EP.237
地下牢に繋がれたゴルタールは、王国裁判にかけられ、正式に罪人として裁かれる事が決定した。
様々な罪を暴かれたが、最も重い罪はやはり、外患誘致罪と国家反逆罪だ。
グェンナを利用して北の大国に武器を不正輸出していた事、これが外患誘致罪になる。
そして、挙兵して王宮に攻め込んで来た、これはもう立派な国家反逆罪だ。
実際は魔族であるニシャ・アルガナに魔獣や魔物を使い王宮を襲わせたのだが、まだ王国民に魔族がこの国に存在していた事実を知らせる訳にはいかない。
兵を使って襲撃してきた事にするしかないが、幸いにもあの場にいた貴族に、それに否を示す者は1人も居なかった。
外患誘致罪にしても国家反逆罪にしても、どちらもこの国で最も刑の重い罪である事には変わりない。
判決は一つ。
極刑。
ゴルタールは本来貴族に与えられる、最も一般的な極刑、毒杯を賜る事も許されず、斬首刑に処される事に決まった。
民衆の前に引き摺り出され、全ての罪を白日の元に晒された後に。
その後、家門は取り潰され、財産は没収、公爵位は剥奪される。
ゴルタール家門の人間は1人残らず国外追放になり、更にゴルタールの名も、永遠に抹消。
これにより、ゴルタール公爵家を名乗る人間はもう、未来永劫現れる事は無い。
ここまでの刑を執行された貴族は今だに王国には1人もいない。
家門が取り潰しになり、貴族位を剥奪され、王家に返還した者はいるが、その名は後に王家から他者に領地と共に下賜される事が殆どだ。
だがゴルタールはその名さえこの世から抹消される。
ゴルタール公爵家という名ごと、ゴルタールと共に散る運命にあった。
陛下や父上がやりたかったのはこれだったのかと、今になってやっと分かった。
ゴルタールを捕らえる事はもちろん容易な事では無かったが、当主を罰して終わるようなそんな生温い結果にするつもりも無かったのだろう。
罪を重ねてきたゴルタール家をその名前ごと王国から抹消する。
それが陛下や父上、いや、今までゴルタール家と対峙してきた者達の真の狙いだったのだ。
ゴルタール家の被害者が増えないようにと目を光らせるだけでは無く、捕えられずとも何かしら権限を取り上げる事くらいは出来たはずだ。
あえてそれをしなかったのは、ゴルタール家が最大の過ちに手を出した時こそ、捻り潰そうと虎視眈々と狙っていたからだろう。
ここまでのゴルタール家との長い戦いの中、決して功を焦らずただ粛々と機会を窺ってきたその精神には本当に感服する。
………私じゃ、絶対に無理。
ゴルタールを斬って捨ててスッキリ!してしまいそうだもん。
いやホント、なんなら、よく今まで我慢出来たな、自分っ!て思っちゃってるもん。
私が陛下だったら、ここまで綺麗にゴルタールを型に嵌められた自信が無い。
辛抱強さが異常。
陛下もその周りも、何なら今までの王家の人間も、もう異常としか言いようが無い。
まぁ、その辛抱強さのお陰で、今やっとゴルタールを消し去る事が出来るのだから、異常と言うのは申し訳ない気もするが。
異例の速さで判決の下ったゴルタールは、いよいよその刑に処される日が来た。
観衆の揃った刑場に騎士に付き添われ現れたゴルタールに、人々の目は冷え切っていた。
元々、平民達の間でのゴルタール家の評判は最悪だった。
平民を平気で踏み付けにする貴族派の党首だったのだから、それも無理は無い。
「罪人、アゼル・フォン・ゴルタールの罪状は多岐に渡る。
その全ての罪は、既に新聞にて公となっているので、ここでは省くものとする。
ここでは、その最たる罪、外患誘致罪と国家反逆罪によって、その罪を裁くものとする」
刑場の役人がそう読みあげると、観衆からウワァァァァァァァァァッ!と高波のような声が上がった。
「酷いわっ!アンタの邸に勤めていた私の息子は、アンタに口封じで殺されたんじゃないっ!
返してっ!私の息子を返してよっ!」
「うちの娘も、お前におもちゃにされてボロボロになって捨てられたっ!
公爵様には逆らえず、ずっと耐えてきたがっ!
何故お前のような人でなしの罪人が、公爵だなどとデカい顔をしてきたんだっ!」
「子供を学園に入れてやると言うから、全財産を差し出したのに、そんな話は大嘘だったではないかっ!
我が家の大切な金も、全てお前に吸い取られ、男爵位すら失ったのだぞっ!」
「返済が1日遅れただけで、妻と子供を連れて行かれたっ!
俺の妻と子供は闇オークションで売り物にされて帰ってこなかったっ!
人でなしっ!死んじまえっ!お前なんか、早く死んじまえっ!」
至る所から怨嗟の声が上がる。
それはまるで黒い渦になって、ゴルタールに襲いかかった。
だが、ゴルタールはその全てを平気な顔で聞きながら、馬鹿にするように鼻で笑う。
「馬鹿な愚民共がっ!儂は公爵だぞっ!
貴様ら下賎な者どもとは違うのだっ!
貴様ら家畜を儂がどうしようが、全て自由なのだっ!
何故家畜に気を遣ってやらねばならんっ!
それも分からんから、お前らは頭が足りん、下賎な民だと言うのだ。
お前ら如きに、儂を殺せるものかっ!」
アーハッハッハッハッ!と高笑いをするゴルタール。
そのゴルタールの言葉に刑場は水を打ったように静まり返った。
狂ったように勝ち誇ったゴルタールの笑い声だけが響く………。
「………酷い……」
「……家畜だなんて………」
「高位貴族ってだけで、何をしても許されるのかよ………」
「……私達はお貴族様に搾取されるだけなの?」
ザワザワと観衆から声が漏れる。
これに私はとうとう我慢出来ず、処刑場を見渡せる高台の、王侯貴族の為に用意された椅子からガタンッと立ち上がった。
「お集まりの皆様、その罪人の言葉に耳を傾けてはなりません。
その者は数々の大罪を犯した、罪人なのです。
そのような者に、正しく生きるあなた方が貶される謂れなど無いのです。
貴族であろうとそうでなかろうと、犯した罪は等しく、正義の元に裁かれます。
その者は、例え高位貴族であったとしても罪人であり、あなた方とは比べようも無い程の卑しい人間なのです。
そして貴族とは、あなた方国民から搾取する為に国から爵位を賜っているのではございません。
皆様が豊かに暮らす為に法を整え、国を守る為に存在しているのです。
決して民を傷付け足蹴にして良いような存在では無いのです。
あなた方を貶める行為をした時点で、その者は既に貴族とは呼べぬ存在なのです。
どうか皆様、その者の言葉になど心を掻き乱されないで下さい」
学園で培った、生徒会長としての威厳と凜とした姿勢、そして群衆の隅々にまで届く声。
皆が一点に私に注目し、私の言葉を聴いてくれたのが伝わってくる。
誰も一言も漏らさず、シンと静まり返った刑場をグルリとゆっくり見渡した後、穏やかに微笑んで見せると、一気にワァァァァァッ!と歓声が巻き起こった。
「シシリア様〜〜素敵〜〜っ!」
「ありがとうございます、アロンテン公爵令嬢様ーーーっ!」
「そうだっ!シシリア様のような心根の正しい高位貴族様もいらっしゃるじゃないかっ!」
「意地の悪いお貴族どもは、皆んな罰を喰らって消えていったしなっ!」
「王家とシシリア様達のお陰だっ!」
「王家バンザーイっ!シシリア様バンザーイっ!」
セイセイセイッ!
イッツセーーーーーイッ!
もっとこいよーーーーっ!
まだまだイけんだろーーー?
イッツセーーーーーーーーーイッ!
フゥーーーーーーーッ!
「シシリア様バンザーイっ!」
「どうか王太子妃になって下さいっ!」
「我らの次代の王妃様にーーーっ!」
「シシリア王妃様ーーーーっ!」
セイセイセイ……………。
んっ、いや待て待て。
おかしいおかしい。
何かおかしな声が混ざってきてるぞ?
んっ?何て?
王太子妃?
それはアレか、あそこでニマニマだらしない顔でニヤけているアレの嫁になれって事か………?
いやっ!イャァァァァァァァァァァッ!
何故そうなるっ!
なんで、そうなるっ!
待て待て待て待てっ!
王家勢揃い(クラウス除く)でニマニマこっち見んなっ!
私は口の端を微かにピクピクと引き攣らせながら、優雅な微笑みは崩さず、頼むからもう余計な事は言わないで……と涙を滲ませながら観衆を眺めた。
そこに陛下が静かに立ち上がり、私の隣に立つ。
陛下がゆっくりスッと手を上げると、途端にシンと静まり返る刑場。
「シシリア嬢の言う通り、その罪人の言う事になど耳を貸す必要は無い。
その者は国を脅威に晒した大罪人だ。
ここに集まるどの人間よりも卑しく卑劣な人間である」
ゴルタールの頭上からギロリと睨み付ける陛下に、ゴルタールが顔を真っ赤にして睨み返してきた。
「卑しく下賎なのはお前の方だ、アレクシスよ。
貴様の母親が下賎な市井育ちだと、よもや忘れた訳では無かろうな?
この国の王だなどと偉そうな顔をしているが、本来なら貴様は儂と目も合わせられない低い身分の人間なのだぞ。
そのような者に、このゴルタール公爵を裁くだなどと出来ようも無い話だっ!」
陛下を舐め腐ったその物言いに、カッとなって身を乗り出す私の肩を、陛下が優しく押し留め、ニヤッと笑った。
「さて、先程からゴルタール公爵だなどと喚いているが、それは何の事だ?」
クックッと笑う陛下を、ゴルタールが下から忌々しげに睨み上げる。
「我が、ゴルタール家を愚弄するかっ!
ゴルタール公爵家はこの国の建国時より続く、歴史ある由緒正しき貴族家門ぞっ!」
偉そうに声を張り上げるゴルタールに、陛下は尚もクックッと笑うだけだった。
見かねた父上が、スッと前に出て、ゴミでも見るような目でゴルタールを見下ろした。
「まだ正式に発表してなかったな。
その、歴史ある由緒正しきゴルタール家なら、昨日取り潰しの上名の抹消措置をしたが?
今や貴様は、大罪人のただのアゼルという男に過ぎない。
もう、姓などないのだ」
淡々とした父上の口調に、ゴルタールが真っ青になってガタガタと震え出す。
「……なっ、そんなっ、馬鹿なっ………。
我が家は公爵家だぞ………それを抹消だなどと………。
わ、儂が………この儂が………姓も無きただの男だなどと………あ、あり得ない………」
ガタガタ震えるゴルタールは、自分の両手を見つめ、その場にガクッと膝を付いた。
そうだ、この国を内から蝕み続けたゴルタールという公爵家はもう存在しない。
正式に抹消処理された後だからな。
この国を狙う大国に武器を流し、魔族まで使って王宮を襲ったくせに、何故その名が無事で済むと思っていたのか。
お前の思うほど、公爵という位は永久不滅で不可侵なものじゃない。
罪を犯せば誰だって、それ相応の罰を受けるんだよ、たわけ者が。
私の隣に立つ陛下が、皆に見えるように大きな手振りでバッと片手を上げた。
「刑を執行せよっ!」
威厳あるその声が刑場に響くと、騎士達が一斉に背を伸ばして礼をした。
刑場付きの役人が執行人に合図をして、筋肉隆々の執行人が騎士からゴルタール、いや、罪人アゼルを引き受けると、引き摺るように段上に連れて行く。
「ま、待ってくれっ!金かっ?金ならいくらでもくれてやるっ!
だから儂を助けろっ!
儂は、公爵だぞっ!儂の権力で何でも望みを叶えてやるっ!
やめろっ!儂を殺せば後悔するぞっ!
この国の尊き貴族家門が本当に潰えるのだぞっ!」
執行人が断頭台の首固定板に暴れるゴルタールの頭を無理やりに固定して、顔色一つ変えずにその場を離れる。
後ろ手に縛られ、首を板に固定されたアゼル(ゴルタール)は尚もドタバタと暴れ回っていた。
そのアゼルを無感情に眺めていたエリオットが、ゆっくり椅子から立ち上がると私の隣に立ち、そっと肩を抱いてきた。
「元ゴルタール公爵よ、真に尊きはお前が無慈悲に奪ってきた無辜の民達の方だ。
お前が奪っても良いものなどでは無かったというのに。
ゴルタール家門の財産は全て没収済みゆえ、それを全てお前の被害者達への賠償に使わせてもらう。
行方不明になっている者も、現在国主導で捜索中ゆえ、見つかれば彼らにも慰謝料が必要だろう。
お前の金など、もう1ギルも残らぬ」
冷め切ったエリオットの声に、ゴルタールは驚愕に目を見開き、その顔に怒気を浮かべて怒鳴り散らした。
「貴様っ!儂の金をよくもっ!
下賎な愚物共にくれてやる金こそ、1ギルも無いわっ!」
………馬鹿は死ぬまで治らないとは言うが、こりゃ死んでも治りそうにないな………。
私はエリオット同様、冷め切った目でアゼルを見下ろし、口角だけを上げてにこやかに微笑んだ。
「では、ご機嫌よう、アゼルさん。
もう二度とお会い致しませんが、どうかお元気で」
処される者への最大の嫌味を込めて私がそう言うと、陛下が片手を上げてそれをゆっくりと下げた。
それを見て執行人が静かに断頭台のボタンを押す。
ギロチンの刃が光を跳ね返しながら滑り落ち、アゼルの首と胴を2つに分けた………。
ーーーー瞬間、湧き上がる大歓声。
人々の熱狂が渦となり、刑場を埋め尽くす。
………ここに、ゴルタール公爵家、最後の当主がその命で罪を贖った。
「………帝国の蛇の最後の末裔が、やっと消えたな………」
「ええ、建国王から課された壮大な課題を、私達の代で成し得ましたね」
ボソリと囁き合う陛下と父上。
その2人の会話に訝しげな顔をしながら、今だに私の肩を抱くエリオットの手をつねり上げた。
いつまで人前で馴れ馴れしい事しとんじゃ、阿呆めっ!




