EP.223
「アンタと面と向かって2人きりで話すの、何気に初めてじゃない?」
シャカシャカの楽しげな声が耳障りで仕方ない。
キティの前世である希乃が、コイツを憎んでその感情に囚われるなと言ってくれたから、前世ではコイツに余計な接触はしなかった。
だが、今世では状況も私の立場も違う。
何の力も無く、大した責任も無いただの女子高生では無くなってしまった。
コイツは今や魔族と通じ、一国を脅かす存在で、私はその脅威から国民を守る側の人間だ。
コイツがやってきた事をもう憎む云々の話じゃ無い。
師匠にとって必要だからまだ生かしているだけだ。
そうで無ければ、グェンナのような被害者が出る前に始末しておきたかった。
まぁ、あの段階でコイツを始末する明確な理由は存在していなかったが。
それでも、私が泥を被ってでもそうしていただろう。
私に、コイツを殺せる力があれば、の話だが。
「ねぇ?せっかくだからさ、私の話でも聞く?」
ガシャンッと音を立て、鉄格子に腕を横向きに置き、その上におでこを乗せて、シャカシャカはつまらなそうな顔で聞いてきた。
自分から言っておいて何だよ、その顔は、とは思ったが、とにかく正体不明の相手だ、話すと言うなら話させておいた方が良い。
私は別段興味の無い顔で、フッと鼻で笑った。
「好きにしろよ」
私が答えると、シャカシャカはますますつまらなそうにな顔をすると、ガシャガシャといわせながら鉄格子に背を向けそこにもたれ掛かった。
「私には、感情と呼べるものが無くてさぁ。
お腹すいたとか、眠いとかはあるんだけどね。
周りの人間みたいに、嬉しいとか悲しいとか楽しいとか悔しいとか愛しいだとか憎いだとか………そんなのは無いんだよね。
そうすると、ただただ毎日生きてるだけで暇、退屈でさぁ。
せめて面白い事無いかなぁ……とか思って生きてた。
それがさぁ、子供の頃にアンタに初めて会った時、初めて心臓が騒ついたんだよねぇ」
シャカシャカはギュッと胸の前の服を握りしめ、異常な笑いを浮かべながらこちらに振り返った。
「アンタが私のもんだって直ぐに分かった。
アンタといれば、失くした感情を取り戻せるって。
頭の中でガンガン痛いくらい、何かが騒ぎ出すんだよね。
………結局、それも煩わしくって、アンタにはなるべく関わらないようにしてたけどさ。
凄い不快で仕方なかったんだよね。
割れるくらいに頭は痛いし、気持ちが騒つくし、体温が上がる感覚も嫌で、それで吐き気がしたり。
でもどうしても、アンタに意識を持っていかれる。
アンタの事を全て知っていないと落ち着かない。
アンタが感情を動かす人間が目障りで、消してやりたいと思ってた。
……まぁ、それも面倒くさくて、子供の頃は放置してたけど」
無気力で無表情だった、前世の頃のシャカシャカの顔が垣間見える。
思えば、その顔を見るのは久しぶりかもしれない。
この世界で再会してからは、前では考えられないくらいに表情が豊かになっていたからだ。
それでも必要最低限レベルだが。
前世ではマジで無、しかなかったからな、存在として。
感情らしいものを見せたのは、ニアニアを使って希乃を殺した時くらいだった。
「アンタへの意味不明な気持ちを誤魔化す為に、私の持って生まれた訳分かんない力、アレを使って色んな人間で遊んだりもしたけど、そんなんじゃ全然ダメだった。
結局は放置すんのも限界だったから、アンタに憧れて物欲しそうに見ていたミアを使って遊ぶ事にしたんだよねぇ。
あの子、元々面白いくらいに淀んでたから、簡単に悪意を解放出来た。
周りの目ばっかり気にする子だったから、不利な状況に追い込んでいってあげたら、どんどん淀んでいったなぁ。
最後は真っ黒になって、人まで殺しちゃった。
アハハッ、怖っ!ヤバくない?あの子っ!」
腹を抱えて笑い出すシャカシャカは、この世界で再会した後の、薄気味悪い感情を剥き出しにしてくるシャカシャカに戻っていた。
まるでシャカシャカの体の中に、よく似ているけれど全く違う、アンバランスな存在が2つ存在しているようだ。
……コイツ………一体何があったんだ?
前世と今で何が変わったんだろう。
「アンタに心が無いのは分かってっから、なら人に関わらず生きてればいいんじゃないの?
あと、私に絡むのもやめてくれない?」
呆れながらお茶を口に含むと、シャカシャカはふふふっと楽しそうに笑った。
「別に私は人なんかどうでもいいし。
関わらなくても生きていけるんだけどね。
向こうから私を見つけてくんのよ。
前に言ったでしょ?私には人の淀みが見えるって。
その淀みが黒ければ黒いほど、濃ければ濃いほど、何故か向こうから私に縋ってくんの。
あとね、さつきも言ったけど、アンタについては私だって関わりたく無いと思ってた頃もあんのよ?
でもね、気付いたの。
アンタの大事にしている人間を奪った時に、頭が超スッキリして、痛みが消えた……。
あっ、これだったんだ、こんな簡単な事で苦しみから解放されるんだ、ってね」
鉄格子を両手で握り、ニヤァッと笑うシャカシャカ。
その顔が既に狂気に染まっている事に、私は内心溜息をついた。
………駄目だ。
もうコイツを私から引き離す事なんて出来ない。
コイツは私に望みを抱いてしまっている。
私に感じる原因不明の衝動と痛み。
そこから自由になる為に、私を道連れに堕ちるか、私にその無意味な生を終わらせさせるか………。
どちらにしても、私を巻き込まなければコイツは楽になれないのだろう………。
「やっと、アンタにどうすれば私は楽になるか、感情ってやつを手に入れられるか、分かった気がしてたのに、呆気なく死ぬんだもん……訳分かんなかったわ。
原因不明の突然死とか、そんなもんで簡単に死んでくれちゃってさ」
急に嫌そうな顔で残念なものを見る目をこちらに向けるシャカシャカ。
いや、クリシロのペットにプチッと踏まれて死んだんだよ?とは言えないが、私が死のうがどうしようが、お前にそんな目で見られる謂れは1ミリも無い。
「アンタが大事にしているもの、全部壊したらアンタがどうなるのか、私にも楽しみってものが出来たのに。
その前に死んでくれちゃって、意味わかんない」
めちゃくちゃな理由で残念そうに溜息をつかれているこの状況の方が意味わからんわ。
「本当に迷惑な奴だな」
心から嫌そうにシャカシャカを見ると、楽しげに真っ赤な口をパカっと開く。
「でもね、私もあっちで死んだ時、絶対またアンタを捕まえてやろうと思ったの。
そして何度生まれ変わっても、アンタの大事なものを壊し続けてやろうって。
ねぇ、それを続けていれば、いつかアンタの魂も真っ黒に淀むと思わない?
そしたらアンタ、どんな風になるんだろう?
他の人間みたいに、私に縋りついてくるの?
私の思う通りに動くお人形になってくれる?
なんでアンタがこんなに欲しいのか自分でも分からない、けど私はアンタを手に入れる為なら何だってする。
それから目を背けるのはもうやめたの。
そしたら、どんどん楽しくなっていった。
楽しいなんて感情、存在しなかった私がだよ?
私はアンタを手に入れたい。
私以外、もう何も残っていないアンタを。
私以外、もう何も見えないアンタを。
何度死んでも、何度生まれ変わっても、アンタから全てを奪い、必ずそうする、お前は私のものだっ!アケツヒノッ!」
急に興奮し出したシャカシャカが、意味不明な事を言い出し、私は目を点にした。
まるで人格が入れ替わったようなシャカシャカに、今まで以上の気味悪さを感じ、思わず鳥肌が立つ。
正体不明の薄気味悪さに冷や汗を流していると、何故かシャカシャカがハッとしたのち、不思議そうに首を傾げ、小さく呟いた。
「………はっ?何言ってんの?」
いや、知らねーよっ!
そりゃこっちの台詞だわっ!
意味が分からなすぎて、こっちが聞きたいわっ!
シャカシャカは鉄格子にガシャンッと頭を乗せて、ダラっと両手をぶら下げ、全身の力が抜けたように気怠い声を出した。
「あ〜〜………だから、嫌なんだよね、アンタと絡むの………ダルーー。
ホント、めちゃくちゃ疲れる………」
知るかっ!
だから、こっちの台詞だって言ってんだろうがっ!
シャカシャカはそのままの体勢で、面倒くさそうに再び口を開いた。
「あのさぁ、アンタ当分ここにいる?
フリードって王子でしょ?そのフリードに入れられたんだから、簡単には出られないよね?
なんかもう、今日は疲れたから、私帰っていい?
また明日来るからさ」
とっとと帰れっ!そんで2度と来んなっ!
手に持っていたカップの取手に、私の握力のせいでピシッと亀裂が走る。
青筋を立てシャカシャカを睨むと、シャカシャカは怠そうにニヤッと笑った。
「それにしても、訳分かんない場所に生まれ変わったよね。
魔法とか魔族とか、王様とか王子とかいてさ〜〜。
王子が王子の婚約者とか、最初何の冗談かと思ったわ。
前の時はアンタが皆の王子だったのにね」
気怠げなシャカシャカから私はフイっと顔を背けた。
「偽物だけどね」
ボソッと呟くと、シャカシャカは楽しげな笑みを徐々に取り戻していった。
「偽物でも何でも、いつも人の中心にいたじゃん。
あっ、それは今もか………。
ホント、壊さなきゃいけない人間が増えるからさ、程々にしといてよ」
ニヤニヤ笑うシャカシャカに、私はハッと鼻で笑って返した。
「もうアンタの好きにはさせないから、余計なお世話」
シッシッと手を振ると、シャカシャカは体を起こし、面倒くさそうな溜息をついた。
「いいけど、人が壊れる度にアンタの良い顔が見られるしね。
じゃ、私帰るね〜〜、ダルっ」
最後まで勝手な態度で、シャカシャカはノロノロと地下牢に続く階段に向かう。
階段を上りかけたところで私に振り返り、ヒラヒラと手を振った。
「じゃね、また明日」
いや、だから来んな。
1ミリも歓迎してないし、それに私が、うんまた明日ね、っとでも答えると思ったか?
無いから、絶対に無いから。
カッカッとシャカシャカがヒールを響かせ階段を上がっていく音が石壁に響く。
やれやれ、やっと帰ったかと思いながら、私は残りのお茶を飲み干した。
何だったんだ、アイツ。
相変わらず訳がわかんねー。
だが、奴が私に執着している事、そしてその本当の理由を奴自身も分かってはいない事だけ、嫌という程分かった。
奴の中にまるで別人のような人格が存在しているようだ。
そして、私に執着して手に入れたがっているのは、恐らくその存在の方。
ソイツは私とただ仲良くなる事を望んではいないらしい。
私から他の全てを排除して、完全に自分だけの物にするつもりだ。
おぇ、キモっ!
ただ、シャカシャカはそれを面倒くさがってもいた。
そっちの方は前世でよく知っているシャカシャカに見えたな。
私を狂気的に欲しがるシャカシャカと、それを煩わしがるシャカシャカ。
どちらが奴の真実の姿なのだろう………。
とにかく私にとっては迷惑極まりないが、奴を放置すれば、私の周りにいる人間に被害が及ぶ。
今はまだ始末出来ない以上、やれる事は限られているが、それでも何とかしないと。
無責任に放っておいていい相手じゃない。
顎に手をやり、シャカシャカの言っていた事を頭の中で反芻してみて、一つの事が妙に引っかかった。
そういや、1番訳が分からなかったのは、アケツヒノって言葉だな。
何だったんだ、アレ。
う〜んと天井を見上げた瞬間、クラっと目眩がした。
目の前がグルグル回り、体に力が入らない。
あっ、ヤベ………。
そう思った瞬間、目の前がブラックアウトして、私はそのまま気を失っていた………。
目を開けると、一面の白い空間。
そこに立つ私の目の前に、人の形のように見える白いモヤが立っていた。
「……誰?クリシロ?」
目を細めながら問いかけると、白い靄からか細い声が聞こえてくる。
「………ワタシ…ノナ……キラ………」
どうやら名乗っているらしいので、私が頷くと、白い靄はまたか細い声で続けた。
「……アレニ……チカヅクナ……キミガシンパイ………」
どうやら白い靄は私がシャカシャカと関わる事を心配してくれているらしい。
何故か目の前のそれが悪いものには思えなくて、私はその靄を真っ直ぐに見つめて答えた。
「心配してくれているのはありがたいけど、近付くなってのは無理。
アイツは私の大事なものを傷付けようとしている。
私はそれを許さない。
必ず阻止して、アイツから皆を守りきる。
だから、アイツと関わらないなんて、もう出来ない」
キッパリと言い切ると、白い靄は何故か哀しげな声を出した。
「……キミハ、ツヨイ………ツクヨミサマニ……タクス………ワタシノ…オモイモ………」
そう言うと、白い靄は目の前でスーッと消えていった。
ハッと意識を取り戻すと、地下牢の石の天井が目に入ってきた。
………今のは、なんだったんだ?
あの靄はもしかして、前から私の頭に話しかけてきていた、あの声の主なんじゃ無いだろうか。
今思えば……声が似ていた気がする………。
キラと名乗った謎の存在。
奴は一体、何者で、どうして私をアレほどまでに心配してくれていたのだろう……。
………ってか、アケツヒノじゃないのかよっ!
あと、ツクヨミってなんだよっ!
余計に謎が深まるばかりか、更に増えた事に、私は頭を抱えて悶絶した。




