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EP.227


「……嘘です……この者は陛下に虚偽を申しております」


ブルブル恥ずかしさと怒りに震えながら、クロエをキッと睨み付けるアマンダ。

しかしそれを陛下が鼻で笑って軽々と押さえ込んだ。


「虚偽も何も、クロエの申しておる事は余の記憶とも一致しておる。

ジェラルド、そちはどうだ?」


促された父上は淡々と答えた。


「はい、私の記憶とも一致しておりますね。

陛下がアマンダ婦人と一夜を共にした事実など、存在しません」


キッパリと言い切った父上の言葉に、アマンダはガタガタと体を震わせる。


「どういう事だ………アマンダ」


アマンダに抱いた疑惑が確信に変わってしまったのか、ゴルタールは唇を真っ青にしてアマンダにゆっくりと詰め寄った。

フリードは何が何だか分からない顔でポカンとしている。

察しの悪さは王国一だな、お前は。


「ゴルタールと同じく、余も問いたいのだが、これはどういう事か?アマンダ。

余とそちの間には何も無かった。

だがそちは、あの後子を宿し、産まれた子を余の子だと言い続けてきた。

おかしな話だな、何も無かった男女の間に子が産まれるなど。

そうだ、クロエ、お前は何か知っているか?」


再び陛下に問われたクロエは、やはり淡々と話し始める。


「あの後、アマンダ様はご自分のお邸に戻られては、またあの宮にお越しになったりを繰り返してらっしゃいました。

ゴルタール公爵家からのご客人に粗相はあってはならないので、アマンダ様につけるメイドは全て、私が信頼をおいている者達から選びましたので、彼女達の言う事に嘘偽り、または話を誇張したり歪曲したりは一切ございません。

王宮に何度も足を通わせる中で、ある日アマンダ様が陛下の子を身籠ったと仰るようになったのです。

あの夜に陛下との子を身籠った、と……。

そのような可笑しな話を、まさか本気で仰っているとは思いませんでしたが、一応、陛下にご報告申し上げたところ、陛下は捨ておけ、と仰いましたから、私達は差し出口などせず、引き続きアマンダ様のお世話に専念した次第でございます」


言い終わって頭を下げるクロエに、陛下はニッコリと微笑んだ。


「うむ、公爵家の客人をよく接待してくれたな、礼を言おう、クロエよ。

ご苦労だった、もう下がって良いぞ」


陛下の言葉にクロエは更に深く頭を下げ、静かに顔を上げると、やはり足音も無くスススと下がっていた。

が、最後に一瞬、鬼のような形相で陛下をギンッと睨んでいったのを私は見逃さなかった。

それは陛下も同様だったらしく、ビクッと微かに体を跳ねさせると、大量の汗をダラダラ流している。


こっわ〜〜〜〜〜っ!

最後に陛下のお遊びを一刀両断する勢いでガチ睨んでいったやん。

クロエ侍女頭………今度会ったら目をつけられないように大人しくしていよう。


何故か私まで汗を流しつつ、クロエの下がっていった方向を見守ってしまった。


「……ゴホン、さてアマンダよ。

そちの産んだそこにいるフリードは、余の子では無い。

したがって、フリードには継承権などないのだが、理解したか?」


クロエに睨まれ一瞬ビビり散らした事を誤魔化すように咳払いをして、陛下はアマンダに向かって余裕の笑みを向けた。

ここにきてもまだ観念出来ないのか、アマンダはスカートを握りガタガタ震えながら下を向いて、顔を一切上げようとしない。


「……お母様………俺が父上の子供じゃないって、そんなの嘘ですよね………」


ここにきてやっと事態を把握したらしいフリードが、縋るようにアマンダに話しかけても、アマンダは震えるばかりでだんまりだった。


「し、しかしっ!陛下っ!

ならば何故っ!陛下はフリードを我が子と認め、王子としたのかっ!

心当たりがあったからではないのですかっ!

お渡りの夜で無くとも、アマンダと何かがあった、だからフリードを王子として認めたのでしょうっ!」


まだ頑張るゴルタールッ!

鬼の首を取ったかのような顔でそう言うゴルタールに、陛下はその顔には似合わない慈悲深い表情を浮かべた。


「何を言う、余はフリードを我が子と認め、正式な王家の王子だなどと、一言も言った覚えは無い」


表情と切り捨てるような台詞がチグハグだが、その陛下に隣に立つ父上が間髪入れず追随する。


「はい、陛下がそのような事を言った記録は一切ございません。

ゴルタール公爵とアマンダ婦人が陛下の子だ、王子だと、周りに触れ回っていただけですね。

王子誕生の祝祭や祝賀会、パレードなども行っていませんが、何を持って王子誕生だなどと仰っていたのか、理解出来ません」


珍しくハッと鼻で笑う父上の言葉に、ゴルタールとアマンダはギクリと体を揺らした。


集まった貴族達が、またコソコソと囁き合う。


「おかしいと思っていたんだ。

王子が誕生したというのに、何の祝いの宴も開かれなかったから」


「アマンダ様が夫人では無く側妃だからかと思っておりました」


「そもそも、この国に側妃は存在しないし、例え帝国風の側妃だとしても、あちらでは正妃以外の女性が産んだ子には継承権も無いし、皇子として認められない筈だ」


「だから、祝いの宴が開かれないものだとばかり思っていましたが、アマンダ様はフリード様を王子だと仰っているし、不思議に思っていました……それが、こんな真実が隠されていようとは………」


コソコソと聞こえてくる貴族達の会話に、アマンダは真っ赤になってますます俯いている。

同じように真っ赤になって拳を握りしめるゴルタールに、陛下はやはり顔に似合わぬ慈悲深い表情を浮かべ、哀れな者を見る目で見つめた。


「すまなかったな、ゴルタール。

公爵家の令嬢が、未婚で誰とも分からぬ相手の子を、わざわざ王宮の目立たない宮で産んだのだ………。

よっぽどの事情があるのだろうと、余からは何も言えなんだが、よもや産まれた子を余の子だと言い出し、あまつさえ王子だなどと思い込む程心を病んでいたとは……。

預かり知らんと言った手前、アマンダを諌める事も出来なんだ」


慈悲深い暖かな口調の陛下に、アマンダはバッと顔を上げ、その顔を屈辱に歪めた。


「私は心を病んでなどいませんっ!」


間髪入れず反論してきたアマンダに、陛下は一瞬でその顔から穏やかな慈悲深さを切り捨て、威厳ある冷徹な表情を浮かべると、人を震え上がらせるような声を出した。


「ほぅ?では、正気であったと言うのだな。

ゴルタールと共謀し、王宮に住み着き、我が妻に何事かを囁き、余がそちの滞在する宮に行くよう仕向けさせ、何も無かったにも関わらず、一夜を共にしたと嘘吹き、どこの誰とも知れない相手の子を余の子だと狂言し、産まれた子を王家の王子だなどと言って皆を欺いた……。

これら全て、正気で行ったと言うのだな?」


ギロリと陛下に睨まれ、アマンダは歯の根も合わないくらいに震えて、ボロボロと涙を流しながらイヤイヤと頭を振っている。


「余はそちが不憫だと思い、フリードを殿下と呼ぶ皆に釈明もしてこなんだが、ふむ。

そちが正気であったなら、話は変わる」


そう言うと、陛下はザッと玉座から立ち上がり、集まった皆に対してバッと手を横に振り払った。


「余は、アマンダの産んだ子、フリードを、余の子では無いと、ここにいる皆に宣言しよう。

フリードは王家の王子にあらずっ!

殿下と呼ぶに値するは、我が子達だけであるっ!

今この時より、フリードを殿下と呼ぶ事を禁ずるっ!」


よく通る威厳ある陛下の声に、その場にいた全員が同時にザッと礼を取った。


『はっ、御意にっ!』


皆の声が合わさり、大きな渦となってアマンダに襲いかかった。

見えない重圧にとうとう膝をおったアマンダは、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


「ところで陛下、一つ訂正申し上げても宜しいでしょうか?」


玉座に再び腰掛けた陛下に、空気など読まない主義の父上が話しかける。


「うむ、よい、申してみよ」


直ぐに楽しげな表情になる辺り、陛下も陛下なのだが。


「先程陛下は、アマンダの子の父親をどこの誰とも知れないと仰っていましたが、相手はあの当時既に調べてあります。

相手は複数いたので、赤髪の魔女殿に依頼し、一人一人鑑定したところ、当時ゴルタール家の邸に出入りしていた庭師だと判明しました。

これが赤髪の魔女殿の作成なさった鑑定書です」


父上が一枚の書類を陛下に渡すと、陛下はそれをしげしげと見つめた後、側にいた侍従を手招きして、それを渡した。


「赤髪の魔女殿の鑑定眼であれば、間違いようが無いだろう。

実の父との繋がりを記す大事な物だ、フリードに渡してやると良い」


陛下にそう言われて書類を受け取った侍従は、恭しく頭を下げると、スススとフリードに近付き、その書類をフリードに手渡した。

そして何も言わずに下がっていく。


侍従から書類を受け取ったフリードは、ジーッとその書類を見つめ、ハテ?と首を捻った。

うんうん、専門用語とかお前には難しいよな?

読めないんだな?だろうな。


「おい、お前これちょっと読んでくれ」


フリードはそう言うと側近1の肩を掴んだ、その瞬間、側近1がそのフリードの手を乱暴に振り払った。


「馴れ馴れしくしないで下さいっ!

いくらゴルタール公爵の孫とはいえ、王子などでは無くただの庭師の息子だっただなんてっ!

そんな人間に媚びへつらい従ってきただなんてっ!

私はっ、私は今まで何の為に………。

これくらいの文章が難しいですかっ?

ではお望み通り、読んで差し上げますよっ!

庭師ケインと、アマンダ・フォン・ゴルタールの産んだ子、フリード。

両者は生物学的親子関係であると判断し、血縁関係をここに証明する。

赤髪の魔女様の署名付きです。

帝国並びに近隣諸国が正式に認めている赤髪の魔女様の鑑定眼による証明書ですから、万が一にも間違いはありませんよっ!

貴方は王家の人間でも何でもないっ!

アマンダ婦人と一介の庭師の子供なんですっ!

王子なんかじゃ無いっ!」


ヒステリックにそう喚き散らして、その場に泣き崩れる側近1。

近衛兵がその側近1を立たせると、黙って連れて行った。

これ以上陛下の前で無様に泣き叫ばれても困るので、また貴族牢に入れておくのだろう。


シャカシャカはフリードの隣で全てを観察しながら、少し意外そうな顔をして、私に視線を移してきた。


あのな?私は言ったぞ?地下牢で。

お前が、王子が王子と婚約云々、とか言うから、ちゃんと教えてやったじゃねーか。

〝偽物だけどね〟って。

お前は私の事を言ってるんだって勘違いしてたみてーだか、んなわけ無いだろ?

私は前世も今世も、かわい子ちゃん達の本物の王子だぜ?

そこにいる偽物と一緒にするんじゃね〜よ。


シャカシャカに予想外な思いをさせてやった事に、若干気持ちが晴れたが、直ぐにシャカシャカにとってフリードの出自がどうであろうと関係無い事に気付いた。


意外そうにしていたのも一瞬だけで、直ぐに楽しげにニヤニヤ笑い出したからだ。

………くそっ、胸糞わりー奴だ。



「では、俺は一体、何なんだ……?

俺が王子じゃないなんて、あり得ないだろ?」


独り言のように呟くフリードに、ゴルタールはチッと舌打ちしながらその肩を掴んだ。


「アマンダが馬鹿な事をして産まれた子とはいえ、ゴルタール家の血は流れているのだ。

ワシの後を継ぎ、次期ゴルタール公爵となれば良い」


まっ、その辺が妥当だと思うわな、普通は。

これで本当に、終わればな。


ゴルタールがフリードに言った言葉に、陛下が意地の悪い笑みを浮かべ、ワザとらしく残念そうな声を上げた。


「いや、それは叶わぬ話よ、ゴルタール。

ゴルタール、そちの身に付けているその指輪。

それは初代ゴルタール公爵が、初代国王から賜った由緒ある指輪であろう?

魔術の天才であった初代国王がダンジョンで手に入れた大変貴重な物である事は知っておるだろうが、それに初代国王が様々な制約を付与した。

その指輪をした者こそをゴルタール公爵と認め、一瞬でも肌から離せば、公爵家当主の資格を失う。

逆に言えば、その指輪をしていれば誰であろうとゴルタール公爵になれるのかと言うと、実はそれも違う。

その指輪はちゃんと、正しいゴルタール家の血筋を読む事が出来るからの。

血の繋がらない者が身に付ければ、持ち主以外が不用意に触った時同様、両目が潰れ、耳と口が爛れるように出来ておる」


陛下がツラツラと説明してやると、察しのいいゴルタールは、既に油汗を大量に掻き始めた。


「何を戯けた事を……そんな、そんな訳……」


土気色した顔色でブツブツ呟くゴルタールを、陛下は哀れがるように、気遣うような声で続けた。


「リストレイントリングと呼ばれるそれには、別名があってな、それは〝一族喰い〟と呼ばれる呪いの魔具だ。

そちは魔力を失わせる指輪だと聞いておるかもしれんが、それの真の呪いはそれでは無い。

徐々に繁殖能力を失っていく事こそ、その指輪の真の呪い。

長い時を掛け、ゴルタール家の魔力と血脈はその指輪によって消滅していく仕組みだったという訳じゃな。

そろそろ指輪も、その役目を終える頃であろう。

のう、ゴルタール?ところでアマンダは、そちが唯一子を成せた女によく似てはいないか?」


ニヤリと笑う陛下に、ゴルタールが絶望的な顔でゾクッとその身を震わせた。


もちろん側で聞いていた私達も、ゾクゾクと寒気を感じて鳥肌を立てた。

つまり陛下は、ゴルタール家は長い年月の中でリストレイントリングによって魔力を奪われ、繁殖能力も奪われてきた。

そして今、その呪いの指輪が役目を終えようとしている。

〝一族喰い〟と呼ばれる指輪が。

それはつまり、ゴルタールに正統な血脈がもう残っていない事を意味する。


アマンダとフリードはゴルタールの血脈として、指輪に認識されていないのだ。


精力的に色々な所で子作りをしてきたゴルタールだが、アマンダ1人しか子を成せなかったのでは無かった。

実際は、自分の血を受け継ぐ子供など、どこにもいなかったのだ。


アマンダの母親もまた、アマンダ同様、ゴルタールとは違う他の相手との子を、ゴルタールの子だと嘘をついていたのだろう。

陛下の言いたい事を理解した人間から順に、何とも言えない微妙な顔で、ゴルタールを憐れむような目で見つめている。

その視線は、陛下の言葉より鋭くゴルタールを突き刺している事だろう………。





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