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EP.212


結局、フィリナ嬢にはユランとの婚約を丁重にお断りされてしまった。

フィリナ嬢はユラン廃オタなので、推しは手に入れるものでは無く、誠心誠意愛でるものと決めてあるらしい。

それに権力第一主義のユランにとって、婚約婚姻はより高い権力への足がかりになるものでなくてはいけない、自分の家は先祖代々ごく平凡な子爵家なので、そのユランの力になれず、ユランから見て利が無い婚約になってしまう、とも言っていた。


王国は徐々に実力主義へと傾いていってはいるが、それはまだまだ貴族の隅々にまで浸透はしていない。

婚姻によって家の家格を上げる、もしくは本人の位を上げるなどの、政略結婚の常識を覆すまでには至っていない。


とはいえ、ユランは将来的には私の側近として政務にも関わる事になる人間だ。

本人の実力次第では新たな爵位を賜る可能性だってある。

というか、私の側近ならそれくらいして当たり前なのだが。

婚姻による権力の誇示など、この先あまりユランには関係が無い。

上昇志向の強いユランなら、その辺も抑えておきたいとは思っているだろうが、私達の世代で、婚家がどこどこの誰々で〜なんて話が通用すると思っていたら大間違いだ。


己の爵位のみで全てが傅くと偉そうにしているゴルタールをぶっ潰そうとしてるんだぞ?

それが成されれば、貴族社会はいとも容易くひっくり返る。

じきに政略結婚など意味を成さなくなるだろう。


と、その辺諸々の話を今フィリナ嬢に話しても無駄だろうから、ここはお膳立てだけして事の顛末を生暖かく見守ろうと、ユランが私が紹介した工作員と無事に契約したとこまでで、一応は手を引いておいた。


これ以上は無粋ってもんかなぁ、と思いまして。


そんなこんなで日々が過ぎる中、ユランがご機嫌で私達に報告した話によると。

フィリナ嬢の婚約者は、ユランの仕掛けた工作員にコロっと靡いて、あっさりフィリナ嬢に婚約は無かったことにして欲しいと言ってきたらしい。


この話をしていた時のユランのキラキラしかった事といったらもぅっ!

嬉々として人の不幸を語る様子には、ショタ擁護派の私とキティでも若干引いていた程だ。


リゼなど額に青筋を立て、こんこんとお説教をしていた。

リゼの説教など聞こえないくらい有頂天のユランに、なんかホッコリしてしまったのは、もちろん本人達には秘密なのだが。


「あの男、やっぱりワカメ女に本気じゃなかったんですよっ!

これであの女も現実を知れて、勉強になった事でしょう」


両手を腰に置いて、エッヘンと胸を張るユランに、私は良かったでちゅね〜〜と微笑みながら問いかけた。


「それで?フィリナ嬢はせっかくの婚期を逃してしまった訳なんだけど、貴方どう責任取るつもり?」


私の問いに、ユランはカッと赤くなってモジモジと身を捩った。


「……そうですね、まぁ、責任というか、若干罪悪感も感じるような気もしますし。

あんなワカメ女、他に縁談の話も来ないでしょーし。

仕方ないんで、僕が貰ってやってもいいかな〜くらいは思いますね。

あんな女と婚約したところで、僕には何の利点もありませんし、僕としても非常に不本意ではありますが、仕方ないですよね?

料理が美味くて頭が良くて、スタイルと顔しか良いとこないような女ですが、いやぁ、仕方ないですね」


モジクサモジクサテレテレでそう言うユランに、私とキティは我慢出来ずに悶絶する。

可愛いが過ぎるとは何事かっ!

言えば言う程、フィリナ嬢ラブがダダ漏れてるじゃないかっ!

可愛いの塊で私とキティを圧死させる気なのかっ!?


アワアワ可愛いっ!可愛いっ!とフンスフンス鼻息の荒い私達とは対照的に、至って冷静なリゼがそのユランをフンッと鼻で笑った。


「釣り合いが取れていないのは貴方の方では?

フィリナ様は学業優秀なばかりかお美しい立派な方ですよ?

その彼女の隣に、子供っぽい貴方が本当に立てるとでも?

そもそも身長差が……あぐっ」


ハイっ!そこまで〜〜っ!

慌ててリゼの口を塞いで、私はニコニコとユランを見つめた。


聞こえない聞こえない。

そもそも身長差が、とかナイナイだよー。


すまんな、リゼよ。

おねショタカップルにはその身長差こそ必要不可欠な要素なのだよ。

そこにおねショタの無限の可能性が詰まっているのだっ!

悪いがそこは譲れないっ!

ここは黙って見逃してくれっ!


ニコニコ顔の私の無言の圧力に、リゼは私に手で口を塞がれんーんー言いながらコクコク頷いた。


分かってくれるか、マイシスター。

すまんな、設定細かくて。


そっとリゼの口元から手を離すと、リゼはコホンと咳払いをした。


「……失礼致しました。身体的な事を申し上げるのはよくありませんでしたね」


リゼーーーーーーーーッ!

アーーーーーウトッ!

それ、アウトですっ!

言っちゃってるも同じだから、それっ!


恐る恐るユランを見てみると、唇を尖らせ、下を向いてプルプルと震えている……。

ほほぅ、これはこれで………。


「……あの女がデカいだけで……別に僕がそこまで低い訳じゃ……」


「いえ、ユラン君は平均以下ですよ?」


ど直球ストレートッ!!

リゼ、もうやめなさいっ!

投げた球は戻らないんだぜっ!

ほらもうっ!

刺さってるじゃんっ!

ユランにめちゃくちゃ刺さってるじゃんって!


グハッ!と血を吐きながら胸を押さえ、前屈みになって苦しむユランに、リゼが不思議そうに首を捻った。


「どうしたんですか?ユラン君は自分の低身長を活かした処世術を得意にしているから、さほど低身長な事を気にしていなかったじゃないですか。

老若男女に通用する自分にしか使えない技だとむしろ誇ってらっしゃったでしょ?

確かに、ちょっと強がってる感はありましたが、実際それ程には気にしてませんでしたよね?

あっ、フィリナ様をお好きになってから、身長差の事が気になりだしたんですか?

それなら仕方ないですね。

まぁ、フィリナ様も、シシリア様程ではありませんが、平均的な女性の身長よりは高い方ですものね」


悪意の無いリゼの直球ストレートがグサグサとユランを襲う。

ガハッ!グハッ!と呻きながら、ユランはその度に傷付いていた。


リゼの攻撃が止まると、ユランはハァハァと肩で息をつきながら、クッと手の甲で口の端に滲む血を拭い、瞳に今にも流れ落ちそうな涙をいっぱい溜めて、ウルウルとした目でリゼを見上げた。


「べ、べ、別にっ!あんな女、好きなんかじゃないもーーーんっ!」


ふぇぇ〜んと泣きながら生徒会室から逃げるユラン。

あまりの可愛さについ追いかけそうになる私とキティを、リゼがサッと手を上げて止めた。


「大丈夫です。ランチの時間ですから、フィリナ様お手製の食事にありつきに行っただけですよ」


淡々と冷静にそう言われて、私とキティは拍子抜けした顔で、あっ、そうなんだ、と同時に頷いた。


「リゼちゃん、さっきのはちょっと言い過ぎなのでは……?」


恐る恐るといった感じでそう言うキティに、リゼはハッと鼻で笑った。


「好きなら何をしても良いわけではありませんよね?

ユラン君がフィリナ様の知らない所でやった事は、あまりに情けない行動です。

それなのに、フィリナ様を上から目線であの言い様……。

少しは痛い目に遭わせてやらないと、納得出来ません」


あっ………悪意あったんだ、さっきのど直球ストレート。

うん、だよね。

リゼが今回の事を良しとする訳が無かった。

魔獣討伐でよくパーティを組むユランの事、リゼなりに心配してるんだなぁ。


今回のお膳立てをした側として、ズキズキ痛む胸を押さえていると、リゼがハァッと溜息をついた。


「別に、ユラン君に頼まれ事をされただけのシシリア様を責めている訳ではありません。

それに、工作員とはいえ婚約者のいる身で他の女性にうつつを抜かすフィリナ様の元婚約者に同情の余地は無いですし、むしろ早めにそんな男性だと分かって良かったと思います。

ただ、ユラン君の事は一緒に師匠の元で修行する仲間として、弟のように思っているもので。

間違っている事はハッキリと言ってあげたいんです」


んっ?君ら同級生だよね?

リゼがサラッと言った弟というワードに首を傾げつつ、私はニヤリと笑った。


「ねぇ、今頃ユランはフィリナ嬢とランチしてるって事よね?

じゃあちょっと、覗きに行かない?楽しそうだし」


ニヤニヤする私に、キティがキャッキャッしながら抱きついてきた。


「さんせーいっ!」


相変わらずノリの良いキティ。


「……お供致します」


まさかのリゼまでノってきた事に驚いたものの、私達はとりあえず顔を見合わせ、それぞれ悪い顔で頷き合った。








学園の生徒達には人気の無い小さな裏庭で、ユランとフィリナ嬢を発見すると、私達は身を屈め、近くの木の後ろに隠れた。


ちょっと魔法で声を拾いつつ、2人のランチの様子を盗み見る。



「どうですか?ユラン君、お口には合いますでしょうか?」


優しく穏やかなフィリナ嬢の声に、ユランはフンッと鼻で笑った。


「会うわけないだろ、ワカメブス。

こんな庶民と変わらない食い物」


めっちゃ失礼な事を言いつつも、夢中でガツガツ食べているユランを、フィリナ嬢が微笑ましそうに眺めている。


………ああ、ええわぁ。

正に眼福。

おねショタはこうでなくちゃ………。


夢中で頬張りユランが汚した口を、フィリナ嬢が優しくナプキンで拭ってやったり。

アレやこれや言われながら、ユランの食べたい物を取り分けてあげたり、さり気なくユランの苦手な野菜も上手に褒めつつ食べさせたり………。


これだよっ!これこれっ!

おねショタここに極まれりっ!

何あの空間っ!?

胸がいっぱいでもうご馳走様ですっ!


涎を垂らしながらハァーハァー言っている私とキティの後ろから、リゼが2人を覗き込み、ふむと感心したように頷いた。


「なるほど、お二人がおねショタなるものに夢中になるのも分かります。

ユラン君といる時のフィリナ様の母性にも似た暖かさ、全てを包み込むような無償の優しさ。

それに、普通ならご令嬢に対して最低な部類に入るユラン君のあの振る舞いも、見た目の幼さと愛らしさで、唯の我儘な幼な子に見えますし。

そのユラン君を甲斐甲斐しくお世話するフィリナ様に胸が締め付けられますね。

……なんでしょう?2人の間に流れる空気に、ホッとするような暖かいものを感じます……」


あっ、うん。

ありがとう、おねショタへの分析、流石的確です。

でも……何だろう?

もっとこう……おねショタについては、考えるより感じて欲しかったなぁ。

いや、考察も大事なんだけどね。


リゼの的確な意見に、本能のみでおねショタに食い付いていた私とキティは、なんか急に恥ずかしくなって、ズーンッと下を向いた。


「それにしても、フィリナ様のお美しさに磨きがかかっているようですね?

お髪が以前と違うような………?」


女性のヘアスタイルやスキンケアに疎いリゼにも気付けてもらえたようで、私はニヤリと笑った。


「実は、フィリナ嬢の家のメイドを1人追い出してやったの。

新しく私が選んだメイドをフィリナ嬢付きにプレゼントしたから、心配は要らないわよ?」


うひひと笑う私に、リゼが不思議そうに首を傾げている。

私はそのリゼに、丁寧に説明を始めた。


「今までフィリナ嬢の世話役をしていたメイドはね、フィリナ嬢の兄に勝手に想いを寄せていて、まぁ当たり前に相手にされない腹いせを、大人しいフィリナ嬢でしていたのよ。

あの脂っこいギトギトの髪も、そのメイドの仕業だったって訳。

単純に綺麗なフィリナ嬢への嫉妬心もあったみたいで、フィリナ嬢が自分の見目に無頓着なのを良い事に、彼女にやりたい放題してたみたいね。

フィリナ嬢の私物も盗んでいたみたいでね。

その辺を突いてやると、自分から辞めていったわよ。

だから私から、新しいメイドを派遣したの」


ニッコニコと笑う私に、リゼは信じられないとでも言うように、愕然とした顔で口を開いた。


「雇い主に対してそのような職務態度、到底許される事ではありません。

それに、窃盗まで犯していたなんて……」


ねー?とんでもないね。

まぁ散々脅して追い出してやったから、もうニ度とフィリナ嬢の前には現れないだろうけど。


「では、シシリア様がご用意したメイドが、フィリナ様を正しくお手入れしたお陰で、あのように以前に増してお美しくなったんですね?」


ほーー、とフィリナを眺めるリゼの感心した様子に、私は満足して頷いた。


うんうん、やっぱりフィリナ嬢はちゃんとすればマジもんの美女だ。

貞子感が無くなって、心なしか背筋まで伸びているし。

更に綺麗なお姉様感が増している。

いいねっ!

そのサラサラになった風になびく髪で、もっとユランを惑わしてやって欲しい。

ってか、既に惑わされているのは見ていれば分かるがなっ!


頬を染めて明らかにドギマギしているその表情ご馳走様ですっ!



その時、遠くから足音が響き、フィリナ嬢の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


「おぉーーいっ!フィリナーーーッ!」


何だよ、おねショタ時間を邪魔する無粋な声は。


あ゛あ゛んっ!とそちらを睨み見ると、近衛騎士科の制服を着た男が、2人の座るベンチに走り寄って来た。


「やぁ、フィリナ、探したよ」


汗を流しながらフィリナ嬢の前に立ったその男に、ユランが警戒心マックスな不機嫌オーラを漂わせる。


「まぁ、どういたしましたの?ダニエル様」


驚いたようなフィリナ嬢の声より、数十倍相手は驚いた顔をして目を見開いている。

キチンとした手入れをしてあるフィリナ嬢の美しさに、頬を染めて嬉しそうに目を細めた。


「フィリナ、聞いてくれっ!

やっぱり俺は君じゃなきゃ駄目なんだっ!

悪い女に引っかかって君に婚約破棄なんて言ってしまったが、あれは本心なんかじゃ無いんだっ!

君が俺の為に、そんなに美しく自分を磨いて待っていてくれたなんて………。

知っていたら、あんな女になんか騙されなかったのにっ!

フィリナ、俺達また婚約しようっ!

そうだっ!今度は婚約宣誓書を正式に教会に提出しようっ!今すぐにでもっ!」


フィリナ嬢の両手を握り、キラキラとした笑顔でそう言う男に、フィリナ嬢は状況が飲み込めないのか、困ったように首を傾げている。


なるほど〜〜。

これは、ユラン、しくったな?


恐らく、工作員を雇う際、契約終了条件をフィリナ嬢があの男と婚約破棄するまで、と設定したのだろう。

自分がフィリナ嬢と婚約するまで、では無く。


とはいえ、本来ならその辺のアフターケアも完璧な筈なのだが……。

これはアレだな、エリオットの指示だな?


また微妙な厄介な事しやがって。

まぁ、浮気した上婚約破棄を言い渡してきた相手に、今更フィリナ嬢がどうこうなる訳無いから、良いんだけど………。


「まぁ……ダニエル様、大変だったんですね。

分かりました、私で良ければ、また婚約致しますわ」


そうそう、また婚約致しま……って、はぁっ?はぁっ!?


アッサリ再婚約を受け入れたフィリナ嬢に、私とキティとリゼは顎が外れるくらい口を開け、呆然としてしまった。



「ふ、ふ、ふざけんなーーーーーーーーっ!

このっ!馬鹿ワカメーーーーーーーーっっ!!!」


次の瞬間、ユランの怒りの叫び声が人気の無い裏庭に響いた事は、言うまでもない….…。





ちなみに、フィリナ初登場(?)はEP.163です♪

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