EP.194
サイモンの言葉に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
転移魔法のみとはいえ、師匠に近い規模の魔法陣を組める人間が、他に2人もいたなんて。
「……私は元々、帝国の魔導士庁に所属していました。
平民出身でしたが、魔力量の高さと魔法陣の構築の才を見込まれて、魔導士庁にスカウトされたのです。
弟も同じ経緯で、魔導士庁に勤めていました。
出世欲の無い私とは違い、弟はそこで権力を求めました。
ライバルを蹴落とし、次々と出世していく弟は、私から見ると権力に取り憑かれた化け物のようで………。
弟のやり方はあまりに卑劣で、敵も多かった。
私はいつもそれだけが気がかりでしたが、どうしてやる事も出来ず………。
当時の魔道士庁長官が急死し、新しい長官が選ばれる事になり、そこで選ばれたのが、よりにもよって、私だった………。
長官の死には不明な点が多く、皆口には出さないが弟を疑っていたのでしょう。
私は、私が長官に選ばれた時の、弟の憤怒に駆られた表情を忘れられません………」
膝の上で服をギュッと握り、俯くサイモンにグェンナが優しく肩をポンポンと叩き、サイモンは顔を上げるとグエンナに向かって泣きそうな笑いを浮かべた。
「私は、このままでは弟に殺される、とそう思いました。
たかだか魔道士庁長官になるくらいで殺されるなどと馬鹿らしい、どうせ私が選ばれた理由も、実の兄であれば弟も手を出さないだろう、という、そんな浅はかな理由だったに違いありません。
だが、私には分かっていた、あの弟に兄弟の情など無いという事を……。
むしろ実の兄だからこそ、アイツは許さないだろうと。
このままでは弟に本当に殺される、そう悩んでいた時、私に手を差し出してくれたのが、グェンナでした。
魔道具の買い付けに、魔術師庁によく来ていたグェンナを、度々転移魔法で王国に送るのが魔道士庁に務める私の役目でもありました。
グェンナと商会の人間を、大量の荷物ごと転移出来るのは、私くらいでしたから」
サイモンの話に、私はふと疑問を抱き、ハイッと思わず元気に手を上げた。
「サイモン側から巨大魔法陣で転移出来ても、こちら側でその規模の転移を受け取る魔道士がいないんじゃない?」
私の純粋な問いに、サイモンは照れたように頭を掻いた。
「私は1人で転移させる事が可能なんです。
転移先に魔道士がいなくても、転移させられるのです」
サイモンの答えに、私はカッと目を見開いた。
そんな人間、私は師匠しか知らないっ!
流石帝国っ!スゲー人材がいるもんだっ!
「まぁ、そんな縁で仲良くなったグェンナが、私の窮地に手を差し伸べてくれたのです。
私は名を捨て、唯のサイモンとしてギルドの魔法師として登録し、グェンナが私を雇う形で帝国を去りました。
その後、弟は魔道士庁長官となりましたが、人の上に立つには非道過ぎた……。
弟に対して魔道士達のクーデターが起き、命からがら帝国から抜け出したと、そんな話を最後に、弟の消息は掴めないままでしたが………」
そこで言葉を切るサイモンに、エリオットが顎に手をやり、キラリとその目を光らせた。
「その弟が、王国から北に武器を流す手助けをしている、という訳か………」
エリオットの呟きに、サイモンは静かに頷いた。
「はい、まず間違いないでしょう。
その規模の魔法陣を構築出来るのは、赤髪の魔女様を除けば、私と弟くらいのものです」
スゲー兄弟がいたもんだ。
しかし、サイモンの弟がエグすぎる。
己が権力の為なら、実の兄さえ害そうとするとか、どんだけ病んでんだよ。
人を陥れてまで手に入れたトップの座さえ、一瞬で追い出されて、一体何がしたかったのか………。
「じゃあ、その弟も1人で大型転移魔法が使えるのね?」
私の問いに、サイモンはビクッと身体を震わせ、辛そうに頭を振った。
「……いえ、弟は、確かに転移先に魔道士などの存在は必要ありませんが……私と違って、転移先に同等の魔力を必要とします。
つまり、膨大な魔力を持つ何かを犠牲にして、武器や人を転移させている事になる………。
私はそれが何なのか、そこが気になっているのです。
それで今回同行を願い出た訳です」
サイモンの言葉に、私もエリオットもゾッと背筋を凍らせた。
つまり、サイモンの弟は転移魔法の為に、何かを捧げている、という事だ。
それ程の規模の魔法を受け入れるには、それ相応の犠牲が必要になるだろう。
それが何なのか、サイモンの言う通り、確かめない訳にはいかない………。
「分かった、君の同行を認めよう」
エリオットの返答に、サイモンは申し訳無さそうに深々と頭を下げた。
「それじゃ、言ってくるわね」
サイモンの構築した、巨大転移魔法陣の上から、私は皆に手を振った。
せっかくなんで、サイモンの転移魔法でローズ侯爵領に行きたいと言い出したのは、もちろん、私。
だって、気になるじゃんっ!
サイモンの巨大転移魔法。
一度は経験しとかないと損でっせ。
そんな私の我儘を快く受け入れてくれたサイモンは、転移先の座標を入念に確認している最中だった。
今回は内密の作戦とはいえ、王太子であるエリオット自ら赴くので、護衛の騎士や兵士が20人ほど随行する。
メンバーにはノワールやジャンも含まれていた。
私の側近からは、ゲオルグとエリクエリー。
ユランは相変わらずお留守番だ。
まだ学生だし、ぶっちゃけ生徒会の方を任せないとマジヤバい。
「シシリア様、どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」
祈るように手を胸の前で組むリゼに、私はヘラっと笑った。
「大丈夫よ、サクッと行ってサクッと解決してサクッと帰ってくるから。
それより生徒会の方をお願いね」
両手を顔の前で合わせて拝む私に、リゼは真面目な顔で答える。
「もちろんです。私にお任せ下さい。
こちらの事は心配なさらず、シシリア様はお務めを無事に終えられてきて下さいませ」
流石(私の中で)お嫁さん候補No.1のリゼ。
お見送りでさえ完璧だ。
そのリゼの隣で、口を手で覆い、ニヤつく口元を必死で隠そうとしているレオネルが気になって仕方ないが。
まぁ、私がいない間にリゼに何か出来るようなレオネルなら、2人の関係も今頃こんなに拗れてはいない筈なので、大丈夫だろうけど。
「シシリィ、お祖父様にキティがよろしく言っていたと、必ずお伝えしてね」
キティの言葉に、私は思わずスンとする。
分かったよ、邸に引き篭もっていて会いにも行かず、邸からクラウスに引き摺り出されたと思ったら、今度は王子宮に閉じ込められて、やっぱり碌に会いにも行かないつれない孫が、婚約者に抱き抱えられながら、よろしくって言ってたって、伝えとくから安心しろ?
ニヤッと笑う私に、キティは嫌な予感でもしたのか、ビクッと体を震わせていた。
「じゃ、サクサクサクッと帰ってくるから、後よろしく」
テキトーな私の挨拶にリゼは深々頭を下げ、レオネルは眉間に皺を寄せ、溜息をついている。
キティはクラウスに抱き抱えられながら、顔を引き攣らせて手を振っていた。
さて、何だかんだと久しぶりのローズ侯爵領にレッツゴー。
サイモンの転移魔法が発動して、私達はあっという間に王宮からローズ侯爵領の邸に転移した。
………凄い。
本当にこの数の人間と荷物をたった1人で転移させちまった。
改めてサイモンを畏敬の念を込め見つめていると、後ろから野太い声が聞こえてきた。
「ほぅ、事前に聞いてはいたが、大したもんじゃ」
その声に振り返ると、そこにこの邸、いや砦城の主、ローズ辺境伯の姿があった。
ちなみに、久しぶり過ぎて忘れてる人もいるかもしれないけれど、キティとノワールの爺ちゃんだ。
「ローズの爺様っ!久しぶりっ!」
私はそのぶっとい腕に飛び付くと、ブラ〜ンとぶら下がる。
「シシリア〜、久しぶりじゃな。
また大きくなったか?
随分お転婆に暴れ回っておると聞いたぞ?」
ガッハッハッと巨体を揺らして笑うローズの爺様。
流石、この辺境にいても情報に遅れは無いらしい。
最強と謳われるには、力だけでは無理だという事だ。
「お祖父様、テレーゼとの婚姻の際のお祝いの品々、改めてありがとうございました」
ニッコリ優美に微笑むノワールが、実の孫だとは誰も思わないだろう。
しかし、未だ軍神と恐れられるローズの爺様の血は、しっかりノワールにも流れていると思う。
強さだけで言えば、ノワールもかなりのとこまできてるもんな。
「おおっ!ノワールッ!儂の可愛い孫よっ!
大事な孫の婚姻式にも行けず、未だ孫嫁にも会えずにいる爺を許しておくれ。
それもこれも、あの鬱陶しい北のせいじゃ。
本当に、さっさと滅してやりたいわい」
この人が本気で北を攻めたら、絶対に師匠まで出張ってくる。
そうなったら大決戦必須。
マジでこの人がちょこちょこした小競り合いを長年続けてくれている事に、北はもっと感謝した方が良いと思う。
この世代、鬼のように血気盛んなんだよなぁ……。
陛下即位の際、爺様もゴルタール家とかなりやり合ったらしいけど、それでもまだしぶとく生き残っているゴルタール家ってある意味凄いのかもしれない………。
「ところで、そこの魔法師、サイモンと言ったか?
お主、儂の所で働く気はないか?」
ローズの爺様がいきなりサイモンをリクルートし始めて、私達はちょっと目を見開き動揺を隠せなかった。
……実は、このゴタゴタが終わったら、うちの私兵団もサイモンを狙っていたからだ。
更に宮廷の魔道士庁だって黙っていない筈だ。
サイモンに王国民としての資格を発行して、魔道士庁にスカウトするつもり満々だったと思う。
「……そうですね、帝国のギルド所属の私を雇って頂けるなら、喜んでこちらで働きましょう。
それと私の弟子を2人、一緒に雇って頂けるなら」
サイモンの素早い判断に、私は内心地団駄を踏んだ。
えーっ、うちに欲しかったぁっ!
ローズの爺様、ずっちいなぁっ!
ブーっとブウたれる私の頭をポンポンと叩き、ローズの爺様はニヤリと笑った。
「お主の所は、うちの孫嫁が発明した便利な魔道具がある筈じゃて。
欲をかくのはいかんなぁ」
ローズの爺様の言葉に、私はギクリと体を揺らした。
ちっ、テレーゼの発明した空間と空間を繋ぐ簡易ゲートの事まで知っているとは。
一線を退き辺境に引っ込んで尚、宮廷の事など筒抜けって事か。
マジで抜け目ないなぁ、じっ様。
「良かろう、あくまで帝国のギルド所属の魔法師として、お主と弟子2人を我がローズ侯爵領で雇おう。
今より良い金も払ってやるゆえ、安心せい」
ローズ侯爵の言葉に、サイモンは深々と頭を下げたまま口を開いた。
「ただし、グェンナの行く末を見守ってからでもよろしいでしょうか?」
サイモンの意思のこもった声に、ローズの爺様はうむと頷いた。
「当然、それで良い。お主にとってグェンナは恩人であり、友であるのだろう?
友の最後の勇姿、しかとその目で見守ってやると良い」
……全く、どこまで知っているのやら。
この辺境に居ながら、グェンナとサイモンの関係まで調べ上げているとは………。
だからこの世代はヤバいんだよなぁ。
私達が上の世代から、ゆとり世代とか言われる所以が分かる気がする。
なんかもう、スペックが違うんだよなぁ、色々と。
「ローズ辺境伯閣下、サイモンのスカウトも良いのですが、早速で申し訳無いけれど、北の密輸ルートを実際に見に行っても?」
エリオットが横から口を出し、ローズの爺様はニヤリと笑った。
「殿下、早急な男はモテませんぞ?
貴方も良い加減、腰を据えねばならんというのに」
髭面大男にそっち方面をアドバイスされたエリオットは、ヒョイと肩を上げ、ハァッと溜息をついた。
「僕ほど気長な男はいないと思うけどねぇ?」
困ったように眉を下げるエリオットに、ローズの爺様が大口を開けてガッハッハッと笑う。
「確かに、悠長過ぎるのも良くないな。
相手が相手だけに、エリオット様もご苦労が絶えんでしょうな」
ガッハッハッ、ガッハッハッと笑うローズの爺様………。
なんか凄いイラッとするのは気のせいだろうか?
否、苛ついて然る場面だな、これは。
何か私をネタに2人でニヤニヤガハハしてるの、いくら私でも分かるぞ?
そんならアレだな、この2人はこうだな。
ジリジリと2人から距離を取り、私は2人目掛けて両手を広げた。
「ファイアートルネードッ!」
炎の竜巻が一直線に2人を襲う。
「ウォーターウォールッ!」
慌てたノワールが素早く水の壁で2人を覆い、私の攻撃を相殺させた。
….ちっ、邪魔しやがって。
「シシリア〜〜、酷いじゃないか〜〜。
儂、髭がちょこっと焦げちゃったぞい」
とはいえ少しは攻撃が届いていたらしい。
ローズの爺様は焦げた髭を指で摘んでトホホと情け無い顔をしている。
「本当だよ〜〜、僕もちょこっと焦げちゃったよ?」
こっちはちょこっとどころじゃ無く、顔が真っ黒に煤けて、頭がアフロに爆発している。
「で、で、殿下ーーーーっ!!」
随行していた騎士達が悲鳴を上げる中、ノワールが溜息をつきながら片手で頭を押さえ、もう片方の手をエリオットの方に向けた。
「ヒールウォーター」
回復魔法をエリオットにかけてやる親切なノワールに、私はまたしてもチッと舌打ちをした。
「ガッハッハッ、シシリアは相変わらずお転婆じゃのう」
大口を開けて笑うローズの爺様に、エリオットがポッと頬を染める。
「可愛いでしょ?そんな所がもうっ、僕がリアから離れられないとこなんだよね」
うふふっと笑うエリオットに、私は無言で両手を広げて向けた。
「ファイアー………」
「もう、やめなさいっ!」
後ろからジャンにガシッと肩を掴まれ、私は不満げにチィィッと舌打ちをした。
アイツをこのまま北と共に滅してやれば、世界は輝きを取り戻すというのにっ!
お前には何故それが分からんっ!ジャンッ!
「あのな、ここで上級魔法をバンバンぶっ放したら、皆さんに迷惑かけちゃうでしょ?
お前も良い加減、子供じゃないんだから、その辺の分別を弁えなさいよ」
ハッハッハッハッと年上ぶって諭してくるジャンに、私は至近距離で片手を広げ、ボソッと呟いた。
「サンダーショック」
「アババババババババババッ!」
小規模の雷を受けて、ガクガクと痙攣しながら白目を剥くジャン。
「シシリア、めっ!」
ノワールが慌ててこちらに駆け寄ってきて、ジャンに回復魔法をかけてやっている。
「ガッハッハッ、お転婆さんめぇ」
「ふふふ、可愛いなぁ」
エリオットとローズの爺様が微笑ましそうにこちらを見ているが、私はこの隠密作戦中に必ず奴を亡き者にしようと心に決めた………。




