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EP.211


さて、暴走マリーを無事に騎士団のメイドとして潜り込ませた私は、だいぶん任せっ放しにしていた生徒会の仕事に戻った。


ユランが死にそうな顔で迎えてくれて、流石に罪悪感に胸が締め付けられる。

ショタの目の下に隈を作ってしまった……。

ツルツルスベスベのお肌がくすんでるじゃないかっ!


ショタの危機的状態に、私もキティも必死で生徒会の仕事をこなした。

ごめんなっ!ユランッ!

おねーたま達が悪かったっ!

マジぶん投げ放置していてごめんっ!


マリーが見つけてきてくれていた、一年生による新生徒会役員候補達も頑張ってくれていたようだ。

いや、本当にすまん、そしてありがとう。


そんな風に日々に忙殺されている中、ノワールとテレーゼから懐妊報告を受けたり(早くねっ!)それでキティが私が叔母にっ!とかってハシャいでるのを見てるだけでこっちも浮かれ立ったりしているうちに、季節は夏から秋へ。


短い間に色々あったのが嘘のような平穏な日々。

生徒会の仕事もひと段落してきた頃、ユランがドス黒い顔色でとんでも無い事を頼んできた。



「シシリア様、別れさせ屋を雇う事は僕にも可能でしょうか?」


不穏なその内容と、真っ黒なショタの微笑みに、俄然興味を惹かれた私はちょっと食い気味にユランに聞き返した。


「そんなもの、何に使うの?」


いや、用途は分かってはいるのだが、一体誰に対して使いたいのかが気になる。

私の問いに、ユランは血の底から湧き出るような怒りを露わにした。


「あのワカメ女の婚約者にですよっ!」


フィリナ嬢?

そういや、同じ子爵家の令息と婚約が決まったって言ってたな。

その婚約者に、何故にユランが別れさせ屋を差し向けたいんだ?


いまいち要領を得ず、首を傾げる私の前で、ユランが鼻息荒く語り始めた。


「あのワカメ女っ!僕をつけ回して散々な目に合わせておいて、自分はアッサリ婚約したんですよっ!

人妻になっても遠くから愛でています、とか気色悪い事言ってっ!

あんなワカメブスがまともな婚約出来る筈が無いんだっ!

絶対に騙されてるっ!

僕はアイツに現実を教えてやりたいんですっ!

僕に雇われた女性に靡いた婚約者を目の当たりにして、現実を思い知ればいいっ!」


ダンダンダンっと床を足で踏み鳴らすユランに、私の眉がピクリと動いた。


やいやい、そこのチビっ子。

いくら可愛いショタとはいえ、聞き捨てならんなぁ。

さっきから聞いてりゃ、フィオナ嬢の事をワカメ女だとか、ワカメブスだとか……。

そりゃフィオナ嬢は前髪が長くて髪の手入れもなんか不思議な感じでいつもギトギトになっているが、更に身長が高い事を気にしていていつも猫背で、前世で言うところの貞子に瓜二つではあるが、実際は美女だぞ、美女。

青白く見えるくらいに肌は白いし、まぁ、隈が凄いけど、濃い青緑のピーコックブルーの切れ長の瞳に、スッキリとした鼻梁、薄く形の良い唇。


髪をアップしてちょっとメイクすりゃ、その辺の男なんて声も掛けられないくらいの美女だぞ、美女。

しかも中身はお人よしで素直。

ショタをこよなく愛する純粋な心の持ち主だというのに。


そのフィオナ嬢のめでたい話を、横から水差そうだなんて、お母ちゃん、アンタをそんな子に育てた覚えはありませんっ!


こりゃ教育的指導が必要だな、と拳にハーッと息を吹きかけていると、何故かキティが肘で脇腹を突いてきた。


何だよっ、私は今ユランに教育をだなぁ、と鬱陶しそうに振り返ると、キティが残念そうにフリフリと頭を振り、ユランにバレないように、両手の指で胸の前でハートマークを作っている。


………んっ?

なになに?

なにやってんの?それ。


はぁ?と首を傾げる私に、キティはイライラしたようにユランを指差し、また胸の前でハートマークを作る。


んっ?んっ?

ユランが、ハート?

何が?誰に?


………あっ!もしかして、フィオナ嬢にっ!?


目を見開く私に、キティはやっと理解したかとでも言うように溜息をついてから、コクコク頷いた。


お、おぅ………察しが悪くてすまん。

逆にこのユランを見て、そこに辿り着けるお前がすげーよ。


私はキティに親指を立てながら、了解したとばかりにコクコク頷き、ユランに向かってコホンと咳払いをした。


まだ床にダンダンッと足を打ち付けながら、ブツブツとフィオナ嬢の文句を言っていたユランは、ハッとして私に向き直る。


「え〜〜、ユラン。アンタがフィオナ嬢の婚約について納得がいかないのは分かった。

で、だ、フィオナ嬢の婚約者相手に別れさせ屋、つまり異性の工作員を送り込んだとして、相手がそれに乗らなかったらどうするつもり?

つまり、相手の男がフィオナ嬢を心から愛していて、フィオナ嬢以外の女性などには興味が無いってパターン、その場合はどうしたいの?」


なんか、息子の好きな子を知ってしまった母親のように、モゾモゾする。

つとめて優しく聞いた私に、ユランは傲慢な態度でハッと鼻で笑った。


「だとしても、あの女が好きなのは僕です。

僕を好きな女が、その辺の男で妥協できる筈が無い。

どうせ婚約なんか長くは続きませんよ。

聞けば、婚約宣誓書さえまだ用意してない、唯の家同士の口約束程度のようですし。

それも相手の男が、婚姻の日取りが決まってから婚約宣誓書を作成しようって言ってるらしいんですよ。

他に条件の合う相手がいれば、そっちに鞍替えする気満々じゃ無いですか」


うん、随分詳しく調べてあるね。

君の方はその婚約、邪魔する気満々だね。


ついキティとホクホクした顔でうんうん頷いてしまった。


さっきの発言にしろ、やろうとしている事の卑劣さにしろ、その辺の男なら、テメーッ!そんなんで〇〇○ついてんのかっ!?

男なら惚れた女に真正面から向かっていけやっ!

ってボッコボコにしている案件だが、ショタが言うとつい微笑ましく見ちゃう不思議………。


えっ、えこ贔屓?差別?

いや、私はその辺平気でしちゃう人だよ、最初から。

だってユランはショタだよ?

それだけでも最強なのに、いつものあざと可愛い演技も忘れて、真っ黒オーラダダ漏れ状態で、好きな子の婚約に拗ねてオレ様発言とか、ブスってつい言っちゃったりとか、可愛すぎないっ!?


いや、無理無理無理。

ただフィオナ嬢を嫌って嫌がらせしたいってんなら教育的指導やむなしだけど、フィオナ嬢を好きだからって理由なら話は変わりますよ、そりゃ。

この先ユランがフィオナ嬢についてどれだけ失礼な事を言おうと、ご飯3杯は余裕でいけるっ!

ご馳走様です。


キティと2人でジュルリと涎を垂らしながら、キラキラした目でユランを愛でつつ、私はそのユランの肩をグワシと掴んだ。


「分かったわ、ユラン。私が優秀な工作員を紹介してあげるから、貴方の思う通りにしなさい」


力強くそう言うと、ユランはウルウルした大きな瞳で私を見上げ、コテンとあざとく首を傾げた。


「シシリア様、ありがとうございます」


鼻にかかった可愛い声まであざといっ!

よしよし、おねーたまが何とかしてあげよう。

フィオナ嬢と上手くいくように。

その代わり………フィオナ嬢のせっかくの婚約をぶっ潰す気なら、それ相応の責任は取らせるけどな………。


さて、また楽しそうな案件が舞い込んできたぜ。

セッティングだけはして、後はやっぱり高みの見物だな。

あ〜〜〜平和って尊い。





その後エリオットに連絡して、元【銀月の牙】で今は街の便利屋さん(表の)兼エリオット隠密部隊の中から手練れの工作員をユランに紹介して、私達は生徒会室から移動する為、学園の廊下を歩いていた。


外廊下の柱の影からねっとりとした視線を感じ、私はバッと振り返る。

安定のフィオナ嬢が柱の影からユランをジトーッと見つめていた。

私同様、それに気付いたユランがプイッと思い切りフィオナ嬢から顔を逸らした。


それにプルプル震えるフィオナ嬢、と私とキティ。

プイッて、プイッてっ!

か、か、可愛すぎるだろっ!

角度的にフィオナ嬢からは見えていないだろうけど、ほっぺを膨らませてほんのり赤くなってるのもまたヨシッ!


ハァハァと獣のような息をつきながら、目だけ爛々と光らせるフィオナ嬢、と私とキティ。

いいねぇ……やっぱり可愛いは正義だぜ。


私はキティに目くばせしてから、スッとフィオナ嬢に近付く。

それに気付いて何か言いたげにしているユランを、キティがまーまーと言いながら連れて行ってくれた。



「フィオナ嬢、良ければあちらでお話ししませんこと?」


近くのベンチを指差しつつ、さっきのユランのプイッで鼻血をダラダラ流しているフィオナ嬢にハンカチを差し出す。


「シシリア様、あ、ありがとうございます」


私からハンカチを受け取り、素早く鼻血を拭うフィオナ嬢。

流石、手慣れてらっしゃる。


ベンチに座り、フィオナ嬢が落ち着くまで待って、私はゆっくりと口を開いた。


「随分ユランと打ち解けたようですけど、何がありましたの?」


私達がいない間に急接近した2人について、気になって仕方ない。

フィオナ嬢のユランへの付き纏いは私公認だとはいえ、フィオナ嬢は一定の距離を保ちユランに接していた筈だ。


「そんな、打ち解けるだなんて……。

ただユラン君が、私の作るランチに興味を持ってくれて……あっ、私料理が趣味なんです。

平凡な子爵家ですから、住み込みのシェフやコックなんかいませんし、一応週3で通いで来てくれるコックは雇っていますけど。

ですから私が趣味でよく料理を作っていて、ランチも自分で持参するのですが、それをユラン君が最近よく食べてくれるんです。

あっ、もちろん、ユラン君の家のシェフの料理には到底敵いませんから、マズイとか庶民の味だとか、僕の口には合わないとか言われますが、いつも残さず全部食べてくれて育ち盛りショタ尊っ!!」


「フィオナ嬢ーーーーッ!」


後半物凄い早口で喋り出したと思ったら、ユラン尊ゲージが崩壊したのか、ブハァッ!と鼻血を吹き出しながら、フラッと後ろに倒れるフィオナ嬢。

そのフィオナ嬢の背中に慌てて片手を回し、体を支えながら、私はふむと1人頷いた。


ほうほう、王道の胃袋掴み系おねショタですな。

実年齢は1歳しか違わないが、見た目的には小学生または中学生、と美人OL。

警戒心が高くなかなか懐かない猫みたいなショタを、胃袋から掴んじゃうお姉たま。


………うん、好き。

育んで欲しい。

ぜひ2人の交流を続けて頂きたい。

そして育ち盛りショタを育成して頂きたい。


ニマニマ笑いながら、私はフィオナ嬢の鼻血をフキフキと吹いてやり、違う問いを投げかけた。


「そういえば、ご婚約の件ですけど、お相手はどんな方ですの?」


私の問いに、フィオナ嬢は鼻をつまみ鼻血を止める応急処置をしながら、ハテと首を傾げた。


「どんな方、でございますか?

う〜ん、そうですね。

他力本願な上昇志向の持ち主と言いますか。

普通の平凡な方なのですが、婚姻相手に少しでも良い条件をお望みですね。

我が家は子爵家ですが、歴史が長いですし、少しばかり魔法も使えます。

生活魔法程度ですが、子爵家としては大変珍しい事ですから、彼のお家もその辺で手を打ったって感じですかね。

家格的には我が家の方が上ですし、領地も少しばかり広いですし。

田舎のこれといった特産の無い領地ですが、税収は安定していますし。

その辺の家と縁続きになれば十分と彼のご両親は思ってらっしゃるみたいですね。

ですが彼は、もっと条件が良く、見栄えの良い令嬢が現れれば、そちらに求婚なさるんじゃ無いでしょうか?」


冷静に分析するフィオナ嬢。

流石Aクラスでトップの成績の才女。

ユランが絡まなければ、常に脳の状態は正常なのだが。


大事なその脳に回る筈の血が、ユランのせいで鼻血として流れていると思うと、申し訳無くて仕方ない。


「なるほど、それでフィオナ嬢はそのお相手に納得してらっしゃるの?」


再びの私の問いに、フィオナ嬢は不思議そうに首を捻った。


「ええ、もちろん、私には勿体無いくらいのお話だと思いますわ。

うちの両親も、私には縁談などこないものと諦めていたので、物凄く喜んで下さっていますし」


ニッコリ笑うフィオナ嬢に、その実ご両親は勿体無いとも思っているのでは無いか、と思った。

だってフィオナ嬢は間違い無く美しいご令嬢の部類に入る。

それをご両親は知っている筈だ。

その美貌だけでも、もっと良い縁談はあった筈。

更に勉学が出来、賢い脳を持っているフィオナ嬢に、平凡な子爵家令息など本来は釣り合いが取れない。


のに、そんな縁談にも喜んでいるというのは、やはりフィオナ嬢の内向的な性格と、美しさを覆い隠してしまうその見た目……。


「ねぇ、フィオナ嬢、貴女ってどんな髪の手入れをなさっているの?」


コロコロと変わる私の質問にも、フィオナ嬢はニコニしながら答えてくれた。


「我が家のメイドに全て任せています。

彼女は美容に詳しくて、私の髪が1番美しく見えるようにしてくれるんです」


…………ほぅ?

1番、美しく、ねぇ?


フィオナ嬢の艶やかな深緑の髪を、何がどうすればこんなギトギトに出来るのか、その美容に詳しいメイドとやらに、是非聞いてみなくては。


ニヤァリと不穏に笑う私には気付かず、フィオナ嬢はニコニコ笑いながら、首を傾げている。


「ねぇ、フィオナ嬢。

そんな馬の骨より、私がユランとの婚約を整えて差し上げましょうか?」


ニッコリ笑ってそう提案すると、フィオナ嬢の整った鼻から鼻血がブッシャアッと吹き出て、綺麗なアーチを描く。


あっ、虹が見えた、今。


噴水のように美しい鼻血芸に、フィオナ嬢がいつも顔色の悪い訳を知る。

貧血にもなるわ、こりゃ。


後ろに仰け反り、ドサっと倒れ込みそうなフィオナ嬢の体を支えながら、ゆっくりとベンチに横たえた。


回復魔法を施しながら、本当にユランと婚約なんかしたら、彼女の血液が干からびるのではなかろーかと、心の底から心配になった………。




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