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EP.191


衝撃的だったリゼ宅訪問を終え、邸に帰る道中で、レオネルは深い溜息と共に、珍しく弱々しい声を出した。


「………お前は、どう思う?」


唐突なレオネルからの問いに、私は顎を掴みう〜んと首を捻った。


「リゼの邸の事でしょ?

まぁ、今後は王家が直接支援出来るようになるんだから、徐々に良くなっていくんじゃないかしら?

邸の修繕業者を私が紹介して、密かに費用を増額しておくわよ。

伯爵家らしい生活に戻してあげなきゃね」


私の答えに、レオネルは口を片手で覆い、焦ったそうに馬車の窓の外を見ながら、モゴモゴと口を開く。


「……いや、それもそうなんだが………。

私とリゼ嬢の事だ………。

私はもう、以前のように婚姻について簡単には考えられない。

公爵家の嫡男としてあるまじき事かもしれないが、例え傷モノと言われようと、リゼ嬢と生涯を共にしたいのだ………。

何年かかっても、両親や家門を説得し、リゼ嬢と婚姻したいと思っている……のだが……。

彼女の気持ちは、どうなのだろうか……。

彼女の気持ちを無視して、一方的に話を押し付ければ、私はゴルタールやエドワルドと同じになってしまう。

……しかし、どうしても彼女を諦められないんだ……」


悩ましげなレオネルの告白に、私は少し意外な気持ちで目を見開いた。

レオネルが非合理的な事を言い出した事に、明日は雨か?っとそんな心配の方が頭をよぎった。


……それにしても、リゼの気持ちなどハタから見ていれば一目瞭然なのだが………。

当事者ってのは、こうも状況理解が出来なくなるものなんだな。

常に状況を把握していないと落ち着かないくせに、そこは全く気付かないのか………。


我が兄ながら、とことん情けない。

鉄仮面とか、赤い血の流れる機械人形とか、いやそもそもこいつの血は本当に赤いのか?とか、今まで思ってきたし、私以外の人間にもそう思われてきたような奴だと言うのに。

目の前にいるレオネルは、1人の令嬢に真剣に思いを寄せる、唯の臆病者の情けない男だった。


まぁ、人間味が出て、今のアンタも嫌いじゃねぇぜ、お兄ちゃん。


とはいえ、リゼの気持ちを私が勝手に話す訳にもいかない。

リゼだって、必死に隠している(つもり)のだし。

そりゃ、ここで私が暴露すれば、話はもっと簡単になるのかもしれない。

でもな〜〜、それじゃリゼの気持ちを無視して踏み躙るのと変わらないし、後々リゼがこの事で傷つくかもしれないし。

そもそも私は、暴露系は嫌いだ。

人の事は人の事。

さも自分の事のようにペラペラと勝手に喋るなど、厚顔無恥な事はしたくない。


リゼが私に頼んできたのなら、喜んで恋のキューピッドでも何でもやるが、実情そうでは無いからな。



「そうねぇ………アンタの気持ちは分かったけど、リゼは今回の事で、より官吏への道を目指す決意が固まったようよ?

そりゃ、官吏になったら婚姻していた方が有利だけど、リゼは男も女も、未婚も既婚も関係無い、そんな官吏を目指すみたい。

実力だけで上を目指すと決めたのね。

今のリゼは、学園を優秀な成績で卒業して、官吏試験に受かる事しか頭に無いんじゃないかしら?

確かに、社交界デビューをしていつでも婚姻出来る状態だけど、それでもまだ17歳なのよ?

時間ならまだあると思わない?

アンタだって、父上や母上、それに家門を説得するのは簡単な事じゃ無いんだから、それなりに時間がかかるんじゃない?

アンタがリゼにいつか求婚したいという気持ちは分かった。

私も家門を説得するのに協力するわ。

だけどね、アンタがまずする事は、リゼを口説き落とす事、そっちが先よ。

ちゃんと気持ちを伝えて、どれだけ時間がかかっても、必ずアロンテン公爵家門を説得してみせるから、俺と婚姻してくれ。

とか、それくらい言えるようになってからの話なんじゃない?そもそも」


腰抜け〇〇野郎には千年早い話だが、実際、レオネルもリゼも、まだお互いの気持ちも確認していない状態なのだ。

まずはそこから、根性入れてケッパレや。


馬車の中なので、本当には出来ないが、気持ちはケツを蹴り飛ばすくらいの勢いで私がそう話すと、レオネルは膝に手を置き、真っ赤になって頷いた。


「うむ、確かに、お前の言う通りだ。

私はまだ、リゼ嬢に自分の気持ちも伝えていないのだな。

文をやり取りしているうちに、勝手に気持ちが伝わっているような気でいた……。

まずはリゼ嬢に、直接想いを伝える。

そ、それからだな」


耳まで真っ赤にしてそう言われても………説得力ねぇなぁ。

こりゃ、気持ちを伝えるだけで何年も掛かりそうだ。

レオネルみたいな奴は、何か目標やプランを立ててやらんと、動く事も出来そうにないな。


「あのさぁ、気持ちを伝えると同時に、口説くのも大事なのよ?

今まで大した贈り物もしてこなかったでしょ?

文房具とか、実用品とか、目立たないアクセサリーとか、そんなもんばっかりで。

生涯の伴侶にするべく口説くなら、ちょっと本気出して贈り物を増やすとか、してみたら?

ドレスにアクセサリー、宝石、ガンガンいきゃいいのよ。

リゼがクローゼットに入り切らないって、困るくらいにね。

そうしたら、邸ごとリフォームして、クローゼットを増やしてやりゃいいわ。

アンタの贈り物でクローゼットが必要になるんだから、丁度いいじゃない」


そうだそうだ。

レオネルのクソ重感情入りの贈り物を理由に、スカイヴォード家の邸をリフォームしちまえばいいんじゃん。

フゥーッ!やっぱり私は冴えてるっ!

それでレオネルがリゼに嫌われようと、邸がリフォーム出来ればどうでもよくね?

ウケッケッケッと黒いシッポを生やしてほくそ笑む私に、レオネルはパァッと顔を輝かせた。


「そうかっ!口説くとは、具体的にどうすれば良いのか私には分からなかったが、それなら私にでも出来そうだ。

リゼ嬢はお前の側近なのだから、私が贈り物をしても何らおかしくはないな、うん。

早速マーサに相談して、リゼ嬢に似合うドレスや宝石を用意しよう。

うむ、だが、ドレスはサイズが分からんな……」


一気に生き生きとし始めたレオネルに、私はピッと親指を立てた。


「任せなさい。私が把握しているわ。

今までも、リゼが気を使わないようにって、私が着なくなったドレスだって言って何着もあげてきたのよ。

もちろん、リゼのサイズに合わせたオーダーメイドのドレスだけどね。

……だってリゼ、それまで普段着は1着のドレスと、学園の制服を交互に着てたのよ……。

リゼは最上クラスの奨学金獲得者だから、学用品は支給されるじゃない?

制服も支給されたものだから、実質普段着1着だったって事なのよ……。

耐えられないっ!そんなのっ!耐えられないわよっ!」


ウキーーーッと叫ぶ私を前にして、衝撃的なリゼの新事実にレオネルなんか真っ青になっている。


「……そうだったのか……もっと早く知っていれば………。

分かった、可及的速やかに彼女のドレスを用意しようっ!

シシリア、手伝ってくれるな?」


キラリと目を光らせるレオネルと、私も同じくキラリと目を光らせながら手をガッツリと組み、無言で頷き合った。


ここに、リゼたんいっぱいだいちゅき兄妹同盟が締結された、歴史的瞬間であった………。



翌日から、レオネルの部屋の続き部屋、つまり公子夫人の部屋のクローゼットは、私とレオネルによりリゼのドレスや宝石でパンパンとなっていった。

私とレオネルの乳母で、今はメイド長をしているマーサも協力してくれたのだけど………。


「……マーサ、それ何?」


マーサが持っていた、ヒラヒラのスケスケの、ネグリジェに見えなくはないけど、ヒラヒラのスケスケで………何だそりゃ?なものを指差すと、マーサはスンとして、当たり前の如くサラッと答えた。


「リゼ様の寝着です」


はっ?そのヒラヒラのスケスケが?

よく見たら、胸の辺りでリボンで結ばれてるだけじゃん。

そんなの、寝ている間に脱げちゃうじゃん。


「えっ?もっと普通のにしたら?」


?マークを飛ばしながら聞いたら、マーサはハァッと深い溜息をついた。


「これくらい、夫人たるもの普通の事です。

レオネル様が邸にいらっしゃる時のリゼ様の寝着は、これなんです」


いそいそとクローゼットにそのヒラヒラでスケスケをしまっているマーサを呆然と見ていた私は、もっと衝撃的な物を見てしまい、思わず悲鳴を上げそうになった。


………その、ヒラヒラでスケスケが、他にも沢山あったからだ………。


ヒェッ!

思わず喉の奥で悲鳴を上げて、私はソッとそこから目を逸らした。

ワタシハナニモミナカッタ、ワタシハナニモミナカッタ………。

先程頭に焼き付いた衝撃映像を消去しようと、必死に呪文を唱える。


まぁ、リゼがそんなもん着る訳が無いし。

マーサの好きにさせてあげよう………。

あと、マーサには絶対に、私の寝着の準備はさせないようにしよう、うん。


マーサの変な収集癖(?)を垣間見たりと、色々あったが、リゼへの贈り物が一通り揃い、後はそれをリゼに受け取ってもらうだけ、という段で、何故かマーサ率いるメイド軍団がいそいそと贈り物の包装を解き、ドレスなどをクローゼットに並べていったので、私とレオネルはあんぐり口を開いて呆然とその様子を見ていた。


「な、何をやっているんだ?マーサ……?」


レオネルの驚愕した声にも、マーサはシレッとして答える。


「贈り物は一度に沢山すれば良いというものではございません。

とりあえずは、そちらの一角にある物だけで大丈夫でしょう。

あとは、この部屋ごとリゼお嬢様にお贈りになれば良いんです」


マーサの言葉が理解出来ず、2人して首を捻ると、マーサは呆れたようにやはり深い溜息をついた。


ややして、マーサの言葉の意味を理解したレオネルが、カァァっと真っ赤になって、わざとらしい咳払いをした。


「ゴホン、確かに、マーサの言う通りだな。

私はそのつもりだ、うん、ドレスなどはマーサの思うようにしなさい」


そう言いながら、唇の端をニヤつかせる、ニヤネル、あっ、間違えた、レオネル。

私も意味を理解して、マーサのリゼ囲い込み計画に戦慄を覚えた。


我が家の熟練のメイドが本気を出してきている………。

まだ主人も居ないのに、公子夫人の部屋が着々と出来上がっていっていたのは、こういう事だったのか………。


しかしいつ、リゼに目をつけたんだろう?

確かに我が家にマリーと何度かお茶をしにきた事はあるけど、その当時はレオネルとも、会えば挨拶する程度だったし、違うよな?

じゃあ、やっぱり、2人が文のやり取りを始めた辺りから?

だとしても、凄すぎない?

そんな程度の交流で、公子夫人の部屋を整え始めてたって事?

ヤバいな、元乳母。

何でもお見通しかよ………。


ちょっとマーサに恐怖を感じつつ、これからは気持ち距離を置いておこう、と内心思った事は、マーサには内緒だ。


「シシリアお嬢様のお輿入りの際には、このマーサが丹精込めて、お興し入り準備をさせて頂きますからね」


その時、急に耳元でボソッと囁かれて、私は涙目でヒィィッと小さく飛び上がった。

あかんっ!無理やったっ!

マーサと距離置くの、無理だっ!


こっちの考えている事など全て承知している様子のマーサに震えが止まらないっ!


「い、良いけど、私のには入れないでね。

あの、ヒラヒラのスケスケ」


頬を引き攣らせて頼むと、マーサはやはり残念そうに溜息をつく。


「王太子妃たるもの、アレくらい当然の嗜みです」


入れる気やっ!

私の荷物にも入れる気満々やっ!


私は万が一にもアレがエリオットの目に入らないよう、マーサの目を盗んで燃やしておこうと心に誓った。


いや、そんなのまだ先の話だから、まだまだ要らん心配なのだが………。






さて、リゼへの一方的な贈り物の準備も整い、何やかんやとレオネルと案外楽しくキャッキャッしている間に、定例議会にて、ゴルタールのスカイヴォード家への越権行為が議題に上がった。

もちろん私達も参加して、事の成り行きを見守る。



「以上の資料に基づき、ゴルタール公爵家の支配とも呼べる、他家家門への常軌を逸した越権行為をここに訴えます。

ゴルタール公爵家は今後スカイヴォード伯爵家のいかなる権利にも関与出来ないよう、この会議にて軍部への治癒薬、回復薬取引の権限を剥奪する事を進言致します」


淡々としたニースさんの発言に、議会場はシーンと静まり返った。

皆、こちらの提出した資料を見て、唖然としている。

そこには、ゴルタールのスカイヴォード家のポーション代金搾取の歴史が、遡れるだけ遡り、事細かに明記されていたからだ。

特に、現ゴルタール公爵の代になってからの非人道的な搾取には、皆開いた口が塞がらない様子だ。


その時、バンッと机を激しく叩き、ゴルタールが憎々しげにニースさんを睨んだ。


「こんなもの、捏造だ。

君は我がゴルタール公爵家を侮辱しているのか?

我がゴルタール公爵家は、スカイヴォード伯爵家を支援してきたに過ぎん。

長く援助をして、庇護してきたというのに、何たる言い草だ。

国から受け取った代金は、スカイヴォード家に正しく渡してきた。

それをスカイヴォード家が散財してきた言い訳に、畏れ多くも我が家に罪をなすりつけてきておるのだ。

先祖代々の恩を忘れ、仇で返してきているのはスカイヴォード家の方だ」


激昂しつつも声を荒げない所は流石だが、言っている事はめちゃくちゃだ。

ニースさん達の作成した資料は完璧だし、どう見ても捏造を疑える箇所など一つも無い。

この資料を疑うよりも、ゴルタールを疑う方が正しいと、議会場の誰もが思っているのだろう。

皆がゴルタールの発言に、シラーッとした反応を返している。


ちなみにアレだけ居たゴルタール率いる貴族派だが、今までの騒動で罪に問われたり、そうでない者もゴルタールから離れていったりと、あれほどの勢力を誇っていた貴族派も、今や見る影も無くなっている。

数だけは多かったが、所詮はゴルタールの唸るほどの資金源があってこその繋がり。

崩壊が始まれば、縁が切れるのも早いもんだった。


そんな訳で、この場でゴルタールを援護する声も大して無い。

ゴルタールは公爵という立場のみで切り抜けられると思っているようだが、そんな時代はとうに過ぎたのだと、いい加減気づいた方が良い。



「スカイヴォード家といえば、エリクサー研究の第一人者であったな。

その材料をかのグェンナ商会より、ゴルタール公爵、貴方がスカイヴォード家に用意していたようだが、グェンナ商会とは懇意にしていたのか?」


議会バージョンエリオットに、急に思いもよらぬ所から撃たれて、ゴルタールは明らかに狼狽えている。


「何を仰います。大商会であったグェンナ商会と懇意にしていた貴族は、いくらでもいるではありませんか」


冷や汗を流しながら答えるゴルタールに、エリオットはニッコリと笑い返した。


「そうであったな」


短い返答に、ゴルタールは余計に焦りを滲ませた。

ここで、大罪人グェンナと自分の関係を暴露されやしないかと、内心ヒヤヒヤしているのだろう。


エリオットの微笑みが、ゴルタールには悪魔の笑いに見えているのかもしれない………。






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