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EP.225


「さて、今回の一件、どう申し開きをするつもりだ?フリード」


玉座に座り、威厳ある声でそう問われて、近衛兵に連行されてきたフリードは、ビクッとその体を震わせた。

あの血だるま状態からよく蘇生したな〜、ミゲル。

更にエリオットに記憶を消されてるから、平和そのものだなぁ。

良かった良かった。



玉座の間に一堂に会した私達。

諸侯貴族達の前に引き摺り出されてきたフリードと側近1、それにシャカシャカ。

側にはゴルタールとアマンダがぴったりと引っ付いている。


ちなみに側近2、3は私の手駒だった事を明かし、こちら側に立ち並んでいた。

大事な証人でもある2人は丁重にこちらで保護するべく、後ろにジャンが立って謎の威圧をかけている。

まぁ、万が一にもまたフリードに寝返るような事は無いだろうけど、ジャンは心配症だからな〜〜、仕方ないなぁ〜〜。



「ち、父上っ!俺っ、いや、私は正義を執行しただけですっ!

そこにいる公爵令嬢は、己の権力を笠にきて、ここにいる私の愛するニーナに悪辣な真似をしたのですよっ!

だから、婚約破棄して地下牢に捕らえましたっ!

権力の力で弱きものを虐げる悪人から、私は大事な女性を守った、正しい事をしたんですよっ!」


そう言ってふんぞり返るフリードを胡乱な目で見つめながら、陛下はピクリと片眉を上げた。


「……ほぅ、して、その悪辣な真似とは、具体的にはどういった事か?」


陛下の落ち着いた声に、興奮しきりのフリードは鼻の穴をおっ広げて嬉々として答える。


「あの女は、俺がニーナを選ぶ事を恐れ、ニーナに数々の嫌がらせをしました。

それでも俺達の仲が壊れないと知るや、今度はニーナに俺が贈った宝石を盗んだり、ニーナに直接手を下して害そうとしたり、ニーナの制服をズタズタに切り裂いたり、卑劣な手で俺達の愛を引き裂こうとしたのですっ!」


最初せっかく言い直したのに、興奮して俺呼びになっているフリードだが、自分ではそれに気付いていないらしい。

集まった諸侯貴族達がザワザワと、そのフリードの態度に苦い顔で囁き合った。


「なんて品の無い……」


「エリオット様とクラウス様とは比べようも無いな」


「フリード様は今まで殆ど表に出てきた事が無いが、あれでは無理もない」


「……しかし、シシリア嬢の話は本当だろうか?」


「うむ……考え難いが……しかし、婚約者に浮つかれたとなれば、それくらいの制裁なら……。

アロンテン家の面目にも関わるだろう?」


「しかし、あの令嬢にそのようなせせこましさは感じないが。

むしろ、今まで冷静にどんと構えていたように見えるが?」


「制服を引き裂いた、など、あの方らしくはないな……」


フリードへの批判から私の話題に変わっていった事で、フリードはキョロキョロと辺りを見渡しニヤリと笑った。

そのフリードを見つめていた陛下が、スッと私に視線を移すと、静かに口を開く。


「シシリア・フォン・アロンテン」


名を呼ばれた私は、スッと陛下の前に出ると、カーテシーで礼を取る。


「はい、陛下」


頭を下げたまま返事をすると、陛下は穏やかな声で私に話しかけてきた。


「よい、頭を上げよ。

さて、フリードの言っている事は事実か?」


私はゆっくりと頭を上げると、陛下を真っ直ぐに見つめ、凛とした声を上げた。


「いいえ、私にはどれも身に覚えの無い事。

殿下は何か勘違いをなさっているのでしょう」


ハッキリと答えると、私と陛下の会話を遮り、フリードがヒステリックな大声を上げた。


「貴様っ!よくもそんな事をっ!

自分のした行いを今更無かった事にしようだなどとっ、恥を知れっ!」


ビシッと私を指差した瞬間、エリオットにギロリと睨まれ、フリードはヒィッと悲鳴を上げて側近1の背中の後ろに隠れた。

矢面に立たされた側近1は地獄の覇王の睨みにブクブクと泡を吹き、真っ青になって今にも倒れそうだ。


フリードの行動にザワザワと騒つく皆を落ち着かせるように陛下は片手を軽く上げると、皆が静かになったのを確認してから、今度はシャカシャカに視線を移した。


「ニーナ・マイヤーよ、そなたはどうだ?

フリードの言っている事は事実か?」


陛下に話しかけられたシャカシャカは、自分の髪の枝毛を探すのを中断して、面倒くさそうに顔を上げ、陛下を見て口を開く。


「えっ?知らないけど。

私も身に覚えがないわね」


シャカシャカの返答に、再び皆が騒つき始めた。

男爵令嬢が陛下にとんでもない口を聞いた事、そして、フリードが被害に遭ったと訴えている本人がそれを否定した事に。


「なっ!ニーナッ!昨日アレだけ口裏を合わせるようにお願いしたじゃないかっ!

アイツを断罪出来なければ、俺達は一緒になれないんだぞっ!」


真っ青になって叫んだのはフリードだった。

そのフリードに興味無さそうに、シャカシャカはまた髪の枝毛探しを再開する。


「へーー、そうなんだ」


シャカシャカの気の無い返事に、フリードは絶望の顔をしたまま、その場に固まった。


「どうやら、フリードの言っている事は事実では無いようだ。

さて、フリードよ、そなたは何か勘違いしているようだが、そもそも今ここで話し合うべきは、シシリアがそこにいるニーナ・マイヤーに何かしたかどうかでは無い」


「………へ?」


陛下の淡々とした言葉に、フリードは固まったまま首だけ陛下を振り返った。


「なぁ?宰相よ、どう思う?」


陛下に話を振られたうちの父上は、冷徹な顔でフリードを見た。


「もしシシリアがフリード殿下の言う通り、ニーナ・マイヤー男爵令嬢に何かしたとして、それは学園での行いであり、この王宮で話し合うような事ではありませんね。

例え学園外でニーナ・マイヤー男爵令嬢を貶めたとして、それが何だと言うのか。

普通、過ちを犯している者達に苦言くらい呈するでしょう。

まぁ、うちのシシリアはそれさえしていないようですが。

まず間違い無く、2人のやっている事などに興味も無かったでしょうね」


淡々とちょい親バカ混じりな父上に向かって、陛下はニマニマと笑う。

その陛下に父上は咳払いしてから、話を続けた。


「ここに陛下と王妃様、諸侯貴族の皆様にまでお集まり頂いたのは、此度のフリード殿下の我が家の娘への蛮行についてです。

我がアロンテン家は此度の件を重く受け止め、ゴルタール公爵、並びにアマンダ婦人に正式に抗議致します」


冷徹な顔でギロリと睨まれ、ゴルタールとアマンダは真っ青になって冷や汗を流した。


「それは可笑しい話だっ!

フリード殿下は王家の王子、抗議するなら王家に対してが正しいだろう」


冷や汗を流しながらもニヤリと笑ってそう言い返すゴルタールに、その場にいるフリードの真実を知る者全てが、内心してやったりとほくそ笑んだ。


………よし、かかったっ!



「……うむ、王家の王子、とな………。

ところでジェラルド、お前の娘はいつの間に婚約を結んだのだ?」


そらっとボケた様子の陛下に、父上はムッとしたように厳しい顔で返した。


「シシリアは我がアロンテン家の娘です。

婚約を結ぶなら、それなりの地位のある相手でなければ釣り合いが取れません。

それこそ王家のような。

しかしながら、シシリアが幼い頃、王太子殿下には婚約者がおられ、第二王子殿下とは婚約者候補止まりでしたから、シシリアは未だ誰とも婚約など結んでおりませんよ?」


父上の言葉に、玉座の間に集まる皆が一気に騒めいた。


「なっ!何を言うっ、アロンテン公爵よ、気でも狂ったかっ!

シシリア嬢は我が孫、フリードと婚約を結んでいるではないかっ!」


声を荒げるゴルタールに、父上がハテ?と不思議げに首を捻った。


「それは、何のお話でしょうか?

貴方がたが勝手に、うちのシシリアを婚約者だ何だと言っているのは知っていたが、まさか陛下の許しもなく、それを本気で思っていたなど、そんな事はありますまいな?」


ギロッと上から睨まれて、一瞬たじろいだゴルタールだが、直ぐに今度は陛下に向き直る。


「陛下からの許しなら頂いております、そうでしょう?陛下。

2人が8歳の頃に、陛下にお許しを頂き婚約を結んだのですぞ」


これは言い逃れは出来まいとしたり顔のゴルタールに、陛下は顎髭を摘みながら、何かを思い出すように目だけで天井を見上げた。


「はて?そんな事があったかのぅ……。

あっ、そうじゃった、確かに、そちにフリードの婚約者にシシリアが欲しいと言われた時に、こう答えたな。

『シシリアが学園を無事に卒業したらな』と。

じゃが、それがどうしてシシリアがフリードの婚約者になったと話が転換したのか……。

そちの頭の中が見てみたいものじゃ」


戯けた調子の陛下に、ゴルタールは真っ赤になって声を荒げた。


「ですから、それが正式な婚約宣誓書は学園を卒業してから、という意味で、婚約は結んで良いという事ではありませんかっ!」


頭から湯気を出しそうなゴルタールをチラッと見てから、陛下は玉座の隣に立つ父上を見上げて口を開いた。


「ほう?そうなのか、ジェラルド。

アロンテン家とゴルタール家でそのような約束事があったか?」


そう問われた父上は、即座に首を振った。


「いいえ、そのような事実はございません。

が、そういえばシシリアが8歳頃から、何故かフリード殿下の婚約者だとゴルタール公爵とアマンダ婦人が騒ぎ出したような気がしますね……。

あり得ない話だと捨て置いていましたが、まさか本気で言っていたのでしょうか?」


厳粛な顔で堂々とすっとボケる父上に、陛下はクックッと笑った。


「どうやら、そのようだな、ジェラルド。

ゴルタールよ、あいすまなかった。

誤解をさせたようだが、シシリアが学園を卒業せねば正式な婚約を結ばぬ事は、何もフリードにだけ言ったのでは無い、誰であろうと、皆に対して、への条件のつもりだったのだ」


楽しげに肩を揺らす陛下に、ゴルタールは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、ポカンとしている。


いやぁ、ふざけてるよね?あの人達。

そう、陛下は私とフリードとの婚約を許可していた訳では無かった。

当時、毎日のように煩く私とフリードとの婚約の許しを乞いにくるゴルタールに、私が学園を卒業したら、と条件をつけた。

いや、私との婚約への条件を教えただけ、と言った方が良いだろう。

誰もフリードとの婚約を許すとは言っていない。

それどころか逆に、学園を卒業するまでは、誰とも婚約はさせない、と言っただけなのだ。


それをゴルタールが勝手に、学園を卒業するまで婚約宣誓書は出せないが、婚約者にはしても良い、と脳内で魔変換しただけで。

当然、アロンテン家とゴルタール家で婚約の約束を交わした事などない。

傲慢なゴルタールは、陛下から許しが貰えたと思い込み、婚約についての約束事はアロンテン家から頭を下げてやって来るべき、と何もしなかった。


それでいて、私はフリードの婚約者だと勝手に吹聴して回っていたのだ。

ゴルタール公爵家が言って回っているのだから、家格的にもおかしくはないし、本当の事なのだろうと、皆がそれを信じた。

更に、うちの父上や陛下がワザとそれを否定したり訂正しなかったので、皆の共通認識となってしまったのだ。



「……では、シシリア様は最初から、フリード殿下の婚約者ではなかったの?」


「ゴルタール公爵が勝手に言っていただけだったとはっ!

知っていれば我が家の息子に求婚させていたものをっ!」


「いや、それは無理でしょう。

それこそ、シシリア様は王家に嫁がねばいけないような方。

お相手が第三王子では役者不足と思ってはいましたが、誤解であったなら、もうお相手は1人しかおりますまい」


「いや、暁光、暁光。

いっぱい食わされましたが、そういう事なら、宜しいでしょう」


急に朗らかになる面々に、ゴルタールはやっと我を取り戻し、真っ赤な顔で陛下を睨んだ。


「ではっ、今からでもフリードとシシリア嬢との婚約をお認め下さいっ!」


流石にゴルタール、しぶとい。

今や私との婚約は命綱だもんな〜〜。

そりゃ、必死にもなるだろうが、そりゃちょっと無理があるぜ?


私は頬に手をやり、困ったように小首を傾げた。


「あら、困りましたわね。

私はつい先日、フリード殿下から有りもしない婚約を、何故か破棄されたばかりですのに……。

フリード殿下はそちらにいる運命のお相手以外とは婚姻なさる気が無いようですわよ?ゴルタール公爵」


うふふとお上品に笑ってやれば、ゴルタールは赤黒く顔を染め、ギリギリと奥歯を鳴らした。


「そうですよ、お祖父様っ!

俺はむしろ、あんな女との婚約が最初から無かった事に、ホッとしていますっ!

俺はニーナと婚姻するっ!」


キラキラ阿呆顔でフリードにそう言われて、ゴルタールはとうとう土気色になってしまった。


「黙らんかっ!このたわけ者がっ!

お前のような立場では、王太子の座を手に入れる事など一生無理だっ!

だからこそのアロンテン公爵家との婚姻による結びつきが必要だったのだっ!

我がゴルタール家とアロンテン家、二大公爵家の後ろ盾があれば、お前を王太子に押し上げる事も夢では無かったと言うのにっ!

男爵令嬢などにうつつを抜かしおってっ!」


恐らく、祖父に怒鳴られたのはこれが初めてだったのだろう、フリードは真っ白な顔をして、驚愕に目を見開いている。


だが、孫の傷ついた顔などお構いなしのゴルタールは、不機嫌に鼻息を荒くし、どうすれば次の一手を打てるかイライラしながら思案しているようだった。


しかし、そのゴルタールに考える時間を与える気は無いらしい、陛下が再び口を開いた。


「ハッハッハッ、ゴルタールよ。

いくらフリードがシシリアと婚姻しようとも、フリードが王太子になる事など、絶対にないぞ」


陛下の軽快な笑い声に、ゴルタールはイライラした様子で言い返した。


「何を仰います。フリードとて立派な王位継承権を有する1人。

何かあればフリードが王太子として王位継承者になる事もございましょう」


フンッと鼻で笑うゴルタール。

それに陛下は不思議そうに首を傾げて答えた。


「無いぞ?フリードには、継承権」


ハテ?と首を傾げる陛下に、ゴルタールばかりか、その場にいる事情を知らない皆も首を傾げた。


玉座の間に沢山のハテナマークが浮かぶカオスな状況に、私は密かにニヤリと笑った。

陛下の流れるような追い込み方がヤバい。

この流れを止めないように、後は必死についていくしか無いが、私がこの流れを巻き起こした張本人ゆえに、あまり美味しいところを陛下ばかりに持っていかれるのも楽しくないな。


若干不満げに陛下を見上げると、お茶目に片目をつぶられてしまった。

ヤレヤレ、イケオジめ。

爆弾投下すれば、自分も無傷じゃいられないのに、まだそんなに余裕があるとは……。


………いや、やっぱり、王妃様側の肩が微かに震えている……。

うん、だよね。

怖いもんね、王妃様。

仕方ないって、こればっかりは。

18年分、後で叱られるの不可避だからっ!




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