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EP.23



レオネルが呼んでくれた執事長に、事のあらましを説明すると、執事長ルーベルトは直ぐに理解し、頷いてくれた。


「分かりました。王太子より賜った大事な人材です。

必ずやお嬢様のお役に立てる様、鍛えて差し上げましょう。

このアロンテン家の邸に侵入した者達です。

素質は充分ですからね。

間者としても、従者としても、立派に育ててみせます。

お嬢様、他にご希望は?」


ニコニコと人の良さそうな好々爺然とした見た目だが、ルーベルトはこれでとんでもない人物なのだ。


お爺様が作った、アロンテン家お抱えの諜報部隊〝梟〟前主領として、お爺様と共に幾多の戦を駆け抜けた強者でもある。


エリクとエリーは、彼に任せておけば問題無いだろう。


「教育が終わったら、2人は私専属の、エリクは従者、エリーは侍女にするわ。

それから、私より一年早く学園に潜入させたいの。

その手配もお願い」


私の希望にルーベルトは事もなげに頷く。


「畏まりました。それでは2人には貴族位を用意しましょう。

全て整いますのに、半年ほど頂ければ」


思っていたより短い期間で、2人を仕上げてくれるらしい。


私はルーベルトに向かって強く頷いた。


「充分だわ、ルーベルト。ありがとう」


ルーベルトは優しく微笑み頷く。



「さて、エリクにエリー。

貴方達には覚えてもらう事がたくさんあるけど、ここにいるルーベルトに任せておけば全て大丈夫だから。

あと、困りごとや要望があれば、それもルーベルトに相談して頂戴。

それから、欲しい物があれば遠慮無く言うのよ?分かった?」


私の言葉に、2人は分かってはいない顔でポカンとしている。


「……あの、僕達は一体、何をすれば?」


不思議そうに首を捻るエリクに、私は優しく笑って答えた。


「そうね、間者としての修行以外では、私の側にいておかしくない様、貴族の所作を身につけ、貴族の生活に慣れて頂戴。

あとは沢山美味しいものを食べて、おっきくなる事」


この2人、ガリガリとは言わないけど、凄く細いのよね〜。

気になるわーっ。


「……ご飯は、【銀月の牙】に売られてから、沢山貰える様になりました。

あと、美味しいものは、今回の依頼者が沢山食べさせてくれた。

ね、エ、エリク?」


エリーがまだ慣れないのか、若干照れた様にエリクに言うと、エリクはコクンと頷いた。


「そう、あの金色の髪の人に食べさせて貰ったご飯……凄く美味しかった」


エリクはその味を思い出したのか、タリっと口の端から涎を垂らす。



「ねぇ、ちょっと、貴方達。

【銀月の牙】に売られたって言った?

じゃあその前は何処にいたの?」


2人は私の問いに顔を見合わせ、同時に答えた。


『奴隷商人のところ』


……はっ?

ど、奴隷ーーッ!


目を見開いてルーベルトを見ると、ルーベルトは顔を曇らせ、溜息を吐きながら首を振った。


「我が王国のみならず、帝国でも奴隷制度は廃され、厳しく取り締まっています。

彼らの言う奴隷商人とは、おそらく北の大国の者でしょう」


あ、あ、あの国ぃっ!

ほっんと、ろくでもないっ!


プルプルと怒りを抑えていると、エリクとエリーが続けて口を開いた。


「あの国では、帝国人が人気で、僕らの様な見た目の子供は誰も欲しがらなかった」


「だから私達、ご飯を殆ど食べさせて貰えなくて、木の根を齧りながら、飢えを凌いだの」


淡々と語られる壮絶な内容に、私は怒りを抑える事が出来ず、つい大きな声で叫んだ。


「何それッ!信じられないっ!ってか、許せないっ!」


淑女らしからぬ言動に、ルーベルトの眉がピクリと動く。


「それで?奴隷商人に捕まる前はどうしてたの?」


私の質問に、2人は首を捻った。


「あまり、覚えていない。

【銀月の牙】の人が、隠れ里を隠匿するために、記憶を消されたんだろうって言ってた」


「朧げに、誰かと逃げていた事は覚えているんだけど……」


やはり淡々としているエリクと、少し不安げなエリー。


私は堪らなくなって、2人に抱き付いた。


「分かったわっ!貴方達はもう今日からうちの子よっ!

私の従者と侍女になるんだからっ!

エリオットが食べさせた物より、もっと美味しい物を、たくさん食べさせてあげるからねっ!」


そう言って2人をギュ〜ッと抱きしめ、ルーベルトを振り返った。


「ルーベルト、明日から出来るだけ3人で食事をとるわっ!

2人にも私と同じ物を用意してね」


私の言葉に、ルーベルトがニコニコと笑いながら応えた。


「畏まりました。では、その様に。

お嬢様がお忙しい時や、ご主人様がいらっしゃる時などは私と使用人で彼らと食事を共に致しましょう」


ルーベルトは私の意を汲んでくれて、快く了承してくれた。


その時、レオネルがコホンと咳払いをした。


「んんっ、私は王宮に参じている事が多いが、出来るだけその食事に付き合おう」


頬を若干赤く染めながら、目を泳がせるレオネルに、私は吹き出して笑った。


「分かったわっ、貴方も入れてあげる、お兄様」


戯けた私の言い方に、レオネルはますます頬を赤くした。


エリクとエリーは何が起こったのか分からず、やっぱりポカンとしていた。








それから、私はなるべく2人と一緒に食事をした。

驚くべき事に、本当にレオネルも参加してくれた。

忙しい奴だから、偶にだけど。


2人は学んだ事をどんどんと吸収していって、食事のマナーや貴族としての所作など、驚くべき早さで身につけていった。


間者としても優秀で、当初半年を予定していた修行を、たったの3ヶ月で習得し、ルーベルトにお墨付きも無事に貰えた。


ルーベルトは2人にペイル子爵家の身分を用意し、2人はエリク・ペイル子爵令息、エリー・ペイル子爵令嬢として、それぞれ従者と侍女になり、私に仕える事になる。


力強い味方を得て、私はいよいよ必要な情報を集めようと、動き出す。


手始めに、エリクには〈キラおと1〉のヒロインを、エリーには〈キラおと2〉のヒロインを探ってもらう。


とりあえずは、ここを抑えておかなければ話にならない。


1のヒロインの人柄によれば、キティたんの事情を話し、学園に入学しないよう、つまりはゲームを始めないようお願い出来ないかな?

とか、淡い期待を抱きつつ。



それぞれ調査期間を1ヶ月とし、じっくり調査して貰う事にした。



今日は2人から、その調査報告を受け取る日。


エリクとエリーから書面と口頭で報告を受ける。


「私の調査報告からと思いますが、その前に。

私の調査対象とエリーの調査対象は、既に接触していました」


エリクの報告に、私は目を見開いた。

1のヒロインと2のヒロインが、既に知り合いって事⁈

そんなのゲームでは無かったけど。

公表されてない、裏設定か何かかな?


「ですので、私とエリーの報告には、一部重複している箇所がございます事、予めご了承下さい」


私はエリクに静かに頷き、書面に目を移した。

それに合わせて、エリクが口頭で報告を始める。


「調査対象、フィーネ・ヤドヴィカ男爵令嬢。

6月2日生まれ、13歳。

魔力有せず、属性無し。

以下フィーネと呼ぶ。

ヤドヴィカ男爵家の庶子として産まれる。

父は、ダン・ヤドヴィカ。

母はヤドヴィカ家の元メイドだった、ナンシー・ミラー。

幼い頃は、母と共に市井で暮らしていました。

8歳の頃、その母親が亡くなり、ヤドヴィカ家に引き取られます。

それから直ぐにヤドヴィカ男爵夫人も死去。

男爵と夫人に子供はいなかったので、フィーネが正式な跡取りに決定しました。

もともと、元メイドであったナンシーを深く愛していたヤドヴィカ男爵は、彼女によく似た娘を溺愛しています。

フィーネには妄想癖があり、よく妄言を口にしています。

曰く、自分はこの世界の主人公で、未来の王子妃である、等。

男爵はフィーネにあらゆる習い事や教師、マナー講師を迎えましたが、フィーネはそのどれも拒否し、娘を溺愛するヤドヴィカ男爵も無理強いをしていません」 


おや?

おやおやおやぁ?


エリクの報告に私は片眉を上げた。


おかしいぞ?

このヒロイン、ゲームとまったく違う。


ヒロインは確か、光属性で魔力量も高かった筈。

平民や歴史の無い貴族家から偶に魔力を持つ者が産まれる。

ヒロインもその1人だった筈。


更にゲームでは、ゲームが始まる1年前に、ヤドヴィカ家に引き取られた筈だ。


それと、ゲーム内ではヤドヴィカ夫人は存命の筈。

このヤドヴィカ夫人こそ、1でのざまぁ対象だからだ。


ゲームでのヒロインの設定は、こうだ。


8歳で母を亡くし、それでも素直で心根の美しいヒロインは周りの助けを借りながら、市井で逞しく生きる。

それが急に貴族の娘だったと言われ、男爵家に連れて来られるが、そこでもヒロインは持ち前の明るさで、健気に生きていく。


父である男爵はヒロインを溺愛してくれるけど、男爵の正妻、ヤドヴィカ夫人はヒロインに辛く当たった。

男爵のいない所でヒロインをいじめ倒し、使用人の様に扱い、食事も与えてくれなかった。


それでも健気に、勉強にマナー教育、習い事、家事を頑張るヒロイン。

持ち前の聡明さで、ついに優秀な成績で王立学園に入学。

そこで、王子様、公爵令息、侯爵令息、大司教子息、伯爵令息の、誰かと恋に落ちゴールインするんだから、男爵家の女主人程度では、もうぐうの音も出ないだろう。


誰とゴールインしても、夫人にザマァ出来るという訳。


正に王道のシンデレラストーリー。


この王道ヒロインがたまらない、とよく友達と話したものだ。


ザマァしようがない悪役令嬢しかいない〈キラおと〉の中で、唯一のザマァ要員である、ヤドヴィカ夫人が既に亡くなっている……?


更に、ヒロイン、フィーネの口にしている妄言の内容。


自分はこの世界の主人公で、未来の王子妃である、か……。


なるほど、このヒロイン、転生者だな。

ゲームを熟知し、自分がヒロインである事も分かっている。


つまり、市井で暮らしていた頃から、自分が本当は貴族の娘だと、知っていた。


だからこそ、母親が亡くなってすぐに、自ら男爵家に自分を売り込みに行ったのだろう……。


そして、ヤドヴィカ夫人の死……。



「エリク、ヤドヴィカ夫人の死因は?」


私の質問に、エリクが素早く答える。


「突然死だったとの事です。

ですがかなり苦しんだと見られ、その死に顔を怖がったフィーネの為、男爵は録に調べもせず埋葬したとか」


「そう……」


私は顎に手をやり思案した後、エリクに指示を出した。


「ヤドヴィカ夫人の死因を解明してきて頂戴。

それとルーベルトに言って〝梟〟から優秀な人間を借りてきて、今後はフィーネを監視して」


エリクは一度頷くと、シュッとその場から姿を消した。



「では、次に、私が担当した調査対象について報告させて頂きます。

ニーナ・マイヤー男爵令嬢。

11月21日生まれ、12歳。

以下、ニーナと呼ぶ。

魔力有せず、属性無し。

父はアルバート・マイヤー。

母はマリー・マイヤー。

マイヤー男爵家の一人娘。

マイヤー家は貴族位はありますが、領地は無く、王都民の中流家庭程度の暮らしぶりです。

ニーナは感情に乏しく、無気力な人間で、特に問題などは起こしていません。

日々怠惰に暮らしている様です。

フィーネとニーナは、幼い頃からの知り合いの様で、度々2人でいる所を周りの人間が見ています。

フィーネはニーナに金銭や宝石、衣服を渡している様です。

特に金銭に関しては、多額の額を渡しています。

ニーナはそれを親に渡すでも無く溜め込んでいる様ですね。

2人は昔からよく、王都の端の森に出かけている様ですが、そこで2人が何をしているのかは誰も知りませんでした。

私も追跡しましたが、何故か森の奥で2人を見失い、追跡不可能でした。

シシリア様、申し訳ありません」


シュンと頭を垂れるエリーに私は笑って首を振った。


「いいわ、貴女が追跡出来なかったのには、何か理由がある筈よ。

良くやってくれたわね、ありがとう」


そう言うと、エリーはパァッと嬉しそうに笑った。

随分と感情豊かになったエリーに、私も嬉しくなる。

ちなみにエリクはにへっと含んで喜ぶタイプ。

これもこれで可愛い。



それにしても……。

私はエリーの報告を聞いて、溜息を吐いた。


やはり、2のヒロインも1同様、ゲームのキャラとは違う。


2のヒロインは子供の頃からお転婆で破天荒。

男爵家とはいえ、裕福では無かったが、持ち前の明るさでそれを吹き飛ばし、様々な工夫で日々を楽しく生きている。

17歳になる歳に、母方の祖父の遺産が入り、家が裕福になった事で、王立学園に編入してくる。

貴族とはいえ、市井の人間と変わらぬ生活をしてきた為、貴族の集まる学園の在り方に疑問を持ち、貴族のルールにも納得が出来ず、上下関係を無くして皆で仲良く学べる学園を目指し、その思想に共感した攻略対象達と共に、学園革命を目指す。


って、まぁ、痛いキャラな筈なんだけど……。

エリーの報告では、全くの別人の様だ。


それに、1のヒロイン、フィーネが何故か2のヒロイン、ニーナに多額の援助をしている……。

まるでそこには明確な上下関係が存在している様だ……。


気になる事はまだある。

最近になって2人がよく出かけているという、王都の端にあるという森。


別名、迷いの森。


その森の奥深くに足を踏み入れると、何故か方向感覚が鈍り、気が付くと森の入り口に戻っているという。


近隣に住む人間は、決して森深くまで足を踏み入れないそこに、一体2人は何をしに行っているのか……。


エリーが追跡出来なかったという事は、つまりそこに何らかの魔力が関係しているという事だ。


ふむ、その辺は直接私が行って探るしか無さそう……。



「エリー、貴女もエリク同様、〝梟〟の人間を使って引き続きニーナを監視して頂戴」


私の指示にエリーは静かに頷いた。



「シシリア様、それでですが。

私もエリクも、2人の会話を可能な限り記録しました。

こちらは重複していますので、私の方の報告書に纏めてあります。

……ただ、理解不能な単語が多く、聞き慣れない言葉も使っていたので、聞き取れたままを記録してあります。

ですので、説明の出来ない箇所が多くなり、申し訳ありません」


エリーの報告に私は首を捻り、その箇所に目を落とし、瞬間、全身にブワッと鳥肌を立てた。


汗の滲んだ手で、報告書を握ると、顔を上げる事無く、エリーに告げた。


「いいえ、良くやったわ……。

……ありがとう、エリー。

もういいわ、行ってちょうだい」


私から放たれる尋常では無い黒い覇気に、エリーは息を飲むと、礼をしてからシュッと姿を消した。



体の震えが止まらない……。

腹の底から、腹黒く醜い怒りと憎しみが巻き起こる。




「ああ……そういう事だったのね……。

よく、分かった……」


自分でも驚く程の冷たい声が漏れる。



夜も更け、薄暗い室内で、怒りの火を灯した私の目だけが、ギラリと光った………。





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