EP.205
人知れず起きていた王国の危機を知り、人々は落ち着かず、王都は浮足だった状態に陥った。
その人心を落ち着かせるために、盛大なパーティーが開かれる事になった。
市民達にはご馳走が振る舞われ、王都はお祭り騒ぎ。
貴族達には王宮で盛大なパーティが開かれる事になった。
建前は王国の危機を事前に救った私達を労う為と、立て続けに起きた不幸を払う、厄払いや、貴族達の結束を強める為という事になっているが、ぶっちゃけ社交界に属するパーティ好きの貴族達へのご機嫌伺いも兼ねている。
一平民であるグェンナ商会に王家は容易く足元を取られたのではないか、などと無責任な事を言う阿呆共(貴族達)もいるので、王家の威光と頑健さを知らしめる意味も込められた、大切なパーティだった。
リゼ達スカイヴォード伯爵家は、虐げられ続けた悲劇の家門として、出来るだけ出席するように勅命が下った。
ゴルタール公爵家が我が功績のように扱っていたポーションは、実は属家門でも何でもないスカイヴォード家を勝手に牛耳り、不当に搾取していただけのもの、という話は既に社交界に出回っているので、そこへ今最も注目を集めるスカイヴォード家が王家の招待を受け、パーティに出席すれば、スカイヴォード家はゴルタール家の束縛を断ち切り、王家の後ろ盾の元、完全に独り立ちしたのだと貴族達に印象付ける事が出来る。
皆、ゴルタールのやった事を知っていても、堂々と公爵家を非難出来る人間などいない。
だからこそ、スカイヴォード家に動いてもらい、自分達は王家の忠臣である事を示して貰わなければいけなかった。
つくづくスカイヴォード家には頭が上がらない。
スカイヴォード家からは、リゼ達当主家族と、次期当主に決まっている従兄弟家族、それからポーション錬金のスペシャリスト3名がパーティに出席すると返答があった。
それを聞いたレオネルが、光の速さでリゼにパーティ衣装一式をしつらえ送り付けていたが、まぁそれくらいは当然の事だから何も言わず黙って見ていた。
が、今回のパーティの、リゼのエスコート役はもちろんレオネルでは無い。
私がゲオルグに申し付けてある。
残念だったな、兄ちゃん。
お前はまだ謹慎中なんだよ。
ちなみに、本来ならエスコート役であるゲオルグがドレスなどを贈るべきなのだが、それは必要無いと言っておいた。
ゲオルグから贈られたドレスに身を包んだリゼを見た瞬間、パーティ会場を闇に堕とすレオネルの姿が易々と思い浮かべる事が出来るからだ……。
正直、巻き込まれたく無い。
さて、リゼは今頃もう邸を出た頃かしら?
私はフヒッと笑った。
「ご機嫌だね?リア」
急に後ろから声をかけられても、もう全く1ミリも動じる事の無い私は、ユラリと振り返りながら、フッと笑った。
「アンタの追い込み方がエグすぎて、一周回って笑えてきたのよ」
私の返答にエリオットはキョトンとして小首を傾げた。
「何の事?スカイヴォード家の送迎に僕の名でうちの馬車を出した事?
当たり前の事だと思うんだけど」
ふふっと笑うエリオットに、私はウゲッと嫌な顔を返した。
よく言うぜ。
王家の紋章入りの馬車は、王家の人間が使う以外には、貴賓、賓客にしか出さない。
それをスカイヴォード家に使うと言う事は、今回のパーティで王家が特に大事に扱っているゲストだと、暗に他の貴族達に見せつけるつもりに他ならない。
「僕はリアの方がエグいと思うけどな〜〜」
何故か顔色を悪くするエリオットに、私は不思議に思って首を傾げた。
「何がよ?」
本当に何も心当たりが無いのだが?
知らないフリをする私に、エリオットは遠い目で天井のシャンデリアを見つめた。
「今日のリゼちゃんのパートナーに、ゲオルグくんを指名した事だよ……」
若干震えているエリオットに、私はハハッと笑い声を上げた。
「レオネルにはまだリゼのパートナーなんか任せられないわよ。
うちの家門の説得が先だし、そもそもリゼに気持ちだってまだ伝えてないのよ?
そんなの話になんないわねぇ」
肩を上げてハッと笑う私に、エリオットはまだ小刻みに震えながら溜息をついた。
「……大変な事になると思うなぁ、僕は……」
何かを含んだようなエリオットに、私が首を傾げていると、リゼ達が城門に着いたとの知らせが届いた。
「アンタが何を心配してるんだか知らないけど、レオネルがリゼに気持ちを伝えない限り、アイツを認める事なんか出来ないわ。
じゃ、私はリゼをお迎えしなきゃだから、降りるわね」
王宮の王家プライベートエリアからパーティの開かれる大広間に降りて行く私を、エリオットが深い深い溜息をつきながら見送っていた。
なんだよ、失礼な奴だな。
パーティ会場に降りると、既にキティとクラウスが並んで立っていた。
私はそのキティをベリッとクラウスから引き離すと、ポンポンとクラウスの肩を叩いた。
「アンタは今日はレオネルのお守りだからね、よろしく」
ニヤッと笑うと、クラウスはいつもの無表情で刺すように私を見る。
「知らん」
言うと思っていたが、いや、知らんじゃ困るんだよなぁ。
実はレオネル、リゼをエスコートする気満々で自分のタキシードもリゼのドレスと揃いで作っちゃっててさ、痛いよね?
脱〇〇したばっかりの元生息子ってこんな痛いの?
まぁ私が先にエスコート役にゲオルグを指名したから、唯の痛い人になっちゃったんだけど。
そんな訳でお兄ちゃん、オコです。
荒れてます。
危険です。
あんなの抑えられんのはクラウスくらいだからさ。
あっ、五体満足で無くてもいいなら、私でもいけるけど。
一応ね、拗らせ生息子怨念系でもアロンテン家の嫡男だからなぁ。
五体は無事な方がいいでしょ。
って訳で、今日のレオネルのお守りにクラウスを任命してやろうという優しい妹心が分からんかねぇ、君は。
「だいたい、お前がリゼ嬢のエスコート役をレオネルに譲らなかったのが原因じゃないか」
ムスッとしたクラウスに、私は数日前にしたレオネルとの会話を思い出した。
邸に届いたリゼのドレスと、その対になる自分のタキシードを眺めながらニヤニヤしているレオネルの背後から、私は呆れたように声を掛けた。
「そういう事をする前に、やる事があるんじゃない?」
レオネルは私の声にピクリと反応すると、ゆっくりとこちらを振り返った。
その顔色を見て、私は頭を抱えたくなる。
完全に病んでんじゃねーか……。
えっ?こっわ、何アレこっわっ!
今すぐクルリと方向転換して自室に戻ろうとする自分の足を、強い意志で何とか抑え付ける。
くそっ!怨霊系の類は相性悪いんだよっ!
とりあえず、祓たまえ清めたまえっ!
まるで生きる屍のようなレオネルに、塩でも大量に投げつけるかと悩んでいると、そのアンデット、あっ、間違えた、レオネルがボソリと口を開いた。
「……今度のパーティはスカイヴォード家が主役だ。
そのスカイヴォード家の令嬢を私がエスコートするのは、何らおかしい事では無いだろう?」
見るからにリゼ欠乏症を起こしている目の前の病人に、私はキッパリと言い返した。
「今度のパーティでリゼをエスコートするのはゲオルグよ。
アンタじゃ無いの。
言ったわよね?惚れた女の羽を毟るような真似はやめろって。
ちょっとは反省したかと思えば……。
今のアンタは力づくでリゼを手に入れようとしそうな雰囲気じゃない。
良い?そんな状態じゃ、またリゼを傷付けるだけよ。
リゼとちゃんと向き合えるようになるまで、我慢しなさいよね」
私にビシッと指差されて、レオネルは驚いたように目を見開き、自分の口を手で覆った。
「……私はまた、そんな顔をしているのか………。
彼女に会えない間、どうすれば彼女との関係を正常なものに戻せるか考えていた……が、何一つ浮かばない。
考えれば考えるほど、彼女の事で頭が一杯になり、思考が停止するんだ……。
私は、一体どうすれば……」
苦悶の表情を浮かべ、苦しげな声を出すレオネルの問いに、私は答えを持ち合わせていなかった。
とりあえず、物理的に距離を取れば、レオネルも本来の自分を取り戻すだろうと踏んでいたのだが、まさかの逆効果とは……。
リゼの方はすっかり本来の彼女らしさを取り戻している様子で、ホッとしているのだけど。
こっちがヤベー。
かなり、ヤベー。
どうヤバいかって、次にリゼに会ったら頭からバリバリ食っちまうんじゃねーか?って心配になるくらいヤベー……。
どうしたもんかなぁ……。
レオネルはリゼがいないと、もはや本来の機能も失ってしまうらしい。
冷静に合理的な判断も出来ない気難しキャラってナニ?
聞いたこともないんだけど。
キャラ崩壊し過ぎてて、どっからツッコめば良いのか分からん。
「とにかく、今度のパーティではまだ大人しくしててちょうだい。
アンタも言ってたけど、今度のパーティでは実質スカイヴォード家が主役だから。
公爵家の嫡男のアンタがリゼに絡んだりなんかしたら、余計な悪目立ちしちゃうでしょ?
くれぐれも、余計な事はしないで」
念を押すだけ押して、暗い空気に耐え切れず部屋に戻ろうとした私の腕を、レオネルがガッと掴んだ。
「……ってぇ」
その馬鹿力に眉を顰め、イラっとして睨むと、レオネルはその瞳にヂリヂリと燃え燻る焔を浮かべ、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「リゼのエスコート役だが……どうしてもゲオルグでなくてはいけないのか?」
聞いた事もないような低く掠れた声に、一瞬背筋がゾッとする。
「もう決まった事だから」
レオネルの腕を払い除け、私は今度こそクルリと踵を返し、スタスタとその場を去った。
廊下を歩きながら、レオネルに掴まれた腕を見てみると、赤くなっている……。
ちっ、ゴリラかよ。
あんなもん、ますますリゼに近付かせられないな。
若干怒りが再燃してきて、私はハァッと溜息をついた。
エドワルド捜索の為にレオネルとの話が中途半端になっていたが、あんなに拗らせていたとは……。
アイツは何がしたいんだ。
リゼを手に入れたいなら、自分の気持ちをまずは伝えろと再三言ってるってのに。
そこを踏み出す勇気は無いくせに、リゼを狂うくらいに求めている。
何がしたいのか、全く分からん。
が、あの状態でリゼに近付かせるのはまだ危険だな。
当日はお守り役が必要になりそうだ………。
そんな事を思いながら、我が兄の不甲斐なさに頭を抱えた……。
ってのが、つい数日前の話。
考えに考えて、今日のレオネルのお守り役に最適なのはクラウスだという事に辿り着いた。
「あのねぇ、レオネルを抑えておいてくれないと、リゼが困った事になんのよ。
アンタにしか頼めないんだってば」
仕方なくヘコヘコ低姿勢で頼む私に、クラウスは面倒くさそうに口を開いた。
「知らん」
おやおやぁ?
この子はその単語しかまだ知らない赤ちゃんかな?
初めて喋った言葉が、ママでも無くパパでも無く『知らん』とか………。
親のお花畑ドリームクラッシャーかっ!お前はっ!
やんのかっ!いいんだな?やんのかっ!
あ゛あ゛んっ?ゴルァッ!とクラウスを下から睨み付けていると、キティがプルプルと震えながらクラウスを見上げた。
同じ見上げてる行為ではあるが、絵面は少年漫画と少女漫画くらい違う。
「リゼちゃんに関わる事なのに……クラウス様……そんな言い方……」
うりゅっと涙目で見上げられて、クラウスは側から見ていて可笑しいくらいに動揺している。
手をワタワタさせてるクラウスとか、見たくも無かったんだけど……。
「いや、ち、違うんだ、キティッ!
ただ俺は、レオネルに厳しすぎるんじゃないかとっ!
もちろん今夜は俺がレオネルを見張るっ!
だから、そんな目で見ないで、キティッ!」
そう言ってキティのご機嫌を伺うように顔を覗き込むクラウスに、キティは目尻の涙を指で拭いながらニッコリと微笑んだ。
「そうですよね、クラウス様ならそう仰ってくれると思っていました。
ありがとうございます、クラウス様」
うふふとキティにそう言われ、クラウスは笑顔を引き攣らせながらレオネルの所に向かった。
途中、後ろ髪を引かれるかのように何度もチラチラとキティを振り返りながら……。
いいからさっさと行けよっ!
そのクラウスに笑顔で手を振りながら、反対の手を後ろに回すキティ。
私も片手を後ろに回し、そのキティの手とパチンと叩き合った。
「やるわね、キティ」
ニヤリと笑うと、まだ笑顔でクラウスに手を振りながら、キティが小さく口を開く。
「これくらいなら、いくらでも協力するわ。
ちょっと後でクラウス様が寂しんぼになって、朝まで離してくれないかもしれないけど……結局いつもの事だし」
ちょっと顔に影を差すキティに、私はガバッと深く頭を下げた。
「アザースッ!まじアザースッ!」
ペコペコと赤べこのように頭を下げる私に、キティはフッと笑った。
「………ええんやで……」
ナイス自己犠牲っ!
流石、元祖粘着系に取り憑かれし乙女っ!
貫禄が違いますっ!姐さんっ!
キティの尊い犠牲のお陰で、とりあえずはレオネルを抑える事は出来た。
とにかく今日はスカイヴォード家の晴れ舞台だ。
今までの分もぜひ今日、賞賛と栄光を取り戻して欲しい。
スカイヴォード伯爵家の名誉が戻れば、レオネルとリゼにとって少しはプラスになる。
断罪の時、グェンナのお陰でエドワルドが全てを衆目の前で自供したから、リゼは本当にゴルタールの悪事の被害者だったのだと皆が認識した。
いくら社交界で傷モノと呼ばれようと、これだけの人間が事情を知ったのだ。
今や口さがなくリゼを傷モノだと呼ぶ人間は社交界にはいない。
流石に、公爵家の嫡男であるレオネルとの婚姻となれば、妬みや僻みの対象になり、傷モノ令嬢だなんだと口にする者も出てくるだろうが、それをどう捌くかはレオネル次第だ。
通常の冷静沈着なレオネルになら造作も無い話だろう。
通常の状態であれば……だが。
アイツにはサッサと我を取り戻して、やるべき事を成してもらいたい。
本当なら、リゼ恋しさに前後不覚になってる場合じゃねぇんだけどな。
……アイツ、何でリゼに気持ちを伝えないんだろう。
そこをクリアにすりゃ、話はもっと楽になるってのに。
クラウスが向かった先にいるレオネルをチラリと見てみる。
………あっ、ダメだありゃ。
完全に病んでる。
ギラギラした目でリゼの登場を待っていやがる……。
うん、今夜は絶対リゼに奴を近付けないでおこう。
マジで頭からバリボリ食いかねんからなっ!




