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EP.221


「フリード殿下、私をお呼びでしょうか?」


ゆっくりと優雅に前に進み出ると、フリードは心の底から楽しそうにニヤニヤと笑っている。


「おせぇんだよっ!俺が呼んだらもっと早く出てこいっ!」


とにかく怒鳴り散らせばいいとでも思っているのか、そのキンキン声に思わず片眉を上げた。


「申し訳ありません、急に呼ばれましたものですから。

それで、私に何かご用でしょうか?」


わざとらしく小首を傾げてやると、フリードはお得意のビッシィッ!と音の出る指で私を指さしてきた。

これホント、どういう原理だろ?


「今日こそお前の最後だ、シシリア。

お前は婚約者である俺が、お前以外の女性に心を奪われた事でその醜い嫉妬心を剥き出しにし、何の罪も無いニーナに数々の嫌がらせを行なってきたなっ!

そんな奴が偉そうに生徒会長だなどと、片腹が痛いわっ!

お前のような卑劣な女、俺の婚約者として相応しくないっ!

俺は今ここに、シシリア・フォン・アロンテン、お前との婚約破棄を宣言し、新しい婚約者に、ここにいるニーナ・マイヤーを迎えるっ!」


そうフリードが言い切った瞬間、会場から歓声が上がり、生徒達の拍手の渦に包まれた。

あまりの熱気に、言い出したフリード自身が目を点にして、周りをキョロキョロと見渡している程だ。


ややしてフリードは、鳴り止まない拍手の中顔を高揚させ、鼻の穴をめいいっぱい広げる。


「ど……だ、み……も………お……ひれ………」


フリードが何やら一生懸命喋っているが、周りの歓声で全く聞こえない。

耳に手を当て、えっ?と聞き返すジェスチャーをすると、フリードは顔を真っ赤にしてまた何やら叫んでいる。


「だか……おま……ひ………皆が………」


やっぱり、全く聞こえない。

仕方なく私がスッと片手を上げると、途端にシンッと会場が静けさを取り戻した。

拍手しながら歓声を上げていた生徒達が、スンッと静かになり、居住まいを正して私の方に向き直る。


「さっ、どうぞフリード殿下」


ニッコリと笑うと、フリードは顔を真っ赤にしてプルプル震えている。


「だ、だからっ!お前の卑劣な行いは皆も認めているって言ってるんだっ!

俺のお前への婚約破棄宣言に、皆が喜びの声を上げたのがその証拠っ!

お前を支持している人間など、この会場には1人もいないっ!

分かったらサッサと生徒会長の任を自ら退く事だなっ!」


若干目に涙を溜めながら、それでもふんぞり返って偉そうにフリードがそう言うと、皆が途端に騒めき出した。


「えっ?誰もシシリア様が卑劣な行いをしたなんて、認めてないわよね?」


「ええ、さっきのはシシリア様とフリード殿下との婚約が白紙になる事に皆が喜んでいただけだもの」


「フリード殿下にシシリア様はちょっと……ねぇ?」


「だよな、宝の持ち腐れというか……何というか……流石にちょっと無いよな?」


「でも、フリード殿下から破棄なさるんだから、シシリア様には落ち度は無いわよね?」


「そうそう、自分が不貞を働いといて婚約破棄とか、普通は言い出せないけどな。

でもこの場合は、ご決断頂きありがとうございますって感じだよなっ!」


「これでシシリア様は新しく婚約を結び直せるのよね、つまりは、私達の未来の王……あっ、これは早計でしたわね……」


「いやいや、可能性はあるよ……。

希望を持つくらいは許されるんじゃないかな?」


口々に皆がヒソヒソ話を始め、フリードはますます真っ赤にその顔を屈辱に染めた。


えっ?まさかさっきの歓声と拍手は、自分への賛辞だと思っちゃった?

いやいやまさかね?

お前のやった事って、一応でも婚約者のいる身で浮気して、しかもその相手に鞍替えしたいからってありもしない罪をでっち上げ私を糾弾し、一方的に婚約破棄を言い捨てるって、クズじゃん。

そんな奴に、いくら王家の人間だからとご機嫌取りの為に賛辞を送る奴なんて、この学園にはもういないぞ?

皆学生とはいえ、将来の事をしっかり見据えた優秀な人間ばかりだからな。

場当たり的なお世辞や賛同なんかしないから。

今起きている事が、自分の利になるか否か、それくらいの判断は出来てるからね。


で、ここにいる皆が、私とフリードとの婚約を利として捉え、歓声を上げた。

これが答えなんだけど、どうかなフリード君。

ご理解頂けただろうか?


内心ニヤニヤ笑いが止まらない私だが、そこは淑女然と、優雅な微笑みをたたえ、悠然と構える。


「フリード様、私の生徒会長としての任期はまだ残っていますし、中途半端にその任を放り出す訳にはいきません。

生徒会長を自ら辞する事はございませんわ」


ゆったりと余裕で返すと、また会場が歓声に湧いた。


それにしても、コイツ意外に生徒会長の立場に拘ってたんだな。

そんなにやりたかったか?

えっ?自分の名前のスペルも間違うような奴がか?

ホント、勘弁して下さい。


「うるさいっ!お前なんか、今この場をもって俺の婚約者じゃなくなったんだっ!

もう王子の婚約者だと偉そうな顔は出来なくなるぞ、残念だったなぁ。

俺の婚約者は今この時から、ここにいるニーナだっ!

オイッ!皆で俺とニーナに礼をしろっ!

俺の新しい婚約者に(こうべ)を垂れるんだっ!」


怒鳴り散らしながら皆を睨みつけるフリードだが、誰1人頭を下げる生徒などいない。

何度も言うが、ここにいる人間で、礼節を取るに値しない人間に、頭を下げる人間などいない。


私は皆を守るように、スッとフリードの真正面に立った。


「フリード殿下、貴方様からの婚約破棄、謹んでお受け致します。

ですが、そこに居られるニーナ様とのご婚約、陛下からは既に許可は下りていますか?」


冷静な私の声色に、フリードは冷や汗を流しながらジリッと一歩後ろに下がった。


「い、いや、まだだが……」


途端に声の小さくなるフリードに、私はニッコリと微笑み返した。


「ではまだ、ニーナさんに皆が頭を垂れる理由がございませんね。

嬉しくて皆に陛下より先に報告してしまった事は、微笑ましいお二人の素敵なエピソードとして、皆ちゃんと受け入れて下さりますよ」


朗らかに笑いながらも、目の奥をギラリと光らす私に、フリードはヒィィッと小さな悲鳴を上げた。


なっ、陛下に無断で勝手にやってるんだもんな?

じゃあ、ここにいる皆に偉そうに頭を垂れろとか言えないよな?

もしこの事でこの中の誰かに何かしてみろ?

どうなるかくらい分かってるよな?


私から放たれる有無を言わさない圧に、賢い皆はすぐさまその意を汲み、ニコニコと微笑ましそうにフリードとニーナを祝福し始めた。


「まぁ、本当にお似合いのお二人ですわぁ」


「ええ、殿下が()()()()陛下から許可を頂く前に、私達にご紹介してしまうお気持ちが分かりますわぁ」


「本当に、今夜ここに来て良かったよ。

まさか()()()()()()こんなに素晴らしい発表を聞く事が出来るだなんて」


皆の朗らかな雰囲気とは対照的に、フリードはどんどん真っ青になっていき、ダラダラと汗を流し始めた。


いやぁ、良かったな。

皆にこんなに祝ってもらって。

お前の先走った行動は皆にこんなに喜ばれてるじゃないかぁ。

陛下無視して発表した甲斐があったな。

こんなに心優しい学友達を、まさか不敬だ何だと処罰するとか言い出さないよな?


私を先頭に、集まった全ての生徒達にニコニコと見つめられ、フリードは数歩後退りながら、カクカクと頷いた。


「う、うむ……、皆、こ、この事は後ほど正式に改めて発表するゆえ……。

今日のところはニーナへの態度は不問とする……が、正式な発表がなされた後は、ニーナへの態度をちゃんと改めるように」


ゴホゴホ咳払いしながら、フリードは力無くそう言うのが精一杯のようだった。


いやぁ、何だかんだめでたいなっ!

円満にフリードと婚約破棄出来たし、皆も祝福してくれている。

全てが収まるところに収まって、気持ちいいくらいだ。

うしっ!じゃっ、もう帰るかっ!


皆とニコニコ微笑みながら、ゆっくり片足を後ろに引いた私の動きにフリードは敏感に反応すると、すかさず私をビシッと指さし、息を吹き返したかのように大声を出した。


「オイっ!なに逃げようとしているっ!

お前の罪は婚約破棄くらいじゃ償えないぞ。

第三王子である俺の婚約者であるニーナに行った数々の非道な行為は、断じて許されるものでは無いっ!

シシリア・フォン・アロンテンッ!

貴様を王家侮辱罪で拘束、投獄とするっ!

兵達よっ!この者を即刻捕らえよっ!」


私に向かってバッと手を振り下ろすフリード。

が、会場はシーンと静まり返り、誰1人動こうとしない。


フリードの放った言葉への憤りが、生徒達の間に静かに広がっていく。

怒りのこもった多くの目が一気に自分に注がれ、フリードは真っ青になって泣きそうな気弱な金切り声で叫んだ。


「な、何をしているっ!

警備兵っ!早くその女を捕えろっ!

残りは俺を守るんだっ!早くしろっ!」


ガチガチと歯を鳴らしながらフリードが叫んでも、警備兵は動こうとしない。


つい帰ろうとしちゃったけど、本番はここからだった。

すまんすまん。

キッチリ最後までフリード劇場を楽しむ予定だったのに。


しかし、おかしいなぁ……。

事前に打ち合わせておいたはずなんだが。


私は警備兵達をチラッと見て、脅すようにニコッと笑った。

警備兵達は途端にビシッと居住いを正し、2人が私の方に向かってきて、両側に侍るように立った。


……違う、そうじゃない………。


拘束の仕方も知らない訳じゃ無いよな?

と、呆れつつ、私が自ら手を差し出すと、左側に立っていた兵が恭しくその手を取った。


いやだから、違う、そうじゃない。


ハァッと溜息をつきながら、まだ動かない残りの兵を追い立てるようにシッシッと手を振ると、兵達は慌ててフリードの所に走り、言われた通りにフリードの周りを固めた。


やれやれ、動きが悪いからどうしょうかと思ったわ。


ザワザワと騒めき立つ生徒達に、私は凛と声を張り上げた。


「皆様、落ち着いて下さい。私なら大丈夫です。

フリード殿下は何か誤解をなさっている様子。

直ぐに誤解は解け、私の拘束も解ける筈ですから、皆様はくれぐれも落ち着いて、節度ある行動を心がけて下さい」


私の言葉に、騒ついていた生徒達はシンと静まり返り、会場を水を打ったような静けさが包んだ。

誰ももう、フリードに敵意を向ける人間はいない。

いや、マジ優秀な人間しかいない。


フリードは(一応)兵達に拘束された私を満足そうに……いや、若干?マークを浮かべながらも、取り敢えずは納得しながらうんうん頷き、バッと片手を大きな身振りで払った。


「その者を即刻、王宮の地下牢に投獄しろっ!」


フリードの言葉に、再び会場中に激震が走る。

今度のは先ほどより一層大きな衝撃を皆に与えたらしく、怒りで魔力を漏れさせる者、その場からフリードの所まで駆け出しそうになり、近くにいた生徒に止められる者、ショックで泣き出す生徒や倒れてしまう生徒………。


咄嗟にリゼとユランが協力して、生徒達と私やフリードの間に保護結界を張った。


「皆さん、落ち着いて下さい。

お気持ちを鎮めて、冷静に見守りましょう」


その時、凛としたキティの声が響き、生徒達は皆、そのキティを縋るように見つめた。


「どんな事になろうと、シシリア様の気高さは損なわれたりしません。

大丈夫です。ですから、気をしっかりと持って下さい」


続くキティの言葉に、皆が涙を浮かべて頷いている。


なぜこうも皆が動揺したかというと、王宮の地下牢は身分の低い大罪人を投獄する場所だからだ。

公爵家の人間である私などは、どんな大罪を犯そうとまずそんな場所には入れられない。

王宮の貴族専用の牢に入れられるか、自分の屋敷に監禁されるか、まぁ、そのどちらかだ。


それをフリードが地下牢に入れると言ったのだから、皆が動揺するのは無理がない。


……のだが。

私は内心、小躍りにしながら祝砲を上げていた。

それこそ私が今回狙っていた事だったからだ。


フリードの事だ、言ってみたかった程度の理由で私を地下牢に投獄しろ、くらい言うんじゃないかな〜と期待はしていたが、まさか本当に言うとはっ!


ナッハッハッハッハッ!

馬鹿は御しやすくて助かるぜ。

もしフリードに、一欠片でも常識が備わっていたらこうはいかなかった筈だ。

無知って凄いな、マジで。


私は優雅にフリードに向かってカーテシーで礼を取った。


「王子殿下のご判断に従います。

私、シシリア・フォン・アロンテン。

王宮の地下牢にて投獄される事を受け入れます」


そう私が言った瞬間、後ろから生徒達の悲鳴が上がる。

皆にこんなに心労をかけて申し訳ないが、これこそが私の計画なのだから、こちらとしては大成功と言える。

皆を巻き込んだ事は、重ね重ね本当に申し訳ない。


私はクルリと皆の方に振り返り、毅然として胸を張った。


「皆様、私には一つとしてやましい事はございません。

ですが、今は殿下の誤解が解けるまで、そのご意思に従いとうございます。

私は殿下の婚約者ではなくなりましが、王家の忠実な臣下として、殿下のご決定に意は申しません。

どうか皆様、私の気持ちをご理解頂き、見守って下さいまし。

私ならどこに入れられようと大丈夫です。

皆様という心強い学友と、心はいつでも繋がっていますもの」


穏やかに微笑みながら会場を見渡すと、生徒達が涙ぐみながら、私の言葉に何度も頷いていた。


「よ、余計な事言ってないでっ、さっさとお縄につけっ!

オイッ!コイツを早く地下牢に連れて行くんだっ!」


フリードが怒鳴ると、私の両側に侍る警備兵が困惑顔でこちらを見てくる。

私が大人しく腕を差し出すと、やっぱりその手をスッと礼儀正しく取られてしまった。


いや、だから、違うんだよなぁ……そこは拘束してくんないかなぁ……。


とは思うが、これ以上を求めるのは流石に酷なので、私は警備兵にエスコートされた状態で優雅に皆に向かって一礼すると、ゆっくりと歩き出した。


途端に生徒達が左右にザッと分かれ、そこに一本の道が出来上がる。

その道を淑女らしく歩いて行くと、生徒達が一斉に私に向かって最上級の礼をして見送ってくれた。


………いや、だから、違う、そうじゃない………。


とは勿論言えず………。

前を真っ直ぐと見て胸を張り、威厳を漂わせて会場の出口へと向かった。

出入り口で一度振り返ると、私は鮮やかに微笑む。


「では皆様、ご機嫌よう」


そして皆に背を向けると、、真っ直ぐにエントランスへと向かった。

背後から、涙交じりに私の名を呼ぶ生徒達の声が聞こえてくる。


警備兵の手前、優雅な微笑みを口元に浮かべながら、内心私は大量の冷や汗を流した……。


ヤベーーー………。

思ってたより皆に心配かけちゃった……。


後のフォローが大変そうだが、それこそ自業自得だ。

自分のケツはちゃんと自分で拭くぜっ!

ちょっと、いやかなりっ!

骨が折れそうだけどねっ!




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