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EP.216


その後のジャンとマリーだが。

マリーは無事、ジャンにひっ捕えられ、とうとうお縄についた。

つまり、奇想天外なマリーの計画は泡と消え、普通にジャンと婚約したのだ。


あのマリーがっ!!

ニャッハッハッハッハッハッ!

面白過ぎて腹が捩れるっ!

一体、ジャンに何をしでかせばそんな事になるのかっ!

マリーのそんなお馬鹿可愛いところが愛おしくて堪らないぜっ!



「はよーごぜーます………」


久しぶりに生徒会に顔を出したマリー。

今はもう放課後なのだが、マリー界隈の業界では24時間いつでも挨拶は〝おはようございます〟で完結する。


いや、普通にご機嫌ようと言えんのか。


「ご機嫌よう、マリー。

ジャン様とのご婚約、おめでとう」


ニッコリ微笑むリゼに、マリーはハウッと苦しげに自分の胸を押さえながら、憎々しげに私を見上げ、シャーーッ!と爪を立てながら襲いかかってきた。

そのマリーを軽々キャッチして、高い高いしながら、私は目を丸くした。


「ちょっと、いきなり何なのよ?」


ふふっと笑いながらクルクル回してやると、マリーはシャッ!シャッ!と私を引っ掻こうと手を振っている、が、リーチの差で私には届きもしない。


「アンタッ!知ってて黙ってたわねっ!」


シャーーッ!と毛を逆立てるマリーを、今度は空中にポーンポーンと放り投げて遊びながら、私はニヤニヤと笑った。


「何を?ジャンがギクソット家の嫡男じゃないって事?」


そらっとボケたような私の返答に、マリーはますますギシャーーッ!と怒り狂う。


「えっ?そうなのですかっ?」


リゼが驚いた声を上げると、ユランが呆れたような目でそのリゼとマリーを代わる代わるに見た。


「知らなかったんですか?

高位貴族家の特に嫡子については、知っていて当たり前の常識ですよ?」


そうユランに指摘されて、恥ずかしそうに縮こまるリゼと、依然としてギシャッギシャッ!と私を威嚇し続けるマリー。

マリーをポンポン上に放り投げながら、私はアハハッと笑った。


「仕方ないわよ、ジャンの兄上は15歳で帝国に留学しちゃって、そのまま最近まで帰ってこなかったんだから。

ジャンとも9歳も歳が離れてるしね。

ジャンがギクソット家の嫡男だって勘違いしている人間は他にもいるわよ」


私がそう言っても、リゼは恥いったままだった。


「お姉様が3人いらっしゃる事は知っていたのですが、お兄様がいらっしゃる事までは知りませんでした。

レオネル様の婚約者として、恥ずかしいばかりです……」


そのリゼに、キティがまぁまぁと優しく肩を叩く。


「リゼちゃんは学業以外の、貴族についての勉強はさせてもらえなかったんだから、仕方ないわよ。

今からでも学んでいけば良いわ。

私もお手伝いするから」


ニッコリ笑うキティに、リゼはペコペコと頭を下げている。


「おっと、やり過ぎた」


ポンポン投げていたマリーがキュウッと目を回している事に気付いて、ハァやれやれ、やっと大人しくなった、とソファーにそっと下ろしてやる。

マリーはリゼに膝枕して貰いながら、まだ恨みがまし気に私を見上げていた。


「でも、シシリアは知ってたんでしょ?

なんで教えてくれなかったのよ?」


プゥっと頬を膨らませ口を尖らせるマリーに、私は腰に手を当て、ババーンッと音が鳴りそうなくらい胸を逸らし、傲慢にマリーを見下ろした。


「だって、その方が面白そうだったからっ!」


高らかにそう答えてやると、マリーは信じられないものを見るように目を見開いていたが、ややして全く反省の色の無い私に諦めたように溜息をついた。


「マリーちゃん、でも、推しのジャン様と婚約が出来て、嬉しくはないの?」


困ったようにキティがそう聞くと、マリーは頬を赤くして、モゴモゴと呟くように口を開いた。


「……そりゃ、立場的に婚姻は無理だと思ってたから……そうじゃ無いって分かって、嬉しかったけど………でも、私には捨てられないライフワークが………」


ゴニョゴニョ言っているマリーに、私はハテ?と首を傾げた。


「何?アンタ、ジャンに創作活動を秘密にしたいの?」


私の問いにマリーは目をカッと見開いて、噛み付くように口を開いた。


「そんなのっ!当たり前でしょっ!

どこの誰が、推しに自分の腐活動を知られたいと思うっ!?

それなのにっ、ジャンったら全部知ってたのよっ!

全部知ってて、好きなら続けろよって応援してくれた挙げ句……締め切り前の完徹状態の時にサッと現れて、これ終わんなきゃ、俺との時間が無くなるだろ、って下絵のクリーン作業まで手伝ってくれたりして……しかも意外に仕事が丁寧で完璧だし……正直めちゃくちゃ重宝してる………とか、これどんな状況………」


いや、そうはならんだろっ!

私は腹を抱えて笑い転げた。

何なんだよっ!お前らっ!

面白い事になりそうだとは思ってたけど、ここまで面白くなる事あるっ!?


あとお前、ジャン様から自然にジャン呼びになってんじゃんっ!

何があった?

騎士団に潜入してる間に、マジで何があったんだよぉぉぉ面白すぎるよぉ〜。


笑い転げる私を睨みながら、尚もマリーは切々と心情を吐露し続けた。


「推しが、自分がめちゃくちゃにされている下絵のクリーン作業している地獄、見た事ある?

マンガ絵だからバレないと思ってたら、お前、毎回俺をどうしたいんだ?これは?とか、地獄の質問されんのよ?

控えめに言って、今すぐ死ねるっ!」


アッハッハッハッハッハッハッハッ!

何でそうなるねんっ!

おもしろすぎるわっ!

君らは天才かっ!

おもしろ夫婦爆誕させてんじゃねーーーよっ!


あうあう言いながら泣いているマリーを指差して笑っていると、そのマリーの手をそっとフィリナ嬢、いやもう、ユランの婚約者だし、親愛を込めてフィリナと呼ばせていただこう。

フィリナがマリーの手をそっと両手で握った。


「分かります……推しを目の前にしても止まらない推し活衝動………。

ですが、私達にとって、推しが全てっ!推しが正義っ!

推しが婚約者にと望んでくれるなら、喜んでそれに従いましょう?

それで私達の推し活道は閉ざされたりしませんよ……」


優しく慈悲深い笑みを浮かべるフィリナに、マリーは眩し気にその瞳を細めた。


「……そう言えば、フィリナ氏も最近推し(ユラン)と婚約したのよね……。

私達、2人揃って婚約出来なさそうな令嬢ランキング上位常連だったのに……。

何がどうしてこうなっちゃったのかしら……」


うっうっと咽び泣くマリーだが、お前の場合は完全に自業自得だな。

そのマリーに、フィリナもうっと口を押さえて嗚咽に堪える。


「本当に、そうですよね……。

私達、一生独身ステキ推し活ライフを誓い合った仲なのに……」


いつの間にそんな楽しそうな誓いを立てていたのか。


『同性同士の友人、友愛のあり方についての表現を模索する同好会〜略して同人会〜』の会長と副会長の絆、深過ぎない?


まさか自分達がそれぞれの推しと婚約する事になるとは思いもしていなかったらしい2人は、ギュッと手を握り合ってウッウッと咽び泣いている。


ソファーに横たわるマリーに合わせて、屈んで床に膝をついているフィリナの顔に、スルリと後ろからユランの手が伸びて、顎を掴んで上向かせると、後ろからその顔を覗き込んだ。


「で?その、一生独身ステキ推し活ライフとやらでは、一体何をするつもりだったわけ?」


ピキッと小さくユランの額に青筋が立っている事に気付いて、フィリナはカタカタと小刻みに震えながら答えた。


「あ、あのですね、歳を取っても死ぬまで一生推しを愛し、推しを愛でる、というライフドリームでして……」


アワアワと答えるフィリナに、ユランは妖しげに色っぽく微笑んだ。


「いいよ、好きなだけ僕を愛して愛でさせてあげる………死ぬまで、一生ね」


ふふっとユランが笑うと、フィリナはブハァッ!と鼻血を吹き出し、天に召されかけながら後ろにゆっくりと倒れていった。


その体を難なく支えながら、ユランが手慣れた仕草でフィリナの鼻血をハンカチで拭っている。


「……死んでも……推します……」


最後にそんな言葉を残し、フィリナはガクッと天に召された。


「フィリナ氏ーーーーっ!」


マリーが涙を流しながら、その名を叫んだ………。



いや、これなんて平和?

こんなくだり、久しぶり過ぎて涙が出そうなのだが?

くだらな過ぎて、もう胸がいっぱい。

全てを冷め切った目で見ているリゼまで含めて完璧な様式美、尊過ぎる。


うんうんと満足気に頷いていると、フィリナを膝枕しながらユランがふと顔を上げた。


「……そういえば、小耳に挟んだだけなのですが、ゴルタール公爵が、フリード殿下とシシリア様の婚姻を急がせようとする動きをしているとか………。

大丈夫なのですか、シシリア様?」


心配気にこちらを見るユランに、私は頬に手をあて、ふふんと笑った。


「ユラン、貴方はゴルタールのその動きをどう見る?」


逆に私に聞き返され、ユランは自分の顎に手をやり、慎重に答えた。


「ゴルタール公爵は数々の失態により、今や権力から失脚していますからね。

国政会議からも排除され、もはや中枢の実権を再び握る事は無いでしょう。

国内の資金源も全て失い、北の大国と繋がり、そこから資金提供を受けているのでは無いか、とそこまで噂に上がる程です。

今まで巧妙に北との繋がりを隠し、誰にも悟らせてこなかったゴルタール公爵が、そこまで人に悟られてしまうとは、取り繕う事も出来ない程に困窮し、北に縋り付いている証拠でしょうね。

そんなゴルタール公爵にとって、フリード殿下とシシリア様の婚約は正に最後の切り札。

2人の婚姻を早め、シシリア様がフリード殿下の妃になれば、貴族界のパワーバランスがまた変わります。

貴族の中には、それゆえゴルタール公爵と完全に手を切れない者もまだいますから。

アロンテン家の正統な血脈に加えて、シシリア様は貴族からも国民からも人気があります。

一部では、フリード殿下がシシリア様と婚姻すれば、クラウス様を押し退けフリード殿下が王位継承権第二位に躍り出るのでは無いか、と囁く者までいますから」


そこで一旦言葉を切り、ユランは私とキティの顔色を伺った。

が、2人とも何も気にせずニコニコしているのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろしながら話を続ける。


「ゴルタール公爵の狙いは、依然として王位簒奪だと考えて間違い無いでしょう。

力を失った今でも、北からの援助とフリード殿下とシシリア様の婚姻で、再び力を取り戻し、フリード殿下を何としても王座に座らせる気だと思います」


ユランの話を楽し気に聞いていた私は、ふむと頷くとゆっくりと口を開いた。


「ま、そんなとこでしょうね。

だけど、その肝心のフリードが私には興味が無く、絶対に婚姻などしたく無いと言っている。

フリードは本気でニーナと婚姻する気でいるらしいわね?」


クックッと笑うと、ユランは心底嫌そうな顔をした。


「あんな方の側近でいなくて本当に良かった。

シシリア様に助けられたご恩は一生かけてお返しします」


そう言って深く頭を下げるユランに、私は水くさい水くさいと笑った。


「それでね、私もちょっと予定を繰り上げようと思っているのよ。

エリオットが張り切って、当初の予定より早くゴルタールを追い込んでくれたから、そろそろ動き出して良いと思うの。

だからユラン、あの2人に連絡を取って私からの伝言を伝えて欲しいのよ」


ニコニコ笑いながら、ユランの耳に耳打ちすると、その内容にユランは目を見開き、驚いて固まってしまった。


「そ、そのような事、本当に実行するつもりですかっ!?」


ユランの大声に、天に召されていたフィリナがビクッと体を揺らし、蘇生して体を起こした。


「どうしたんですか?ユラン君?」


ユランの真っ青な顔色に気付いたフィリナは、慌ててユランの頬を両手で包む。


「大丈夫ですか、ユラン君?」


心配そうにその顔を覗き込むフィリナに、ユランは唇の端をピクピクと痙攣させながら、何とか笑顔を作って、安心させるように優しい声色で言った。


「だ、大丈夫……何でも無いから……」


とても何でも無いという様子では無いが、フィリナはそれ以上は何も聞かなかった。


「……シシリア様、ではそのように、あの2人に伝えますが……本当によろしいのですね?」


ゴクリと喉を鳴らすユランに、私はビッと親指を立てて、ニカっと笑った。


「なるべく派手にお願いっ!」


ケッケッと笑うと、ユランは目眩を抑えるように、片手で頭を支えている。






その後、キティとリゼにも情報を共有して、もちろん、いつメンとエリオットにも連絡をした。


大事なのはこちら側に隙を作る事。

その為には、主要メンバーは不在の方がいい。

皆はやはり心配してなかなか賛成してくれなかったが、私とてもうこれ以上陛下の茶番に付き合う気はない。

ゴルタールにしても同じだ。

奴の最後の切り札扱いになっている今の現状など、反吐が出る。


舞台はこちらが全て制してやる。

お前らはそこで踊り狂って勝手に自滅すればいい。

今度こそ、全ての報いを受けてもらうぜ?ゴルタール。

お前の築いた砂上の城を、私がぶっ潰してやる。


いい加減、覚悟するんだな。





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