EP.202
マーサのお説教に足を引っ張られはしたが、私は再び王宮に戻ると、レオネルが報告の為エリオットの執務室に来ている事を聞きつけ、風の如き素早さでその執務室に向かった。
「どりぁ〜〜〜っ!!レオネルッ、この野郎ーーーーっ!」
ドガーンッ!バキバギィッッッ!
扉をぶち破り中に入ると、衝撃で飛んできた木片を死んだ目で見つめているエリオットと目が合った。
お前は今、どうでも良いわっ!
部屋を素早く見渡すと、執務机の横に立つレオネルを発見する。
レオネルは私を確認すると、諦めたような哀しげな顔をした。
殊勝な顔しても、おせーーーんだよっ!
私は身体強化を発動させ、そのレオネルに向かって走りながら拳を振り上げる。
「レーオーネールッ!このっ!大馬鹿やろうがぁっ!」
私の咆哮と共に部屋がビリビリと震え、覚悟を決めたようにギュッと唇を噛むレオネルをありったけの力でぶん殴った。
ガッシャーーーンッ!!
執務机の後ろのガラス扉を突き破り、レオネルが吹っ飛んでいく。
派手に砕け散るガラスの破片を、エリオットがやはり死んだ目で見つめていた。
ガラス扉の向こうのバルコニーに片膝をつき蹲るレオネルは、ガラスの破片が刺さりあちこちから出血している。
そのレオネルを冷たく見下ろして、私は低い声で言った。
「………私は口説け、と言ったのよ?
奪えと言ったんじゃない」
その私に、レオネルはカッと顔を赤くして、噛み付くように口を開いた。
「お前に何が分かるっ!彼女の心を手に入れたくとも、それが出来ない私の………。
彼女を手に入れて、何が悪い。
リゼはもう、私の物だ………」
ギラリと獣のようにコチラを睨みあげてくるレオネルに、私は呆れて溜息をついた。
「何が悪いとは、随分頭が沸いてるみたいね。
リゼは自分の邸に帰したわよ。
私の私兵団に邸を警護させているし、ゲオルグにリゼの護衛について貰ったから、もう証人保護云々でうちの邸に留まらす手は使えないから」
私の言葉にレオネルはビクッと体を揺らし、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「あらら〜、また酷い人選を……」
ボソッと横から呟いたエリオットに、何の事かと睨み付けると、プルプル頭を振りながら、無実ですとばかりに手を上げている。
「派手な兄妹喧嘩だな」
溜息混じりにクラウスが近付いて来て、ガシャガシャとガラスを踏み付け、レオネルに手を差し出した。
その手をレオネルが掴むと、グイッと引っ張って立たせる。
「事情が事情なんだから、許してあげなよ、シシリア。
まぁ、その後の暴走については、僕も心当たりがあるからね。
レオネルの気持ち、分かるよ」
同じくテレーゼを自分の邸に囲い込んだ前科のあるノワールが、ポンポンとレオネルの肩を叩き、フワッと微笑んだ。
そういや、クラウスも婚約して早々にキティを王宮に囲ったんだよなぁ。
何だよ、お前らはそーゆー病気か?
惚れた女を囲まなきゃ死ぬとかか?
囲い込みトリオって呼んだろか?
全く説得力の無いノワールのフォローを、私はハッと鼻で笑った。
「好きな女の羽をむしって楽しいか?
考える思考を奪って、自由を取り上げて、それで満足な訳?
好きだ愛してるだ、そりゃ相手の尊厳を尊重してからにしてくれよ。
分かったかよ、この腰抜け野郎共」
ギロッと纏めて睨み上げると、レオネルは悔しげに目を伏せ、クラウスは平気な顔でキョトンとしているし、ノワールは楽しげにふふっと笑った。
いや、トリオのくせに三者三様の反応すな。
ややこしいわ。
「そうだね、シシリアみたいに真っ直ぐな人には、分からないだろうね。
シシリアは人をとても大事にするから、基本相手の望む事を見守ってあげられるけど。
もちろん、僕達も大事な女性の望むようにしてあげたい。
だけどね、一つだけ、どんなに望まれても、どうしても叶えてあげられない事があるんだ」
ニッコリ微笑むノワールに、私は嫌な顔で聞き返した。
「何よ、それ」
「僕達から離れていく事だよ」
満開の黒薔薇を背負い微笑まれても、クズだ。
言ってる事は粘着執着の極みのクズだ。
聞くんじゃなかったと心から後悔しながら、私は心の中だけでクスッと笑った。
……でもな、私の好きなように、自由に生きる為に、自分から離れなければいけないなら、どこにでも行っていいと言ってくれる奴だっているんだぜ?
私をどこかに閉じ込めたりは絶対にしない。
自由に飛べば良いと、背中を押してくれる。
そんな奴だっているんだ。
だからって、そいつの想いがお前らより軽いとは、私は思わない。
何なら気持ちだけいえば、お前らと変わらないくらい重い。
それでもソイツは私の自由を奪ったりしないけどな。
……まぁ、最初は大人しく(?)囲われていたキティもテレーゼも、今じゃお前らなんか尻に敷いて、自分の好きに生きてるから、結局お前らじゃ何も敵わないってこった、アッハッハッハッ!
リゼだってそうなる事は分かっているが、私は今回のレオネルのやり方には納得がいかない。
もっとリゼの意思を尊重するべきだったし、そもそもお前、自分の気持ちもまだ伝えてないんじゃねーかっ!
そんな奴が何言ったって無駄無駄無駄。
私の耳にも心にも届かん。
悪いがリゼは私の側近だ。
レオネル、お前が男を見せなきゃ、2人の仲は認めてやらん。
王宮のてっぺんからダイブしながら告白くらいしてくれなきゃ、許可出来んな。
いやいや、パワハラとかじゃなくてね?
レオネルがそれくらい自分を捨てて、リゼに気持ちを伝えなきゃ、そもそも無理だって話。
何から自分を守ってんのかな知らないけど、守るべきはそこじゃねーだろ。
って事に、レオネルが気付きゃ、リゼとの関係も変わるかもしれないって話だ。
「まぁ、とにかく………。
リゼにあんな事をしたエドワルドを捕らえなきゃ、話になんないわね。
奴の罪状がまた増えた事だし、ここらで本気で奴を探し出すわよ」
ギラリと目を光らせると、ノワールが困ったように眉を下げた。
「皆、本気で探してくれているけど、どうしてもエドワルドを探し出せないんだ。
手を抜いてる訳じゃないよ」
そう言うノワールに、私は緩く首を振った。
「皆が一生懸命やってくれてるのは知ってる。
私が言ってるのは、私が本気出すって事よ」
指をパキパキ鳴らすと、私の壊した物を復元しながら、エリオットが心配そうな声を出した。
「リア、気持ちはありがたいけど、無茶をするつもりなら、許可は出来ないよ。
昔は無鉄砲だった君も、最近は自制してくれているから、僕も何も言わないけど。
自分を犠牲にするような方法なら、僕は許せないからね?」
優しく諭すような口調だが、その笑顔の裏に有無を言わせない何かを感じる……。
「心配してくれるのは私もありがたい。
でも、リゼにあんな事されて、私だってもう我慢の限界なの。
身の危険を感じたら直ぐに止めるから、試すだけ試させてよ」
私も負けじとエリオットを真っ直ぐに見つめる。
ここで引くわけにはいかない。
エドワルドにリゼが何をされたか、それを考えると血が沸き立ちそうな程怒りが湧いてくる。
いくらエリオットとはいえ、今の私は止められない。
「………分かったよ、君の身が危ないと判断したら、直ぐに中断させるからね」
エリオットは心配げな瞳で、ジッと私を見つめた。
「分かったわ、ありがとう」
そう言って、私は直ぐにクラウスを見た。
「ちょっと、そこの魔力供給機。
腐らせてるその魔力、私に貸して」
至って真面目にお願いすると、クラウスは快く頷く……とはいかず、ハッと鼻で笑った。
「遠隔でも無く直接俺の魔力を受け取って、お前の体が無事で済む訳が無いだろう?」
キティがこの場に居ないのを良いことに、小馬鹿にした笑いを浮かべるクラウスに、私はスッと記録水晶をチラつかせた。
「キティの映像記録、学園バージョンvol.2。
手伝ってくれるなら」
「やろう」
キリッとした顔で被せてきたクラウスは、私から記録水晶を引ったくると大事そうに懐にしまう。
アッサリ賄賂を受け取ったので、これでもうゴタゴタも言えないだろう。
私はバルコニーに出ると、両手を前に突き出し、魔力をそこに込める。
「……サーチ」
捜索魔法を展開し、その範囲を徐々に広げていった。
「検索」
それと同時に、皆には見えない画面を目の前に展開して、前世の知識を元に、エドワルドの情報を集めていく。
もちろん、ネットなどの情報では無い。
これは人々の意識を集め、そこからエドワルドの情報を集めていってるのだ。
だがそこまででは、既に得ている目撃情報程度しか集まらない。
なので………。
「クラウス、魔力供給をお願い」
前を見たままそう言うと、直ぐにクラウスが私の肩に手を乗せ、そこに魔力を込める。
ズンッ!!
重い魔力の重圧に、体が一瞬で悲鳴を上げた。
クラウスだって手加減している筈なのに、それでも常人には受け止めきれない。
だが、ここで潰される訳にはいかない。
私は足を踏ん張り、体に力を込めると、その魔力を次々に魔法に変換していく。
「広範囲サーチ、人物捜索、検索、無意識下にアクセス、検索、10m毎に映像記録稼働、顔認識、ドローン稼働……数を倍に……」
ブツブツと呟く私の言葉に、ノワールが訝しげな声を出した。
「……さっきから、これは魔法……?
それにしては、夢物語のような単語や、知らない単語ばかりだ……」
首を捻るノワールに、あぶら汗を流している私には答えてやる余裕も無いが、前世の最新テクノロジーを魔法に変換している。
人の無意識下にまでアクセスして、エドワルドの情報を検索、などは、前世の世界ではあり得ない、この世界の魔法ありきの検索方法だけど。
「……これでも、引っかからない……?
クラウス、少し魔力を流す量を増やして。
ちょっと、一気にいくわよ」
そちらを見る余裕も無く、前を見据えたままそう言う私に、クラウスが頷いた気配を感じた瞬間、一気に大量の魔力が体内に流れ込んできて、体が重圧に軋んだ。
肩で息をしながら、霞む目をグッと見開く。
「超広範囲サーチッ!縮尺、10000分の1………」
サーチする範囲を一気に広げると、後ろからノワールの驚愕したような声が聞こえた。
「………凄い、サーチが王都を超えた……」
続いてミゲルが焦ったような声を出す。
「そんな範囲じゃありませんよ、これはっ!
シシリア、もうやめて下さいっ!」
だが、まだエドワルドは見つからない。
私はかろうじて、そのミゲルの言葉に首を振る。
「……超広範囲サーチ……25000……30000……」
クソッ!
まだ見つからないっ!
無数に飛ばしている不可視ドローンや映像記録(監視カメラ)にも引っかからない……。
「くっ……縮尺、40000………だぁぁぁあっ!
50000分の、いちぃぃぃぃっ!」
体がメキメキと悲鳴を上げる。
目の前が真っ赤に染まり、脳がオーバヒートを起こしそうになった、その時。
人の無意識下にまでアクセスした検索エンジンに、ピコンッと反応が出た。
私にしか視認出来ない画面に、その人間の情報が表示される。
……国境地帯に住む……農夫………?
「検索……」
その人物について詳しく検索をかけると、今は亡き廃村の村の出身だった。
3日前……その廃村付近で……この人っ!エドワルドの姿を目撃してるっ!?
「拡大っ!拡大っ!拡大っ!」
その廃村に当たりをつけ、広範囲サーチを狭めていく。
ピコンッ。
画面に赤い小さな丸が浮かび、その廃村を示していた。
私が設定しておいた、エドワルドを示すマーカーがやっと点いたのだ。
私は一気にそこから、エドワルドと思われる人間の居場所を絞っていく。
「ドローン投入、サーマルカメラ起動……熱源発見……人……人だわっ、人物特定、顔認識………エドワルドを発見したっ!
国境地帯の、廃村、元マルベリ村……の牛舎………跡……に………」
目の前がグニャっと歪んで、意識が呑まれていく。
鼻血がツーと口を伝い、顎からポタポタと床に落ちた。
次の瞬間、ドサっと倒れた私の体を誰かが支えてくれた感触を感じながら、意識がブラックアウトしていく。
「………無理はしないでって、言ったのに………」
哀しそうな誰かの声を聞きながら、私は完全に意識を失った………。




