EP.209
パーティから数日経って、私にも正式にレオネルとリゼの婚約が知らされた。
お互いの当主、つまり父親の承認の元、既に教会に提出する婚約宣誓書も作成済み、後は婚約式で2人が署名するだけ。
レオネルの誤解も解け(リゼッ!頑張ったなっ!)お互いの気持ちもちゃんと確認出来たらしい。
周りからすれば、見てれば分かるほど想い合っていたくせに、本当に遠回りしてくれたなぁ(遠い目)。
まぁ、レオネルはその生まれの為に、色恋の類は自分の人生から排除して生きてきたのだから、いざ好きな女が出来ても、まず自分の気持ちに気付くまでに時間が必要だったし、その先もどうすればいいか分からなかったのだろう。
リゼもリゼで、本来なら公爵家に嫁いでなんら遜色無い家柄だったのに、ゴルタール家のせいでそれら全てを奪われていたのだから、レオネルと自分が結ばれる事など、思いもしていなかった、というところだろう。
色々あったが、結局は雨降って地固まると言うか何と言うか。
痛ましい出来事の全てが2人を結ぶ結果を生んだのだから、やるせ無い気持ちはあるが、そこは素直に喜んでおこう。
レオネルとリゼの希望で、婚約式はごく内輪の質素なものにしようという事になった。
いくらリゼの身の潔白は証明されているといえ、既に他の男との婚約宣誓書を協会に提出して、それを破棄した事実はどうしても消えない。
アロンテン公爵家の嫡男の婚約式にしては、異例すぎる措置ではあるが、逆にそれが2人らしいと、誰も反対する者はいなかった。
まぁ、ごく内輪と言っても、出席者の顔ぶれがイカついので、その事をとやかく言える人間などいないだろう。
我がアロンテン家は当たり前として、王家からは陛下に王妃様にエリオット、クラウス。
侯爵家で言えば、ノワールにキティ、ステファニー嬢。
伯爵家からは、エクルース女伯爵
、ジャン、マリー、ゲオルグ、ユラン……。
などなど、ザッと言ってもこれだけのメンバーに、どこの誰が文句言えるのか。
いたらマジすげーわ。
真正面から来てくれたら、私が相手になりたいレベル。
そんなこんなで、とりあえずはめでたい話に宮廷内でも2人の婚約の話で持ちきり。
ごくごく一部の愚かな貴族の中には、やはりリゼの事を今だに傷モノ令嬢だとか何とか、早々に離縁されるだろうからその時こそ我が家の娘をだとか?言ってる馬鹿はいるが。
そんな奴らは軒並みレオネルに駆逐されていっているので、逆に宮廷内の空気が澄んでいっているくらいだと、もっぱらの評判だ。
うんうん、やっぱり空気は清浄な方がいいからな。
で、今日は珍しく、ミゲルの召集で皆が集まっていた。
と言っても、ジャンはまだローズ辺境伯領から戻っていないのだが。
どんだけ気に入ってんだよ、ローズ辺境伯領。
レオネルの婚約式には戻ってくるとは言ってるらしいが、アイツにそんな器用な事が出来るかどうかは知らん。
そんな事より、推しの成分が足りないと、ウルスラ先生がシオシオに枯れている方が大問題だ。
締め切り過ぎてんのに、新作が出せないじゃーないかっ!
あの野郎っ!
いち早くウルスラ先生への供物になりに帰ってこいっ!
そして薄い本の中でとんでもない目に遭えばいいっ!
日々ジャンを呪いつつ過ごしていたので、いつもより更に清らかオーラを放つミゲルの眩しさに目を細めつつ、浄化されないように足を踏ん張る。
なんだっ!その傍迷惑な清らかオーラはっ!
さては私を浄化しようと神に遣わされてきたな?
しかし、残念だったな。
貴様らの神など、私にとっては恐るるに足らず。
デコピン一発でキャン言わせたらぁっ!
ヌァッハッハッハッハッ!
腰に手を当て不敵に笑う私を、ミゲルが無垢な瞳でキョトンと見ている。
あ……やめて……。
そんな目で見ないで……。
あかんねん。
小学生ノリで遊んでる大人をそんな目で見ちゃ………。
痛いっ!
心が痛いから、マジやめてっ!
「それで、我々を招集した訳を話してもらえないか、ミゲル」
胸を押さえ、グアァ〜っと悶え苦しむ私を横目で蔑むようにチラリと見てから、レオネルがミゲルに問いかけると、ミゲルは穏やかな微笑みを浮かべ、リゼを真っ直ぐに見つめた。
「リゼ嬢、貴女がエドワルドと婚約していた証明が教会では出来なくなりました」
ニッコリ微笑むミゲルに、私は首を捻りながら口を開いた。
「当たり前でしょ、だってリゼの件は教会でも慎重に扱うって約束だったじゃない」
何言ってんだ、コイツは、と呆れつつツッコむ私に、ミゲルはゆっくりと首を振る。
「いえ、もう教会でも扱う必要が無くなったのです。
つまり、リゼ嬢が婚約していた事実自体が消滅したという事です」
………は?
私同様、皆がどういう事かと首を捻る。
いくらなんでも、正式に教会に提出した宣誓書の存在は無くならない。
破棄をしても白紙には戻らないのが、婚約宣誓書なのだから。
訳が分からずポカンとする私達を見回しながら、ミゲルはニコニコと嬉しそうに笑った。
「先日のパーティの夜、私は何だか胸騒ぎがして、教会本部に戻りました。
そこで皆がちょうど騒いでいる場面に出くわしたのです。
話を聞くと、リゼ嬢の婚約宣誓書を保管していた場所から、宣誓書がひとりでに浮き上がり、聖堂に向かって行っているとの事でした。
私は慌てて宣誓書を追い、聖堂に辿り着きますと、まるで宣誓書は私を待っていたかのように、祭壇の前で浮いていました。
私は不思議な力に動かされるように、その宣誓書に手を伸ばし、端に触れた瞬間、宣誓書が眩い銀色の炎に包まれ、跡形も無く燃えて消えたのです………。
正にこれこそ、神の御業……奇跡そのもの……。
神が、リゼ嬢の婚約を白紙に戻すよう、そう我々に仰ったに違いありません………っ!」
大袈裟な身振り手振りで興奮した様子のミゲルに、私は内心ニヤリとほくそ笑んだ……。
ほうほう、神の御業ねぇ………。
クリシロのやつ……。
気が利いてんじゃんっ!
よくやったっ!
どう考えても、神の御業と言うより、クリシロの仕業なのだが、今回は奴のファインプレーと言わざる得ない。
アイツが役に立ったの、マジでこれが初めてじゃね〜か?
きっと、奴の元に辿り着いたグェンナが頼み込んでくれたのだろう。
そう考えると、不思議ともうそれ以外無いように思えた。
ありがとな、グェンナ。
本当に最後の最後まで、世話になった。
必ずこの恩には報いる、絶対に。
言葉にはしなくても、ミゲルも同じように考えているのだろう。
穏やかな笑みを浮かべ、静かに私に向かって頷いた。
「では、これでもう、リゼは私の婚約者として何も憂うところは無くなったのだな」
呟くような静かなレオネルの言葉に、ミゲルは力強く頷いた。
「ええ、神がリゼ嬢とエドワルドの婚約を無かった事と判断なさったのです。
伯爵令嬢であるリゼ嬢が、レオネルと婚約するのに、問題などありませんよ」
2人を祝福するように、ミゲルが温かく笑った。
「……レオネル様……」
目尻に涙を浮かべ、リゼがレオネルを見上げた。
そのリゼを、レオネルがそっと胸に抱きしめる。
「………リゼ……」
その髪に顔を埋め、レオネルも声を震わせる。
そして固く抱きしめ合う2人を、清らかな銀色の光が包んだように、私達には見えた。
「良かったね……リゼちゃん……レオネル様…」
グズグスと鼻を鳴らしながら、ボロボロ涙を流すキティを、クラウスが後ろからそっと抱きしめている。
最後の最後で、全てが在るべき場所に収まったような気がする。
リゼにもレオネルにも、もしかしたら必要な試練だったのかもしれないが、それにしても厳しい試練だった。
私達は決して、ゴルタールやシャカシャカがグェンナ達にした事を忘れない。
必ず報いは受けてもらう。
………ただ、今は、レオネルとリゼの門出を素直に喜びたい。
遠回りしながらも、惹かれ合い結ばれあった2人の事を………。
夏の晴れ渡る青空の下。
レオネルとリゼの婚約式が行われた。
やはり2人の希望でごく内輪だけの質素な式になったが、出席者がイカついので、質素というのもどうかと思う。
やっとローズ辺境伯領から帰ってきたジャンとエリクエリー。
それにいつメン。
更に陛下や王妃様。
王家、公爵家、侯爵家、伯爵家など、イカつ過ぎてもはや誰も何も言えない。
「アンタ……この短期間でよくそんなゴッツくなれたわね」
一回りは確実にゴツくなって帰ってきたジャンに、呆れ顔で問い掛けると、ジャンは照れたように鼻の下を人差し指で擦っている。
「ヘヘっ、やっぱローズ辺境伯のシゴキは一味も二味も違ったぜ。
俺、あの地獄のトレーニングを騎士団にも取り入れようと思ってんだ」
キラキラした顔でとんでもない事を言っている。
自ら地獄のと称しているトレーニングなど、騎士団に持ち込めば大ブーイングになると思うのだが……まぁ、いいけど。
ノワールの氷魔法で似たような環境くらい作れるだろう。
頑張れ、騎士団の皆様っ!
ふむふむと頷いていると、チョイチョイと袖を引っ張られ、下を見下ろすとマリーが一生懸命に私を引っ張ろうとしている。
が、微動だにしない私に、イライラしているようだ。
すまんすまん、頑強で。
何事かとマリーに引っ張られてやれば、何やら教会の柱の影に連れ込まれてしまった。
「シシリア、どうしよう………。
私の推しがマッチョになって帰ってきちゃったヨゥ。
あれじゃ、少年のあどけなさを残した推しが、攻め達にアレやこれやされちゃう系が描けなくなっちゃう………」
うっうっうっ、と柱の影からジャンを覗き見て咽び泣くマリー。
いや、元々ジャン物はあまり受給が無いのだが。
受給に対して供給が多すぎるのだが。
ってか、マリーの趣味じゃん、唯の。
………とは言えず、私はう〜んと首を捻った。
ジャンはウルスラ先生の活力の為の贄だからな〜〜。
これでウルスラ先生が筆を折ったりする事になったら、一大事。
さて、マッチョジャンをどうやって萎ませようかと悩んでいると、咽び泣いていた筈のマリーから、ハァハァと荒い息が聞こえてくる。
「で、でも……アレはアレで……。
今までのあどけなさを残した細マッチョも攻めに舐め回させたいくらい好きだったけど、あのマッチョバージョンも、これはこれで……。
舐め返してやろうと体を鍛え、下剋上を仕掛けるもあえなく返り討ちに遭い……今までよりも更に執拗なお仕置きに……私の推しが……私のっ、推しがぁぁぁぁぁっ!」
ハァハァハァハァと荒い息遣いのままシャウトするマリーに、私はウルスラ先生がスランプを完全に脱した事を悟った。
やっぱりただの推し成分不足だったか、良かった良かった。
少し離れた所でブルリと悪寒を感じているジャンに生暖かい視線を送りつつ、私はマリーの肩をポンポンと叩いた。
「アレはいくらでもマリーの養分にしていいから、そろそろ新作描いてちょうだい。
それと、今日はリゼの晴れの日なんだから、ちょっと落ち着きましょうか?」
私にしては珍しくマトモな事を言ったつもりだが、マリーはバッとこちらを振り返り、プルプルと震えながはその瞳に涙を浮かべている。
「リゼの事は嬉しいし、心からお祝いしてるけど、私それでちょっとピンチなのよっ!
お父様とお母様が、リゼの事を引き合いに出して、私の縁談を進めようとしてくるのっ!
リアルの男と婚姻とか、この私に出来る訳無いのにっ!
百万歩譲って、リアルの婚姻を受け入れたとしても、私の趣味に理解を示せる男がいると思う?
居ないわよ、貴族社会に腐男子とかっ!
私の執筆業の邪魔になる存在なんか、側にいるだけでストレスで死ねるっ!
シシリア〜〜、したくないよぉっ!
婚約とか婚姻とかっ!
私は私の愛する虹と腐に囲まれて末長く幸せに暮らしたいだけなのに………。
シシリア〜〜、何とかしておくれヨォ……」
メソメソ泣きながら、私の胸に顔を埋めグリグリ頭を振っているマリーの髪をよしよしと撫でながら、ヤレヤレ、やっぱりか、と私は溜息をついた。
実はつい先日、マリーの両親にも泣きつかれたばかりなのだ。
令嬢らしからぬ形相で、毎日机に齧り付き、ガリガリガリガリ何やら描いているマリーに、いい加減マリーの両親も、デオール伯爵家の未来に不安を感じ出したらしい。
基本のんびりおっとりとしていて、一人娘であるマリーのやりたい事を何でも(悪い意味で)許してきたマリー両親だが。
やっと娘に任せていてはデオール家が潰えると気付いたらしい………。
随分と遅いけど。
リゼみたいに、マリーに良い縁談を、と泣きつかれてしまったのだが、さて、本人は死ぬほど嫌がっているし……どうしたもんか。
マリーの両親には悪いが、マリーがリアルの男と何がどうなるなど想像も出来ないしなぁ……。
う〜むと眉間に皺を寄せ困り果てていると、自分の許容量を超えた悩みに、すっかりダークサイドに堕ちた表情のマリーが、気味悪くウヒッと笑った。
「………ねぇ、考えたんだけど……必要なのは私の婚姻じゃなくて、デオール家の跡取りだよねぇ………?
それってさぁ、稀代の天才錬金術師と呼ばれているリゼの従兄弟に………」
あかーーーんっ!
何を錬金させようとしとんじゃ、コイツはっ!
その辺は禁忌に決まってんだろーーーがっ!
腐活動を心置き無くしたいって理由で、自然の摂理に逆らうんじゃないっ!
私はグワシとマリーの襟首を掴むと、ポーーイッとジャン目掛けて放り投げた。
「おっとっと、何だよ急に、マリー投げてきてんじゃねーよっ!」
難なくキャッチしたジャンの肩をポンポンと叩きながら、私はすまんと片手を顔の前で立てた。
「悪いんだけど、補給しといて。
養分が底をつきかけてて、かなりヤバい状態だから」
じゃっ、よっしく!と颯爽とその場を離れる。
後ろからジャンの、バカお前っ!胸に頬を擦り付けるなっ!涎をつけんなっ!とかいう叫びが聞こえたような聞こえないような、うん、聞こえなかったっ!
たんまりジャンを補給しとけば、マリーとて禁忌に手を出すような事はもう言い出さないだろう………たぶん。
勝手知ったる身内ばかりでわちゃわちゃしていると、教会の鐘が鳴り、今日の主役であるレオネルとリゼが入場してきた。
婚姻式とは違い、婚約式で着る服の色は自由。
2人とも、この前のパーティで着ていたような、淡い水色のドレスとタキシードに、金の糸で見事な刺繍を施してある、揃いの服装で入ってきた。
水色はリゼの、金はレオネルの瞳の色だ。
レオネルの独占欲が実に見事に現れたドレスを、見事に美しく着こなすリゼに、参列者から溜息が漏れた。
2人はゆっくりと、私達の見守る中祭壇に進み、宣誓の義を行った。
今度こそ、本当に、自分の想う相手との婚約宣誓書にサインをして、リゼは幸せそうに微笑んだ。
その隣で、レオネルも同じように、幸せそうに笑っている。
「……レオネル、笑えたんだね」
それを見て、当たり前の事を呟くエリオットの脇腹に、私は思いっきり肘を打ち込んだ。
「んぐふっ!」
変な声を出しながら前のめりに倒れるエリオットを無視して、私は2人に心からの拍手を贈った。
おめでとう、レオネル。
おめでとう、リゼ。
色々あったけど、2人のこんな姿が見られて、本当に良かった。
いつか婚姻すれば、2人の赤ん坊も産まれて、私は叔母さんになれるんだな。
なんかくすぐったいけど、凄い幸せな未来だな、それって……。
そうして繋がって、続いていく未来に想いを馳せながら、私は2人を眩しい思いで見つめていた。
私の目尻に浮かんだ涙に気付いたエリオットが、ソッとハンカチを手渡しながら、耳元で囁く。
「……僕らの赤ちゃんの方が先かもよ?」
私はハンカチを受け取りながら、肘でエリオットの脇腹を思い切り抉った。
「ごふぅっ!」
また変な声を出しながら、前のめりに倒れるエリオット。
貸してもらったハンカチで、鼻も噛んでおいたのは言うまでもない。




