EP.231
フリードとアマンダについては、あのとき居合わせた貴族や兵達に対して厳重な緘口令が敷かれた。
秘密厳守の誓約書に皆が黙ってサインしたのは、王宮内で準魔族が発生した事の重要性と慎重性を正しく理解しているからだと思う。
陛下が厳選した諸侯貴族しかあの場に召集していなかった事が、功を奏したと言える。
シャカシャカはあの騒ぎの中、完全に行方をくらましてしまった。
アイツには魔族がついている。
コッソリ王宮から抜け出された後では、捕まえるのは困難を極めるだろう。
ゴルタールはあれ以来、自分の邸から一歩も出ず、こちらの召集にも一切応じない。
フリードとアマンダの破門届を送り付けてきたが、そっちがその気ならと一切受理しないようにと陛下から厳命が下った。
フリードとアマンダは、私への狼藉に対しての罰が下り、王都から追放された事になっている。
準魔族として覚醒したフリードの亡骸は、帝国の研究機関に送られたが、事情を話してアマンダの亡骸も一緒に引き取ってもらえる事になった。
いつ日か、2人一緒に墓所に埋葬出来るよう、アマンダの体は魔法で保存されている。
あれから数日。
私達は陛下の執務室に呼ばれて集まっていた。
執務机に座った陛下の左右に、父上とローズ将軍が立っていた。
「皆、よく王宮を、ひいては王都を守り抜いてくれたな、礼を言おう」
ニコニコ笑顔の陛下に対して、しかし私達の方は顔色が芳しく無い。
申し訳ないが、アンタみたいな場数も年季も無いもんで、精神的ダメージからまだ回復してないんスよ。
「回りくどく時間も掛かったが、いよいよこれで、ゴルタールはチェックメイトだ」
ニヤリと笑う陛下は、今までに見た事の無いくらい悪い顔をしている。
そういや、髭が無くなってるな。
それに雰囲気も随分と違う気がする。
よく見ると、若返ってるように見えるし。
ハテ?と首を傾げると、エスパーな父上がフッと笑って口を開いた。
「陛下は今まで賢王と名高かった前国王の容姿に似せていたのだ。
母親似で華奢な見た目を、容姿と雰囲気と口調で隠し、ゴルタールに舐められないように対処してきた。
何だかんだと言って、ゴルタールは前国王を恐れてもいたからな。
陛下にも、ゴルタールに大きく刃向かわせない威圧感が必要だったのだよ」
私に向かって優しくそう言う父上を、陛下とローズ将軍が目を見開いて口をあんぐり開けて見つめている。
いや毎回その反応するけど、アンタらうちの父上を何だと思ってんの?
アレで子煩悩だし、特に私なんか女だから、小さい頃からアレだめこれダメってなんならだいぶ過干渉だったよ?
……私の方は全く聞いてなかったけど。
陛下とローズ将軍の父上への反応にムゥっと眉間に皺を寄せていると、エリオットがクスクス笑いながら私の耳元で囁いた。
「レオネルが将来、自分の娘に優しく微笑んだり話しかけていたら、リアどんな顔をする?」
一瞬でレオネルが幼い娘に破顔する(モザイク処理済み)を思い浮かべ、私は目を見開いてあんぐり口を開きエリオットを見た。
あ………ダメだこれ、確かにこんな顔になるわ。
父上とレオネルには悪いが、キャラって大事だなって思うの。
2人とも常に眉間に皺寄せて冷徹な雰囲気醸し出してるのが悪いと思うんだわ。
急激なキャラ変には周りがついていけないからさ。
ちょっと日頃からその深い皺をマッサージして薄くするとか、努力してもらえると助かるんだけど。
「父上の見た目などはどうでも良い。
それより、何故アマンダとフリードをああなるまで放っておいた?」
スパッと全てを切り捨てる冷たいクラウスの声に、陛下はガーンッとショックを受けた顔で涙をツーッと流した。
「ゴルタールを止める術があの頃には無かったからなぁ。
エリオットを筆頭にお前達が頑張ってくれたからこそ、ここまでゴルタールの力を削ぐ事が出来たのだ。
それに、アマンダがゴルタールと血の繋がりが無い事は最近まで分からなかった事だ。
正妻との子だと偽装されていたからな。
真実を知っていただろうその正妻も、既に墓の下だった。
産後の肥立が悪かったとの事だったが、今となってはそれも真実かどうか……。
まぁとにかく、アマンダとフリードはゴルタールの血脈を継ぐ者という認識であった為、なんであれ手元において監視しておくしか無かったのだ」
クラウスの冷たい態度にシクシク泣きながらの陛下の説明に、クラウスはフンッと陛下からそっぽを向いた。
その反応にまたガーンッ!とショックを受けつつ、陛下はしかし微かに口角を上げていた。
父親である陛下には、クラウスの変化が手に取るように分かったのだろう。
今回のフリードとの件、確かにクラウスは以前とは明らかに違っていた。
闇属性の力を持って産まれたクラウスは感情が気薄で、それは家族に対しても同様だった。
だけど、キティに出会ってクラウスは変わっていった。
喜怒哀楽が増え、私達に対しても仲間意識をそれなりに感じてくれていると思う。
そして今回、近い者達だけでは無く、フリード母息子にも感情らしいものを抱いた。
闇属性持ちの人間が、魔族に堕ちる条件、それは、完全なる〝無〟になる事。
感情を完全に失い、人や物への執着を失くし、この世界に対して無になる事。
産まれたばかりの自分の息子に闇属性がある事が分かり、魔族に堕ちそうになれば駆除対象にすると決定したのは、誰でも無い、父親の陛下自身だ。
その苦渋の決断を下した時の陛下の心境は、誰にも知り得ない。
陛下は国を第一に守らなければいけない立場で、そこに一父親としての愛や感情を挟む余地は無かったのだろう。
……それでも、可愛い我が子をどうすれば守れるのか、ずっと思い悩んで来たはずだ。
キティの存在はクラウスだけでは無く、陛下や王妃様にとっても希望の光だったのだろう。
キティと一緒にいる事でクラウスは明らかに変わった。
喜怒哀楽が備わっただけで無く、それが表にも出るようになってきたのだから。
フリードに対して感じた感情、そしてその事に対しての陛下への憤り。
そこにキティが絡んでいなくても、クラウスの感情が揺れた事に、陛下は内心喜んでいるのだと思う。
「そうだ、そのフリードの事で、一つ面白い仮説が帝国の研究機関から届いたよ」
エリオットの言葉に皆がエリオットに注目した。
「種を植え付けられた時点でフリードが異形に成り果てなかった理由なんだけどね。
魔力が関係しているんじゃないか、って話なんだ。
結局フリードにはゴルタールの血は一片も流れていなかった。
つまり魔力も属性も持っていなかったんだよ。
以前魔族の種を植え付けられたフィーネも同じ、魔力も属性も持っていなかった。
もしかしたら、それが最低限、種を植え付けられても耐えられる人間の条件なんじゃ無いかって話なんだ」
エリオットの話に、なるほどと皆が頷く。
フリードには微力ながら魔力と属性がある事になっていたが、それはゴルタールの偽装だった。
平民の娼婦に産ませたアマンダにも、ゴルタールは同じ事をしていた。
魔力測定や属性判断は協会による神聖な儀式。
そこを操り偽の診断を出させる事が出来るほど、かつてのゴルタールは深く広くこの国に根を張っていた、という事だ。
裏で自分の思う通りに、教会の神官さえ操る力を持っていた。
まぁ、それも、根こそぎ削いでやったがなっ!
陛下はエリオットの功績のように言っていたが、それだけじゃ無い。
何世代にも渡って、王家とそれに追随する人間達でゴルタール家の力を少しづつ少しづつ削ぎ落としてきたのだろう。
まるで薄皮を剥ぐように、本人達には気づかれないよう細心の注意を払いながら。
その努力が、エリオットの代で身を結んだ。
きっと陛下も、忠臣達と一緒にゴルタールの力を削いで来た1人だ。
確かに、スキルお化けのエリオットだからこそ、ゴルタールをあそこまで追い込めたのだろうけど、きっとそれだけじゃ無い。
今のゴルタールの姿は、王家の人間達の細く長い努力の結晶に他ならない。
「つまり、魔族と準魔族では、明らかに力の成り立ちが異なるって事だね。
準魔族になる条件が魔力や属性がない事なら、魔族に堕ちる闇属性持ちの人間とは明らかに違う。
闇属性持ちの人間は凡人を超える魔力を持って産まれ、他の属性も有している事もある。
闇の他に、風、火、水属性を持つクラウスのようにね。
ただし、魔族に堕ちるとその属性は闇のみになるんじゃないかというのが僕と師匠の見解。
闇の力そのものになった魔族が植え付ける魔族の種。
その種は闇を有さない魔力や属性をまるで拒否するように、それを持つ人間を排除する。
だから、魔力や属性を持たない事が準魔族になる為の最低条件。
もちろん、それだけではフィーネやフリードのように人の姿を保つ事は難しいだろうけどね」
エリオットの説明を黙って聞いていたミゲルが、ハッとしたように顔を上げた。
「風、火、水、土、そして光属性は、我らが主神クリケィティア神のお力の一部。
魔族の持つ力は、クリケィティア神のお力を拒否している、という事ですね?」
ミゲルの問いに、エリオットが静かに頷く。
「帝国の研究機関も同じ考えだね。
魔族に堕ちる前は、闇の力と他の力は共存出来る。
だけど、魔族に堕ちてしまうと他の全てを拒否して受け入れなくなる。
つまり、闇属性の力は、魔族に堕ちた後ではその力を変貌させるという事だね。
堕ちる前と後では全く異なる性質の力となる。
闇属性イコール魔族の力、では無いんだ。
この二つは類似はしているけれど別物と考えた方が良い」
なんだクリシロの奴、魔族に嫌われてんのか?
昔は万物の創世の神とか言われてたらしいけど、大した事ないな。
プッと小馬鹿にした笑いを噴き出した瞬間、何故かギラリとミゲルに睨まれてしまった。
何だよっ!頭の中だけでもお前らの信仰の対象物を馬鹿にしたらいかんのかっ!
面倒クセーーーッ!
「その二つが別物だってのはクラウス見てりゃ分かるけどさ。
じゃっ、闇属性にも相性の良い属性があるって事か?
風と水、火と土、みたいに」
ジャンが興味津々に瞳を輝かせると、エリオットがニコニコと笑い返した。
「そう実は、闇属性は光属性と相性が良いんだ。
もっと言うと、聖魔法との相性がバツグンなんだよ」
ヘーーーーッ!
そうなんだ。
じゃあクラウスとキティは属性的にもピッタリなんだな。
んっ?ちょっと待てよ?
全属性プラス、光と闇属性持ちの師匠って………?
しかもあの人、聖魔法も使える聖女とかって話も出てなかったか………?
ヒィィィィィッ!
最恐過ぎて魔族超えしてんじゃんっ!
あの人の方がクリシロよりよっぽど神だわっ!
万物くらい余裕で創世出来ちゃうんじゃねぇのっ!?
いや、ヤバいっ!
あの人に万物創世させちゃったら、世界が便利家電で溢れかえるぞっ!
便利家電への愛が溢れて擬人化させそうだっ!
この世界もAIに乗っ取られてしまうっ!
師匠のヤバさが限界突破している事に気付いた私がガタガタ震えていると、同じく思考がそこに辿り着いた人間から順に同じように震えていく………。
魔族を封印する方法はあっても、あの人を封印する方法などこの世に存在しないってとこがミソだ。
「と、とにかく、闇属性とは性質の違う魔族の力が、人間の持つ属性に拒絶反応を起こす事は分かったわ。
それで、魔力無し属性無しの人間の方が、魔力の種を植え付けるには適してる。
でもそれだと、奴らの狙い通り発芽して準魔族に覚醒したところで、戦いには特化しないって訳ね」
これ以上師匠について深く考えたくなくて、早口で私がそう言うと、レオネルが眉間に皺を寄せ、ボソッと呟いた。
「………それでも、あの力か……」
その呟きに、皆がシンと静まり返る。
魔力無し属性無しの人間しか準魔族として覚醒する可能性が無いというなら、では準魔族は魔法を使えない、戦い慣れしていない人間が殆どだという事になる。
現に準魔族として覚醒したフリードは、魔法を使っての攻撃は仕掛けてこなかった。
元から無いものは準魔族になったとしても使えない、という事か。
または、準魔族になった途端魔法も使えるようになるが、元々使った事がないから使いこなすまでに時間がかかるか………。
後者だとしたら、準魔族に覚醒したばかりだったフリードを倒せたのは運が良かった、としか言いようがない。
魔法を使いこなす時間が無かったから、倒せたのかもしれない。
それでも、あの威力だったのだから、準魔族への覚醒は出来れば阻止する方が得策だろう。
羽を一振りしただけで人を瀕死に陥らせ、更に私達でも皆で防がねばいけないほどのブレスを吐いたのだから。
あれで魔法まで使いこなされてはたまったものではない。
ドラゴンを相手にする方がよっぽどマシだ。
「もっと、種を植え付けられた人間が見た目で分かりやすければいいのに」
溜息混じりの私の言葉に、エリオットが困ったように眉を下げた。
「そこが魔獣や魔物との違いだよね。
まず人に植え付けてもほぼ成功しない、でも成功すれば、魔族のメンテナンスさえ受けていれば普通の人間とまず見分けがつかなくなる……。
やっぱり根源である魔族そのものを何とかするのが1番なんだけどね」
それが出来れば苦労は無いわな〜〜。
ハァッと深く溜息をついていると、どうにも出来ない議題に時間を割くのをやめたのか、レオネルが陛下の隣に立つ父上に向かって口を開いた。
「ところで、ゴルタールにその後変わりはありませんか?」
邸に引き篭もっているゴルタールが、本当にこのまま唯大人しくしているとは思えない。
レオネルはそう思ったのだろう。
「うむ、今のところ、北に何か連絡をした痕跡は無いが……。
どうやら、邸にあのニーナ・マイヤーを匿っているようだ。
マイヤー男爵家はこちらで押さえているので、そこにニーナ・マイヤーが戻る事は無いだろう。
だがまさか、まだ国内に留まっているとも思っていなかった。
ニーナ・マイヤーには魔族がついているからな。
とっくにこの国から姿を消したと思っていたが……」
顎を掴み、首を捻る父上。
……あのシャカシャカが、まだゴルタールの所に留まっている。
その理由など、一つしか無い。
奴のお遊びがまだ終わっていないからだ。
「ゴルタールが何か仕掛けてくる、必ず」
ギリッと鋭く目を光らせると、ビリビリと室内に緊張が走った。
………次は必ず、奴は手札を見せてくるはずだ。
それも最高に最悪なヤツを………。




