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EP.217


何も無い石畳のジメジメした場所で、私はど真ん中に仁王立ちになり、腕を組むと胸を反り返した。


「うんっ!寒いっ!」


ここでバババーーンッ!的な効果音が無駄に欲しいところだが、まぁ、我慢しておこう。


さて、今私がいる場所は、王宮っ!のっ!地下牢っ!

季節的に流石に寒いっ!

ので、火魔法で余裕で暖を取りながら、ムフムフと今日の事を思い出し、1人ニヤニヤと笑う。


計画通りにここに入れられた事に大満足しながら、笑いが止まらない。

いやぁ、本当に入れるとは思わなかった。

何でも企んでみるもんだなぁ。






さて、話は5ヶ月ほど前に遡る。

その頃私は、新しく導入した生徒会役員選抜選挙制度の準備に追われていた。



「悪いわね、私達の世代では実現出来なくて」


隣に立つメリッサに詫びると、メリッサは慌てたように顔の前で両手を振った。


「い、いえ、そんなっ!

会長が生徒会役員を学園の生徒の投票で決める選挙制度を導入して下さっただけで、もう十分です。

それにこうして私達一般生徒からも、選挙実行委員会、管理員を選抜下さり、学園の自治に直接携われただけで、もう本当に幸せです。

私達一般生徒も、学園を支える1人だと実感出来ましたから」


謙虚なメリッサは、そう言って笑ってくれた。


メリッサはキティとフィーネが対峙した時、勇気を持ってフィーネ達を糾弾してくれた、あの一般生徒だ。

あの後も学園の改革が完了するまで、キティファンクラブの会員達と協力して、自警団として活躍してくれた。

学園改革後は解散となったが、希望者は風紀委員として今も活躍してくれている。


改革前は、委員とつくものは全て貴族生徒のみに与えられていたので、一般生徒が委員会入りする良い足がかりにもなってくれた。


本当はそのメリッサを生徒会に入れたかったのだが、一般生徒に生徒会入りさせる為の選挙制度の導入に間に合わなかったのだ。

その代わり、今回初めて実地する生徒会選挙を仕切る、選挙実行委員会、管理委員長にメリッサ、その他の管理員も元自警団の中から選抜して委任した。

彼らは元自警団として学園を知り尽くしてくれているから、非常に頼もしい即戦力となり、お陰で初めての試みとなる今回の件も、思っていたよりスムーズに事が運んでいる。


私もメリッサも、今年が最終学年。

これだけはやり残すまいと、卒業前に生徒会長最後の仕事として、次年度からの生徒会役員を会長、副会長を除き、立候補者から選挙で決める制度の導入に、メリッサ達元自警団の協力の元なんとかこぎ着ける事が出来たという訳だ。


学園内の身分制度を完全に取り払う事は無理でも、自治に一般生徒も参入する事で、学園卒業後にも、身分の貴賎の無い関係が築ける筈だ。

身分で選ぶのでは無く、いかに優秀な人間を自身に取り込むか。

今後は高位貴族に求められる人材確保の動きも変わってくるだろう。



「メリッサは卒業後はどうするか決まっているの?」


私の問いに、メリッサは嬉しそうに答えた。


「実は、官吏試験受験資格を獲得したんです。

女性で、しかも平民では私が初めてなんですよ。

受かるかどうかは私の実力次第ですが、それだけで平民の道が大きく拓けたと、皆に喜んでもらえました。

まだ本試験も受けていないのに」


へへっと照れたように笑うメリッサに、私は心の底から祝いの言葉を口にした。


「おめでとう、貴女なら必ず本試験にも受かるわ。

いつか貴女と国政を支える日が来る事を、楽しみにしているわね」


ニッコリ微笑むと、メリッサは顔を赤くして、モジモジと照れたように笑った。


「……そんな、もしも官吏になれたとしたら、それだけでも凄い事なのに……畏れ多くもシシリア様と国政に参加だなんて………」


謙虚は美徳だが、Aクラスでぶっちぎりトップだった人に畏れ多いと言われても……。

高位貴族の中から優秀な人間を集めたのがSクラスではあるが、もしも前世のようにそんな事関係なくメリッサと同じクラスだったら、成績で勝てる気がしない……。

そもそも私、結構学園サボってるし……。


優秀な上に謙虚、正義感が強く不正を許さず権力にも屈しない。

そんなメリッサが国を動かす一柱になれない訳が無い。

未来の事はメリッサの自由だが、私としては是非中枢に躍り出てきて欲しいと思っている。


出来れば私の側近として、主に表舞台で活躍して欲しい。

なぁんて勝手に思っているから、密かに官吏試験受験資格を獲得する際、私からも推薦しておいたんだ。

もちろん、メリッサの実力だけでいえば官吏試験を受ける資格は十分にある。

実力だけでいえば、だ。

が、官吏の世界はまだまだ女性や平民を受け入れる体制が出来ていない。

メリッサが女性で平民である、という理由だけで受験資格さえ与えられないなど、国の損失に他ならない。


私の推薦があれば、メリッサの実力を正しく判断してもらえるだろうと思ったのだが、やはり実力は十分だったという事だ。

まぁ、これ以上余計な事をする気は無いが、官吏制度についての改革はこちらで進めるつもりだ。


平民、女性、下位貴族など、実力とは関係ないところで、暗黙の了解で弾いてきた時代は直ぐに終わらせる。

メリッサは見事にその突破口となってくれた。

結局、能力のある人間はどうあってもその頭角を現すものだ。

ただ、生徒会選挙のように、メリッサの時代には間に合わなかった、などという事だけは避けたかった。

少し手助けしただけで、自分の力でものにしてくるのだから、やはりメリッサは非常に優秀な人材だった。



「メリッサ委員長〜〜っ!また演説禁止区域で演説している候補者がいます〜〜っ!」


その時、選挙管理員の腕章をつけた男子生徒がメリッサを呼びに来た。


「またなのっ!カフェテラスの周りは人が多いからってっ!

何回禁止だって言えば分かるのかしらっ!」


腕まくりしながらその男子生徒の所に走り出そうとしたメリッサは、ピタッと止まってから申し訳なさそうに私を振り返った。


「シシリア様、あの……」


そのメリッサに、私は気にするなとばかりに手をヒラヒラと振った。


「いいわ、早く行ってあげて。

私とはいつでも話せるんだもの、そうでしょ?」


そう言うと、メリッサは瞳を輝かせながらペコッと頭を下げた。


「はいっ!では、行ってきますっ!」


「いってらっしゃい、頼んだわね」


言うが早いかもう駆け出していくメリッサの頼もしい背中を見送りながら、私は全てが順調に進んでいる事に大満足だった。


今回の選挙が全てうまく行けば、もう学園でやり残した事は無い。

後は私お得意の派手なショータイムの幕開けだ。

卒業を待たずして、一発派手な花火をぶちかましてやるぜウェッヘッヘッヘッ。


1人不気味な笑いを浮かべている私に、忍び寄る影………。

その正体は………。


「おいっ!デカ女っ!お前っ、どういうつもりだっ!」


久しぶりの登場だからか、初っ端からテンション高めのフリード。

お忘れの方に説明しておくと、馬と鹿のキメラだ、以上。


いつもなら雑音として脳が処理し、いちいち反応したりはしないのだが、今日の私は違うっ!

私はフリードに向かって張り切って振り返り、バサっと扇で口元を隠すと、上から(身長差的にも)目線でフリードを見下ろした。


「あら?殿下じゃございませんか?ご機嫌よう」


声色は穏やかだが、フリードを見る目はゴミを見下している目だ。

王家の人間への礼節?ナニソレオイシイノ?


私からのあからさまな侮蔑した態度に、フリードは一瞬怯んだのち、後ろで欠伸をしているシャカシャカをチラッと見て、私に対してふんぞり返り声を荒げた。


「おいっ!王子である俺様に何だその態度はっ!

ちゃんと平伏して礼を取れっ!」


ズビシッと私を指差すフリード。

私は扇の下の口元をニヤリと歪めて、わざとらしく困った声を出した。


「まぁ、それは失礼致しました、殿下。

ですが困りましたわね。ここは身分による差別を禁止されている学園内ですから。

殿下に対して平伏す事も禁じられておりますし……。

生徒会長である私が率先して、学園の規律を乱す事は憚られますわぁ。

あらあら困りましたわ、どう致しましょう……」


〝生徒会長〟というところを強調してやると、フリードはウグっとたじろぎ、数歩後ろに下がった。

そうだよ、ワタシ生徒会長。

お前が王族ってだけで、クラウスが卒業した後は当然自分がなるものだと思い込んでいた、生徒会長。

知ってる?学園の生徒側の総責任者、生徒代表、それが生徒会長、それがワタシ。

で?お前はなんだっけ?

改革後もしぶとく学園に居座り続けているけど、何か役員とかした事あったっけ?

実力も無いのに在籍させてもらってる学園に、何か奉仕作業とかで恩返ししたか?


無いよなぁ?

毎日毎日偉そうにふんぞり返って、学園内を闊歩してるだけで、勉学も碌にしてないだろ?

あのさぁ。

何度も言うけど、この学園は生まれ変わったんだよ。

お前みたいなクソを全員追い出し、優秀で勤勉な生徒が通う、本来の学園の姿を取り戻したんだよ。

その中で、お前はしつこく取れない学園のシミみたいなもんだ。

取れないなら仕方ないからな。

そのシミがついてる場所ごと鉄拳クラッシャーしてやるから、もうちょい待ってろや。


扇の下でクックッと不穏に笑う私には気付かないまま、フリードは真っ赤な顔で私に向かって怒声を上げた。


「女のくせに生意気なんだよっ!

どうせ汚い手を使って生徒会長になったんだろっ!

いいかっ?お前の悪事は既にバレてんだよっ!

俺はお前をいつでも引き摺り下ろせる事を忘れるなっ?

所詮お前なんか、たかだか公爵令嬢。

王家の俺にとっては、いつでも踏み潰せる蟻みたいなもんだっ!

そんな余裕ぶっこいていられんのも、今のうちだけだからなっ!」


ギャンギャンどデカい声で喚いているもんだから、皆がこちらに注目している。

リゼとキティが心配そうにこちらに駆けてこようとしているのを小さく手で制し、刀の柄に手を掛けるユランには視線を送ってそれを押し留めた。


いや、学園内で抜刀しようとすなっ!

あと、学園内は剣や刀類は禁止ですっ!

空間魔法からヒョイヒョイ菊一文字則宗を取り出すのやめなさい。

それから、私の護衛で着いてきてるゲオルグ。

既に抜刀しているその刀を今すぐ鞘に戻せ。

護衛には許されている帯刀を利用するんじゃ無い。


ギラッと睨み付けると、ゲオルグとユランは納得いかないという顔で、それぞれ刀を仕舞った。


ふう、ヤレヤレ。

後は物陰からフリードを吹き矢(猛毒)で狙っているエリクとエリーなのだが………。


いや、シンプルに殺そうとしてるっ!?

今はまだダメ、今はっ!


2人の潜んでいる場所に向かって、ニッコリ微笑みながら扇をバチンッと音を立て閉じると、エリクエリーはシュンとして吹き矢を懐にしまった。


自身に迫っていた危機から私に救われた事も知らず、馬鹿面でふんぞり返っていたフリードまで、私が扇を閉じた音にビクゥッと飛び上がっていたが、よくそんなんで私に向かってこれたな?


しかしうちの側近達は私に対して過保護過ぎないか?

エリオットのところなんて、放置かもしくは便利道具として利用するくらいだし。

クラウスのとことか、何かあればクラウス(魔王)に自分達を守らせる気満々だよ?


うちのとこ、なんでこんなに威勢が良いんだろ?

冷静に考えて、私を守る側ではなく、私からフリードを守る側に回って欲しいんだけどなぁ。

今はまだ。


暴走を諌める側にいて欲しいのだが、何故側近達の暴走を私が諌める側なのだろうか……。

人材育成って、本当に難しい。


我が側近達について頭が痛いとこだが、今はフリードだな。


私はフッと笑いながらフリードに向き直り、その脆弱に揺れる瞳を真っ直ぐに見つめた。


「私の悪事についてとやら、是非じっくりと聞きたいものですわね。

ですが申し訳ありませんが、あいにく今は生徒会役員選挙の事で忙しくしております。

またお時間を頂き、ゆっくりお話を聞きますから、今は……」


「俺が言ってるのは正に、その生徒会役員選挙とかくだらないものについてなんだよっ!」


私の言葉に被せるように、いきなり息を吹き返し勢いを増すフリード。

人の話は最後まで聞きましょう、そして静かに退場しましょうって、幼稚園で教えられなかったのか?

お前はあれか?

幼稚園中退したのか?


内心あ゛っ!?と思いつつも、とりあえずフリードの言葉に首を傾げておく。

フリードは鼻息荒く、真っ赤になって捲し立て始めた。


「伝統ある王立学園の生徒会役員を選挙なんかで決めるだとっ!ハァッ?頭大丈夫かっ!?

しかも学園の生徒なら誰でも立候補出来るだとっ!?

馬鹿かっ!平民なんかが生徒会入りしたらどうするっ!

学園の伝統が無茶苦茶になるだろーがっ!

いいか?ここは王立学園なんだぞっ!

つまり、数多ある学校の中で、我が王国を代表する学園なんだよっ!

その生徒会役員に平民なんかが選ばれる可能性があるとか、ハァッ?ハァッ?

そんな馬鹿げた話、許される訳ないだろうっ!

これは生徒会長であるお前の無能ゆえの愚策っ!

生徒会長であるお前の暴挙、横暴だっ!

それを認めてさっさと選挙など撤回しろっ!」


シューシュー頭から湯気を立てながら、フリードは目を真っ赤にして私を睨んでいる。

なるほどなぁ。

私が居なくなった後、自分の子飼いの貴族生徒を生徒会役員にしようとでも思ってたんだろ〜なぁ。

でもアレじゃん?

お前の子飼いの奴ら、全員勉強出来なくて、学園の試験に受からなかったから、私立学園に転入していったじゃん。

全員リスト化されてるから、知ってんぞ?

しかも、ゴルタールの失脚からこっち、随分その数も減ってるよな?

そんなもんをどうやって、こっちの生徒会役員にするつもりだ?

えっ、何でそんな事も今だ理解してないの?

そもそもお前も卒業すんのに、今更自分の息のかかった人間を生徒会に入れてどうすんの?

馬と鹿なの?


なぁんてなぁ………。

そんな事は、本当はどうでもいいんだろ?

とにかく、私に難癖付けて、文句言える理由があれば良いんだもんな?

そうそう、いいぜ、いくらでもかかってこいよ。

ホレホレ、あんよはじょーず。


全くお前は乗せられ上手だなぁ。

誰に乗せられてんのかは知らないが?

ド派手な私への劣等感から、私には近付きもしなかった奴が、急に堂々と難癖つけてくるとは、何か楽しい裏があるだろ?


上手くいくといいな。

その楽しい計画とやらが。

もちろんこちらも、付き合ってやんぜ?

今までとは話が違うからな。


楽しい楽しい舞台をド派手に飾りつけてやるよ。





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