EP.234
「アンデット系は美しさに欠けて、僕は嫌いなんだけどね」
呑気な事を言いながら、ノワールが土魔法で作ったゴーレムでスケルトン達を次々に破壊していく。
行動不能になったスケルトンを素早くミゲルが浄化魔法で消滅させる。
アンデット系には光魔法でしか対処出来ない。
一時的に行動不能にしたところで、時間が経てばまた復活するの繰り返しだ。
まずは私達の物理攻撃で倒して一箇所に集め、ミゲルが纏めて浄化する。
これがアンデット系を相手にする時の定石だった。
王妃宮の結界を強化し終わった高位神官達もぞくぞくと駆け付けてくれている。
光魔法の強化のお陰で、アンデット系モンスターからの攻撃を受ける事なく倒せてはいるが………いかんせん、数が………。
ゴードンが次から次に増やすもんで、倒しても倒してもキリがない状態が続いていた。
ワラワラと湧き出てくるアンデット達は見ていて気持ちの良いものではない………。
「あ〜〜、もうっ!キリがないわねっ!フレイムウェイヴッ!」
私から放たれた炎の波が、波状に広がり広範囲のアンデット達を焼き尽くしていく。
「仕方ありません、元々アンデット系には手を焼くのは分かっている事です、シシリア」
後ろからミゲルに肩を掴まれ、私はニヤリと笑った。
『アストラルファイァッ!』
2人で同時に光属性を付与した炎の炎弾を撃つ。
アンデットを焼き尽くしながら浄化してしまう、火と光の合わせ技だ。
それで目の前のアンデット達はあらかた倒せたが、やはりゴードンが無数に発生させるので、あまり意味がない。
「やっぱり、大元を絶つしかないね」
溜息混じりのエリオットの言葉に、私達は同時に頷いた。
……は、いいが、魔族かぁ。
魔族とは戦った事ないんだよなぁ。
私ら4属性の力でどこまで通用するのか。
そもそも、魔法で何とも出来なかったら?
そうなれば、単純な物理攻撃になるんだけど、それもどこまで通用するか……。
「まぁ、考えていても仕方ないわね。
諸侯貴族達の避難も済んだようだし、やるしかないわ」
流石、腕に自信のある人間だけを選んだ陛下の目は確かだった。
自分達で保護結界を張り、邪魔するアンデット達を薙ぎ払い、当初綿密に打ち合わせた通りに避難してくれたらしい。
……一部残って戦うと鼻息荒い人もいたけど。
陛下にヘラヘラ笑いながらシッシッと手を払われて、シュンとしながらご退場していった。
さて、これで何も気にせず暴れ回れるってもんよっ!
陛下から少しくらいは建物が壊れてもいいって許可は貰ってるしねっ!
半壊くらいで抑える自信はあるしっ!
よーしっ!いっちょやったるぞーーーーっ!
「ウィンドインパルスーーーーーッ!!」
雑魚共に放った上級風魔法で、敵は纏めて衝撃波に倒れた。
「トルネイドッ!」
すかさずレオネルがその残骸を竜巻で巻き上げ、一塊に纏めた。
それに向かって間髪入れず、クラウスとミゲルの火と光魔法の合わせ技が放たれる。
『クリムゾンノートッ!』
超高熱の蒼い浄化の炎が一塊になっていたアンデット達を焼き尽くした。
「身体強化っ!」
それと共に私は自身の体に強化を施し、素早い走りでゴードンに斬りかかる。
「エアドライブッ!」
そのまま風魔法で高く飛び上がると、愛刀カゲミツを頭上に構えたまま、ゴードンを狙う。
「唸れっ!カゲミツッ!紅蓮爆雷刃っ!」
爆風と稲妻と共に、ゴードンの体をカゲミツが真っ二つに切り裂いたっ!
……が、手応えが無い。
「ミラージュ」
耳元でゴードンが囁き、今斬り捨てた筈の、目の前で真っ二つになっている体がユラユラと幻想のように揺れ、煙のように消える。
ガッと額を片手で掴まれ、ギリギリと締め上げられながら、私はチッと舌打ちをした。
「……ふふ、楽しい方ですね。
我が主人の玩具に丁度良い。
貴女は殺すなと言われていますが、バタバタと煩い手足くらいは捥いでも構わないでしょう。
コンパクトになって持ち運びに丁度良い」
コソコソと耳元で囁かれ、私の額にデッカい青筋が浮かんだ瞬間、その私の額を掴んだゴードンの力がフッと緩み、目の前で腕ごとゴトンッと床に落ちた。
「お触り禁止でお願いしていいかな?」
私を素早く背に隠し、エリオットが優雅にゴードンに微笑んだ。
肘から先が綺麗に切り落とされた自分の腕を眺めながら、ゴードンは意外そうに片眉を上げる。
「おやおや………私の反射速度を超えましたか?今?
目の前の玩具に気を取られていたとはいえ………なかなか興味深い方ですね、王太子殿下」
赤黒い血をボタボタと床に流しながら、ゴードンはニャァと笑い楽しげにエリオットを見上げた。
エリオットの持つ刀から、同じ赤黒い血がポタポタと床に落ちて、床に落ちた瞬間瘴気になって消えていく………。
なるほどなぁ。
ゴードンの腕から流れる血はまだ持ち主、つまり魔族の物だから瘴気になって消えない。
その証拠に、まるで逆再生するみたいに床の血溜まりがまたゴードンの腕に戻っていっている。
対してその腕を切り落としたエリオットの刀に付着した血は、もうゴードンから離れたものとして瘴気に戻るのか………。
皆で一斉に斬りつけて、スプラッタにしつつ少しづつ血を瘴気に還す、とか。
そんな感じで倒さなきゃいけないの?
いやいや、私らどんだけ鬼畜やねん。
まぁ魔族相手に戦いの美学も何も無いんだけどさぁ。
なんかねぇ?
もっと格好良くズバっと勝ちたいのだが?
「うちのリアは君のご主人様の玩具では無いよ?
リアの手足を君が切り落とす前に、僕が君の頭を斬り落としてあげようね」
ニッコリ優しげに笑うエリオットに、楽しげに妖しく笑うゴードン。
おい、魔族が1人増えてない?
想定外な展開やめろ。
魔族に負けない魔の空気感を纏うな。
お前はせめてこっち(人間)側であれ。
エリオットの脇から2人の無言の微笑み勝負を覗き見て、ブルブルと震えながら密かにエリオットの持つ刀をチェックする。
コイツいつの間に自分の刀なんか手に入れてだんだよ。
パッと見ても分かるくらい上級の業物じゃねーか。
よくよく目を凝らして見てみて、私はギョッとしてエリオットの背中をバンバン叩いた。
「アンタそれ、鬼丸国綱じゃないっ!」
素っ頓狂な声を上げる私に、エリオットは不思議そうに小首を傾げた。
「オニマルクニツナ?なんか物騒な名前だね。
クニツナって呼ぶ事にするよ」
首だけこちらに振り返り、ニコニコ笑うエリオットをボコボコにしたい衝動に駆られる。
馬鹿やろうっ!ソイツは天下五剣の一振りだよっ!
他にも国綱名のついた刀はあるが、その中でも業物中の業物、国宝級品なんだよっ!
「リア達がヴィクトールに刀を贈られた同じ時期に、僕もこれを貰ったんだ。
ヴィクトールの夢の中に神が下りて、僕に渡すようにって言われたらしいよ?
でもほら、僕は荒事向きじゃないから、日頃は部屋に丁重に保管しておいたんだけどね、今日は流石に帯刀しておいた方が良いような気がして、持って来たんだ」
……ぐぅっ!
鬼丸国綱を、何でよりにもよってこんな奴に………。
ぐぞぅっ!クリシロの奴っ!
エリオットになんかやらないで、私にくれよっ!
貰ったところで私なら使わんがっ!
保存魔法をかけて丁重に展示するけどねっ!
ましてや魔族を刀の錆にする為持ち出すなど言語道断っ!
男なら拳ひとつでやったらんかいっ!
鬼丸国綱を持ってくんじゃねーーーーっ!
発狂しそうになってガクガク震える私を、エリオットが不思議そうに見つめている。
ま、まぁ待て、落ち着け、私。
いくら前世の鬼丸国綱に完全一致しているとはいえ、これはこの世界で生み出された、ヴィクトールさんの神の一振り。
前世の鬼丸国綱とは似て非なるもの………。
いくら魔族の腕を容易く斬り落としたとしても、あっちの鬼丸国綱とは違うんだァァァァァァ…………いいなぁ、欲しいなぁ………。
涎を垂らさんばかりに鬼丸国綱をガン見していると、溜息をつきながらゴードンが軽く肩を上げた。
「本当に面白い方達ですね。
魔族を目の前にして、そんなに呑気でいられるなんて。
やはり帝国とは違い、王国では魔族の存在に真実味が欠けますか?
それとも、貴方がたが特別神経が狂っているんですかね?
どちらかと言うと、私は後者な気がしてならないのですが」
「同感だな」
ペラペラとよく喋るゴードンの背後に、いつの間にか立っていたクラウスが、片手でカムイを振りかぶり、一刀両断にゴードンを真っ二つに斬り捨てた。
「おやおやこれは参りましたね」
脳天から真っ二つになって唇も左右に2つに分かれていると言うのに、全く何の問題も無く喋り続けるゴードン。
「王国の王子達は実に興味深い。
帝国にも私の後ろを取れる人間はいませんでしたけどね」
真っ二つになった体が血から神経までウネウネと動いて引っ付いていく。
瘴気に戻っていったのは、やはりカムイについた血のみだった。
「貴方、闇属性をお持ちですね?」
まだ斬られた後が薄っすら浮かんでいる状態で、ゴードンはグルンッと上半身だけクラウスに向けた。
「ああ、懐かしいなぁ………。
私もかつては闇属性持ちの唯の人間だったんですよ?
魔族に迎えられてからの方が長いですが、それでも人間であった頃をよく覚えています。
そうそう、今の貴方のように、無感情な顔をしていました。
貴方も随分苦しそうですが、何故こちらにいらっしゃらないのですか?」
真っ赤な口をパカっと開けてニタニタ笑うゴードンに、クラウスがくだらないとばかりに鼻で笑った。
「まるで魔族に堕ちる事が決まり事のように言うんだな。
そうでは無い人間を、俺は俺以外にもう1人知っているが、毎日楽しそうにしているぞ?
むろん俺も、毎日が楽しくて仕方ないが、お前は違うのか?」
クラウスの言葉に、ゴードンは気分を害したのか眉間に皺を寄せた。
「本来得られる力を手にしないなど、愚の骨頂だと思わないのですか?
闇属性の力など、魔族の力の前では足元にも及ばない。
ですが、この力を求める権利が唯一与えらている属性でもあるのです。
それを開花させないなど、貴方もその貴方のお知り合いも、愚かとしか言いようがありませんね」
嘲笑うかのようなゴードンの歪んだ笑いにも、クラウスの表情は1ミリも動かされない。
それどころか、その瞳の奥に憐憫さえ浮かべていた。
「お前は闇属性にしては大した魔力量がなかったのでは無いか?
他属性よりは魔力は高かったのだろうが、闇属性持ちの魔力量はそんなものでは無い。
そのお前が魔族に堕ちたところで、一国を消滅させると言われる魔族の力など得られなかった筈だ。
魔族には魔王の称号が必ずつくが、お前の称号は誰が決めた?
自分で勝手に魔王と名乗っているだけなんじゃ無いか?」
淡々と口を動かすクラウスとは対照的に、ゴードンの顔から余裕の笑みが徐々に消えていく。
その顔に明らかな怒りを浮かべ、ゴードンはバッとその場で飛び上がった。
「おやおや、王子様は怖いもの知らずでいらっしゃる。
私の実力を過小評価なさるとは、命知らずにも程がありますな。
では、とくとご覧あれ。
これが貴方が到達する事が出来ない、魔族の真の力ですっ!」
ゴードンがそう言うと、ベキベキと音を立て背中に黒く大きな羽が生え、額から禍々しい角が2本生えた。
バキバキと音を立て、体が強靭な筋肉で覆われ、瞳が赤黒く光る。
その姿こそ魔族としての完全形態なのだろう。
準魔族として覚醒した歪なフリードの姿とは全く違う。
ゴードンから放たれる禍々しい黒い気だけで、何人かの騎士が気を失い倒れる程だった。
大広間が濃度の高い瘴気に包まれ、息苦しさに皆が顔を顰める。
それだけで無く、圧倒的な圧に今にも膝が折れそうな者ばかりだった。
「リフレックスッ!」
ミゲルが放った広域光魔法が大広間を覆い、ゴードンから放たれる瘴気が消え去った。
せめて空気が正常になった事で持ち直す事が出来たが、以前目の前の、上空に浮かぶ魔族から放たれる圧に耐えられる者は、私含めてそう多くは無い。
「アンタさぁ、何で無駄に怒らすのよっ!
なっちゃったじゃん、魔族の姿にっ!
あんなもん、どうしろって言うのよっ!」
余計な事をしたクラウスに早速文句を言うと、クラウスは平気な顔でケロッとしている。
「アレは大した魔族じゃ無い。
お前、俺や師匠が魔族に堕ちたとして、あんなもんだと思うのか?」
ゴードンを指差し、サラッとそう言うクラウスだが、そんなもんっ!比べんなっ!
お前らの魔族バージョンなど想像したくも無いわっ!
間違い無く史上最強の魔王が爆誕するわっ!
国どころか惑星ごと破壊される想像しか出来んわっ!
生きとし生けるもの皆消滅じゃねーかっ!
マジ史上最悪な2人だなっ!
迷惑過ぎて、言葉も出ねーよっ!
ってか、どこと比べて奴を煽ってんだよ、バカっ!もう本当にバカっ!
「今すぐごめんなさいして、とりあえず人間の姿に戻って頂けっ!」
激おこ状態の私にクラウスはくだらないとでも言いたげにハッと鼻で笑う。
「図星を突かれて逆ギレした相手に何故わざわざ謝らないといけないんだ?」
だ、か、らぁっ!
図星を突くなっ!
もっと慎重に扱えっての、バカっ!
ぐぬぬっとクラウスを睨んでいると、ゴードンがバサッとその羽を一振りした。
突風が巻き起こり、鋭利な刃物のように私達の体を刻んでいく。
『ストームシールドッ!』
咄嗟にレオネルと2人で叫んで、大広間にいる人間全てを覆う保護結界を張る。
「ソイラスウォールッ!」
重ねがけするように、ノワールがその上から土魔法で強固な土の壁を出現させた。
しかし、私達のシールドがバキバキと音を立て、ゴードンの風圧に脆くも崩れ去っていく。
「ライトシールドッ!」
ミゲルの保護結界のお陰で、私達のシールドが崩れ去る前に、皆をゴードンの攻撃からギリギリ守れる事が出来た………が、既に傷だらけ。
身体中あちこち傷だらけじゃねーーーかっ!
アホクラウスッ!
無駄に煽るだけ煽ってスンッとした顔してんじゃねーーーよっ!
お前は本当にバカだなぁっ!




