寒さも和らぎ、桜の蕾が色づく季節となりました。

本日は、私たち卒業生のためにこのような式典を催していただきましたこと、心より御礼申し上げます。

学園理事長様初め教職員の皆様にご臨席を賜り、また御心の籠ったお祝いと励ましのお言葉を頂き、卒業生一同感謝の念でいっぱいでございます」


型通りの挨拶を始めた私だが、そこで言葉を切り、息を整えると、凛とした声で皆に語りかけ始めた。


「今、ここにいる生徒の皆様は、将来この国を支える、一人一人が尊い国の柱です。

身分や出自はこの先、あなた方にとって何の意味もありません。

あるのはただ己のみだと思って下さい。

卒業生の皆様はこの学園で学んだ事に自信と誇りを持って、次の世界に飛び込んで頂きたい。

そして在校生の皆様がその背中を迷い無く追いかけられるような、そんな姿を見せて下さい。

この学園は私達の世代で大きな変革を迎えました。

それはここにいる皆様を正しく評価する為に必要な変革でした。

それを経て、この学園に選ばれた自分に自信を持って下さい」


真っ直ぐに生徒達を見つめると、皆その瞳に強い意志を浮かべ、一点に私を見つめている。

私は満足気に微かに口角を上げた。


「そして、在校生の皆様。次はあなた方の番です。

私達卒業生の行く道を、どうか曇りなき眼でしかと見ていて下さい。

道理を外れる者がいれば、この学園で学んだ同志として、遠慮無く指摘して下さい。

この学園で学んだ日々を思い出させてあげて下さい。

いくら優秀な人間でも、そこに血が通っていなければ人を幸せする事は出来ないのだと、叱ってやって下さい。

皆様、国とは、人です。

国民一人一人が、この国を生かす尊き存在なのです。

そこには人の血が通っているのです。

どうかその事を忘れず、高貴で気高い正道を歩いていきましょうっ!」


ガッと拳を振り上げると、生徒達が立ち上がり、ワァァァァァッ!と歓声を上げた。

教師陣は少し呆れ顔でそれでも嬉しそうに笑っていた。

学園理事長の席に座っているエリオットが、穏やかで優しい目で私を見つめている。


「本日をもって学園を去ることに、名残惜しさは尽きませんが、多くの方のおかげで本日を迎えられましたことに感謝申し上げます。

ご指導いただいた先生方、学生生活を様々な形で支援してくだ さった職員の皆様、多くの時間を共有してきた学友の皆様、ずっと見守ってくれた家族、これまで支えて くださった全ての方に心より御礼を申し上げます。

最後に、この王立学園の益々の御発展と、この場にいる皆様のご健康をお祈りいたしまして、ご挨拶と代えさせて頂きます。

卒業生代表シシリア・フォン・アロンテン」


最後に頭を下げ壇上を去る私に、生徒達の歓声がまだ鳴り止まない。

式を進めていたユランとリゼが顔を見合わせ、諦めたように皆が落ち着くのを待っている。


「まったく前代未聞の答辞でしたよ、アロンテン生徒会長」


先生達の前を通った時に、呆れ顔でそう言われて、私はへへっと笑い返した。

もちろん、褒めていない、という顔を返されたが。





卒業式は無事に終わり、私達は新生徒会主催の卒業を祝うパーティーの会場へと集まった。


「………なんか、あっという間だったね」


キティがホールのステージを遠い目で見つめている。


「そうね〜〜あそこでクラウス達に糾弾されてアンタが泣いていたのが昨日の事のようよね」


「いや、泣いてない」


私によって記憶の改竄が行われた事にキティが光の速さで訂正を入れてくる。

いやぁ、そうだったっけ?

キャラ的にはピーピー泣いて欲しいとこだったんだがなぁ。

ほんと、土壇場になると見た目からは想像出来ない強さを発揮するよな。


クックックッと笑うと、キティが頬を膨らませて私の脇にズビシッズビシッと手刀を入れてくる。

痛い痛いっ!そしてたまに痒いっ!

やめたまえっ!


2人でわちゃわちゃ戯れて(?)いると、生徒達が代わる代わる挨拶にやってきた。

その対応に私とキティが追われている間に、時間はあっという間に過ぎていく。


いつの間にかダンスの曲が流れ始め、キティはOBとして招待されていたクラウスにあっという間に連れ去られて行った。


「シシリア嬢、私に貴女と踊る栄誉を与えて頂けますか?」


で、私の方にはもちろん、コイツ。

私に向かって片手を差し出しにこやかに微笑むエリオットに、小さく溜息をついて、その手を取った。


「ええ、理事長、こちらこそ光栄ですわ」


ニッコリ微笑み返しながら、周りには見えないようにギラッと目を光らせ、エリオットの耳元に低く囁く。


「前みたいに無理やり2曲目を踊ろうとしたら、毟るからね、その髪」


私の本気を感じ取り、エリオットは笑顔のままヒュッと青くなった。

そのままギクシャクと私をエスコートすると、ダンスを始める。


色々あったがコイツとこうして踊る事も既に慣れっこになってきた。

以前ならお互い婚約者のいる身(偽装)って事で、コイツとのダンスを避ける事も出来ていたが………。

今はお互い、こうして踊っていても、もう何も問題の無い関係になってしまった。


私も学園を卒業して、もう学生では無くなる。

前世では辿り着けなかった卒業式まで経験出来た。

失った学生生活をキティと一緒に過ごす事が出来たし、楽しい仲間も増えた。

それも全て、コイツが無理やりに王太子である自分の婚約者に私を据えなかったお陰だ。


私に今まで自由をくれたエリオット。

その代わり、皆の言う通りコイツは色んな我慢を重ねて、それでも私の好きにさせてくれていたんだろう。


公爵家に生まれて今まで、私がここまで自由に生きてこれたのは、そう出来るようにエリオットが守ってくれていたからだ。

まるで真綿のような暖かい何かで、私が私らしくいられるように包んでくれていた。


………が、私がそんなもんに収まるたまだと思ってもらっちゃ困るな。

エリオットに守ってもらわなくても、私は私の生きたいように生きる。

真綿だろうがなんだろうが、そんなもんに包まれていちゃ、結局窮屈で仕方ない。


私は私を貫かせてもらうっ!


決意も新たにガンっとエリオットの足をヒールの踵で踏むと、流石エリオットは呻き声も上げず、まるで何も無かったかのように微笑み続けている。

だが、その額に薄っすら冷や汗が噴き出している事を私は見逃さなかった。


「まぁっ、理事長、お顔の色が……。

良ければあちらでお休みになられますか?」


わざとらしくそう言って、私はエリオットをパーティ会場から連れ出し、庭園へと誘導した。


「リアったら、運動神経良いのにあんなステップを間違えるだなんて、どうかしたの?」


庭園に出るやいなや、近くあったベンチに倒れ込み私に踏まれた足を抱えるエリオット。


「あんなの、ワザとに決まってるでしょ?」


フンっと鼻で笑うと、エリオットはだよね?とでも言いたげに片眉を上げた。


「それで?こんな所に連れ出して、一体何をされちゃうのかな、僕は」


ふふっと楽しげに笑うエリオットに、私はハッと笑って真上の月を見上げた。


そうだな、私は私らしく、自由に生きる。

誰にも私の生き方は決めさせたりしない。

アロンテン公爵家だろうが、例えエリオットだろうが、私の自由はもう奪えない。


これが私の結論だ。






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