EP.236
「………おかしいねぇ….……。
お嬢ちゃんからそんな魔力は感じないのじゃが……。
お前さん、何を隠している?」
師匠の問いにシャカシャカはニヤッと笑った。
「さぁ、私はただの人間だから、隠すも何もないけど」
小馬鹿にするようにニヤニヤ笑うシャカシャカに、師匠は口角を上げ片眉を上げた。
「……スキルかい?」
師匠が短く再び問うと、シャカシャカは弾かれたようにケタケタと笑い出す。
「ほんっと、アンタらって好きね。
魔力〜とかスキル〜とか。
頭大丈夫?自分で言ってる事分かってんの?
かなりイタい人なんですけど」
アハハハッと身を捩って爆笑するシャカシャカに、師匠は気分を害するどころか、興味深げにその様子を眺めていた。
「なるほど、アンタにとって一つ前の人生がよっぽど気に入りだったようだね。
そちらの常識にまだしがみついていたいらしい。
何か良い出会いでもあったのかい?
この現世は気に入らないかい?」
優しく問いかける師匠に、シャカシャカは笑うのをやめて、瞬時にその顔を歪めた。
「………気に入らないわね。
魔法だなんだと、くだらない。
そんなもの、本当に現実にある訳無いじゃない。
だいたい、音楽がダサいのよ、ここは」
膨れっ面でプイッとそっぽを向くシャカシャカに、私は内心頷いた。
そういやコイツ、前世ではいつもイヤホンから音漏れするくらい音楽ばかり聞いていたな。
それでシャカシャカって私があだ名をつけたくらいだもんな。
なんか海外のロックばっかり聴いていた気がする。
あんなもの、この世界にある筈ないもんな。
ドップリ浸かっていたならあのサウンドが無いとそりゃさぞかし辛かろう、ケケケッ。
内心ちょっと小気味良く意地悪に笑っていると、拗ねたようなシャカシャカがジトッとこちらを睨んできた。
おいやめろ、こっち見んな。
「アンタの事も気に入らないのよね。
キショい見た目になっちゃってさぁ。
アンタらしくなくてキモいんだよね」
いや、だから知るかって。
こっちにはこっちの事情があんだよ。
髪伸ばしてんのも私的にはウザいよ?
でもお前みたいにバッサリ切れないんだよ。
こちとら公爵令嬢やぞ?
ってか、平民でもそんなショートヘアしてる奴いないわ。
頼むから空気読め?
結局、前世を引きずってこの世界を現実と認めないのは、コイツもニアニアも一緒かよ。
そっちの方がくだらなすぎて、溜息が出るわ。
あまりにくだらな過ぎて相手にするのも馬鹿らしい。
気に入らない顔でこちらを見ているシャカシャカを無言で見つめ返していると、ややしてシャカシャカは小さな溜息をつき、無表情でボソッと呟いた。
「じゃね、私はもう行くわ」
そうシャカシャカが言った瞬間、その姿がまるで最初からそこには無かったかのように一瞬で掻き消えた。
「おや、大したもんだ」
目を見開いてシャカシャカの居た場所を見つめる師匠。
結局、シャカシャカは師匠にも捕まえる事は出来なかった。
それはつまり、奴の力が師匠を超えている、という事なのだろうか………?
無言のまま嫌な汗を掻く私に、師匠は安心させるように笑った。
「まっ、大丈夫じゃ。あのお嬢ちゃんにはまた会えるじゃろ」
呑気な師匠に、シャカシャカが何を仕出かしたか、そして今後どんな事を仕出かすかも分からない事をコンコンと話してやりたいが、その瞳の奥に有無を言わさない厳しい光を見て、やはり私は何も言えなかった………。
「ご足労頂き、感謝する、赤髪の魔女殿」
その時静かな陛下の声が響き、皆がハッとしてそちらを振り返った。
そういや、陛下は、父上は無事だったのか?
焦って玉座を見ると、そこに擦り傷程度の傷で平気な顔をしている陛下と父上の姿があり、私達は驚愕して目を見開いた。
………えっ、その程度で済んだ、だとっ?
私達でさえ、ニシャ・アルガナの最初の攻撃でもっと傷だらけだと言うのに………。
「おや、流石だね。高位神官にも引けを取らない光魔法の使い手、アレク坊や」
今度はそう言ってニッコリ笑う師匠を、私達はザッと音を立てて振り返った。
「へ、陛下が光魔法の使い手……?」
間抜けな私の声に、師匠がアッハッハッハと声を上げて笑う。
「アレク坊やは光属性持ちで、それなりの魔力量を持っておる。
王族であるがゆえに教会に属してはおらんが、その事は公開されておるがな、一応」
そう言われても、陛下の属性について誰も何も言わないのだが、何故っ!?
ポカンとしている私に、陛下が申し訳無さそうに口を開いた。
「実はエリオット君に頼んで、隠者スキルで属性についての印象を薄くしてあるのだよ。
まぁ、ゴルタール率いる貴族派に力を悟られては面倒だったからな。
侮られているくらいが丁度良い、と思ってな」
お、おう。
どこまでも息子頼みなのな。
いっそ潔くて清々しいわ。
「それに、王たるもの、属性や魔力量で民を束ねる訳にはいかなかいのだよ。
確かに人々は強い王を求める物だが、それは政治的判断力や外交手腕、または為政者としての在り方を見て判断する方がいいだろう。
なまじ光属性だなどと神聖視されやすいものを前面に出しては、民が私を見る目を曇らせてしまう。
王が神聖視され、何事も神の御業と思われては、やり甲斐もないしな」
陛下のくせに何か真面目な事を言っている事に、私はこんなでも本当に一国の王様だったんだな〜〜と妙に感心してしまった。
何だかんだと、賢王なんだよな、この人。
「アレク坊やの母親も光属性の持ち主でな、聖女と呼ばれるに相応しいお嬢さんだったが………。
残念な事じゃ………教会に関与されるのを嫌った前王があの子の力を隠してしまいおった。
名高い賢王に違いは無いが、私はあのやり方にはちと不満が残るね。
この王宮という籠に閉じ込めたりせず、帝国で聖女認定を受けさせておけば、誰もあの子の出自をとやかく言う者など居らなかったと言うのに………」
残念そうに眉間に皺を寄せる師匠に、陛下は軽く肩を上げて哀しげに小さく笑った。
「……父上は何であれ、母上を奪う者を許さなかった。
あの人は国にとって正しくあろうとする反面、母上に対しては矛盾した考えや行動ばかりでしたね。
異常な執着心と独占欲で、決して母上を離そうとしなかった。
それを全て抱えて、母上は押し潰されてしまったが………。
元々、心の強い方ではありませんでしたから」
陛下の言葉に、師匠が静かに頷く。
ただ1人愛した女性を壊してしまうなど、やはり前王は間違っているように思える。
番のような存在と自分の身分差、それを埋められる前王妃の光の力。
なのにそれを決して認めなかった前王。
………一体、何がしたかったのか。
ただ単純に、運が悪かった例だと思っていた前王だけど、これでは随分話が変わってくる。
聖女にさえなれる程の前王妃の力を、何故公にしてあげなかったんだろう。
そうすれば、前王妃だってあんな辛い目に遭わなくて済んだのに………。
む〜〜と納得のいかない顔の私に、師匠が軽く溜息をついた。
「あのお嬢さんの真実を知る者は少ないが、それでもそれを知り得た人間は皆、当時歯痒い思いをしたものじゃ……。
それでも、お嬢さんは確かに、前王の隣で幸せそうにしておった。
それだけは知っておいてやっておくれ」
師匠の瞳の奥が哀しげに優しく揺れている。
その瞳にやっぱり何も言えなくなって、私は黙って静かに頷いた。
「さて、もう良いだろう。
ゴルタールの遮音魔法を解除してやれ」
陛下にそう言われて、大広間の隅でゴルタールを捕らえていた騎士達が、一斉に礼を返した。
あっ、忘れてた。
そういや、師匠が現れてニシャ・アルガナがカインさんに細切れにされた辺りで逃げ出そうとしていたゴルタールを、魔法騎士達がすかさず捕らえていたな。
いやぁ、仕事が出来るぜ。
遮音魔法までかけられていたのは知らなかったけど。
騎士の1人が遮音魔法を解くと、ゴルタールは今まさに目が覚めました、みたいなハッとした顔で、陛下に向かって心配するような声を上げた。
「我が君よっ!ご無事ですかっ!
不肖このゴルタール、今の今まであの穢らわしき魔族めに操られておったようです。
数々のご無礼、どうぞお許し下さい、陛下っ!
私は魔族に操られていた、哀れな被害者なのですっ!
賢王であらせられる陛下が、よもや私のようなか弱き老人に無体などせぬと、私は信じておりますっ!」
しょう、しょう、しょうじょうじ。しょうじょうじのにわは。つ、つ、つきよだ、みんなでてこいこいこいおいらのともだちゃ、ぽんぽこぽんのぽん、ヘーイッ!
って、アホかーーーーーーーっ!
このボケ狸老人っ!
どんだけ狸やねんっ!
ぽんぽこぽんのぽんで一緒に腹叩いて踊る奴はこの場に1人も居らんわっ!
たわけ者がっ!
もう斬って捨てた方が早いな、とカゲミツをカチャリと構え直した瞬間、陛下が狸ゴルタールに向かって楽しげな声を上げた。
「ほぅ、ゴルタールよ、魔族、とは何の事だ?」
わざとそらっとボケた声を出す陛下に、私は黙ってカゲミツを鞘に納める。
そういやこっちには化け狸が居たんだった。
うん、化かし合いの末に妖怪に変化しちゃった最強の狸だよ。
ただの狸じゃ相手にもならん。
陛下の言葉にゴルタールはボケっとした間抜けヅラで、乾いた笑いを漏らした。
「ハハハッ、これは陛下、お戯れを。
先程までそこに、魔族が居て暴れ回っておったでは無いですか………」
嫌な予感がするのか、ゴルタールは冷や汗を流しながら、陛下を窺っている。
「魔族……どこにそんな者が居るというのだ?」
いよいよおかしくなったか?とでも言いたげな陛下に、ゴルタールは焦ったように大きな身振り手振りで先程までニシャ・アルガナが居た場所を指差した。
「何を仰る、つい先程まで、ほれそこにっ!
帝国の魔女が滅していたでは無いですかっ!」
必死に訴えるゴルタールに、陛下は眉間に皺を寄せ、困ったように首を傾げた。
「帝国の魔女?魔女殿は帝国との契約で帝国の土地からは出られん。
そんな方が何故この場に居ただなどと世迷言を申す?」
そうだぞ、そうだぞっ!
赤髪の魔女はな、帝国とそういう契約をしている設定なんだぞっ!
昔ちょっくら暴利を貪る国を壊滅させに出掛けたとか何とか噂はあるけど、噂だから。
あくまで噂だから。
赤髪の魔女は帝国との契約に則り、一度も帝国から出た事は無いんだぞっ!
建前?何の事でしょうか?
赤髪の魔女は約束はちゃんと守るんだからなっ、気分でっ!
へっへーーいとゴルタールを(脳内で)ディスる私。
ちなみに、師匠とカインさんの姿な既に無い。
音も無く消えてしまっている。
「ゴルタールよ、そちの世迷言はもう沢山だ。
その口をもういい加減、閉じるが良い。
貴様は挙兵しここに強襲をかけた。
そして我が国の誇る騎士達に返り討ちに遭い、とうとう捕らえられたのだ」
厳しいものへと変わった陛下の声に、ゴルタールは顔を真っ赤にしてブルブルと震えている。
「ニーナよっ!ニーナはどこに行ったっ!
陛下っ!全てはあの、ニーナ・マイヤー男爵令嬢の企てた事なのですっ!
私はその小娘に騙されただけで………」
「黙らんかっ!」
尚も言い訳を続けるゴルタールに、陛下が怒鳴り声を上げた。
空気をビリビリと震わせるその威圧感に、ゴルタールも真っ青になって口を噤む。
「アゼル・フォン・ゴルタールよっ!
貴様を王家への反逆罪で投獄するっ!
地下牢へ連れて行けっ!」
陛下の指示に、騎士達が礼を示したのちに素早く従った。
ゴルタールの両腕を抱え、ズルズルと引き摺るように引っ立てて行く。
「おのれっ!公爵である儂を地下牢にだなどとっ!
畏れ多いぞ、アレクシスッ!
貴様の腐った平民の血を、必ずや儂が一掃してやろうぞっ!
後悔させてやるからなっ!アレクシスーーーーッ!」
最後の最後まで抵抗するゴルタールを、私はハンカチをヒラヒラと振って見送った。
「地下牢も悪くはありませんわよ〜〜〜。
意外に美味しい食事に、食後のお茶も用意されていますから〜〜〜っ。
どうぞ、ごゆっくり〜〜〜」
お前に超優秀な侍従と侍女がいればの話だけどな〜〜〜。
騎士達に連れられていくゴルタールを、澄み渡る青空を見上げるような気持ちで見送った後、私は両腕を大きく上に掲げた。
「おっしゃーーーーーーーーっ!
やっと捕えたぜーーーーーーーーっ!」
公爵令嬢らしからぬ私に眉根を寄せる父上とレオネル。
楽しげにニヤニヤ笑う陛下。
呆れたように笑うクラウスとノワール。
そして、暖かい眼差しで微笑むエリオット。
この国を永く蝕んできたゴルタール家を、やっと消滅させる事が出来る喜びに、私は胸がいっぱいだった。
ゴルタール家に苦渋を舐めさせられた全ての人間の仇がやっと取れる。
今はもう、失ってしまった命もある。
これで少しでも彼らの魂の安寧になれば良い。
今を生きる私達には、それくらいしか彼らの為に出来ないのだから。
………グェンナとその家族も見ていてくれたかな?
グェンナ達の雪辱も少しは果たされただろうか。
ゴルタールの罪を暴けば、グェンナ達が奴に利用されていた事もやっと公に出来る。
魔族であるニシャ・アルガナがグェンナ家族にした酷い仕打ちまでは、まだ民衆には言えないが、商人アビゲイル・ゴードンがゴルタールに言われてグェンナの家族を卑劣な手で人質に取っていた事くらいは皆に伝えてやりたい。
あの時は助けてやれなくて、ごめん。
でも、グェンナ達の名誉は必ず取り戻すから。
もう少しで、必ず………。




