EP.189
さて、刀の件も(私的には)スッキリ片付いた所で、まだまだ片付ける事は山盛りだ。
依然逃亡を続けるエドワルドを捕らえる事、目下の課題はそこなのだが。
やはり魔族が関わっているからなのか、簡単には見つけられずにいた。
エドワルドの行動範囲は、間者として監視していたエリクエリーによって全て把握してある。
贔屓にしていた娼館、賭博場、本来なら貴族限定のいかがわしいパーティ会場、などなど。
だが何処を探してもエドワルドを見つけられない。
因みに、この貴族限定のいかがわしいパーティだが、貴族限定を謳いつつも、実際は資金源の為平民の資産家も受け入れていた。
が、プライドの高い貴族令嬢や夫人などが平民の相手をする訳も無く、結局金で雇ったパーティ要員、娼館の娼婦などが資産家達の相手をする事になる。
エドワルドはそれが物足りない様子だったと、エリクエリーからの報告にあった。
貴族だからとお高くとまりやがって、とよく毒付いていたらしい。
この事から、ゴルタールやシャカシャカの思惑とはまた別で、エドワルドが貴族と婚姻で繋がりたがっていたのは、実はそんな非常に邪でくだらない理由だったのでは無いかと推測できる。
そんな事に巻き込まれ、犠牲になったリゼが哀れで、また泣けてくるってもんだ。
テレーゼの時もそうだったが、自己中心的な考えしか持たない人間というのは、自分の欲の為なら人がどうなろうと構わない、それを想像する頭さえ無いのだから。
だが、人を馬鹿にすれば自分もいつか馬鹿にされる。
人を殴るなら、自分も殴られる覚悟をしておいた方がいい。
自分は人を好き勝手殴っておいて、逆の立場になった時に泣け叫び許しを乞うても、そんなものは通用しないのだ。
グェンナは、魔族が関わった事でエドワルドの素行の悪さが加速したと言っていたが、自分の欲の為にリゼにその汚い手を伸ばした時点で、奴もそれ相応の覚悟をしておいた方が良かったのだ。
魔族に匿われる前に、自分から捕らわれにくるべきだった。
まぁ、そんな人間であれば、こんな事をやらかしてはいないだろうから、それも無理な話だが。
「今だエドワルドは捕えられていないけど、それも悪い事ばかりじゃないよ。
エドワルドが見つかる前に、リゼちゃんの婚約破棄を進められるからね。
当初はグェンナの罪を断罪し、リゼちゃんとの婚約が不当だったと訴えるつもりだったけど、グェンナ達の罪があまりに重すぎる。
リゼちゃんが婚約者のまま、エドワルドを極刑にする訳にはいかない。
大罪人の婚約者だった令嬢だなどと、リゼちゃんに不名誉な称号がついちゃうからね。
今ならまだ、リゼちゃんの婚約話は大して広まっていない。
スカイヴォード伯爵家自体が、ゴルタールによって秘匿にされている家門だし、その存在自体が広く知られていない。
実際、クラウスの生誕パーティでレオネルがエスコートした令嬢は、謎の美女だと噂されていて、誰からもスカイヴォード伯爵家の名前が出てこない程だからね。
皆にスカイヴォード伯爵家の令嬢の婚約者が平民のエドワルドで、しかも大罪人として極刑に処されると知れ渡る前に、婚約破棄の手続きを進めておこう」
その時、バギィッと物が壊れる音がして、皆が驚いてその音のする方を見た。
エリオットの執務机に手を置いて外を眺めていたレオネルが、その執務机を粉々に破壊した音だと皆が理解した瞬間、レオネルがこめかみに青筋を立てながらエリオットを振り返った。
「……黙って聞いていれば、先程から……エドワルドをリゼ嬢の婚約者だなどと称するのは、やめて頂けませんか……?」
ビキビキィッと音を立てて青筋が増え、目が赤黒く不気味に光り輝くさまは、正に怨嗟の塊。
目にしただけで呪われそうで怖えーよっ!馬鹿野郎っ!
「まぁ、王太子殿下の執務机だというのに脆すぎませんか?
職人の手抜きでしょうか?
王家に家具を納品するような職人にそのような手違いがあって、許されるんですか?」
キラリと目を光らせ、明後日の方向に厳しい言及をするリゼ。
うん、違うねぇ。
家具職人は無実だよね?
あそこに人のフリして立ってる怨霊が、馬鹿力で物理的に壊したんだよ?
ってか、あの禍々しい姿を見て何とも思わないの?
家具職人どうこうよりまず、あっちの除霊だよね?
荒ぶる怨霊を鎮める方が先だよね?
「リゼちょっと、レオネルに伝えて欲しいんだけど」
私はチョイチョイとリゼを手招きして、首を傾げるリゼの耳にコショコショと内緒話をした。
リゼはカッと赤くなり、フルフルと震えながら私を見る。
「あ、あの、それはご命令でしょうか?」
涙目のリゼに、私はコックンと頷いた。
「うん、命令」
ガーンッとショックを受けながらも、真面目で忠実なリゼは私の命令には逆らえず、おずおずとレオネルに近付いていく。
さぁっ!イケっ!
我が退魔師、リゼよっ!
退魔の力でその怨嗟の化け物を滅するのだ。
2度と表に出てこれないように、清めたまえ、祓いたまえ。
リゼが自分の所に近づいてくる事に気付いたレオネルは、瞬時にカチンコチンに固まり、何か若干オロオロとしている。
すっかり拗れ気味の兄を目の当たりにして、テレーゼん時のノワールを見守っていたキティの気持ちが痛いくらいに理解出来た。
キッツイなっ!
兄弟の拗れ恋心っ!
キティよくこんなもんを庇えてたよっ!
私は無理っ!
気恥ずかしくて無理っ!
今すぐジェット噴射器背負って大気圏外に逃げ出したいっ!
リゼはレオネルの前に立つと、口の横に手を当て、内密の話がありますというジェスチャーをした。
レオネルはカチンコチンになりながらも、ギギギっと軋んだ音を立てながら、リゼの前に屈んでやる。
そのレオネルの耳に、リゼがポショポショと内緒話をした瞬間、レオネルがボッと顔を赤くして、ボフンッと頭から湯気を立てる。
リゼの内緒話の破壊力にフラフラになったレオネルをノワールが確保し、ストンとソファーに置いた。
よし、除霊完了。
この場は無事に清められた。
流石我が、レオネル専用退魔師リゼ。
いい仕事するぜっ!
ふっふっふっ、と胸を逸らし、高々と足を組む私の肩を、キティがチョンチョンと指で突つき、コショと耳元で聞いてきた。
「リゼちゃんに何を言わせたの?」
ん?何だ、そんな事か?
「今日の下着の色だけど?」
サクッと答えると、キティがはっ?と言った感じで固まる。
「あ、アンタ、さっき、リゼちゃんに命令だって、言ってなかった……?」
ブルブルと震えながら私を指差すキティに、んっ?と首を傾げる。
「だって、命令じゃなけりゃ、リゼがそんな事言う訳無いじゃない」
ケロッとした私に、キティは顔を真っ赤にして私の胸倉を掴んできた。
「当たり前じゃないっ!ってか、命令だなんて、そっちの方がよっぽどタチが悪いわよっ!
このセクハラパワハラ最低上司っ!」
言うだけ言って私の胸倉をポイっと放り投げ、キティは慌ててリゼの所に向かった。
頭から湯気を立てながらグワングワンと揺れているリゼを、エリーと協力しながら椅子に座らせている。
なんだよぉ。
あの史上最恐の怨霊を鎮めるには、それくらいの浄化の力が必要だったんだよぉ。
仕方なかったんだよぉ。
完全なる悪役になってしまい、なんか虚しさに襲われる私に、エリオットがニコニコとして聞いてきた。
「で、リアの今日の下着の色は?」
「あっ?黒だけど?」
「あっ、そっか、黒………くろぉっっっっ!!」
ブハァッと鼻血を吹きながら後ろに倒れるエリオット。
なんだよっ!キタねーなっ!
「クリーン」
いち早く自分にかかった血飛沫だけ綺麗にする私を、蔑んだ目で見ながらミゲルが無言でエリオットに治癒魔法をかけている。
「………シロ……やはり、シロ……なのか……」
ホゲーって天に召されかけているレオネルの呟きに、私はほうっと頷いた。
何だ、リゼは白かっ!
じゃあ私とオセロじゃんっ!
平気な顔でニコニコしている私に、ノワールが溜息混じりに諌めるような声を出した。
「シシリアは本当に、淑やかさを身につけた方がいいよ」
うっせーなぁ。
小姑かよ。
私はそのノワールをマルっと無視して、クラウスに話しかけた。
「ねぇ、アンタは何色が好み?」
私の問いにクラウスは顎に手をやり、ふむと少し考えた後に口を開いた。
「俺は、何も付けていないのが好ましいな」
「あっ、同意」
「お前らっ!最低だっ!!」
光の速さでクラウスに同意するノワールと、頭を抱えながら真っ赤な顔で叫ぶジャン。
さて、懸命な淑女の皆様にはもうお分かりだろう。
方や、女性の下着程度の話題で、天に召されかけたり、鼻血を吹いたり、話題に一切参加出来なかったり、真っ赤な顔で頭を抱えたりする男共と。
方や、もう下着云々は大して重要では無い男達………。
どちらが生息子という箱入りであるか否か……。
答えは明白だと思う。
クラウスに関しては、聞くんじゃなかったと激しく後悔しているが。
ちなみに、この国の基準で問題有りなのは前者の方だ。
数え年の奴もいるが、全員二十歳超えてるからな。
エリオットなどもう、23歳なのだが……。
えっ?エリオットに関しては私が悪い?
……ホワイ?何故?
コイツのために私が犠牲にならなきゃいけないのなら、コイツは一緒〝生息子〟という名の箱に入れ、ギチギチに梱包して、更にダンジョンの奥深くに封印するね。
そこでうっかり冒険者が、宝箱と間違えて開けてくれるのを待てばいい。
まぁ、その頃には腐ってるだろうけど。
「おふざけはいい加減にして、リゼ嬢の婚約破棄の話を進めましょう」
若干頬を染めながら、ミゲルが厳しい声を出す。
生息子拗らせて腐らせそうな候補No. 1のくせに生意気だなぁ、と思いつつ、私も皆も真剣な顔つきに戻った。
「教会では既に、今回の経緯を承知しています。
神聖な宣誓書をそのような経緯で提出させた事に、皆が憤っていますから、こちら側の破棄の受け入れは万全です。
やはり、神聖な宣誓書を白紙には戻せませんが、もしリゼ嬢の事で教会に問い合わせがくれば、限りなく白紙に近い婚約破棄だと、説明出来る手筈も出来ていますから」
何気に完璧な仕事をこなしていたミゲルに、グッジョブと頷く。
「婚約破棄申請の書類には、既にスカイヴォード伯爵の署名を貰ったからね。
あとはグェンナに署名を貰うだけだよ」
エリオットの言葉に、私達は頷いた。
ちなみに、婚約破棄をするのに実は本人達の署名はあまり意味が無い。
家同士の縁組みの意味合いが強い貴族社会では、当主の意向が優先される。
つまり当主同士の署名があれば、破棄は申請出来るのだ。
グェンナは平民だが、ここは貴族のルールが適用されるだろう。
平民であるグェンナに合わせてしまえば、絶対に本人同士の同意が必要になるが、そもそも平民だと教会に提出するのは婚姻宣誓書のみで、婚約宣誓書は出さない。
それらを考慮しても、今回は貴族のルールに則る事が出来るだろう。
「グェンナの署名なんだけどね、本人は直ぐにでも署名する気はあるが、出来ればリゼちゃんの目の前で署名して、改めて君に謝罪をしたいと言っているんだけど、どうする?」
エリオットにそう聞かれたリゼは、戸惑いながら私をチラッと見てきた。
私はそのリゼを安心させるように力強く頷く。
「行くなら私も同行するわ」
私の言葉にリゼはホッとしたように胸を撫で下ろしてから、エリオットに真っ直ぐと向き合った。
「私、グェンナさんとお会い致します」
リゼがそう答えた瞬間、レオネルがガタンッと立ち上がった。
あっ、天に召されて無かったんだ、ちっ。
「待て、君がそこまで心を砕く必要は無い。
謝罪など受け入れず、さっさと署名だけさせれば良い」
ビキビキと額に青筋を立てるレオネルに、リゼは真っ直ぐに向き合った。
「いいえ、私はグェンナさんの誠意をきちんと受け取ってから署名を頂きたいと思います。
今回の件は、私1人が被害者であった訳ではありません。
犯した罪は許されない事ですが、グェンナさんだってそれ以上の代償を既に払っていらっしゃるのです。
その上、私にまで謝罪をと言って下さるグェンナさんのお気持ちを無碍にはしたくありません」
曇りの無い清廉なリゼの眼差しに、淀み切ったレオネルはうっと口籠るが、直ぐにギリッとその目を鋭く光らせた。
「謝罪だなどと、自分が楽になりたいだけの方便だ。
君が受けた仕打ちを考えれば、そんなものをわざわざ受ける必要性など無い」
下がるつもりの無いレオネルに、流石にリゼが戸惑ってオロオロとしている。
その時キティがキッとレオネルを睨みながら立ち上がり、リゼの耳にコショコショと耳打ちをした。
「そ、そのような事……何故ですか?」
動揺するリゼをグイグイ押して、レオネルの前に立たせるキティ。
「キ、キティ様………」
困ったように私に助けを求める視線を送ってきたリゼに、私は両肩を軽く上げて告げた。
「何だか分からないけど、じゃ、それも私からの命令って事で」
私の言葉にリゼはガーンッとショックを受けながらも、真面目で忠誠心が高いばかりに、側近である立場から私の命令に忠実であろうと、グッと拳を握り、レオネルに向き合った。
既にリゼに身長を合わせる為屈んでいるレオネルの耳元に、何やらポショポショと囁くと、レオネルが真っ青になってフラフラと後退り、力無くソファーにドサっと座り込んだ。
「レオネル様、リゼちゃんがグェンナさんの謝罪を受ける事、許可して頂けますよね?」
畳み掛けるようにキティにキツく迫られて、レオネルは力無くガクッと肩を落とし、真っ白な灰になりかけながら、微かに頷いた。
「……うむ……」
それだけ言うと、サラサラと灰になって召されていくレオネル………。
満足気に腰に手をやり胸を張るキティの耳元に、私は唇を寄せて聞いてみた。
「リゼに何て言わせたの?」
キティは横目で私を見上げると、コソコソと小声で答える。
「狭量な殿方を私は好みません、って言ってもらったの」
キッッッッッツ!
私よりよっぽどパワハラだと思うのですがっ!
キティってアレなんだよな。
人に対してすぐ同情すると言うか、博愛主義者というか。
罪人だろうが何だろうが、まず事情があったんじゃ無いかと考えるし、実際事情があった場合は、限りなく慈悲を発動させる。
今回のグェンナが良い例だ。
何気に誰よりグェンナに同情しているのはキティなんだよな。
キティの博愛パワハラパンチをまともに食らったレオネルは、サラサラと灰になりながらリゼの浄化によって天に昇りかけている………。
怨嗟の塊であるレオネルを容易く浄化してしまうリゼに、私は密かに超一級退魔師の称号を与えた。
使い所がレオネルにしか無いとこが悩ましい限りだが………。
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