EP.195
さて、遊んでばかりはいられない。
さっさと北の密輸ルートをぶっ潰しに行かねば。
若干まだ髪の毛が焦げてるエリオットと、電気ショックで元の馬鹿に戻ったジャンを引き連れ、ローズ侯爵領に駐在しているルパートさんの案内で例の北の密輸ルートに向かった。
そういや、何だかんだとルパートさんはもう1年半くらいローズ侯爵領に派遣されたままなんだが、大丈夫なんだろうか?
何か、心なしか体が一回りデカくなってる気もするし………。
「良いよなぁ、ルパートの兄貴は。
ローズ辺境伯閣下直々に鍛えて貰えてさぁ。
ガタイもすげー良い感じになってんじゃん」
無事アホに戻ったジャンが、ルパートさんを羨ましそうに見ながらそう言うと、ルパートさんは鼻の頭を掻きながら、照れたように答えた。
「そ、そうか?まぁ、確かに、閣下の訓練は実に有意義だな。
この地ならではのトレーニング方法があるから、お前も時間があれば参加していけば良い」
「あ、兄貴っ!」
ひしっとルパートさんに抱き付くジャン。
ってかお前らいつの間にそんな仲良くなってたの?
普通に兄貴呼びしてるけど、そんなもんあの腐暴食の悪魔、ベルゼブブマリーに見つかったら大変な事になるぞ?
【兄貴と慕っていた先輩騎士が狙っていたのはヤンチャな後輩の俺ってマジでっ!?】
的なタイトルから始まるアレコレにされちゃうけど、良いんだな?
まぁ、良いか。
カシャカシャカシャカシャッ!
とりあえず記録水晶で連写しといたから、ウルスラ先生の次回作に期待してくれよなっ!
「そろそろだな」
声を潜めるルパートさんに応えるように、エリオットが皆に隠密スキルを発動させる。
姿が消えるだけじゃ無く、気配や声まで消せる便利なやつだ。
私達一行が辿り着いたのは、ローズ侯爵領の最北の場所。
そこは王国と北の大国の境目が曖昧な場所だった。
何故かというと、一面険しい山々と切り立った崖に囲まれた、人が住めないような場所だからだ。
その峡谷の下から、崖を見上げる。
上にはとてもではないが登れそうに無い。
この場所だって、私達の浮遊魔法が無ければ到達も出来なかっただろう。
ちなみに、私達は師匠に扱かれて浮遊魔法なら使えるようになっているが、飛行魔法は速度が劣る。
この辺の魔法は最上位魔法になるので、あんなマッハとかでビュンビュン飛び回れるのは師匠とクラウスくらいのもんだ。
私達の中で1番得意なのは、風属性のある私とレオネルだけど、飛行魔法は些細な感情によって直ぐに平衡が崩れる。
そんな訳で、どっちかっていうとレオネルの方が飛行の腕は上。
更にレオネルは浮遊魔法を使用している人間の飛行を手助けするのも得意。
私にも出来る筈なのだが、誰も私には頼んでこない、何でだ?
今回は、私、ノワール、ジャン、ルパートさん、サイモン、それに5人の騎士ってメンバー(ちなみに皆浮遊魔法習得済み)だから、エリオットのいつもの便利なスキルでビューンと飛んできた訳だ。
ヘイ、エリオット、皆を渓谷まで運んで、ってお願いしたら、ワカリマシタ、って答える便利なやつね。
本当に、エリオットの使い道などこれくらいなのだから、ニースさんの今回の人選は的確だったなぁ。
「それにしても、こんな場所にどうやって武器を運び込んだと言うんだろう?」
ノワールの疑問に応えるように、ルパートさんがチョイチョイと指で手招きする。
「こっちだ」
ルパートさんの誘導で渓谷の上に上がり、崖の上にからまた下に降る。
その先にとてもでは無いが人が踏み入れる事の出来ないような険しい山。
木々の枝がビッチリ生い茂った中を、私達は保護結界を張って押し進んだ。
騎士達は散開して、辺りの警戒任務につく。
その先に、木々が薙ぎ倒され、一本の太い道が出来上がっている空間が現れた。
「何これっ!こんなの、どうやって?」
驚愕する私に、ルパートさんが地面にしゃがみ、そこを指差した。
そこにはどデカい魔獣らしき足跡が………。
「まさか……魔獣を使ってっ!?」
目を見開く私の隣で、エリオットが顎に手をやり静かに頷いている。
「なるほどね、確かに北は魔獣や魔物の宝庫だ。
馬感覚で使っちゃってるって事かな?」
アホかっ!んな訳あるかって!
っとツッコミたい所だが………。
無理やりに薙ぎ倒された太い木々。
そこに出来た広い道。
転々と規則正しく続く魔獣のものらしい足跡………。
「北の大国には、魔獣を使役する者がいるようですね」
サイモンの言葉に、私はガックリ肩を落とした。
確かに、サイモンの言うように、導き出される答えはそれしかない。
北にはビーストマスターがいる。
それも複数、またはかなりの手練れ。
「ここは師匠の結界の外だからね、魔獣を使えば武器を運ぶのも容易かっただろう。
けど、問題はここからだ。
山々や崖、渓谷を越えなければ北には辿り着けない。
さて、それをどうやって解決しているのか、というと」
続きを促すように、エリオットがチラリとサイモンを見ると、サイモンは溜息をつきながらそのエリオットに答えた。
「そこからは、私の弟が転移魔法で移動させているんでしょうな。
流石に魔獣に積んで飛んで運ばせては、目立ち過ぎます」
理解の早いサイモンに、エリオットはにっこり微笑んだ。
「さて、僕らがやる事は二つ。
一つはサイモンの弟を捕縛する事。
二つ目は、この密輸ルートを完全に封鎖する事」
「はい、先生っ!」
「なんだい?シシリア君」
元気に手を上げた私を、エリオットがニコニコとピッと指差した。
「北と先生ごと吹っ飛ばせば良いと思いますっ!」
私の最適解に、エリオットはルーっと涙を流しながら、腰に手を当て遥か彼方を仰ぎ見た。
「先生は………吹っ飛ばしちゃいけません、シシリア君」
優しく諭すようにノワールに言われて、私はチッと舌打ちをした。
「んで、完全に封鎖って、どうやんの?」
空気を読まないジャン(いや、ある意味空気を誰よりも読んでいる?)が、肩を上げてそう聞くと、エリオットはう〜んと首を捻った。
「そうだねぇ。サイモンの弟を捕縛して、転移魔法陣を壊せば、もう秘密裏にこちらに渡っては来れなくはなるね。
でも、それじゃあ………」
エリオットの言葉の続きを、ルパートさんが無表情で答えた。
「それと魔獣を使って攻めてくるのは別だな。
コソコソとする必要は無いのだから、あの山を超えて、平気で攻めてくるだろう」
ルパートさんの言葉に皆がシーンと静まり返った。
北にビーストマスターがいる事実が分かった以上、今までのように小馬鹿にもしていられない。
一気に北への警戒レベルが爆上がりしてしまったのだから。
「まぁ、結局は師匠にこの辺も結界を張ってもらうしか無いだろうね。
ただ………運悪く今師匠は魔力の温存期に入っていてね。
今までのように簡単には頼めない状況なんだよ」
困ったように眉を下げるエリオット。
何あの人、冬眠中なの?
やっぱり人じゃ無くて熊とかの類だったって訳?
ん〜〜?と首を傾げる私に、エリオットは申し訳無さそうに笑った。
あ〜〜、コイツのこの顔にはもう慣れっこだわ。
またアレだな、まだ話せない案件だな。
仕方ねーなと頭をガシガシ掻いていると、考え込んでいたサイモンが、ふむと小さく頷いて口を開く。
「ベースの結界だけ張って頂ければ、後は私が補強出来ると思います」
サイモンのその言葉に、皆が一気にサイモンを期待の篭った目で振り返った。
「ただ、私ではこの規模の結界には魔力が少し足りないかもしれません。
遠隔でもいいので、誰か魔力を供給する手助けを頂ければ」
サイモンがそう言った瞬間、皆の頭にピコンと1人の人物が思い浮かんだのは言うまでも無い。
うちには便利な魔力供給機がいるでは無いか。
それこそ、魔王たる魔力の持ち主が。
「それなら僕の弟が打ってつけだね」
ニッコリ笑うエリオットに、皆が同時に頷いた。
どうせ日がな一日キティにウザ絡みして、有り余る魔力を腐らせてるだけなんだから、こんな時に有効に使わんでどうする。
なぁ、クラウスさんよぉ。
「弟………第二王子殿下の事ですかっ!?
そんな、恐れ多い………」
恐縮するサイモンの背中を私がバンバンと叩いた。
「アレは無駄に魔力を腐らせてるだけの引き篭もりだから、使えば良いのよ、いくらでも」
「王族の使い方、間違ってんぞ」
私の言葉にすかさずツッコミを入れるジャンだが、自分だって便利な魔力供給機としてクラウスを使う気満々な顔をしているじゃねーか。
「それにしても、サイモンって凄いわね。
師匠のあの複雑な魔法術式を理解出来るって事よね?」
私の素直な賞賛に、サイモンは少し照れたような顔をした。
あっ、イケオジの照れ顔だ………眼福。
「私が帝国の魔道士庁に所属していた頃は、赤髪の魔女様の魔法術式を研究していましたから。
魔道士庁や魔術師庁に所属している者には、魔女様の許可した術式のみ公開されるんです。
皆盛んに研究していましたよ。
私もその1人でしたが、実は魔女様に、研究認定を頂き、閲覧不可魔法も研究する許可を頂いていました………」
えっ!
やっぱりサイモン凄ぇっ!
あの師匠に認められてた国家魔道士だったんだっ!
超エリートじゃんっ!
それが今ではギルドのフリー魔法師なんだから、人生って分かんねーな。
「ですが、術式を理解する事と構築する事は別です。
魔女様の術式を再現する事は私には出来ませんが、今回は魔女様自ら結界を構築頂けるのですから、私はそれを補強するだけです」
謙虚なサイモンの言葉に、皆がいやいやと手を顔の前で振った。
それでも十分凄いのだが。
師匠の術式を完全に理解してないと、絶対に出来ない事じゃん。
マジのガチで、誰にでも出来る事じゃない。
「今回君がいてくれて、本当に助かったよ、サイモン」
穏やかに微笑みながらサイモンの肩を叩くエリオットから、出発前に私と2人きりが良いと駄々をこねていた面影など微塵も感じられない。
危うくニースさんに凍死させられそうになった恨み、私は忘れてないからな………。
私から発される黒い怨念を感じたのか、エリオットはブルリとその身を震わせていた。
「なるほどのぅ、北の奴ら、とうとうビーストマスターまで………。
一体どうやって見つけたのやら。
………いや、造りおったか………?
どちらにしても、ちと厄介じゃな。
事情は分かった、今からその辺一体に結界を張る。
但し、皆エリオットから聞いた通り、私は今魔力を温存しなけりゃならん。
基礎しか引けんが、あとは頼めるか、サイモン」
私の遠隔通話妖精、シシーと繋がっている師匠(映像会話)に、サイモンが深く頷いた。
「赤髪の魔女様の魔法に触れさせて頂くなど、畏れ多い事ですが、最善を尽くします」
サイモンの返答に、師匠がフォッフォッと笑った。
「なに、サイモンなら簡単であろう。
クラウス坊やが魔力供給してくれるなら、魔力量も問題無い。
信頼しているよ、サイモン」
ニコニコ笑う師匠に、サイモンは恐縮しきりだった。
2人は既に顔見知りらしく、師匠はサイモンの顔を見た瞬間、懐かしそうに顔を輝かせた。
サイモンが名を名乗ると少し寂しそうにしていたから、サイモンが魔道士庁を去った理由や、元の名前を捨てた経緯も全て知っているのだろう。
やはりサイモンは、帝国の魔道士庁の中でも、師匠に認められた凄い魔道士だったようだ。
「さて、懐かしい顔を見ている間に結界の基礎を引いたからね、後はよろしく頼むよ」
いつの間にっ!
相変わらず仕事が一瞬過ぎて、訳が分からないっ!
師匠はよっぽど忙しいのか、それだけ言って通信を切ってしまった。
でも最後に、名残惜しそうにサイモンの顔を一瞬見つめてはいたけど。
「さて、始めようか」
ニッコリ笑うエリオットは、テレーゼの発明品である、空間と空間を繋ぐ簡易ゲートの輪っかをポンと宙に放り投げた。
輪っかが掛け鏡くらいの大きさに変わり、そこにクラウスが顔を現す。
「忙しいから、さっさと終わらせろ」
お前が忙しいのはキティの事だけだし、たぶん絶対王国の危機レベルじゃ無いと皆が思う中、クラウスはサイモンに向かって掌を向けた。
クラウスから魔力を受け取ったサイモンは、師匠の引いた結界に向かって両手を広げ、そこを補強していく。
薄い膜のようだった結界が虹色に輝き、どんどんと強化されていく。
本当に師匠の結界を完成させていくサイモンに、私達は驚愕に目を見開いた。
数十分程で結界は完成してしまい、改めてサイモンという魔法師の凄さに、皆が平伏する思いだった。
「もういいか、俺は魔力を手加減して流すのに疲れたから、もう行くぞ」
偉そうな引き篭もり1人を除いて………。
「ありがとう、クラウス」
ニッコリ笑うエリオットの顔など既に見ていないクラウスは、サッサと簡易ゲートの前から居なくなってしまった。
あいつのアレは、病気か?
キティからちょっと離れただけで、途端に不機嫌&無愛想になる、アレ。
そうか病気か、なるほど。
つける薬は?
えっ?無い?
………あ〜〜そっかぁ………。
めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
クラウスの態度にゲンナリしていると、エリオットがサイモンの完成させた結界を眺めながら、フッと口角を上げた。
「さて、次は君の弟の番だ。
………覚悟はできているかい、サイモン」
チラリと横目で見られて、サイモンはゼェゼェと肩で息をしながら、コクリと頷いた。
「………はい、それならもう、とっくに出来ています」
決意の篭ったサイモンの目を見て、エリオットは満足げに頷いた。
そうだ、サイモンは、因縁の相手、実の弟と決着をつける為、ここまで来たんだよな。
一度は弟から逃げたサイモン。
臆病風を吹かした自分が、グェンナの手助けで帝国から逃げた、みたいに言っていたが、本当にそうだろうか?
目の前の結界を見事に張り切ったような魔法師が、本当に臆病風を吹かせたのだろうか。
だとしたら、サイモンの弟は、彼を超える実力の持ち主という事になる。
………そんな人間が、北に加担しているなら、脅威はビーストマスターだけでは無くなる。
サイモンの弟は、必ずここで捕縛する必要がある。
何があっても……。
だけど、実の兄弟で争う事になってしまう事が、私には気になって仕方なかった。
和解とまではいかなくとも、せめて大人しくサイモンに捕縛されてくれればいいのだが………。
サイモンから話を聞いた限りでは、そんな簡単にはいきそうにも無い。
争わせたくはないんだけどな………。
つい先程サイモンが張ってくれた結界を眺め、私は小さな溜息をついた。




