EP.208
「死にたいか?死にたいんだな?あぁんっ!?」
頬をギリギリとつねり上げてやると、エリオットは目に涙を浮かべてイヤイヤと首を振っている。
「ごめんなしゃい、れも、レオネルには必要な事らったんだよぉっ!」
情けない声を出すエリオットに、私はピクリと片眉を上げ、そのままでは聞き取りづらいのでつねり上げている頬をパッと離してやった。
エリオットは頬をスリスリ撫でながら、痛みにハラハラ涙を流し、グズグズと鼻を鳴らしながら口を開いた。
「レオネルには試練が必要なんだよ。
そもそも、初めての恋心を知ったばかりで、勘違いだったとしても恋敵のいる状態。
合理的なレオネルならそこで諦めても良いようなものだけど、それは出来なかった。
悶々としていた所に、リゼちゃんの婚約騒動、立て続けに古代魔具の呪い……。
感情の起伏に疎いレオネルが、否応も無しに心を乱されて、最終的にリゼちゃんを無理矢理にでも手に入れようとバーサーカーモード。
ここまで来たら、一旦落ち着かせるなんて無理なんだよ。
暴走させるだけさせて、最後は然るべき人物にコテンパンにされるしかないのさ」
何だよやっぱりアイツが今回の件の最後のザマァ対象だったか、ザマァっ!
ケッケッケッと意地悪く笑う私、の隣でキティも同じ顔して笑っている。
「で、そのレオネルをコテンパンにしてくれる然るべき人物って?」
ワクワクしながら聞くと、エリオットはまだ頬をさすりながらサクッと答えた。
「それはもちろん、リゼちゃんだよ」
えっ?
リゼ?
だってリゼはアレだよ?
レオネルの事が好きだから、そんなザマァとか出来なくない?
んっ?と首を傾げる私に、エリオットはまぁまぁと手で制す動きをした。
「大丈夫、リゼちゃんなら今のレオネルにガツンと特大のパンチを見舞わせる事が出来るよ。
レオネルと違って、物理的に距離を置いた事で本来の自分の冷静さと強さを取り戻している。
公爵家の嫡男に対して一歩も引かず、最後までリードを許さなかったさっきのダンスがその証拠さ。
今頃レオネルは正座させられて説教されているかもよ?
これでレオネルは今後リゼちゃんに頭が上がらなくなって、完全に尻に敷かれると思うな。
力関係がハッキリしていれば、リゼちゃんももう負い目を感じなくて済むし、社交界だってそのリゼちゃんに何も言えなくなる。
つまり、将来的にアロンテン公爵家を影で掌握するのは、リゼちゃんなのさぁっ!」
レオネルッ!ザマァァァァァァァァッ!!
思わずガッツポーズを取る私と、フンスフンスと鼻息の荒いキティ。
いやぁっ!
いいねっ!リゼに尻に敷かれるとかっ!
私も敷かれたいっ!
リゼたんいっぱいだいしゅき同盟改め、そのお尻に敷かれたい変態兄妹爆誕っ!
これでアロンテン家も安泰だなっ!
「そういう事なら、まぁ、アンタが私をしつこく押さえていたのも許してやってもいいわ……」
いや、既にリゼに尻に敷かれる気満々なわけではなく。
決してそんな下心からのアレではなくてね?
まぁ、エリオットもエリオットで、アロンテン家の最適解を考慮しての行動だったのかなぁ、なんて思ったり思わなかったり?
フヒッフヒヒッ。
ニヤァと気味悪く笑う私に、エリオットは頬を染め、モジモジと身を捩った。
「そっか、リアを抑えながら密かに腕に乗る下チチ……エホンエホンッ、その魅惑の触り心地を楽しんでいたんだけど、許してくれるんだね」
キャハッとエリオットが破顔した瞬間、飛び上がった私の片足が高々と上がり、踵が真っ直ぐにエリオットの脳天に突き刺さった。
「グガッ!」
脳天踵割りを喰らい、奇妙な声を上げながら床に倒れてプシューと脳天から煙を出しているエリオット。
「無様だな……」
そのエリオットに、クラウスが冷たい声をかけた。
うん、お前の兄貴だけどな?
ちなみにお前もキティに叱られてる時大概だぞ?
流石兄弟、無様を振り撒いてるとことかソックリだよ。
「リゼちゃんがレオネル様をお尻に敷いたら、後は家門の説得だけですね」
サラッと割と酷い事を言うキティに、エリオットがムクリと起き上がり、無駄に爽やかに微笑んだ。
「あっ、それは既に解決済み。
家門の説得なら、レオネルとアロンテン公爵が済ませているよ」
ドクドク頭から血を流しているエリオットに、クラウスがムッとしながら治癒魔法をかけている。
「キティのドレスが汚れるから、それ以上近付かないで下さい、兄上」
ちなみにクラウスは治癒魔法が得意じゃない。
回復魔法とは違って、治癒魔法は光属性のおはこ。
私達レベルの魔力があれば、そりゃ治癒魔法も使えるが、やはり光属性のようにはいかない。
全く効いていない治癒魔法をエリオットにかけているクラウスに見かねて私も治癒魔法を使ってやる……が、私も人の事は言えないレベル。
2人して止血も出来ないところに、ヤレヤレといった感じでキティが一歩前に出てきた。
「仕方ないですわね、2人共。
私にお任せ下さい、エリオット様」
そうだったっ!
キティは魔力は弱いが光属性っ!
いけっ!キティっ!
今こそその真の実力を見せつける時っ!
キティは両手をエリオットに向けて、足を踏ん張り顔を真っ赤にしてプルプル震える。
その手から光がチョロチョロ〜っと放たれ、エリオットの頭になんかフワワ〜ンと光が当たった。
「凄いっ!素敵だっ!キティっ!」
なんかうっとりしているクラウス。
「癒されるっ!そこはかとなく癒されるよっ!キティちゃんっ!」
ドクドク頭から血を流し過ぎて、真っ白な顔で今にも貧血でぶっ倒れそうなエリオット。
2人の声援を受け、プルプル産まれたて状態のキティ。
……なんだこれ?
もう良いじゃん。
エリオット出血多量でご臨終って事で。
えっ?
犯人私?
いやいや、そんなの握りつぶして、コイツの葬儀でシオシオそれっぽく泣くくらい出来るから、大丈夫っ!
なんか飽きてきたな〜っと遠くを見ていると、慌てたようなミゲルの声が聞こえてきた。
「エリオット様っ!一体、何がっ!?」
駆けつけると共に、一瞬でエリオットの傷口を治癒魔法で塞ぐミゲル。
「シ〜シ〜リ〜ア〜っ!貴女って人は、いつもいつもっ!」
冤罪だっ!
ギロッとこちらを睨みながら振り返るミゲルに、私はヒッと飛び上がってブンブン頭を横に振る。
と、ミゲルの様子がおかしい事に気付いて、私は首を捻った。
「アンタ、何でそんなにヨレヨレになってんの?」
珍しく服を乱して、見るからに疲弊しているミゲルは、ギクリとその体を揺らした。
「い、いえ、別に……」
そう言ってカタカタ震えている。
ハハーン、コイツ、襲われかけたな?
キュピーンと鋭く私の頭が冴える。
エリオットは今だ喪中(偽装)。
クラウスはキティと婚約しているし、ノワールは既婚者。
更にレオネルがリゼを抱えてパーティから抜け出し、ジャンはまだローズ辺境伯領から戻らない。
となると………今この会場で、誰が1番にご令嬢方のターゲットになるかと言うと、それはミゲル以外にいない。
ギラギラとしたご令嬢方の餌食になっていたに違いない。
貞操を奪われかけた乙女のようにカタカタ震えて怯えているのがその証拠だ。
「アンタ、博愛の神の信徒なんだから、震えてないで博愛ってきなさいよ、存分に」
呆れたような私の声に、ミゲルはイヤイヤと頭を振って、ガタガタと震え出した。
「わ、わ、私にはとても、ご令嬢方のお相手は務まりませんっ!」
そう言って、うっうっと咽び泣くミゲルの姿に、流石に同情を禁じ得ない。
よっぽど恐ろしい目にあったらしい。
キングオブザ生息子には刺激が強過ぎたか。
囲まれてわちゃわちゃにされたんだろ〜な。
煌びやかに着飾った、良い匂いのするご令嬢方に。
胸やら何やら押し付けられて、何人にも取り囲まれて………。
どえらいハーレムやないかいっ!
羨ましいっ!
そしてけしからんっ!
やりたい放題選びたい放題やないかいっ!
金より権力より欲しいやつやっ、ソレっ!
私は無言でミゲルの襟首を掴み、ズルズルと引き摺った。
「……ちょっともう一回放り投げてくる」
そんでついでに私も混ざってくる。
2人で柔らか〜いのに囲まれて、オッフオッフしてこようぜっ!
明日にはニューシシリアにニューミゲルだな、兄弟っ!
ぐっふっふと笑う私に引き摺られながら、ミゲルは声にならない悲鳴を上げた。
「ちょっ、ちょっと待ってっ!
それより、ほら、エリオット様の話が途中だったでしょっ?
ねっ?ねっ?気になるでしょ?ねっ」
キティが必死な様子で私の袖を引っ張る。
そういや、うちの家門の説得はもう済んでるとか言ってたな。
私はピタリと止まると、ブンッとミゲルを放り投げた。
アワアワと私から逃げ、ミゲルはクラウスの背に隠れる。
ちっ、餌が逃げた。
まぁいいや。
私単体でもチヤホヤしてもらえるし。
後で絶対ご令嬢方とキャッキャッウフフしてこようと誓いつつ、私はエリオットに向かって口を開いた。
「で、どうやってうちの父上を説得して、家門まで納得させたの?クリーン」
ミゲルの治癒魔法のお陰で完全復活したエリオットに、生活魔法をかけてやる。
王太子が血まみれのタキシードじゃ、めんどくさい事になるからな。
「どうやって、と言うか、レオネル自体はただ、リゼ嬢以外とは婚姻しないと、アロンテン公爵に宣言しただけだよ。
アロンテン公爵にはそのレオネルを否定出来ない理由があったのさ」
私の問いに、ニヤニヤ笑う不気味なエリオット。
何だよ、気持ち悪りぃなぁ。
うちのあの父上が、レオネルの暴挙を否定出来なかったなんて、ある訳ないだろ。
私の腑に落ちない表情に、エリオットは楽しげに口を開いた。
「アロンテン公爵自身が自分の婚姻相手に暴走した前科持ちなんだよ。
何せ、うちの父上の婚約者候補、序列一位だったご令嬢を横から掻っ攫っていってしまったんだからね」
アハハハハハッと小気味よさそうに笑うエリオットに、私達全員が目を丸くしてその顔を凝視した。
………はっ?
何て?
うちの父上、陛下の婚約者候補(ほぼ内定)を奪っちゃったのっ!?
えっ?
って事は、母上がその婚約者候補?
嘘だろっ!
そんなの聞いた事ないぞっ!
皆の驚愕した反応に満足したのか、エリオットはふんぞり返って鼻の穴を広げる。
「当時、リアの母上、アロンテン公爵夫人は陛下の婚約者候補序列一位。
ほぼ王太子妃に決まっていたような方だったんだけど、アロンテン公爵、当時は公子だったけどね、まぁとにかくジェラルド・フォン・アロンテン公子がその彼女に惚れ抜いて、横から強引に奪っていったって訳。
当時は色々あったらしいけど、既に母上に恋心を抱いていた父上は、そのどさくさに紛れて、序列下位だった母上を無理やり婚約者に据えた。
従兄弟で結託していた訳じゃないらしいけど、2人とも望んだ令嬢を強引なやり方で手に入れた者同士。
今回のレオネルからの嘆願にも、黙って頷くしか無かったんだよ」
アハハハハハハハハハハッと腹を抱えて笑うエリオット。
この分だと、既に陛下からの許可も下りてるようだな。
つまり、父上からの許可を貰い、陛下からも許可が下り、それから家門を説得、って流れか。
既に陛下から許可が下りているのに、家門の者で否を呈する者などいないだろう。
レオネルが父上達のそんな事情まで知っている訳ないし……。
さては………。
「レオネルに父上達の裏事情を吹き込んだのはアンタね?」
ギロッと睨むと、エリオットは優雅にニッコリ微笑んだ。
「いやだなぁ、僕はただ、臆せず正攻法でいってみてごらんと助言しただけだよ?
そのついでに、昔話くらいはしたかもしれないけど、それをレオネルがどうしたのかまでは分からないなぁ。
何せ、夫人が陛下の婚約者候補序列一位だった事実は、アロンテン公爵によって綺麗に握り潰されていて、関連した文書なんかも何故か紛失されてるんだよねぇ………。
たまたまアロンテン公爵邸のどこかでそんな文書をレオネルが発見した、なんて都合の良い話は流石に無いと思うけどなぁ」
ウフフと笑うエリオットを、皆がチベスナ顔で見つめる。
子が親を脅す材料を嬉々として提供するとは………コイツ………。
やるじゃんっ!
パッと破顔して、片手を上げると、そこにエリオットが楽しげにハイタッチしてきた。
パチンッと小気味いい音を響かせる私達を、やはりチベスナ顔で見つめているキティ達。
「まっ、これでリゼが婚約破棄した事実があろうと、もう誰も何も言えないわね」
フヘッヘッヘッと笑う私に、キティがキラキラとした笑顔を浮かべた。
「じゃあ後は、リゼちゃんがレオネル様を掌握するだけね」
可愛いロリッ子の口から〝掌握〟とかって単語聞きたく無かったが、確かにその通り。
リゼがゲオルグを好きだとか、根拠の無い妄想で大暴走しているレオネルをキャン言わせてやったらええねん。
そうしたら、我がアロンテン家は母上とリゼの二大巨塔によって更に揺るぎない家門へと。
ついでに私もしっかりお尻に敷いてもらうんだぁ。
私もキティ同様、キラキラした目でニマニマ笑っていると、ミゲルがピクリと片眉を上げた。
「……何か……呼ばれている気が………。
私、教会に帰りますね。
急がなければいけない気がするんです」
焦ったようにそう言うと、ミゲルはサッと身を翻し、あっという間に去って行ってしまった。
残された私達は顔を見合わせ、同時に首を捻った。
何だろう?
また何か起きるのだろうか。
ミゲルの慌てた様子に、胸の中が騒つく。
……だけど、何だろう?
不思議と、良い事が起きるような。
そんな予感がする………。




