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EP.204


薄暗くジメジメとした地下への階段を降りながら、サイモンがチラリとエリオットを振り返り、申し訳無さそうに頭を下げた。


「無理な願いを聞いて頂き、ありがとうございます」


そのサイモンに、エリオットは少し微笑んで首を振った。


「いや、君達は今回の件で十分に国に貢献してくれた……こんな事になって、非常に残念だよ」


エリオットの言葉に、サイモンは前を向き、悲しげに瞳を揺らす。


「いえ、アイツも分かっていた事です……」



私達は地下牢に続く階段を、後はただ黙って降りて行く。



蝋燭の灯りに照らされて、鉄格子の向こうで膝をつき、胸に片手を置いて、グェンナが深々とエリオットに向かって頭を下げている。


「いいから、頭を上げてくれ」


エリオットにそう言われて、グェンナはゆっくりと頭を上げた。

目の前に立つサイモンと静かに見つめ合う。


「無事、息子を見つけられて良かったな」


労わるようなサイモンの言葉に、グェンナは口の端を少しだけ上げた。


「ああ、これでやっと家族に会いに行ける」


心から安堵したようなグェンナの声に、サイモンは寂しそうに頷いた。


「改めて、私を帝国から連れ出してくれた事、礼を言う、ギルバート」


サイモンが友として名を呼んだ事に、グェンナはフッと笑った。


「いや、お前には随分と助けられた。

お前のお陰で、大陸を渡った先でも安全に商売が出来たんだ。

礼ならとっくに払ってもらっている。

釣りが必要なくらいにな」


ニヤリと笑うグェンナに、サイモンはハハッと声を出して笑った。


「釣りも払わず行く気か、随分な悪徳商人だな」


そのサイモンに、グェンナも声を出して笑う。


「悪いな、釣りは俺の冥土の渡し賃に使わせてもらう」


アッハッハッハと顔を見合わせ笑う、イケオジ2人………。

尊が過ぎる。



「殿下、最後にサイモンに会わせて頂きありがとうございました」


ふと笑いを止め、グェンナはまた深々とエリオットに頭を下げる。

サイモンも同じように頭を下げていた。


「いや、もうこれくらいしか君にしてやれないからね。

他に会いたい人がいれば、遠慮なく言って欲しい」


気遣うようなエリオットの言葉に、グェンナはグッと声を詰まらせ、静かに頭を振った。


「いえ、息子を捕らえて頂いた今、もうこれ以上に会いたい者はいません。

私の会いたい者達は、これから行く場所にいますから……」


沈痛な面持ちでそう言ったのち、グェンナはグッと拳を握ると、真っ直ぐにエリオットを見つめた。


「ですが、最後に、私の我儘を聞いて頂きたいのです」


その真剣な眼差しに、エリオットはゆっくりと頷いた。


「聞こう」


短くそう答えるエリオットに、グェンナは明日、自分が成そうとしている事を全て話した。




「……でもっ!そんな事したら、貴方が皆に………」


その内容に思わず声を上げる私に、グェンナは優しい眼差しを向けた。


「そのようなお優しいお心遣い、この大罪人には勿体のうございます。

私はこの国に生まれ、この国に生かされてきた身。

最後のその瞬間まで、この国にご恩返しが出来れば、満足した気持ちで安らかにいけるでしょう」


グェンナの曇りの無いその瞳に、私はグッと言葉を飲み込んだ。


「……君の忠義、確かに受け取った。

必ず、君と君の家族の名誉は、いつか私が取り戻すゆえ、安心して欲しい」


エリオットが力強くそう言うと、グェンナは緩く頭を振る。


「忠義だなどと、そんな大層なものではありません。

これは私の唯の我儘です。

……ですが、先に逝った者達の事は、善良な清き国民であったと、いつか皆に理解されれば幸いでございます」


そう言うと、グェンナはチラッと隣の牢に目を向けた。


そこには魔法で眠らされているエドワルドが入れられている。

魔族に魅入られていたエドワルドは、事前にミゲルが聖浄魔法で清めてはいるが、念には念を入れて、明日の当日まで眠らせておく事になった。


「私と愚息はまごう事なき大罪人にございます。

国を裏切り、国民の命と生活を脅かした。

明日は必ずや、その罪をこの身で償い、そしてこの先の王国の安寧の為の布石となってみせましょう。

どうか、最後まで見守って頂ければ、このグェンナ、悔い無く生涯を終わらせる事が出来ます」


決意の篭ったグェンナの瞳を真っ直ぐに見返し、エリオットはゆっくりと頷いた。


「承った。貴殿の最後の勇姿、しかとこの目で見守ろう」


エリオットの言葉にグェンナは心の底から嬉しそうに笑った………。



それが、生きているグェンナを見た、最後の姿となった…………。











翌日、グェンナとエドワルドの極刑が、処刑場にて執行される事になった。


私達は王家と王侯貴族、並びに主要貴族の為に用意された、処刑場を見渡せる高台から死刑執行を見守る。


クラウスの隣にキティがいない事にホッとしながら、私はクラウスに聞いた。


「……今日、キティは?宮にいるの?」


私の問いに、クラウスが緩く首を振る。


「キティは今、教会に行っている。

リゼ嬢と落ち合い、グェンナとその家族の為、祈りを捧げにな」


その言葉に、側にいたレオネルの片眉がピクリと動いた。


「そう、そうしてくれると、少しは気も休まるわ」


ポソリと小さく返すと、クラウスも小さく頷いた。


皆が納得出来る結末は待っていない。

こうするしか無いという現実がそこにあるだけ。

まるでお祭り騒ぎで刑場に集まった民衆達。

物見遊山気分の貴族達。


皆にグェンナの真実を語れるのは、もっと先の話になるだろう。

それさえもグェンナは全て呑み込み、今日この場で最後の忠義を果たしてくれると言ったのだ。


……王国が今日、グェンナのような得難い人物を失う事は、国の損失に他ならない。

この痛みは必ず、この国に返ってくるだろう。

それも纏めて、いつか必ず貴様に償わせてみせる、ゴルタール………。



「さぁ、リア、そろそろだ。

僕達も席に着こう」


……まぁ、薄々分かってはいた事だが、私の席は当たり前のようにエリオットの隣。


いやもぅ……分かってた……分かってたよ……。


何も言わずエリオットの隣に腰掛けた瞬間、罪人を刑場に入れる扉が開き、民衆達からワアァァァッ!と歓声が上がった。



「この売国奴っ!」


「大罪人っ!早く刑に処されろっ!」


「王国の裏切り者っ!北の犬めっ!」


「恥知らずっ!死んで償えっ!」


民衆から口々に罵倒が飛ぶ中、グェンナとエドワルドは兵に引き摺られながら姿を現す。

真っ青な顔でガタガタ震え、既に泣きじゃくってるエドワルドの隣で、グェンナも同じように恐怖に体を震わせ、情けない顔で民衆を見渡した。


「ヒィッ!ヒィィィィィッ!

お許し下さいっ!死にたくないっ!」


悲鳴のようなグェンナの声が、ますます民衆の火に油を注ぎ、大火となって渦巻いた。

憎しみの目がグェンナに降り注ぎ、まるで生き物のようにグェンナを取り囲む。



「ふざけるなっ!自分が何をしたのか分かっているのかっ!」


「この国に戦を持ち込もうとしやがってっ!」


「私達を殺す気だったんでしょっ!」


「殺戮者めっ!早くそいつの首を刎ねろっ!」


民衆達の目がグェンナとエドワルドに降り注ぐ。

グェンナは誰にも分からないくらい微かに、口角を上げて満足気に笑った。



「ヒィィィッ!私はっ!私は何も悪くないっ!

悪いのは全て、この息子だっ!

息子が犯した罪なんだっ!

私まで死にたくないっ!」


民衆に訴えかけるように声を張るグェンナを、エドワルドが目を見開き、信じられないものを見る目で見た。


「な、な、何を言っているんだっ!

父さんだって、同罪だろっ!

僕1人に罪をなすり付けるなんて、それでも父親かっ!」


金切声でエドワルドが叫ぶのを待っていたかのように、グェンナは一層大きな声で叫んだ。


「殺すなら息子だけにしてくれっ!

全て息子とゴルタール公爵が計画した事なんだ〜〜〜っ!

私は脅されて仕方なく手伝っただけで、私は悪くないんだ〜〜〜っ!」


情け無い声でそう叫ぶグェンナに、エドワルドはハッとして上を見上げ、貴族達の中からゴルタールを見つけると、その方向に向かって縋るように大声で懇願した。


「そうだっ!ゴルタール公爵様っ!

僕は貴方に言われてやったんですよっ!

貴方が言う事を聞けば、商会主にしてやるし、貴族の娘とも結婚させてやるって、そう言うからっ!

密輸も違法魔道具も、貴方の資金源になる為だったのにっ!

助けて下さいっ!ゴルタール公爵様っ!

僕は貴方の言う通りにしたでしょっ?」


エドワルドの叫びを聞いた民衆達が、水を売ったかのようにシーンと静まり返る。

ややしてザワザワと騒めきながら、グェンナ達に向けていた敵意の目を、一斉にゴルタールに向けた。


ゴルタールは明らかに動揺しながら、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。


「な、な、何を言っておるかっ!

儂は貴様など知らんっ!

下賎な身で恐れ多くも儂の名を使い、皆を謀るとはっ!

ええいっ!もう良いっ!

早くそのもの共の首を刎ねよっ!

早くせんかっ!」


これ以上、エドワルドに一言も喋らせまいと大声で命じるゴルタールだが、勿論、兵も処刑人もピクリとも動かない。


その権限を持った、国王陛下並びに王妃も王太子も、まだ一言も言葉を発していないからだった。


「ゴールータールッ!よくも僕を裏切ったなっ!

全てお前の言う通りにしてやったのにっ!

地獄に堕ちろっ!お前が首を刎ねられてしまえっ!」


怨嗟の篭ったエドワルドの叫びに、ゴルタールが真っ青になって体を震わせると、ズリズリと後退り、逃げるように身を翻した。


「き、気分が悪い……儂はもう帰る」


ぶつぶつと呟くようにそう言うと、ゴルタールはその場から正に逃げ出し、姿を消した。


それを横目で見ていた陛下は、ゆっくりと手を横に払う。

その動きに応えて、兵がグェンナとエドワルドを処刑台に引き摺り上げた。


「嫌だーーーーっ!死にたくないっ!

僕はゴルタールに命令されていただけなんだっ!

公爵という身分に逆らえなかったっ!

唯の一平民が公爵に逆らえる訳ないだろうっ!?

無実だっ!僕は無実なんだーーーっ!」


騒ぎ立てるエドワルドを兵が取り押さえ、粛々と罪状が読み上げられた。


「罪人、エドワルド・グェンナ並びにギルバート・グェンナは、国から与えられた大陸横断公認許可を悪用し、東大陸の国々から不正な美術品又武器等を密輸入した。

更に帝国並びに王国の武器も大量に買い集め、あろう事かそれを北の大国に流し、我が国を武力で脅かそうとする大国に加担した。

密輸入と不正取引、更には最も罪の重い外患誘致罪にて、本日この場にて両名を極刑と処する」


罪状が読み上げられた瞬間、民衆達からまた2人に向かって罵倒が飛んだ。

2人の処刑をその目で見てやろうと、民衆達が目をギラギラとギラつかせている。

異様な熱気に包まれた刑場の処刑台の上で、エドワルドが涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、尚も兵達に抗おうと激しく身を捩っている。


そのエドワルドを難なく押さえ付け、兵がエドワルドの頭を断頭台の上に乗せた。

しっかりと体を固定されたエドワルドは、子供のように泣きじゃくった。


「嫌だよっ!死にたくないっ!

お父さんっ、助けてっ!

僕を助けてよっ、お父さーーーーんっ!」


目だけを動かして、姿の見えないグェンナを探すエドワルド。

その悲痛な叫びが刑場に響いた。


グェンナの口がゆっくりと動く。

私達は読唇術を使い、その言葉を拾った。


「すぐに私も行くから、先に行って待っていなさい」


その横顔は幼子に諭すように優しげで、愛に溢れていた………。



陛下がスッと手を上げる。

一瞬で刑場が静まり返った。


よく通る威厳ある陛下の声が、静まり返った刑場に響く。


「刑を執行せよ」


断頭台のレバーが引かれ、ギロチンの刃が落ちる。

苦しみを感じる間もなく、エドワルドの首がスパッと落ちた……。


ゴロンと転がったエドワルドの首を、処刑人が丁重に拾うと無言でグェンナに差し出した。

事前にエリオットがそう指示していたからだ。

グェンナは少し驚いたように目を見開き、処刑人からその首を受け取ると、大事そうにその胸に抱きしめた。



「ギルバート・グェンナよっ!」


よく通る陛下の声に、グェンナはハッとして顔を上げた。


「最後に言い残す事は無いか?」


まるで大罪人であるグェンナを気遣うような陛下の言葉に、刑場に集まった人々が騒めいた。


グェンナはその陛下に深く頭を下げ、ややしてゆっくりと頭を上げた。

そして、声には出さず、しかしハッキリとこう言った。


『王国に栄光あれ』


そのグェンナに、陛下は一度しっかりと頷くと、スッと手を上げた。


グェンナはエドワルドの首を大事に抱えながら、自分からギロチン台の上に頭を置く。

完全に体を固定した事を、処刑人が頭を下げて陛下に告げると、陛下は静かに口を開いた。


「刑を執行せよ」



ザシュッ。


先程エドワルドの首を落としたばかりの刃が、グェンナの首を真っ直ぐに切り落とした………。




ワアァァァァァァァァァッ!

群衆から歓声が上がる。




肘置きに置いた手に、エリオットの手が重なった。

私はその手を夢中でギュッと握りしめた。




最後まで、この国の為を思っていた男が1人、この世を去り………愛する家族の元へと旅立っていった…………。



2人の魂を慰めるかのように、教会の鐘が荘厳な音色を立て鳴り響く。

教会でグェンナ達の魂の安らかなる事を祈っている、キティやリゼにも刑の執行が伝わっただろう。


ゴルタールの、シャカシャカの、そして魔族の犠牲となった人間が天に召された。

その魂の雪辱を、必ず私達が晴らしてみせる。


グェンナ、見ててくれ。

必ず仇は取る。

家族と一緒に、それを見守っていて欲しい。


そしていつか、アンタがこの国にとって得難い傑物であったと、その名誉を取り戻してみせるから。



何も言わなくても、私もエリオットも。

いや、この件の真実を知る者全てが、心の中でそうグェンナに誓った………。





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