EP.188
「よぉお前ら、サボってないだろーな」
偉そうな声が聞こえ、中でガタガタと人が動く音がした。
「お疲れ様ですっ!ジャコモさんっ!」
機嫌を伺うような男の挨拶に、ジャコモらしきその声は、ムッと不機嫌そうな様子に変わった。
「おいっ!親方って呼べって言ってんだろっ!」
野太い怒鳴り声に、男達はシーンと静まり返った。
「すいやせんっ、親方っ!
こいつまだ入ってきたばっかなんスよ」
1人の男が代わりに謝る声がして、ジャコモがドカッと音を立て椅子に座る音がした。
「まぁいいっ、オイッ!酒だっ!酒持って来いっ!」
バタバタと人が走る音、おそらくジャコモに酒を用意する為に急いで走って行ったのだろう。
「いや〜〜しかし親方のお陰で、俺らみたいなもんがまともに働いて飯食えるんスから、マジありがて〜っス」
〝まとも〟とは?
ジャコモを持ち上げようとしているのが丸わかりの男の声に、つい心の中でツッコんでしまった。
さっきの男達の会話からも、自分達が作っている刀が粗悪品だと分かっている筈だ。
分かっていて正当な刀として売ってるんだから、もうそれは詐欺なのだが?
いつからこの国は、詐欺を〝まとも〟な仕事と言うようになったんだ?
ん?どうなの、そこんとこ。
私は聞いた事も無いけどね、そんな、職業革命⭐︎レボリューション。
私が、んん?と首を捻っていると、すっかり機嫌を直したジャコモのバカ笑いが聞こえてきた。
「ガーハッハッハッハッ!そうだろ、そうだろうっ!
この鍛冶屋の里一の腕前だった俺がわざわざ、人間なんかに刀作りを教えてやってんだからなっ!
まぁ、あんなもんっ!今まで作ってきた剣に比べれば、脆くて使えないゴミみたいなもんだが、それが高い金で売れるもんだから、仕方なく作ってやってんだけどなっ!
鍛冶屋の里では馬鹿みたいに純度の高い硬い鉄で作っていたが、俺から言わせりゃ馬鹿らしいの一言よ。
あんなゴミをわざわざ上等な鉄で作るなんざ、イカれちまってるとしか言いようがねぇっ!
ゴミを作るくらい、その辺の雑鉄で十分。
めんどくせぇ細かい工程なんかいらねぇから、ガンガン作れば良いんだよっ!
何せ、馬鹿みたいに高値で売れても、ゴミはゴミだからなっ!」
ガッハッハッハッハッ、ガッハッハッハッハッとバカ笑いするジャコモ………。
「………良いっすかね?ヴィクトールさん」
小屋を指差して聞く私に、ヴィクトールさんは額にふっとい青筋を浮かべながら頷いた。
「ああ、良いぜ、嬢ちゃん。
アイツにそのゴミとやらの威力を教えてやんな」
「アイアイサー」
低い声で答えると、私はカゲミツを鞘から抜き、霞の構えでゴゴゴゴッと殺気を放った。
「ジャコモ、お前は鍛冶屋の風上にもおけねぇ………。
この名匠が打ちし神の一振りで、テメェに真の刀の実力を見せてやるよ……。
喰らえっ!紅蓮爆雷刃っ!」
とかって厨二な技名叫んでみたけど、めっちゃどデカい真空刃で小屋を横に真っ二つにした上に、雷の刃を降らしてやっただけっスよ?
ちゃんと死なない程度に調整してあるんで、安心して下さいっ!
「アババババババババッ!!」
思いっきり感電して骨が透けて見えてるけど、安心して下さい、死にませんよっ!
「安心せぃ、峰打ちじゃ」
フッと笑いつつ鞘に刀をキィンと収めると、ドワーフ精鋭部隊がにわかにザワつき出す。
「おい、どう見ても峰打ちじゃねーよな?」
「えっ?殺す気でやってんじゃん」
「お嬢の峰打ち……色々間違い過ぎだろ」
うるせーなっ!
調整してるって言ってんじゃんっ!
死なないって!
大丈夫だからっ、本当に峰打ちだからっ!
…………多分。
あんまりにドワーフ達にコソコソ言われすぎて、ちょっと心配になった私は、スタスタと死屍累々としている男達の様子を見に行った。
全ての小屋が横に真っ二つに斬れ、そこに目を回して失神している男達の屍……いやいや、生きてるっ!生きてるけど気を失って倒れている男達が折り重なっている、が正解ね。
「ウォーターバインドッ!」
とりあえず纏めて縛り上げておく。
「ううっ、何だったんだ……今のは」
その時、頭を押さえながらジャコモがムクリと起き上がった。
流石、丈夫が取り柄のドワーフ。
自力で意識を取り戻すとは、やるじゃん。
ねっ?死んでなかったでしょ?
「よぉ、ジャコモ、久しぶりだなぁ」
ドワーフ精鋭部隊に囲まれて、ジャコモはあっという間に真っ青になる。
「な、何だよ、お前ら………な、何で、ここに………?」
ダラダラと冷や汗をかくジャコモの襟首を、ヴィクトールさんが掴んでヒョイと軽々持ち上げた。
「ジャコモ、ちょっくら話がある。
付き合ってくれるよなぁ?」
ヴィクトールさんにとっ捕まり、屈強なドワーフ達に囲まれて、ジャコモはガクガク震えながら、力無く肩を落とした。
はい、皆さんっ、ご一緒にっ!
ドナドナドーナードナ。
アッハッハッハッハッハッ!
ドワーフの村に連れ帰えられたジャコモは、殺気立ったドワーフ達に囲まれ、コロポックルか?ってくらいに小さくなっていた。
「そもそもコイツって、何をやらかして村を追い出されたの?」
私の素朴な疑問に、ブォンッと音が聞こえるくらい、ドワーフ達の殺気が増し増しになって、流石に私は若干引いてしまった。
「コイツは仕事もしないで昼間から酒を飲み、女に余計なちょっかいをかけ、村の金を盗み、帝都でやりたい放題傍若無人に暴れ回り、憲兵に捕まり牢に放り込まれていたところを、村のドワーフだって事で俺が引き取りに行ったんだよ。
村に帰ってから村民会議にかけて、村からの追放処分に決まってな、村民名簿から除名して、放り出してやったんだ。
俺らドワーフはな、どこかのコミュニティに属してなくても、誇り高き戦士としてギルドなんかじゃパーティメンバーに入ってくれと大人気なんだが、コイツは体も鍛えてなけりゃ、戦士の誇りもねぇ。
どうせギルドでも誰にも相手にされないで、手軽な悪事に手を染めたんだろーよ、どーせ」
ギヌロッとヴィクトールさんに睨まれたジャコモは、更に小さくなってダラダラがま油を滝のように流している。
ど〜しょ〜も無い奴は何処にでもいるな〜っと、軽蔑し切った目で見つめてやる。
確かに、周りの屈強なドワーフ達とは比べ物にならない、ぽっこりと脂の乗ったダラシのない体をしている。
「なるほどねー。それで浅い知識であんなゴミみたいな粗悪品を大量生産して、不法な利益を得ていた訳ね。
で、あの男どもはどこから集めて来た訳?」
私の問いに、ジャコモはボソリと小さな声で答えた。
「その辺の街の酒場とか、拘置所から出てきた奴とかに、片っ端から声をかけて集めたんだ。
いきなり大量の注文が入っちまって、俺だけじゃ手に負えなくなったもんだからよぉ」
その大量の注文ってのは、グェンナの事だろう。
それでその辺のごろつき連中を集めて、鍛冶屋の真似事か。
うんうん、なるほどなぁ。
ちょっと斬っていいかな?
「だいたいヨォ、ドワーフの里つったら、頑丈で分厚い剣を作ってナンボだろ?
それを急にあんな見るからに弱っちい刀とかいうゴミみたいなもんをよ、馬鹿みたいに丁寧に作り出してよ。
俺はあんなもん作るくらいなら、飲んだくれてた方がマシだぜ。
俺が駄目んなったのも、村から追い出されたのも、全部あの刀のせいじゃねーかっ!」
唾を吐き散らかしながら周りに訴えるジャコモを、ヴィクトールさんが拳で脳天から殴りつけた。
「ウゲェッ!」
潰れたカエルみたいな声を出して、目玉が飛び出ているジャコモ。
大丈夫かぁ〜。
2、3日くらいの記憶ぶっ飛びそうなゲンコツ貰ってるけど。
「お前は剣さえまともに打った事が無いだろうがっ!
帝都で、将軍クラスしか持てない剣を打ったのは自分だと大嘘をついて、好き放題していただけだろうっ!
このたわけがっ!そんな奴に刀の何が分かるっ!」
ヴィクトールさんの怒号が響き渡り、ジャコモは鼓膜でも破れたのか、グワングワンと頭を回しながら必死に耳を押さえていた。
「まーまー、ヴィクトールさん、無知な人間に何を言っても伝わりませんよ。
こーゆーのはね………」
私はスラリと鞘からカゲミツを抜き、片手上段の構えから、一気に刃を振りかざした。
ジャコモの目の前に置かれた大樽がスッと音も無く真っ二つに斬れる。
「あ……あわあわわわわわっ……」
真っ青になってカタカタ震えるジャコモの服が、ちょうど真ん中で斬れてハラリと左右に落ちた。
「あら、ごめん遊ばせ。
ちょっと余計な物まで斬れちゃったわね」
うふふっと笑いながらスッと納刀した。
「まぁ、峰打ちだから、安心しなよ」
フッと笑うと、またもやドワーフ達が騒めき出す。
「アレ絶対ワザとだよな?」
「あっ、やっぱお前もそう思う?」
「嬢ちゃんなら樽ごとジャコモを斬れるもんな」
「やっぱ峰打ちの意味、間違えてんだよなぁ」
だから、うるせーよっ!
峰打ちの意味、合ってんじゃんっ!
斬ってないもんっ!
身は斬ってないもんね、私。
「試しにアンタが量産したなまくらで同じ事をしてやりましょーか?
頭蓋骨も割れないわよ、あんな物。
余計な傷を負う分、逆に苦しむかもね。
良い?これはヴィクトールさんが打った名刀中の名刀、まさに神の一振りと言って良い程の業物だけど、このドワーフの村で作られた刀なら、私じゃなくても、刀をしっかり習得した人間ならさっきと同じ事くらい容易く出来るわよ。
アンタが馬鹿にするのは勝手だけど、刀と刀工をあんまり舐めない事ね。
アンタは鉄の量を少なくする事で刀を薄く仕上げていたみたいだけど、この村では上質の玉鋼をふんだんに使って、気の遠くなるような工程と精製、何度も繰り返される鍛錬で大樽でも綺麗にスパッと斬れる刀を生み出しているの。
アンタの見様見真似の刀工ごっこと一緒にしないでくれる?」
ギロっと私に睨まれたジャコモは、ヒィィィィィッと小さな悲鳴を上げて、綺麗に真っ二つに分かれた服で何とか体を隠そうとしていた。
「全く、嬢ちゃんに言いたい事全部言われちまったな」
ガジガジと頭をかきながら、ヴィクトールさんは照れ笑いを浮かべた。
「コイツは帝国法で裁く事になるが、それで良いか?
異種族を国民として認めていない王国じゃ、コイツを裁く法が無いだろ?」
ヴィクトールさんの提案に私はコックリ頷いた。
ヴィクトールさんの言う通り、ドワーフであるジャコモを裁く法が王国には無い。
その辺の法整備も今後の課題に既に上がってはいるが、追い付いていないのが現状だ。
「コイツの集めたごろつき連中は、もちろん王国で引き取ります。
こちらの法に則って、〝まとも〟な仕事を気が済むまでやって貰おうじゃない………」
クックックッと黒く笑う私を見て、屈強なドワーフ達が身を寄せ合ってガタガタと震えていた………。
「と、言う事があったのよ」
後日、刀の不法製造についての顛末を皆に説明すると、レオネルが眉間に深い深い皺を寄せ、ハァァァァッと深い深い溜息をついた。
「急に飛び出して行ったきり、何をしてるのかと思えば………。
何故そう短慮に物事を勝手に進めるんだ」
ギロッと睨まれて、私は思わず近くにいたリゼに抱きついた。
ふぇぇ、お兄たんが怖いヨォ。
「あ、あの、レオネル様、差し出がましいとは思いますが、今回はシシリア様の単独行動で結果良かったかと………。
シシリア様は刀の発案者ですし、ドワーフの村と王国を繋いだ第一人者でもあります。
そのシシリア様が、そのジャコモというドワーフを捕えたなら、帝国も何も言えないのでは?」
リゼが遠慮がちに私をフォローしてくれる。
リゼたん、マジ神。
リゼしか勝たん。
いっぱい大ちゅき。
思わず、ンーーッとリゼにキスしそうになる私の額をレオネルが片手で掴み、それを阻みながら、ちょっと頬を染めつつ視線を彷徨わせた。
「……うむ、リゼ嬢がそう言うなら……」
それくらい目を見て言えやっ!
イライラしながら私の額を掴むレオネルの手をバシンッと払う。
ちっ、腰抜け〇〇野郎。
そんなだからリゼが訳わかんない状況になってんだよ。
リゼとゲオルグが幸せな家庭を築くのを、指咥えて見てやがれっ!
絶対に邪魔すんなよ。
ギュウッとリゼを抱きしめつつ、シッシッとレオネルを手で追い払うと、額に青筋を立ててこちらを睨んできている。
玉無し野郎にいくら睨まれようと怖くありませ〜ん。
それ以上リゼに近付かないで下さい〜〜。
バーカバーカ。
兄妹でリゼを巡って熾烈に睨み合っていると、ヘラヘラとしたエリオットが私達を両手で制してきた。
「まぁまぁ、確かにリゼ嬢の言う通り、今回はリアの単独行動で正解だったよ。
ドワーフの村人を連れ出せたのも、リアだからこそだからね。
僕達が兵を引き連れて捕縛に向かえば、ドワーフの村人達は介入出来なかっただろうし。
そうなったら、ヴィクトールも納得していなかっただろう。
ドワーフのジャコモを捕らえたところで、我が国では対処出来ない。
かといって、王国の土地で好き勝手やっていたジャコモをタダでは渡せないし。
そうなれば、エドワルドの犯した帝国への密輸に関して、こちらは借りがある状態で、物凄く微妙な話になっちゃうしねぇ。
今回の事は、元村人だったジャコモが王国に密入国して、王国の土地で勝手に刀の不法製造をしている情報を掴んだドワーフの村人達が、親交のあるリアに頼んで入国許可を貰い、ジャコモを捕らえ、村に連れ帰った。
っというありがたい話に出来るから、リアの功績だよ」
ペラペラとそれっぽい事を言いながら、自然な動作で私をリゼから引き離し、後ろから腕を回して自分の胸の中に囲い込むと、私にだけ聞こえる小声で、エリオットは耳元に囁いた。
「お兄ちゃんをあんまり虐めちゃいけないよ。
キレたら何をしでかすか、分かったもんじゃない」
こそばゆいわっ!
私が耳が弱点だと知っていて、こういう事をワザとやるなっての。
だいたい、この腰抜け野郎に何が出来るってんだよ、一体。
コイツに出来んのは、リゼとゲオルグの婚姻を泣きながら見ている事だけだね〜〜。
断言出来るし。
なんか出来たんなら、もっと早くやっとけっての。
ちまちまニヤニヤ文通してないで、男見せときゃ良かったんだよ。
あ〜〜あ、私がレオネルだったらなぁ。
出会って秒でリゼを口説き倒したのに。
そんでお嫁さんに貰って、末長く幸せに暮らしたのになーーー。
目の前で、お互い背を向け、モジモジしているレオネルとリゼに、溜息が止まらない。
好きな者同士でも安易に結ばれないなんて、高位貴族になんか生まれるもんじゃ無いな。
こんな切ない思いをした男女が、今までどれくらいいたんだろう。
この、貴族社会独特の、傷モノ制度ってのをぶっ壊すには、やはり権力が必要だな。
………仕方ないなぁ。
私が、やるか。
後ろから私を抱きしめるエリオットを、目だけで見上げると、エリオットは、んっ?と小首を傾げた。
あ〜〜あ、本当に仕方ないなぁ。
くそデッカい溜息をつく私に、エリオットは、んっ?んっ?と首を傾げ続けていた。




