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EP.192


エリオットの発言で勢いを失ったゴルタールを追い込むように、更にニースさんが間髪入れず口を開いた。


「先程殿下が仰った、エリクサーの材料。

これが正に、長年ゴルタール家がスカイヴォード家を支配してきたカラクリそのものです。

研究一辺倒のスカイヴォード家では、商家のグェンナとの繋がりが持てなかった。

ポーションの材料は王国内で賄えますが、エリクサーの材料は、大陸を越えた、東大陸にしか存在しません。

故に、スカイヴォード家はゴルタール家に頼り、グェンナ商会に依頼して材料を揃えるしか無かったのです。

この事により、スカイヴォード家はゴルタール家の支配下から逃れられない状態にあったと、推測されます」


ニースさんの言葉に、今までゴルタールとスカイヴォード家の関係を勘違いしていた貴族達がにわかに騒めき出す。


「スカイヴォード家はゴルタール家の縁戚が何かだと思っていたが」


「こちらの資料にはそのような事実は無いとハッキリ書かれていますね」


「スカイヴォード家はどこの派閥にも与していないようだな」


「つまり、貴族派という訳でも無かったのか」


「先程、ゴルタール公爵は支援と言っていたが、この数字を見る限り、支援というより他家門の利益を不当に搾取してきたようにしか見えないが………」


「ゴルタール家に属している訳では、無かったのか……」


「明らかな他家門への、越権行為ですな」


「それどころか、ポーション関連の国からの支払いを横領している事になるのですから、これは大問題ですよ………」


ザワザワと騒つく議会場。

ゴルタールは流石に顔を真っ赤にして、バァンッと両手で机を激しく叩いた。


「儂は国との交渉さえまともに出来ないスカイヴォード家の代理として、ポーション取引に関わってやっているだけだっ!

グェンナ商会との取引も、全て代わりに行ってきたというのに、何を言うっ!

恩知らずで恥知らずなスカイヴォード家を庇うなら、我がゴルタール公爵家の名誉を賭けて争ってやると、スカイヴォード家に伝えるといいっ!」


そう啖呵を切るゴルタールに、エリオットとニースさんが密かにニヤリと笑い合った。

今までのゴルタールなら、こんな感情的になって場を荒らす事などあり得なかった。

いよいよ尻に火がついて、余裕を無くしているのは火を見るより明らか。

やっとここまで追い込んだと、私達も内心ほくそ笑みながら、事の成り行きを見守った。



「では、ご本人に直接そう言われれば良いでしょう」


周りを凍り付かせるようなニースさんの冷たい声に、ゴルタールが虚を突かれたようなマヌケ面になる。


議会場の扉が開き、そこにスカイヴォード伯爵が姿を現した。

見るからに栄養の行き渡っていないその容貌は、実は研究に没頭するあまり健康面を蔑ろにしている本人の責任の部分が大きいのだが、先程までゴルタールに搾取され続けている事を話していたものだから、議会に出席している貴族達の目には、スカイヴォード伯爵家がそこまで困窮しているのかと映る事だろう。


歳の割に丸まった背中で、スカイヴォード伯爵が議会場に入ってくると、貴族達が一様に憐憫の目を彼に向けた。


「よく来たな、スカイヴォード伯爵。

このような公の場に足を運んでくれるとは、思わなかった」


引き続き、王太子殿下(議会バージョン)のエリオットが、自然な動作でスカイヴォード伯爵を私達の近くに座らせた。

先手を取られたゴルタールはギリギリと奥歯を噛み締めながらこちらを睨んできている。

まさかスカイヴォード伯爵が議会に顔を出すとは思いもしていなかったのだろう……マヌケめ。


「はい、そうですね。

我が家は代々、公の場に顔を出す事を、ゴルタール公爵家より厳しく禁じられてきましたから。

まぁ、禁じられずとも、研究で忙しく社交界などに顔を出す暇も無く、それを気にしてこなかった我々も悪かったのです。

まさか我がスカイヴォード家が、ゴルタール家の配下だと、皆さんに誤解されているとは、思いもしていませんでした」


抑揚の無いスカイヴォード伯爵の言葉に、また議会場が騒つく。


「では、貴殿の家門はゴルタール家と特別な絆などで結ばれている訳では無いのだな?」


間髪入れずに問いかけるエリオットに、スカイヴォード伯爵はコクリと頷く。


「我が家は特に、他家門と特別な関係を結んだ事はございません。

どこの派閥にも与しておりませんし。

研究以外の一切を行ってこなかった、ただそれだけです。

故に、他家門からの支援も後ろ盾も、必要とした事実もありませんし、された事実もありません。

エリクサーの材料入手も同じ事です。

軍部に関わる事はゴルタール家を通さねばならないと、そう言われたのでそうしていただけで。

確かにポーションの取引先は、軍事部ですし、国の軍事部の武器商権を担うゴルタール家を通すのが筋で、そんなものなのだろうと深く考えてこなかったもので」


抑揚無くツラツラとそう言われ、ゴルタールは今や茹で上がった蛸状態。

長くスカイヴォード家を支配してきたものだから、まさか自分に歯向かう(というよりは、本当に何とも思われていない)とは思っても見なかったのだろう。


「うむ、ではスカイヴォード家としては、現状エリクサー研究が続けられれば、どこから材料を供給される事になろうと気にはならない、という事だな?」


エリオットの問いに、スカイヴォード伯爵はまたコクリと頷いた。


「はい、そうですね。

ゴルタール家でも王家でも、まぁどこでも、と思っていましたが。

この度、娘にされた仕打ちについて、思うところがありまして………。

ゴルタール家以外なら、どこでも、と答えさせて頂きましょう」


スカイヴォード伯爵の返事に、とうとうゴルタールがガターンッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「貴様っ!伯爵家如きが我が公爵家を愚弄するかっ!

今までの恩を忘れっ!何だその態度はっ!」


ブルブルと怒りで震える手で指さされても、スカイヴォード伯爵は一切怯まず、真っ直ぐにゴルタールを見返した。


「我が家はそもそも、貴族爵位の上下に疎く、そんなものを気にした事もありません。

強いて言うなら、王家の忠実なる臣下である事、その思いで日々研究に勤しみ、より良いポーションの錬金を目指してきました。

ポーションの品質向上、並びにエリクサーの錬金研究、それ以外の瑣末な事に目を向ける余裕はありませんので、今まで貴方から受けてきた不当な扱いにも、気付けてこれなかったのです。

しかし、この度の娘の事は別です。

貴方はグェンナ商会と共謀して、エリクサーの材料供給を止め、我々からエリクサー研究を取り上げた上で、娘とグェンナ商会の息子との婚姻に圧力をかけてきた。

家の為と、平民との縁談を泣く泣く受けた娘に、無理やり婚約宣誓書まで書かせ、教会に提出してしまった。

エリクサー研究を取り上げられた私達は、前後不覚になり、その事に抵抗する考えさえ浮かばなかったのですから、1番悪いのは親として娘を守れなかった私でしょう。

王太子殿下並びに若く優秀な皆様のご尽力で、娘の婚約宣誓書は不当なものだったと教会に証明して頂き、婚約は無事に破棄出来ましたが。

あのような国に仇なす大罪人に娘を嫁がせていたらどうなっていたかと思うと……ゾッとしますな。

ところで、ゴルタール公爵は我が家に圧力をかけてまで、何故私の娘とグェンナ商会の息子との婚姻を推し進めようとしたのですか?」


ギラリとスカイヴォード伯爵に睨まれ、ゴルタールは言葉につまりながら、その場で数歩後ずさった。



「確かに、おかしな話ですな。

貴族の権利と品格を守るとするのが、貴族派の主張でしたな?

その貴族派党首であるゴルタール公爵自ら、伯爵家令嬢と平民の婚姻を推し進めるなど」


「そうですな、しかも婚姻宣誓書まで強引に提出させるなど………。

婚約破棄が出来たのは良いが、その令嬢には2度と縁談の話など来ないでしょう。

1人の令嬢を犠牲にして、一体ゴルタール公爵は何がしたかったのか」


議会出席者達が口々にゴルタールへの不信感を口にして、白い目でゴルタールを見ている。

ゴルタールはぐっ、と喉の奥で唸り、冷や汗を流し出した。


皆に説明出来るもんならしてみろよ。

自分の資金源の為に、グェンナ商会を乗っ取り、エドワルドを貴族の縁戚にする事で、自分の都合の良い駒にするつもりだった、と。

更に言うなら、グェンナ商会をエドワルドに引き継がせる為に、シャカシャカと関係のある魔族を送り込み、グェンナの家族を人質に取ったってな。


それも全ては唯の、シャカシャカの私への嫌がらせだ。

なんなら、暇潰し程度のお遊び。

ゴルタール、お前もそうなんだよ。

シャカシャカの暇潰しの玩具に過ぎない。

今更気付いたところで、お前もフリードもアマンダも、もうアイツからは逃れられないだろうけどな………。



「ゴルタール公爵、スカイヴォード伯爵の疑問に答えられぬか?」


ギリッとエリオットに睨まれたゴルタールは、その気迫に体を強張らせ、床に縫い付けられたように動けなくなってしまった。



その時、今まで黙って事の成り行きを見ていた陛下が、その重い口を開いた。


「ゴルタール公爵よ、そちの暴虐に虐げられた者の叫びが、お前には聞こえぬか?

ゴルタール家が長く栄華を誇ってきたその裏で、今回のように辛酸を舐めた者がどれほどいただろうな?

ゴルタール公爵、そちから武器商権を取り上げ、今後国の軍部に関わる事を禁ずる。

皆もそれで、異論は無いな?」


陛下の威厳ある言葉に、その場にいた全員が一斉に拍手で同意を示した。

ゴルタールは真っ青になりながらも、慌てた様子で口を開く。


「何たる権力の濫用かっ!

王家の独裁政権を阻む為、我々貴族派は、防波堤として活動してきたのですぞっ!

陛下は、公爵である私より、そこの伯爵風情とその娘程度を重宝なさるおつもりかっ!

我がゴルタール家が今までどれ程国に貢献してきたか、それをお忘れではありますまいっ!

聞いたところによると、そこの伯爵家の娘は、シシリア嬢の側近だとか……。

これは我がゴルタール公爵家より、現王権の縁戚にあたるアロンテン公爵家を引き立てようとする、身びいきに他なりませんぞっ!

そうやって、王家に権力が集中する事がどれ程危険な事か、貴殿らとて分からぬ筈がないっ!」


おぉう………。

苦しい苦しい苦しいぞぅ。

これはゴルタール、かなり、苦しい。

所々、ブーメランになって自分に刺さっている事さえ気付いていないっ!

皆がシラーっとして、チベスナ顔になっちゃってんじゃん。

お願いだから、気付いてくれっ。


やれやれぇ。

ボケ老人の相手は大変だなぁ。


私はゴホンと咳払いしたのち、ゴルタールに向かってニッコリ微笑んだ。


「我がアロンテン家が王家に身びいきされて、何の問題が?

私とフリード殿下の婚約を主張されたのは、ゴルタール公爵家とアロンテン公爵家を結び付け、王家に匹敵する家門を成立させたかったからでは?

であれば、我がアロンテン家が王家に重宝されるのは、貴方にも都合が宜しいでしょう?

それから、スカイヴォード伯爵家を伯爵風情と仰いましたが、スカイヴォード伯爵家はポーションの錬金精製で国に多大な功績を納めてきた家門です。

国にとってなくてはならない家門ですが、まさか先程ゴルタール公爵が仰っていた、ゴルタール家が国に貢献してきた事とは、このスカイヴォード家の功績の事ですか?

まぁ、ポーションへの代金までか、功績までスカイヴォード家から搾取なさるおつもり?」


オーホッホッホッと高笑いする私に、ゴルタールは顔を赤黒く染め、ギリギリと歯軋りしながら私を憎々しげに睨みつけてきた。

おやおや、公爵家の(表向きの)寛大さと優美さを、これみよがしに振り撒いてきたゴルタール公爵とは思えない態度だなぁ。

って言うかそもそも、わざわざアピールして回ってる時点で、ゴルタール公爵家には、寛大さも優美さもございません、と言って回ってるようなもんだったけどな。



「小娘がぁ……調子に乗りおってからに………」


ギリギリと歯軋りするゴルタールに、陛下が厳しい声を上げた。


「控えよ、ゴルタールッ!

議会は古い体制を捨て、爵位では無く実績で評価される場へと変わっておる。

今この場で、シシリア嬢は貴様より国への貢献度の優る、貴様より発言力のある議会員である事を覚えておくが良い」


陛下の言葉に、ゴルタールは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、呆然としている。

だよなぁ、アンタ最近全然議会に呼ばれて無いもんなぁ。

ってか、そっちはそっちで貴族派内がゴタゴタしてるわ、資金源が潰されていくわでそれどころじゃ無かったか、悪い悪い。


あのね、公爵家だなんだで偉そうに出来る時代は終わったんだよ。

お前のお得意の、数でゴリ押しも通用しないよ?

だって貴族派の貴族に大した功績のある奴なんて居なかったじゃん?

そもそもそんな奴ら、この議会にも参加出来ないからね?

あっ、アンタのお仲間は、断罪されたり貴族派から逃げ出したりで、もう碌にいないんだっけ?

じゃあ、数でゴリ押しも、もう出来ないかぁ。

最後の頼みの綱である、公爵家当主としての発言力も、こんな小娘に負けちゃって。

ププ、本当にご苦労様。


ウケケケと黒い尻尾を生やし、腹の底で笑う私を、ゴルタールはいよいよ目まで真っ赤にして睨んでいる。


「……シシリア嬢、将来義理とはいえ、自分の祖父となる人間に、差し出がましい口をきいた事、後々後悔する事になりますぞ……」


あっ、マジでぇ?

ヤッバーイッ!

ウチ、やっちゃった系。

マジヤバたん。

可愛くてごめ〜ん。


ゴルタールの含み笑いを握り潰すが如く、私は真っ黒にニッゴリ微笑んだ。


「ご心配なく、そんな事にはなりませんから」


うふふと小首を傾げてやると、ゴルタールはガンッと悔し紛れに近くの椅子を蹴り上げ、ステッキをガンガン床に突きながら、議会場の扉に向かった。


「気分が悪いので、私はこれで失礼するっ!」


鼻息荒く議会場を後にするゴルタールの後ろ姿を見送り、その場にいた全員が一斉に溜息をついた。


やれやれ、ボケ老人がやっといなくなった。

介護も楽じゃ無いぜ。



ゴルタールのいない議会は速やかに進み、スカイヴォード家には今までゴルタール家に搾取されてきたポーションの代金を、代々まで遡り国庫から支払う事に決まった。

莫大な金額になるので、承認が下りるか心配だったが、誰も否を唱える者はいなかった。


それと同時に、ハルミツヒ商会からエリクサーの材料を国が買い取り、スカイヴォード家に供給する事で、実質スカイヴォード家の研究は国が後ろ盾になって支える事も承認が取れた。


これでスカイヴォード伯爵家は完全にゴルタール家の支配から解放され、やっと伯爵家らしい生活が出来るようになる。


長く虐げられてきたスカイヴォード家の歴史も、これでやっと終焉を迎える事が出来たのだ。





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