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EP.198


改めてビーストマスターを眺めてみると、ずいぶんな大男であることが分かった。

どうも身体のバランスが悪いようで、右肩が異常に盛り上がっているし、足元は引き摺っている。

フード付きの大きな外套を頭から被っているので、顔も見えないし、年齢なども分からない。


ビーストマスターはコカトリスを荷台に繋ぎ、ゆっくりとした動作で一匹に飛び乗った。

その動きだけ見れば、年寄りに見えなくもなかった。


ビーストマスターは険しい山をコカトリスを上手く操って登って行った。

人には険しい山道も、魔獣なら問題なく悠々と進んでいる。


私達は浮遊魔法を使い、その荷台を追いかける。

やがて山頂付近でビーストマスターはコカトリスの動きを止めると、何も無い木々に向かって、パンパンと2回手を打った。


私達はサイモンやローズの爺様達と合流して、そのビーストマスターを息を呑んで見守っていた。


瞬間、ビーストマスターの目の前の空間が歪み、そこに大きな洞窟の入り口が現れた。

無言でその洞窟に入っていくビーストマスター。

こんな大きなものを魔法で覆い隠す事が出来る人間……恐らくこの先にサイモンの弟がいる。

私達は顔を見合わせ、頷きあうと、慎重にビーストマスターの後を追った。


薄暗い洞窟の中を、コカトリスは迷いなく進んでいく。

魔獣は暗闇でこそ目が効くと言われているが、どうやら本当らしい。

私達はエリオットのスキルのお陰で暗闇でも辺りが見えているが、普段ならビーストマスターを見失っていてもおかしくない。


長い洞窟の先に、灯りが漏れている場所があった。

その灯りを目指して、洞窟の角を曲がると、その先に開けただだっ広い空間が広がっていた。

地面の中心に見たこともないようなどデカい魔法陣が描いてある。


「……サイモン……」


静かに振り返ると、サイモンは残念そうに首を振った。


「間違いありません、私の弟の魔法陣です」


サイモンの答えに、皆の間に微妙な空気が流れる。

便宜上、サイモンの弟という事で話を進めてきたが、やはりどこかで、違えばいいなと思っていた。

兄弟で争う事になるよりは、その方が良かった。



「やっと来たか……」


奥から1人の男が姿を現した。

長身で痩せており、長い髪と髭、尖った顎、鋭い瞳。

サイモンと同じような年頃の魔法師だった。


「間違いありません……弟のジェイズです」


全てを諦めたようなサイモンの声に、皆何も言えなかった……。



「私は研究の途中なのだ、グズグズしていないで、さっさと運ぶぞ。

全く、私のような高名な魔法師に、こんな運び屋のような事をさせるとは。

あの国の人間は何も分かっていない」


ブツブツと不平を言いながら、魔法陣を発動しようとするジェイズ。

その時、エリオットがパチンと指を鳴らし、私達の姿を隠していたスキルが解けた。


「……そこまでじゃ、ジェイズとやら」


ローズの爺様の地を這うような低音に、ジェイズは目を見開きこちらを凝視している。


「なっ、お前ら……一体、どこからっ!?」


驚愕するジェイズの前に、サイモンがスッと姿を現した。


「……ジェイズ、お前という奴は……」


怒りの滲むサイモンの顔を、ジェイズは驚愕したまま見つめ、しかし直ぐにハッと鼻で笑った。


「……何かと思えば……腰抜け兄貴の差し金か。

私が北の魔法師として名声を得る事が気に入らなくて邪魔でもしに来たか?

馬鹿め、富も名声も自ら捨てたような愚者が、今更私に何の用だ?」


馬鹿にするようにサイモンを見下すジェイズ。

サイモンはまるで憐れな者を見るような目でジェイズを見つめた。


「……ジェイズ、自分のやっている事が分からないのか?

お前のやっている事で、どれだけの人間に危険が及ぶか。

国同士の争いを助長するような行為を、今すぐやめるんだ」


訴えるようなサイモンに、ジェイズは愉快そうに笑い出した。


「ハッハッハッハッハッ!国同士の争い?

正にそれこそが私の願いなんだよ、兄さん。

いいか?北と王国の戦争が始まれば、私が研究し生み出した魔道兵器が争いの中心となるだろう。

帝国では実現しなかった、数々の魔道兵器を私は北で生み出したのだ。

人道的、倫理的に許されなかった強力な兵器達。

戦争が起これば、愚かな帝国では実現しなかった私の偉大な研究の、成果発表が出来るではないか。

そうなれば、私を追い出した魔道士庁など、私の偉大さに恐れ慄き、再び我が眼前にひれ伏す事になる。

そうなれば、帝国の方から私に頭を下げてくるだろう。

無様に逃げ出した貴様とは違い、私には輝かしい未来が待っているのだっ!」


アーハッハッハッハッハッと声高に笑うジェイズを、サイモンは哀しげに見つめ続けていた。


「………お前は何も変わっていないな、ジェイズ。

お前の非道な実験の為に、一体何を犠牲にした?

その魔法陣の向こうには、魔道士がいる訳では無いだろう。

お前の転移魔法に、魔法を習得した魔道士の存在は必要無い。

魔法陣に必要な魔力を有する〝何か〟が有れば成立するからな」


哀しげなサイモンの声色に気付きもしないのか、ジェイズはそのサイモンを馬鹿にするように鼻で笑う。


「当たり前だ。偉大な私の魔法に他の魔道士など必要無い。

奴らは私の魔法を受け止めきれない己の無能を棚に上げ、私の力を暴走状態だなどとくだらない言い訳ばかり。

そんな無能な人間に、私の偉大さは理解出来ん」


ブスっとそう言うジェイズは、歳の割にまるで子供のようだった。

そのジェイズにサイモンは深い溜息をつくと、呆れたように口を開いた。


「……それはお前が、相手の負荷も考えずに必要以上の魔力を一気に魔法陣に込めるからだろう?

派手に魔法を発動したいのだろうが、受け取る相手の事を考えて、それに合わせて魔力を込めれば、帝国の魔道士達なら十分に対応出来たんだ」


まるでヤンチャな弟を呆れながらも愛情持って叱るようなその口ぶりに、サイモンにとってジェイズがまだ、自身の兄弟である意識がある事が伺えた。

どれだけ悪に加担していたとしても、血の繋がった弟をそう簡単に切れる訳じゃ無い。

サイモンはまだ、ジェイズを言葉で説得したいのだろうか?

もしそれが出来れば、こちらも楽に捕縛出来るのだが……。


しかしジェイズは、こちらの希望など打ち砕くか如く、サイモンの言葉にカッとなって、その顔を怒りで真っ赤に染めた。


「兄さんこそっ!まだそんな事を言っているのかっ!

我々に魔力も才能も劣る人間共に、何故こちらが合わせねばならんのだっ!

奴らは我々と違って、1人2人死んだところで幾らでも替えが効く。

ならば私の魔法を受け止め完遂する事が奴らの務めだろうっ!

それを、このままでは人死にが出るだなんだと途中で離脱して、私の転移魔法の邪魔ばかり………。

だが私は、そんな無能な人間などはもう必要無い。

そんな者に頼らずとも、私には転移先に同等の魔力発生機さえあれば良いのだからな。

物も言わず、ただ私の転移魔法を受け止める。

人などより、よっぽど役に立つというものよ……」


ニヤニヤと含んだような笑いを浮かべるジェイズに、サイモンがピクリと片眉を上げた。


「……なるほど、魔力発生機か………。

考えたな、それがどんな物か、教えてくれないか?」


サイモンは下を向き、ジェイズに表情を読まれないようにして、少しだけ優しげな声で聞いた。

それだけでジェイズはパァッと顔を輝かせ、自慢げに顎を上げ、胸を逸らした。


「魔力とは、人の魂と深く結び合っている事を、いくら無能な兄貴でもそれくらいは知っているだろう?

だか人には生存本能があり、それが私の膨大な魔力を受け取る事を本能的に拒否し、回避する。

実は北では、パペットという、無駄なものを削ぎ落とし、魔力のみを有するように作られた人型の実験道具が既に存在しているのだ。

知能を削ぎ、本能を極限まで抑えられたパペットは、人の姿をしている唯の魔力の入れ物。

私はこのパペットを使い、大型転移魔法の転移先に並べ、転移を可能にした。

30体くらいいれば、まぁ半数は駄目になるが、一回の転移に事足りるのでね」


ニヤリと笑うジェイズに、私達は衝撃を受けた。

先程ジェイズが言ったばかりだ。

魔力とは〝人〟の魂と深く結び付いていると。

パペットという存在の事を、人型の実験道具、魔力の入れ物だなどと言っているが、魔力があるという事は、つまりは人間だという事じゃないかっ!

グッと吐き気を堪える私の肩を、エリオットが優しく引き寄せた。


「おや、そちらのお嬢さんはどうかしたのかな?

何故こんな場所に女がいるのか知らんが、どうやら君は勘違いしているらしい。

パペットの事を、人だとでも思っているのだろう。

だからお前達は前に進めないんだ。

倫理観?人道的?ふんっ、くだらん。

いいか、パペットは人では無い。

人工的に作られた、人型の唯の魔力の入れ物だ。

自我も知能もなく、感情も人権も無い。

成長増幅剤を使って早く体を大きくして、色々な用途に使用する、正に道具だ。

この技術は何も北にしか無い技術では無いのだ。

帝国とて、技術的には問題なく可能だ。

だが、綺麗事の好きな連中は、このパペットの利用価値より、人道的な観点を優先する。

実に、くだらない。

まぁそれも、私の研究の成果さえ見れば、皆が考えを改めるだろう。

そうだ、お嬢さん、せっかくだから私の研究を見せてやろう」


そう言うと、ジェイズはビーストマスターに向かってニヤリと笑った。


「おい、フードを脱げ」


ジェイズの命令にビーストマスターはゆっくりと黒いフードを外した。

黒いズボンに上半身裸のその姿に、私達の間に衝撃が走る。


異常に青白い肌には青い血管がいくつも浮かび上がり、髪の毛も体毛も無い。

目は角膜や瞳孔まで白くて、細く赤い血管がいくつも走っている。

そして、それらの特徴よりも目を引くのが………。

右肩と左脇腹にまるで体内から生えてきているような、子供の………顔。


次の瞬間、エリオットが私を胸の中に抱きしめ、視界が遮られた。

目の前からその姿は消え去っても、脳裏にはしっかりと焼き付いている。


なんだよっ!アレっ!

あれがさっきから言ってたパペットか?

人を融合させたのかっ!?

なんでっ!

なんでそんな事が出来んだよっ!

チクショーーーッ!


怒りに体をガクガクと震わせる私を、エリオットがギュッと抱きしめ、抑えてくれている。

そのエリオットの私を抱く腕も、微かに震えていた。

間違いなく、怒りに震えていた。


「どうした?あまりの私の偉大さに恐れ慄いたか?

ソイツは私が作った生物魔道兵器だ。

魔獣の巣に複数のパペットを投入し、生き残った物を融合させ、使役術者の力を注入する。

パペットには感情も人の本能も無い、すると何故か魔獣に襲われない個体が現れる。

ソレに使った素材は、魔獣に襲われるどころか、巣で庇護されていた3体だ。

あとは食い散らかされていたが、そんな個体が3体も回収できた訳だ。

心の無いパペットが魔獣とは心を通わすとは、全く皮肉な話だな。

その個体を使って作ったのが、そこにいるビーストマスターという訳だ。

魔獣を自由自在に操れる、正に最強の生物魔道兵器。

私の作り出した最高傑作だっ!

どうだっ、兄さんっ!

私の偉大さを今度こそ理解したか?

先ずは手始めに、コイツを使って王国を蹂躙してやる。

その次は、畏れ多くも私を追い出した帝国だっ!

私にした事を後悔しながら滅びるもよし、私の前にひれ伏すも良し。

私は優しいからな、選ばせてやるよっ!

アーハッハッハッハッハッ!」


目の前で高笑いするジェイズに、サイモンは無言で拳を震わせていた………。


「………そうか、よく分かったよ、ジェイズ………」


悔しそうに絞り出すようなサイモンの声に、ジェイズが歓喜の表情でイヒッと妙な笑い声を出した。


「クックック、やっと私の力を認めたか……」


「土縛っ!」


サイモンがジェイズに向かって掌を向け、捕縛魔法でその体を土で捕らえた。


「アッハッハッハッ!何のつもりだ?

私より力の弱いお前が何をしようと、お前に私は捕えられん」


余裕の表情でサイモンに向かってニヤニヤと笑うジェイズは、身を捩ってそのサイモンの魔法から逃れようとする………が、身動き出来ず、サァッと顔を青くした。


「何だっ!どうして拘束が解けないっ!?

お前の術など、私には効かない筈なのにっ!」


先程の余裕など嘘のように、ジェイズは焦りを顕にしてめちゃくちゃに暴れ始めた。

だがやはり、サイモンの捕縛魔法はビクともしない。


「……お前より、私の力が下だなどと………」


サイモンが強化魔法を全身に行き渡らせる。

怒りを纏ったオーラが湯気のようにサイモンの体から溢れ出した。


サイモンはグッと拳を握ると、思い切り振りかぶり、ジェイズに向かって走り出すと、一切の容赦なくもの凄い勢いでジェイズの顔をぶん殴った。


「誰が言ったぁぁぁぁぁっ!」


「アブシッ!」


重い悲鳴を上げて、ジェイズはグワングワンと目を回した。

顔があり得ないくらいに歪み、鼻からも口からも血が吹き出し、何本か歯が飛び散った……。


魔法だけどっ!ほぼ物理っ!

何か見た目に似合わずインテリア系かと思ってたけど、やっぱり見た目通りだったぁぁぁぁぁっ!

サイモン、カッケェェェェェェッ!


プシューーッと煙を出しながら、ガクッと首を曲げるジェイズ。


「お前の犯した罪はこんなものでは無い。

大人しく捕縛されて、罪と向き合え」


地の底から響くようなサイモンの声に、私とエリオットは気付くと抱き合ってガタガタ震えていた。


どこの兄ちゃんも、大変だなぁ。

最終的には殺す勢いで去勢しなきゃいけないんだから。


………私も、兄ちゃんいるし、気を付けよう。

怒れる兄ちゃんの最終形態を目の前で見てしまい、私は恐怖で凍り付いた。



……ああ、今関係ないけど。

うちの兄ちゃん良い子にしてんのかな?

だいちゅきリゼに碌でも無い口説き方してないよな?


………なんか、いきなりもの凄く不安になってきたんだが………。


……まぁ、気のせいか。



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