EP.187
さて、師匠が聖女だとかいう冗談はさておき。
それをこれ以上考えたくも無いし、追求したくもないっ!
さっきから謎の悪寒に襲われてるもんでねっ!
お願いだから、そこをこれ以上掘り下げさせないでっ!
「それじゃあ、今までの経緯を整理しよう」
私達の顔色が悪くなってきたところで、エリオットがニッコリと笑った。
「僕達に資金源を潰されたゴルタールは、グェンナ商会に目を付けた。
グェンナ商会の潤沢な資産に、国から認められた特別な販路。
それを利用すれば、起死回生は容易いと踏んだんだろうね。
そこで、ゴルタールと通じているニーナ・マイヤーが、魔族であるアビゲイル・ゴードンを、グェンナの息子、エドワルドに接近させた。
自らを淫魔の魔王と自称しているアビゲイル・ゴードンなら、エドワルドを堕とすなど容易い事だっただろうね。
エドワルドを懐柔して、グェンナ商会に潜り込んだアビゲイル・ゴードンは、グェンナの妻と娘、妹家族を人質にして、エドワルドにグェンナ商会の権限を与えさせた。
そしてエドワルドをうまく操り、東大陸に渡ると、盗難された美術品を買い漁らせ、同時に武器も秘密裏に密輸させた。
グェンナには違法魔道具と、帝国や王国の武器を集めさせ、北のサフ家に流す。
グェンナ商会の資金に加え、不法に得た金も全て武器に使っていたから、まず間違いなく、ゴルタールとニーナ・マイヤーの狙いは、北による王国の侵略だね」
ヤレヤレ〜と軽く溜息をつくエリオットの胸倉を、思わず掴んで私はニッゴリと黒く笑った。
「とんでもない事を簡単に言ってんじゃ無いわよ。
で、どうすんのよ、本当に北が攻めて来たら」
青筋を立てる私に、エリオットは焦って顔の前で手を振った。
「いや、もし北が本当に攻めて来ても、エブァリーナ様率いるアルムヘイム大公国を筆頭に、帝国の国々が挙兵してくれるからね。
我が国の戦力も格段に底上げされているし、万が一にも負ける事は無いよ」
安心させるように笑うエリオットに、私は掴んだエリオットの襟をギリギリギリィッと締め上げた。
「それでも、戦いになれば誰かが傷付いたり、犠牲になるわ。
ゴルタールや北の、くだらない虚栄心のせいで、人が死ぬかもしれないのよ。
………てか、既に犠牲者が出てんじゃ無い、グェンナの家族が………」
そこまで言って言葉に詰まる私を、エリオットは労るように見つめて、自分の首を絞める私の手をポンポンと優しく叩いた。
「大丈夫、今グェンナの協力で武器の入手経路を徹底的に洗い出しているから。
どれだけの武器を入手して、どれだけ北に流したかも、秘密裏にグェンナがリストにしてくれているからね。
それと照らし合わせて詳細に調べ上げているところだよ」
安心させるようにそう言うエリオットに、私はハッとしてその首をますますギリギリ締め上げた。
「そういえばっ!あの、なまくらっ!
なまくら刀の出所はどこだったのっ!?」
いよいよ顔色が土気色に変わってきたエリオットは、苦しそうに口を開いた。
「そこはまだ……グェンナから……聴き取り中………」
ぬぁにいっ!
そうとなればこうしちゃいられないっ!!
私はパッとエリオットから手を離し、急いで踵を返した。
「あんななまくら、製造しやがった奴は私が直接ぶちのめすっ!
刀鍛冶をなめやがってっ!
私ちょっとグェンナのとこに行ってくるからっ!」
言うだけ言って部屋を飛び出す私に、後ろからエリオットの声が聞こえた。
「グェンナは今、ライヒアと面会中〜〜………ダメだ、もう聞こえてないね………」
その頃には執務室の廊下を飛び出し、グェンナを秘密裏に匿っている部屋へと駆け出していた私は、確かに、エリオットの言う通り、そんな事は聞こえても無かった。
魔法で扉を閉じられている特別室。
秘密裏に人を隠したい時などに使用する部屋だ。
この部屋のセキュリティは何重にも守られていて、おいそれと人を寄せ付けない作りになっている。
ちなみに私は魔力を登録してもらってるから、スイスイだけどね、スイスイ。
扉に魔力を注ぐと、重い扉が自動に開き、その先に通常の扉が現れる。
その前に控えていた騎士に、グェンナに私の来訪を伝えてもらった。
騎士が確認しに行き、直ぐに戻ってくる。
「どうぞお入り下さい」
要人警護専門の、特別部隊に所属するその騎士は、余計な事は一切言わず、静かに扉を開いた。
「お邪魔するわね」
鼻息荒くズカズカと中に入ると、応接間になっている場所に、グェンナとライヒアが向かい合って座っていた。
ちなみに、ライヒアの後ろにノワールが控えている。
騎士としてライヒアに同行していたのだろう。
そのノワールにヨッと片手を上げると、困ったようにクスリと笑った。
「その様子だと、何か気に入らない事でも起きたのかな?」
長い付き合いになると、簡単に見破られてしまう。
私はツカツカとソファーに近付くと、ライヒアの隣にドカッと座り、下からノワールを見上げた。
「気に入らないなんてもんじゃ無いわ。
とっ、その前に、2人は何の話をしていたの?」
キョロキョロとライヒアとグェンナの顔を交互に見ると、グェンナが少し申し訳無さそうに口を開いた。
「王太子殿下から温情を頂き、有り難い事にグェンナ商会の商団員を、ライヒアさんのところで引き取って頂ける事になったのです」
グェンナの言葉に、ライヒアがゆるく首を振った。
「老舗の商団の、経験豊富な団員をお譲り頂けるなんて、私の方こそ有り難いですよ」
ライヒアの返答に、グェンナがいやいやと首を振り返す。
「代々うちで働いてきた者が多く、それしか出来ない者達ばかりです。
同じ商団であるライヒアさんに請け負って頂けて、本当に良かった。
他に職を求める者には、出来るだけ本人の希望に沿った職を与えて下さると、王太子殿下はそのような瑣末な事にまでお心を砕いて下さり……。
現陛下であるお父上様もそうですが、これほどに私達国民に寄り添った国政をなさる方が、時期君主である事は、我々国民の誉れです」
グェンナが目尻に涙を浮かべて頭を深く下げると、ライヒアが同意するように何度も頷いた。
「確かに、王太子殿下の物の見方は、王族としては稀有ですよね。
ここまで国民に寄り添える方を、私は他の国でも見た事がありません」
ライヒアの言葉に、グェンナは誇らしげに口元だけ綻ばせていた。
確かに、エリオットは国民思いの王太子だと思う。
この件で、グェンナ商会の団員の事まで気を配れる王太子など、エリオットだけだろう。
だがそれも、グェンナが全ての罪を1人で背負い、罪を精算してくれるから出来る事だ。
もしグェンナが、死なば諸共、商団ごと道連れにしようとしていれば、いくら王太子であるエリオットでも、グェンナ商会の団員までは守れない。
グェンナと同じ考えで動いていた者として、断罪するより道が無かった。
改めて、ギルバート・グェンナという男の潔さに感服する。
シャカシャカが絡まなければ、この王国を支える心強い人材として王家から重宝されるべき人物で居続けてくれたはずなのに。
それを悔やんだところで、本当に今更だが、グェンナの志を受け継いだ人間達がライヒアの元に集まる事が救いになればいいと思う。
きっと彼らはいつかまた、この王国を支える心強い人材となってくれるだろう、グェンナのように。
「ところで、公女様はどのようなご用件でこちらに?」
グェンナに問われた私はハッとして、グイッと前のめりにグェンナに迫った。
「そうそう、あの地下に大量にあった刀について聞きたかったのよっ!
あれは何処の鍛冶屋でどんな阿呆が作ったのか。
あんななまくら、作った奴は唯じゃ済ませないわっ!」
ギリギリと奥歯を噛み締める私に、グェンナはちょっと怯えながらも答えてくれた。
「アレはあるドワーフの鍛冶屋で取り引きしたものです。
前々からそこで製造された刀が、王国内で秘密裏に取り引きされていたようで。
本物は無理でも、装飾品として刀を手に入れたいという人間に、勝手に売っていたようですね。
そこに私が目を付けました。
刀は我が商会でも人気の高い商品でしたから、これでも物を見る目はあると自負しております。
あの刀を見て、一目で経験の浅い鍛冶屋のなまくら物と分かりました。
とてもではありませんが、アレでは人は切れますまい。
だからこそ、北へ流す武器として、あの刀を大量に仕入れたのです」
ニヤリと笑うグェンナに、私は目を見開き、直後大笑いした。
「アーハッハッハッハッハッハッ!
なるほどね。流石グェンナ商会の商会主、本当に見る目があるわっ!」
「お褒めいただき光栄です」
私の心からの賛辞に、グェンナは恭しく頭を下げた。
「あの、お話中に申し訳ありませんが、私は今回グェンナ商会の団員を受け入れる事で、アインデル王国にも商会を構える許可を頂いたのですが、是非刀も扱いたいと願っております。
我がハルミツヒ商会にも刀剣商権を許可して頂けるでしょうか?」
揉み手でニコニコ笑うライヒアに、骨太な商売をするグェンナとはまた違った、ライヒアの商人魂を垣間見て、私はニッコリと笑い返した。
「もちろん、今後は貴方に、王国と東大陸の架け橋になってもらうんだもの、我が家からハルミツヒ商会に刀剣商権を許可するつもりよ。
他にも貴方にはお世話になりっぱなしだものね。
東大陸から王国に持ち込まれた美術品を、速やかに返却出来たのは貴方のお陰だし。
事を荒立てないでいてくれて、本当に助かったわ」
私の返答にライヒアは商売人らしくその顔を綻ばせ、ニコニコと笑う。
「ありがとうございます。
刀は必ずや、東大陸でも人気が出る事間違いなしです」
揉み手揉み手で顔を輝かせるライヒアは、人を良い気分にさせるコツを分かっている。
これでまだ27歳と言うのだから、ハルミツヒ商会はまだまだ大きく発展する事だろう。
縁あって知り合いになれた事は、今後大きな意味で、王国の利益になるのかもしれない。
「さて、グェンナ、それじゃ教えてくれない?
あの刀をこの世に生み出した、ど阿呆者の事を」
ニヤリと笑う私に、グェンナも同じように笑い返し、ゆっくりと口を開いた。
「ジャコモ?奴ならこの里から追放したが、何故お嬢ちゃんが奴の名を知っている?」
訝しげに眉根を寄せるヴィクトールさん。
ここ、鍛冶屋の村、ドワーフの里の一級職人であるヴィクトールさんは、この世界に刀を誕生させた刀匠でもある。
私は空間魔法から3本の刀を取り出し、無言でヴィクトールさんと他のドワーフ達に放り投げた。
それを受け取り、鞘から刀を抜いた瞬間、ドワーフ達の顔色が変わった。
「………嬢ちゃん、これを一体、何処で手に入れた?」
憤怒で顔を真っ赤にして、こちらをギヌロッと睨んでくるヴィクトールさんは、ドワーフだけあってパワー系の波動を放っていた。
「そのジャコモってドワーフが、王国に密入国して、山の中で不法に刀鍛冶やってるんです。
それはそのジャコモが作った刀です」
それから私はその刀を、グェンナがワザと大量注文して北に流していた事を説明した。
ドワーフ達はグェンナの機転に感心していたが、やはり手元にあるジャコモ作の刀を許す気には到底なれないようだった。
「北への武器輸出については、黙っていて欲しいんですけど」
私のお願いにドワーフ達は力強く頷いた。
「もちろんだ、王国に害になる事を俺達が喋る訳がない。
が、その代わりといっちゃなんだが、嬢ちゃん。
ジャコモの居場所を教えてもらえねぇか?」
額に太い青筋をビキビキ浮かべ、ニッゴリ笑うドワーフ達に、私は待ってましたとばかりにニヤリと笑い返した。
「もちろん、皆さんの入国許可申請もしてきましたから。
いつでも楽しい王国観光にいらして下さいね」
優雅に微笑む私に、ヴィクトールさんはますます黒い笑顔になって、ジャコモの刀の刃を両手でグググッと持って、バキンッと真っ二つにへし折った。
「悪いな、嬢ちゃん。それじゃ遠慮無く、顔見知りに挨拶に行かせてもらうぜ」
鍛冶屋は体力仕事。
しかもヴィクトールさん達はドワーフだ。
血気盛んなドワーフを怒らせるとどうなるか、同じドワーフであるジャコモなら当然知っているだろう。
今頃悪寒を感じてたりしてな。
まっ、遅いけどねっ!
王国内のとある山の山頂付近。
手作りの掘建て小屋がいくつも並び、ちょっとした村のようになっている。
中から不規則な鈍い音が聞こえ、男達の酒焼けした声が響いてきた。
「いや〜、ジャコモさんのお陰で、こんな楽な仕事で飯が食えるなんて、本当にありがてぇやっ!」
「本当だよな〜、なんせちょちょっと鉄打っただけで金になるんだぜ」
「しかも刃が薄いわ細いわで、作るのが楽で仕方ねぇや」
「鉄つっても、不純物入りまくりのを使ってっから、その辺から取り放題だしな」
「王国の山から勝手に取っちゃってるもんな、俺らっ!」
ガーハッハッハッハッ!
と笑う男達の声が、小屋の外にいても聞こえてくる。
「ちょちょっと打てば出来るらしいですよ?」
小屋から顔を逸らさずに、隣のヴィクトールさんにそう言うと、ヴィクトールさんは怒りを抑えた冷たい声を出した。
「ほう………不純物まみれの鉄で、か………」
ヴィクトールさんの呟きに呼応するように、後ろに控えているドワーフ5人がビキィッと一斉に殺気立った。
ちなみにこの5人は、鍛冶屋だがドワーフの村の戦士でもある。
しかも、ヴィクトールさんに認められた精鋭中の精鋭。
人じゃ持ち上げることも出来ないような、どデカい斧を軽々と肩に担ぎ上げ、山のような体躯をしている。
日頃は気の優しいドワーフ達なんだけどなぁ。
5人とも面識のある私は、日頃からの変わりように正直ちょっぴりオシッコちびりそうになってる。
残念ながら、ジャコモ何某は明日の日の出は望めないな………。
いやはや、可哀想に。
合掌………。
まぁ、自業自得だけどなっ!
エリオット:キュピーンッ!
「……なに…?リアがオシッコ、ちびりそう……だとっ!?」




