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EP.222


で、EP.217の冒頭に戻る、と。

まぁ、そういう訳なんですよ。


いやぁっ!いいね、地下牢っ!

このジメジメした薄暗さ。

いつメンとダンジョンに潜った時を思い出すわっ!

ジャンがスライムに窒息させかけられたり。

ジャンがゴブリンに夕食にされかけたり。

ジャンが吸血コウモリの大群の餌食になったり。

楽しかったなぁ〜〜〜。


アハハ〜〜〜っと昔の思い出に浸っていると、音もなくエリクエリーが現れて、ペコリと頭を下げた。


「シシリア様、夕食の準備が出来ました」


そう言うと、パチンと指を鳴らし、そこにゲオルグが現れた。

エリクエリー………いつの間にそんな技を………。

ついに隠形術で自分達以外まで呼び出せるようになるとは。

まぁ、アレだもんな〜。

2人は龍の末裔だから、本当ならもっと凄い力も使えるんだよなぁ。

いつか2人の故郷に連れて行ってやりたいけど、今はこっちの瑣末なアレコレに付き合わせちゃってて忙しいからな。

チャッチャッと片付けて、必ず連れて行くからなっ!エリク、エリーッ!

一緒に大陸渡ろうっ!

あ〜〜〜楽しみっ!


脳内でキャッキャッ浮かれている間に、ゲオルグの空間魔法から机やら椅子やらをガタゴトと取り出し、エリクエリーがテーブルメイクを始める。

次々に夕食の準備が整っていき、目の前にここが地下牢だとは思えない程の立派な食事が用意された。


……う〜〜ん。

地下牢満喫出来たの、一瞬だったな。

『オイッ!飯だっ!』って、粗末な食事を出されるの楽しみにしてたんだけど………。

いや、ありがたいんだけどね〜〜。

でも私、割と何食べてもピンピンしてるよ?

落ちたもんも平気で拾って食べてたし、それでお腹壊した事も無いんだけどな〜。


側近、私に対して過保護問題、が再浮上した訳だが、まぁここはありがたく美味しい食事にありつこう。


皆で席につき、出来立てホカホカの食事を食べ始める。

3人まで私に付き合ってこんな所で食べる必要無いんだけどな〜っと思いつつ、私は食事の合間に口を開いた。


「なんか悪いわね、付き合わせちゃって。

こんな所で食べても美味しくないんじゃない?」


私の言葉に、エリクが肉を頬張りながら無表情で答える。


「僕達はそこがどこであろうと、シシリア様と一緒に食べる食事が1番のご馳走です」


エリクの言葉に、隣でエリーがパンを頬張りながらふんふんと頷いている。


「俺はこういった場所に慣れていますから。

部下を連れてよくダンジョンで修行しますし。

携帯食料に比べれば、こんなに豪華な食事が出来るだけありがたいです」


ゲオルグの答えに、ダンジョンでの携帯食料の味気なさをよく知っている私は、うんうんと頷いた。


私もゲオルグも高位貴族だが、その辺の庶民より侘しい思いをした事が何度もある。

やはり魔獣討伐やダンジョン探索で命取りになるのは食事だ。

携帯食料は大事な必須アイテムだけど、それさえ失う事はザラにある。

空腹を抱えての討伐や探索は、その依頼の難易度を一気に爆上げする。

食える時に食う、は鉄則だ。


場所云々で食欲無くすような人間は、確かに私の側近の中には1人も居なかった。

ユランやリゼもゲオルグが鍛えてくれたから、今じゃ砂舞う砂漠地帯でも平気で食事出来るし。

なんならスライムに囲まれていても平気。

そもそも、ダンジョン内や森の中、湿地帯などどこでも野営出来て当たり前……のメンツしかいない、今。


ふっ、愚問だったわね………。

たかだか地下牢ごときで………。


自分に付き合わせて逞しく育った側近達に頼もしさを感じながら、エリクエリーのお陰で完璧にテーブルセッティングされた夕食を地下牢の中で優雅に平らげ、食後のお茶を楽しんでいた時、カッカッと複数の足音が響き、ここに人が来訪した事を告げた。


……見張の兵をどうやって黙らせたのか、の答えは一つ。

相手がここを管理している王家側の人間だからだ。


素早くエリクエリーとゲオルグと目を合わせると、3人は一瞬のうちにその場から姿を消した。


残されたのは美しく飾られたテーブルと優雅なティーセット。

そこでゆったりと食後のお茶をしている私、のみ。


そこへ丁度フリードと側近達、シャカシャカが姿を現した。


「クックックッ、いい様だな……ってなんだっ!何やってんだっ!お前っ!」


アホみたいに飛び上がるフリードに、私は不思議そうに首を傾げた。


「……何をって、食後のお茶ですけど?」


私の自然な空気に流されたフリードは、思わず頷くと納得したように口を開いた。


「なんだ、食後の茶か………っていやいやっ!

何考えてんだっ!お前はっ!ここは地下牢だぞっ!

だいたいどうやってそんなもん持ち込んだっ!?」


すぐに我に返り、震える指でこちらを指差すフリードに、私はハテ?とまた首を捻る。


「普通に用意されていましたよ。

こちらには初めて入れられましたが、なかなか快適な場所ですのね?」


ニッコリ笑うと、フリードはブルブル震えながら顔を真っ赤に染めた。


「そ、そ、そんなわけっ、あるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


絶叫するフリードを、私は目を点にして見つめる。


「あら?殿下はこちらにお入りになった事がございますの?」


不思議そうにそう問いかける私に、フリードは唾を飛ばしながら言い返してきた。


「入った事などあるわけないだろっ!」


そのフリードに、やはり私はニッコリと微笑む。


「では、この地下牢での罪人の待遇がどんなものか、殿下には分かりませんよね?

私も実際入ってみて驚きましたが、食後のお茶まで頂けるようですわよ?

良ければ殿下もお入りになりますか?」


ニッコニコ笑う私に、フリードはポカンとアホ面をしたまま、側近達に小声で囁いた。


「おい、ここでの待遇はこれが普通なのか?」


そのフリードの問いに、側近達は揃って首を捻っている。


「私共も実際ここに来たのはこれが初めてですから、詳しくは………。

ですが、アロンテン公爵令嬢の言う通り、アレが普通の事なのかもしれません」


言いながら半信半疑な側近の言葉に、フリードも首を捻りながらもう一度私を見て、豪華なテーブルセッティングと茶器にますます首を捻っている。


その時、側近1がピコンと閃いたように顔を輝かせた。


「この地下牢は、国家や王家にとって脅威となり得る大罪人が入れられる場所。

ここに入れられるという事は、まず間違い無く極刑は免れないと言われているようなもの。

つまり、死刑になる罪人に人生最後の贅沢をさせる為、あのような物が用意されているのでは?」


なんか賢そうにドヤ顔で喋ってるけど、そんな訳ないよね?

なんで国家を脅かしたような罪人に最後の贅沢とか与えねばならん?

教会の神官を呼んで、最後の懺悔くらいはさせてやるけど、こんな事までせんわ。

本当にコイツらはモノを知らないんだな。

いや、そのお陰で色々楽だったけど。

流石に王家の人間に仕えるような人間がこれって、お前らどうなの?


こんなもんどっからどう見ても、誰かが侵入して用意したに決まってんじゃん。

エリオットなら秒でその侵入者を調べさせるぞ?

王宮の地下牢に簡単に侵入された挙句、豪華なテーブルセッティングとティーセット残して消えられたとか、王家の威信に関わるからね?

いや、その威信を揺るがせた私が言うのも何だが。

だって、うちの双子に入り込めない場所ってなかなか無いんだもん。

王宮なんか、既に掌握してあるから。

真の裏ボスはエリクエリー説あるからね?

まぁあの2人も、ここに私が入っていなきゃ、こんな事絶対にしないから。

イレギュラーが招き入れたイレギュラーって事で、ここは一つ。


私が改めてフリードとその側近達の無能ぶりを再確認していると、フリードは私に向き直り不適な笑みを浮かべた。


「ふんっ、まぁ良い。

せいぜい最後のティータイムを楽しむ事だな。

アロンテン公爵令嬢、いや、悪役令嬢シシリア」


クックックッと笑うフリードに、私はおやぁ?と片眉を上げた。

うむ、悪役令嬢ねぇ。

随分、懐かしい響きだなぁ。


「それは、大衆向けに出版されている流行り物の書籍に出てくる登場人物ですね?

昔からある、意地悪な義母や義姉とかと並ぶ勢いで、最近人気なのだとか。

殿下が知ってらっしゃるだなんて、意外ですわ」


不思議そうに首を傾げる私。

王家の人間がどうやって大衆向けの本を?とか、そんな疑問では勿論ない。

お前、字が読めたのか?の方である。


「殿下はニーナ嬢の慣れ親しんでいるであろう庶民向けの文化をわざわざ学んでおられるのだ。

殿下はお忙しい身ゆえ、不肖私めが読み上げさせて頂く任を賜わっている。

特にこの、悪役令嬢の出てくる本などは、殿下の1番のお気に入りで、身分の差を超え真実の愛を貫く主人公達を、悪辣な手で引き裂かんとする悪役令嬢が断罪されるシーンが1番の見せ場。

まさにっ!ここに在らせられる殿下とニーナ嬢お二人と、そのお二人の仲を引き裂かんとした貴様っ!悪役令嬢シシリアッ!この3人そのままのような話ではないか?」


ツラツラと芝居じみた身振り手振りで語る側近1。

その側近1が私の事を敬称もなく名で呼んだり、貴様呼びした事に真っ青になっている側近2と3。

その2人に、私は密かに目だけで安心するように伝える。


お前ら、本当によくやってくれたな。

私の指示通り、フリードがそういった類の話に興味を持つよう、上手く誘導してくれたらしい。

頭の中お花畑のフリードなら、必ず食いつくと思っていたが、案の定どハマりしたみたいだな。

現実と物語を混同して、リアルで悪役令嬢断罪劇を繰り広げてしまうほどに。


……しかし、やっぱり自分では読んでいなかったか。

だよな、お前、字を見ただけで頭痛がして、吐き気がするんだもんな。

いや、嘘だって知ってるけど。

ただ難しい言葉とか読めないだけだって知ってるけど。

シャカシャカの為なら、苦手な読書もしたのかと一瞬ビビっちゃったじゃねーか。

そこまですりゃ、そりゃ真実の愛だよな、って納得しそうになったけど、やっぱり人に読んでもらってたのな。

本当に根性ねぇなぁ、お前は。


「これで分かったかっ!

悪役令嬢であるお前は、俺達の愛の前に無様に敗れ、今まで偉そうにしていたしっぺ返しが全て自分に返ってくるのだっ!

ここはお前に似合いの場所だからな、せいぜいここで今まで自分がしてきた事を悔い嘆くといいっ!」


腰に両手を置いて、アーハッハッハッハッハッ!と偉そうにふんぞり返るフリード。

私はふ〜ん?と密かに鼻で笑いながら、食後のお茶を優雅に口に運んでいた。


「って!だから優雅に茶なんかするんじゃなーーーーいっ!」


その私の姿に怒りで真っ赤に顔を染めるフリードに、私はゆっくりとティーカップをソーサーに戻し、楽しげに小さく笑った。


「それで、その悪役令嬢とやらである私の処分をいかようになさるつもりですか?」


不適な笑みを浮かべる私に、フリードは期待していた反応と違う事に不満そうな顔をしたが、すぐに意地悪くニヤリと笑った。


「もちろん、極刑だっ!」


……ほぅ?

意外にとことんやるタイプだったか?と思いつつ片眉を上げると、直ぐにフリードは不満気に両手を肩の位置まで上げた。


「と、言いたいところだが。

流石にそこまでは無理だとコイツらが言うんでな、国外追放といったところだ」


不愉快そうに側近2、3をチラッと見るフリード。

流石にそれはあの2人が必死で止めたらしい。

が、余計な事すんなぁ。

せっかくだから、フリードのやりたいようにとことんやらせてくれれば良かったのに。

まぁ、アイツらから見れば、いくら公爵家の人間とはいえ、私は令嬢、つまり女。

その相手にそこまでは無理だったか。


チッ、指示が甘かったか。

上手く誘導した後は、やりたいようにやらせろって一応言っておいたんだが。

常識と良識が邪魔したか……。


まぁ相手も意思のある一個人である以上、全てが思うようにはいかないのは想定済みだ。

こうして地下牢に入れただけでも良しとしよう、うん。


「まぁ、国外追放ですか………。

そんな事になれば、私はアロンテン家から勘当され、貴族では無くなってしまいます……。

何の後ろ盾もない身で、頼る人間も居ない他国へだなどと……」


フリードの期待通りの台詞を並べてやると、フリードは鼻の穴をおっ広げ、満足気に顔をテカテカと輝かせた。


「フンっ!そんなもん、俺の知ったこっちゃないっ!

お前の愚かな行いが招いた自業自得だっ!

自分を呪いながら、どこででも朽ち果てれば良いっ!」


アッハッハッハッ!と笑うフリードに、私は哀しみに打ち付けられているような演技をしながら、顔を覆った手の奥で、密かにピクリと片眉を上げる。


随分残忍な人格を引き出されてるじゃねーか。

コイツは馬鹿だが、人を殺す度胸までは無かった筈だ。

だがさっきから聞いてりゃ、どうやらコイツは私に死んで欲しいらしい。

大した罪の無い人間を、殺したいくらい簡単に憎めるようになっているとは、やっぱりフリードはシャカシャカに堕ちているとみて間違いないな。

いくら元々は小物だとはいえ、フィーネ同様ここまで堕ちてはもう救いようが無い。

コイツは遅かれ早かれ、自分の欲望の為にいとも簡単に人を殺すだろう。

やはり、これ以上野放しには出来ない。

コイツの悪意が全て私に向いている間に、片をつけるしかない。


フリードがシャカシャカに堕ちたと判明してから、ずっと決めていた事だ。

私は私の大事なものを守らせてもらう。

馬鹿だけど、そこまでの罪があるような奴じゃ無かったのにな。

少し残念だよ、フリード。


誰にも悟られないように、小さく溜息をついた瞬間、それまで黙りこくっていたシャカシャカが、初めて口を開いた。


「……ねぇ、まだやんのそれ?」


感情の無い冷たい声色に、フリードが一気に汗を噴き出す。


「私は、シシリアに会わせてって言っただけで、ここまでついて来いなんて一言も言ってないんだけど」


そのシャカシャカに、フリードが焦ったように手をバタつかせた。


「だ、だがっ、コイツは悪人だし罪人だし、そんな奴とニーナを2人きりにするなど……」


焦ったようにそう言うフリードを、シャカシャカは感情の無い空洞のような目でジッと見つめた。


「いいから、サッサと消えて」


残忍さを含んだシャカシャカの言葉に、フリードはヒヤッと飛び上がると、側近達を連れ一目散に地下牢に続く階段をバタバタと駆け上がって行く。

途中で足でももつれて転けたのか、小さな悲鳴が聞こえてきた。


シャカシャカはそのフリード達の方を見ようともせず、楽しげに口角を上げてツカツカと鉄格子に近付いてきた。


ガシャンッ!と音を立て鉄格子を掴むと、その間に顔が挟まんじゃ無いかというくらいその顔を引っ付け、ニャァッと笑った。

薄く開いた唇の間から覗く口内が血のように真っ赤に見えた。


「やっと2人っきりになれたね、シイナ?」


アハッと楽しげに笑うシャカシャカに、私はゴキッと首を鳴らした。


「何の用だよ、シャカシャカ」


首を傾けたまま、見下すような視線を返すと、シャカシャカは愉快で堪らないとでも言うかのように、ニヤニヤと笑う。


薄暗く湿った地下牢に、生温い風がどこからか吹き抜けた………。





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