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EP.196


「では、これからの動きを確認しよう。

先程ニースから、僕らの仕掛けた罠に相手がかかったと連絡があったからね。

密輸団を捕縛するチャンス到来だよ」


ワクワクした様子のエリオットに、皆で顔を見合わせた。

ローズの爺様の邸に帰ってきた私達は、会議室に集まり、これからの作戦を立てる事にしたところでの、先程のエリオットの謎の発言だ。


「実は事前にニースと武器密輸実行犯に罠を仕掛けておいたんだ。

ローズ侯爵領からの偽の発注書を発行して、奴らがそれに乗じて、北に武器を密輸出来るようにしておいたんだ。

ゴルタールの手の者を装って、彼らのいつもの手筈通り、発注書を水増ししておいたから、今回も武器を北に運ぼうとする筈だと思ってね。

まんまと罠にかかって、今武器と共に出発したらしい。

あっ、その武器も僕らが用意しておいたフェイクなんだけど、全く気付いてないみたいだから、安心してね。

10日後くらいにはここの近くに到達するから、そこでいつもの手を使い、王都に戻るフリをしてあの密輸ルートに現れる筈だよ」


ニコニコ笑うエリオットに、私は呆れた溜息をつきつつ、疑問を投げかけた。


「よくゴルタールを欺けたわね」


その私の問いに、エリオットはニッコリ良い顔でサムズアップを返してきた。


「彼、今それどころじゃないからっ!」


そりゃそうだ。

愚問だったな。

スカイヴォード家からの搾取は出来なくなったし、グェンナが捕まり、もう武器密輸も出来ない。

今頃邸で地団駄踏むのに忙しいんだろーな。


「ゴルタールの手の者を装ったソル・サイドレンにはそのままゴルタール家への間者役から外して違う任務についてもらったよ。

流石に魔族が絡んでちゃ、こちらの間者達の方が危険だからね。

皆、任を解いて教会で清浄魔法を施してもらってる。

万が一魔族に操られてる者がいては、大変だからね」


エリオットの話に皆納得して頷いた。

魔族に間者など通用しないだろうし、間者の身の安全が第一だ。

しかしそれでは、もうゴルタールの情報は入ってこなくなるなぁ。

心配気な私の表情に気付いたエリオットが、安心させるように笑った。


「大丈夫、今まで集めた情報を精査して、これからゴルタールが何をしようとするか、推測する事は出来るから」


まぁ、今はそれでも十分だな。

とにかく間者に入ってくれていた皆が無事で良かった。


「彼らの武器密輸のやり口もこれで3回目だからね。

バレるのを恐れて、そろそろやり口を変えてくるだろうと思って、実際これが最後のチャンスだったんだ。

かかってくれて助かったよ。

グェンナの事は箝口令を敷いているから、まだ北には伝わっていない。

ゴルタールも自分の失態を北に伝えたりはしないだろうし。

密輸団はいつも通りの仕事だと、疑いもせず王都を出発して行ったらしい」


ニッコニコのエリオットに、ジャンが手を上げて疑問を口にした。


「でもさ〜〜、アイツらの移動手段である魔獣はもうあそこに入って来れないぜ?

結界張っちゃったもんな」


そのジャンの疑問に、サイモンがすかさず答える。


「大丈夫です。タイミングを合わせて結界を一部解くくらいは出来ますから。

元々赤髪の魔女様の結界は、そこが他とは違って特別なんです。

まぁ、ローズ領全体を結界で覆うなんて事出来る方ですから、それくらいの特異性があっても不思議ではありませんけどね」


サイモンの言葉にジャンがほ〜〜っと感心したように声を上げた。


「それでも、ローズ領の目と鼻の先に魔獣の侵入を許すのは心配ですね。

まぁ、僕らで討伐しますが、それでもビーストマスターの存在が気になりますし」


ノワールの言っている事も尤もで、確かに不安要素は無い方が良いに決まってはいるが……。


「そうだね、でも今回彼らにはいつも通りの手筈で動いて欲しいんだ。

グェンナの弟の大型転移魔法陣にまで案内してもらったら、そこで一掃する。

って計画だからね」


エリオットの言葉に、ノワールは渋々ながら頷いた。

グェンナの弟に辿り着くには、確かにこの方法が1番だ。

私はバンバンとノワールの背中を叩き、ニカッと笑った。


「私達が居るし、ここには北の鬼人、ローズ辺境伯閣下がいんのよ?

万が一なんてある訳ないんだから、安心しなさいよ」


ノー天気な私の言葉に、ノワールがニコッと微笑んだ。


「そうだね、もしかしたらお祖父様の本気の戦闘が見られるチャンスになるかも」


ノワールがそう言った瞬間、ジャンがガタンッと椅子を鳴らして立ち上がり、興奮気味に鼻息を吹き出した。


「ままままままままま、マジかよっ!

ローズ辺境伯閣下のマジモンの戦闘っ!

うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

マージーかーよーーーーーっ!!」


おいおい、ジャンよ………。

語彙力、語彙力。

語彙力忘れてんぞ。


まぁそりゃ、ローズの爺様の本気の戦闘なんかおいそれと見れるもんじゃないからな。

ジャンがはしゃぐのも分からないでも無い、が………ふふ、ちょっとは私を見習って落ち着け?


ローズの爺様の……ガチマジの戦闘とか……お前、そりゃ……………。


うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!

滾るっ!!

見てーーーーっ!

マジ見てーーーーーーーーっ!


結局ジャンと一緒になって滾りまくる私を、呆れた顔で指差しながら、エリオットがノワールを振り返った。


「ノワール君、君、結婚してから更にイイ性格になったよね?」


「お褒め頂き光栄です、殿下」


大輪の花を背負って微笑むノワールに、エリオットは呆れたように片目を細めた。

どうやら褒めたわけでは無かったらしい。


「それじゃあ、時間はたっぷりある事だし、お客人を丁重にお迎えする準備をしようか」


ニッコリ笑うエリオットに、皆が若干ワクワクしながら頷いた。

主に、私とジャンがねっ!








ローズ辺境伯邸の、私に与えられた部屋のバルコニーから、初夏の夜空を見上げる。

この世界の空は空気が澄んでいて、星がたくさん見える。

前世では考えられないような降るような星に、吸い込まれそうになりながらボーとしていると、後ろから声をかけられ私はハッとして振り返った。


「ここは夜になるとまだ冷えるね」


そう言って私に厚手のショールをかけるエリオット。

もう一度言うが。

ここは私に与えられた部屋のバルコニー。

部屋からしかここには出られない。


「貴様、どうやって入ってきた」


胸ぐらを掴みギリギリと締め付けてやると、エリオットはワタワタと両手を振った。


「部屋に侵入したりはしてないよ!

ちょっと隠密スキルを使って、姿と気配を隠して壁伝いに」


説明されればされる程余計に納得がいかない。

ヤモリかっ!?お前はっ!


「私への軽犯罪を止めないと、いい加減然るべき処置を取らせてもらうわよ」


ペイッと掴んだ胸ぐらを放り投げながらそう通達すると、エリオットは悲しそうに瞳を潤ませた。


「酷いよ、リアったら。

僕からリアへの迷惑行為を奪ったら、もう僕には何も残らないじゃないか……」


……んっ?

ちょっと何を言っているのか分からない。

つまりアレか?

サイコパスか?

サイコパスって事でいいんだな?

純度高めのサイコパスだな?

おまわりさん、コイツです。


「……で?何しにきたのよ?」


仕方なく聞いてやると、エリオットはショールの上からスルリと私を包み込んだ。

もはやデフォになりつつあるので、抵抗する気にもならない。

やめろっ!やだモンっ!の一連の寸劇も、もはや面倒くさい。


「ちょっとリアの元気がないなぁ……って思ってね」


ギュッと私を胸の中に包み込みながら、エリオットはそう言って、頬で私の髪をスリスリしている。

言ってる事とセクハラ行為が一致していないが、抵抗する気にも(以下同)。


「元気ないってどこがよ?

私は至って健康優良児ですけど?」


意味が分からん事を言いにわざわざヤモリ化したのか、コイツは。

私が元気がないように見えるなら、それはお前への対応に疲れまくってるからだよ。


エリオットは私の頭の上に顎を乗せ、ん〜〜と何やら考え込んでいる。


「体の不調とかじゃなくてね、心が疲れてるんじゃないかな?

ニーナがリゼちゃんやグェンナにした事、また自分のせいだって、抱え込んでいない?」


エリオットの気遣うような優しい声に、私はギュッと唇を噛んだ。

直ぐにエリオットの指がその唇を撫で、私に噛むのを止めさせる。

下からエリオットを見上げると、優しく微笑みながら私の顔を覗き込んできた。


「……別に。前みたいにどうしょうもない堂々巡りなんかしてない。

アイツが何をしようと、例えそれが全て私のせいだと公言しようと、今はそれは違うと思えるわ。

………ただ、あんな風に罪の無い人間が犠牲になるのは、流石に堪える、ってだけよ」


力無い私の声は、どんどんとか細くなり、エリオットに届いているかは分からない。

だけどエリオットは一言も漏らさずしっかり聞いていたようで、哀しそうにその目を細めた。


「リアの気持ちは分かるよ。

リアは何も悪く無いのに、一方的に付き纏われて、執着されて、周りを傷つけられて……。

優しいリアはそれをまるで、自分のせいのように感じてしまうんだよね。

だけど、ニーナがもしリアに全く関係無い人間だとしても、どうせ同じような事をしているし、それをリアは許さないと思う。

彼女のやっている事とリアは切り離して考えるべきだし、彼女の犠牲者について、僕達が出来る事はその無念を晴らしてあげる事だけだから。

辛いけど、ニーナを地に還すまで、僕らは立ち止まれない。

だけどね、リアは自分の気持ちに蓋をしなくて良いんだ。

いつでも前を見て、辛かったら辛いってちゃんと言って。

せめて、僕くらいには、ね?」


そう言って私を抱く腕に力を込めるエリオット。

その力強さが、疲れ切った私に力を与えてくれるようだった。


「………そうね、今更アンタに格好つける必要も無いし。

ねぇ、エリオット、私正直まいってる。

リゼがあんな目に遭って、グェンナの家族が犠牲になって……。

私はね、ニーナと斬り合う方がよっぽど良い。

もしそれで私の方が倒されたとしても、その方が良い。

あんな風に罪の無い人間が犠牲になっていく事に、正直もう耐えられない。

師匠の計画に必要なのかもしれないけど、もうそんな事はどうでもよくて、ニーナと直接やり合って終わりにしたい………。

グェンナだって、本当は助けたいのに、それが出来なくて、私………」


ヤバい。

そう思ってグッと堪えるけれど、抑えきれない涙がボロボロと溢れてきた。

エリオットはギュウッとそんな私を胸の中に抱きしめて、優しく髪を撫でてくれた。


「………ごめんね、君にこんな思いをさせて。

僕も師匠も、まさかリアがあの魂に執着されているとは、思ってもいなかったんだ。

お陰で師匠の計画は進んだけれど、リアに辛い思いをさせてしまったね。

約束するよ、リア。

ニーナに傷つけられた魂の救済と安寧を。

必ず、神の国で彼らは安らかに過ごせる。

グェンナだって、そこに行くんだ。

家族と幸せな再会を果たせる。

あのエドワルドだって、そこに行くから。

ね?僕が必ずそうするから」


エリオットの胸でグズグスと泣きながら、私は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「……なんでアンタにそんな事……」


そう言った瞬間、エリオットの背景になっている夜空に、流れ星がキラキラと何個も流れた。

エリオットの淡い金の髪が、星々の光の粒子が降りかかったように神秘的に煌めく。

まるで神聖な光のヴェールを纏ったようなエリオットの神々しい姿に、私は慌てて自分の目をゴシゴシと擦った。


少ししてから、恐る恐るエリオットを見上げると、先程の姿が嘘のようないつものエリオットだった。


何だったんだ、今の?

ポカンとしてエリオットを見上げる私に、エリオットはクスクスと笑った。


「どうかした?リア」


楽しげなエリオットの顔をホヘーっと眺めながら、自分の涙が止まっている事に気付いて、気恥ずかしさにポスッとエリオットの胸にまた顔を埋めた。


「アンタ、神様にでもなったつもり?」


恥ずかしさに顔を上げられない私の頭の上から、エリオットのクスクス笑いが聞こえる。


「残念ながら、神様になった事はまだないなぁ。

大変そうだし、なりたいとも思わないかな」


いや、お前が神様の世界とか、私の生きる場所が無いわ。

どこにも逃げられないじゃねーかっ!

いや、今もそんな変わらないけどな……。


改めて考えてみると、私って可哀想じゃない?

シャカシャカだけじゃなくて、コイツにまで執着されて、追いかけ回されてさぁ。

まぁコイツは周りに害が無いだけ、マシだが。

私が何したってんだよ、チクショーッ!


エリオットの胸の中でブウたれていると、髪に柔らかいものが押し付けられた感触がして、私はゆっくりと顔を上げた。

性懲りも無く髪にキスなどしおってからに。

そんなにお空の星の一つになりたいらしい。


顔を上げてエリオットを見上げると、愛おしそうに私を見つめる瞳と真っ直ぐに見つめ合う形になってしまった。

溢れ出しそうな、私への感情がそこで揺らめいている。

何故か目が離せなくて、ボゥっと見つめ返す私の頬をエリオットが優しく、壊れ物を扱うように包んで、ゆっくりと顔を傾けた。

エリオットの唇が、瞼に触れて、おでこに、頬に、鼻に、優しく口づけていく。

少しくすぐったくて、小さく身を捩ると、エリオットは私から顔を離し、髪を優しく撫でた。


「君は僕が守るよ、リア。

………誰よりも、君を愛してる」


私への想いを溢れさせているその瞳から、目が逸せない。

ただ真っ直ぐにお互いを見つめあって、自然に顔と顔が吸い寄せられていく。

エリオットが薄く瞼を閉じて、顔を傾け、自然に私達の唇が近付いていった………。






ベシッ!

寸でのところでエリオットの口を片手で押さえ、私は冷や汗をドッと吹き出した。


あ、あ、あ、あ、あっぶねーーーーーーっ!

危なかった今っ!

私の口がサイコパス付きまとい野郎に奪われる5秒前だったわっ!今っ!


ドッドッドッと激しく叩き鳴る胸を押さえて、自分の神回避能力に心から感謝していると………。


ペロッ。


もはやお約束の如く、エリオットが当たり前のように私の掌を舐めた….……。


「そーゆーとこなんだラァっ!」


秒で身体強化した私の拳が、エリオットの顎を貫き、エリオットはピューンッ!と夜空に消えていった。


動揺し過ぎてちょっと噛んじゃったじゃねーかっ!


火照った頬を両手で押さえて、早鐘のように鳴る胸の鼓動にクラクラと目を回す。

酸素……酸素が足りない………。


なんか……吸い込まれるようにエリオットの唇に…………私まで………。


あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーーーーーっ!!


ちっがーーーーーうっ!

あり得ないっ!

そんなのっ、あり得ないっ!

私は認めんっ!

ずぇぇぇぇぇぇぇぇったいにっ!

認めんぞーーーーっ!!!




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