EP.186
王宮で秘密裏にグェンナを匿う事が決まった。
罪人ではあるが、身の上を考慮しての特別な処置となった。
グェンナからの更に詳しい事情聴取がニースさんにより行われ、後日私達はまたエリオットの執務室に集まる事となった。
「僕はね、グェンナ商会の急激な変化に、ずっと疑問を感じていたんだ。
グェンナ商会は王国を孤立させない為にと、初代グェンナ商会主が起こした、国に忠実な商会だったんだよ。
知っての通り、この国は女神の加護により豊かな大地に恵まれ、生きていく全てが国内で賄われてしまう。
それゆえ、帝国との交易以外に他国との直接的な外交を必要としていなかった。
大陸の向こうにある東大陸については、帝国からの情報しか、それまで持ち合わせていなかったんだよ。
だけどそれでは、全てが帝国頼りになってしまうと危惧した当時のグェンナ商会主が、国に掛け合い大陸横断公認許可を得て、王国独自の交易を始めた。
航路による大陸横断は大変な危険を伴う事も承知の上で、我々王国民の為に海を渡ってくれたんだよ。
そんな信念の強い商会が、何故あのような卑劣な罪を犯したのか………。
その裏には何かがあるような気がして、密かにニースに伝えておいたんだ。
もしグェンナが何の抵抗もせずに、大人しく捕縛されるようなら、彼も何らかの被害者である可能性が高い、とね」
口惜しそうにそう言うエリオット。
皆が皆、何も言えずに黙り込んでいた。
部屋の中は、リゼとキティが寄り添って啜り泣く声が響いている。
グェンナの事情と家族との最後の別れを、私達から聞いたからだった。
「予感が的中してしまって、僕も非常に残念だ。
魔族の存在は確認していたし、ニーナ・マイヤーと何らかの関係がある事も掴んでいたというのに、魔族も彼女も捕える事が出来ずにいたからね。
グェンナ商会を襲った悲劇は、僕らの責任だと言っても過言では無い。
だが、だからといって彼を裁かない訳にはいかない。
彼自身もそれでは納得しないだろうし、魔族の存在を公表出来ない以上、国民も納得しないだろう」
組んだ両手をギュッと握り、苦しげに眉を寄せるエリオットに、皆が悔しい気持ちを抱えながらも静かに頷いた。
「なぁ、ニーナ・マイヤーは本当に何者だよ。
何で魔族があの女を女王と呼んで付き従うんだ?
スキルがあるのは分かってっけど、魔力は無いんだろ?
例えば、規格外の魔力持ちのクラウスとかなら、自分達の味方につけようと魔族が懐いてくんのもまぁ、理解出来んだけど、ニーナはそうじゃねーんだろ?
何で魔族はニーナの従者の真似事までしてんだ?」
ジャンの疑問に、レオネルも頷きながら顎を手で掴む。
「それに、アビゲイル・ゴードンはグェンナに、淫魔の魔王、ニシャ・アルガナ伯爵だと名乗った。
魔族が貴族位を名乗るなど、初めて聞いたが……。
それが魔族独自の貴族位なのか、それとも魔族に堕ちる前の貴族位なのか。
だとしたら、伯爵を名乗る者が男爵令嬢に傅く理由も不明だな」
ジャンとレオネルの疑問に、エリオットが静かに頷く。
「アビゲイル・ゴードン、又はニシャ・アルガナなる人物が、以前帝国に存在していなかったか、今アランに調べてもらっているから、それは直ぐに判明すると思うよ。
それから、ニーナと魔族の関係はまだハッキリとしないね。
どちらがどちらかを利用しているのか。
それとも、完全に利害関係が一致しているのか。
どちらにしても、ニーナに魔族が力を貸している以上、僕らはますます彼女に手出し出来なくなったって訳だ」
苦い顔で眉間に皺を寄せるエリオットだが、やはり無理矢理にでもシャカシャカを捕える気は無いようだ。
確かに、今シャカシャカを捕らえれば魔族に王宮が狙われかねない。
「そもそも魔族って、どうやったら倒せんの?」
ジャンの素朴な疑問に、これはミゲルが答えた。
「基本、魔族の力を抑えたり弱体化させたりするには、光魔法を極めた先にある聖魔法が必要になります。
実は光魔法自体は、他の4属性同様の出現率だと言われていますが、何故か光魔法だけ殆どの属性待ちが、魔力量が低いのです。
ですから、教会に所属する光属性持ちの神官は、その中でも魔力量の高い稀な人間だと思ってくれていいでしょう。
更にその中から、光魔法を聖魔法にまで昇華出来る人間は殆どいません。
魔族に対抗するには、そんな稀な力が必要になってくるのです。
もちろん、他の属性の攻撃でも魔族に傷を与える事は出来ますが、魔族特有の超回復力により、途方も無い手数が必要となってきます」
ミゲルの説明に、ジャンはポンっと手を打った。
「じゃあ、ミゲルの聖魔法で魔族を弱らせて抑えてる間に、俺らがボコボコにしてやればいいんだなっ?」
ラクショーとばかりにバカ笑いするジャンだが、しかしそのジャンをミゲルは残念そうに見つめた。
「実は、4属性では魔族を傷付けれる事は出来ても消滅させる事は出来ません。
確かにジャンの今言った方法は、過去に魔族討伐として1番使われた手ですが、それでは魔族を倒す事は出来ず、出来て封印するくらいですね。
封印した場所に魔力のこもった純度の高い水晶で聖石を立て、聖魔法、無理なら光魔法で何重にも封印を施します。
その封印の定期的な封印結界の張り直しも、帝国の教皇庁では大事な仕事なのです。
生まれつき聖魔法を持って生まれる聖女という存在が、帝国には稀に生まれるそうですが、彼女達は封印の地に赴かなくとも、教皇庁から封印を強化する力があると言われています。
しかし聖女は稀に現れる存在。
基本はやはり、教皇庁の司教達が定期的に巡礼の旅に出て、各地の封印結界に異常が無いか調べ、強化を施していく、というのが通常ですね」
ミゲルの説明に、徐々にジャンの顔色が悪くなっていき、最後は絶望の顔でクラウスを振り返った。
「何だよっ!超絶メンドくせぇっ!」
「………なぜ俺を見る?」
ピキッとクラウスの額に青筋が浮かぶが、ジャンの言う事が理解出来るのも辛いところだ。
魔族に堕ちていなくても(主にキティ関連で)
面倒くさいのに、魔族に堕ちてからも、倒すのも封印するのも、その後のメンテもいちいち面倒くさいとか、確かにジャンが絶望するのも無理はない。
「ですがここ70年ほどで、各地に魔族を封印していた聖晶石が壊され、封印していた魔族が完全に滅せられている、という不思議な現象が起こっていまして、実は現存する封印結界はほぼなくなったんですよ」
ミゲルがニコニコと笑ってそう言うと、ジャンはへぇ〜っと声を上げた。
「それって、誰かがやったって事かよっ!?
すげぇっ!封印されてる魔王を解き放ち、ぶっ倒してんだろ?
ちょーーーカッケェ!
誰がんな事やってんのか、分かってんのか?」
ジャンの察しの悪さに、ミゲルは顔に影を落とし、斜めに床を見つめながら、ハハハと笑った。
「……私も、そんな事を成し遂げる方はどれ程の高明な大賢者様なのだろう、と思っていた時期がありました………。
………師匠に会うまでは………」
「アイツかよっ!!」
間髪入れぬジャンのツッコミに、ミゲルはコクコクと頷く。
いやいや、そりゃそんな事出来んの師匠だけだろうよ。
考えんでも分かるわ。
幼稚園児にも分かる問題だわ。
「つまり、ババ……師匠は聖魔法の使い手って訳だろ?
元々、4属性に加えて闇魔法に光魔法、全部属性があんだよな?
そんで、光魔法を修行しまくって聖魔法が使えるようになったと」
今ババァって言いかけたジャンには、後日師匠から何らかの制裁があるとして。(真っ裸で城の屋上から逆さ吊りくらいが妥当か?)
そのジャンにエリオットがニヤリと、何だか意味ありげに笑った。
「実は、生まれた時から聖魔法の属性持ちで、本当なら帝国の聖女だった、って言ったら信じるかい?」
エリオットの言葉に部屋が一瞬シーンと静まり返り、次の瞬間、皆がドッと笑い声を上げた。
「ナハハハハハハッ!し、師匠が、せ、聖女っ!師匠が聖女ってっ!
やめてくれっ!あり得ないだろっ!
ブッ、ブフフッ!師匠が聖女っ!?」
ジャンがぶっ込んできた、師匠が聖女というキラーワードが皆のツボにハマり、皆が涙を流すほど大笑いする中、キティとリゼだけが首を捻ってそんな私達を不思議そうに見ていた。
いやいや、キティ。
クラウスが大口開けて笑ってる超貴重ショット、得意の脳内スクショ機能で保存しなくて大丈夫か?
こんな事、滅多にないぜっ!
アーハッハッハッハッハッハッ!
師匠が聖女っ!
師匠が聖女ってっ!?
バカ笑いする私達のテンションがイマイチ伝わらないようで、キティとリゼはビックリした顔で目を丸くしている。
お陰で二人の涙が止まったから、まぁこれはこれで良かったかもな。
「どうして皆様がそんなにお笑いになるか、分からないのですが………」
目をパチパチさせるリゼに、私達は一層バカ笑いが止まらない。
「あの、魔女様は帝国のエブァリーナ・ヴィー・アルムヘイム大公よね?
爵位を継いで公爵領を公国にする前は、アルムヘイム公爵令嬢だった、でしょ?」
戸惑うようなキティに、私達は笑うのをやめて首を捻りつつも頷いた。
いや、そりゃそうだろ。
師匠の中の人であるエブァリーナ様は、公爵位を継いで大公にまで登り詰めた女傑ではあるが、そりゃ公爵位を継ぐ前は唯のアルムヘイム公爵令嬢でしょうよ?
今の私と同じ立場ね、だいたい。
そんな当たり前の事、何で今更?
キティの言わんとしている事が理解出来ず、んん?だから?と首を捻る私達に、キティは目を丸くしていたが、やがて私達を一人づつ見つめた後、諦めたような溜息をついた。
「あのね、アルムヘイム公爵令嬢といえば、帝国の影の聖女じゃないかと噂されていたような人なのよ?
当時、何十年かぶりに帝国に聖女が現れたんだけど、力を発現する前の聖女様に気付いたのがアルムヘイム公爵令嬢で、聖女様を教皇庁にお戻しになった功労者なんだけど、実はアルムヘイム公爵令嬢自身も聖女だったんじゃないか、って言われているの。
だからこそ、誰も気付いていなかった聖女様の存在に気付けたのだとね。
当時の聖女様は力をまだ発現していなかったのに、帝都から聖域、さっきミゲル様が言っていた魔族を封印している場所ね、そこまで聖魔法が届いていたの。
その後も、聖女様のお力が発現してもなかなか安定しなくて、だけどその間も聖域に力は届いていた。
聖女様の無意識のお力だと皆がそう思っていたけど、一部の聖女研究家の中には、もう一人の聖女、アルムヘイム公爵令嬢のお力だったんじゃないかって言う人もいるの」
ペラペラと話すキティの隣で、リゼがうんうんと頷いている。
……はっ?あっ?なんて?
師匠の中の人であるエブァリーナ様が、影の聖女………?
んっ?
つまり………どーいう事だってばよ?
ポカンとアホヅラのまま呆然とする私達に、キティとリゼは深い深い溜息をつき、ヤレヤレと首を振った。
「いや……だって……師匠、だよ?
あの師匠、分かる?師匠がエブァリーナ様で、エブァリーナ様に聖女って噂があって、でもエブァリーナ様は師匠だから………んっ?
師匠がつまり、聖女………いやいやいやいやいやっ!」
慌てて手を顔の前で振る私を、キティとリゼが可哀想な者を見る目で見ている………。
「いやっ!だって………っ!
そうだっ!大体なんで、二人はそんな事知ってんだよっ!
おかしいだろっ!そんな詳しいとかっ!?」
グルグルと目を回しながら二人に当たり散らす私を、キティがますます憐れみの目で見つめてくる。
「あのね、聖女様は女性の憧れよ?
帝国のみならず、王国でも憧れの対象だし、関連する書籍も沢山出ているの。
それこそ、歴代聖女一人一人にそういった書籍があって、女の子は皆、一度は読んだ事ある筈なのよ。
……まぁ、若干一名、勇者やらドラゴンが出てこないものには見向きもしない女子もどきがいるけれど……。
とにかく、聖女ファンの中ではエブァリーナ様は有名な方なの。
1番新しかった聖女様が蟄居なさった今、現役でいらっしゃるのはエブァリーナ様ただ一人だと、聖女ファン界隈では信じてる人間が沢山いるのよ。
私とリゼちゃんも、エブァリーナ様聖女説を信じる一人よ。
なんたって、エブァリーナ様は歴代最高の聖なる力を持っている方じゃないかって言われてる、凄い方だものっ!」
両手を胸の前で組み、キラキラとお目目を輝かせるキティとリゼを機械仕掛けのようにギギッと指差し、ギギギッとエリオットの方を振り向いた。
エリオットは執務机の上で組んだ両手の奥で、楽しそうにニッコリ微笑みながら、ゆっくりと頷いた………。
…………あっ?ああ、あ、うん。
つまり、アレね?
アレだろ?アレアレ………。
え〜っと、なんだっけ?
そういや私、今日昼飯食べたっけ?
あっ、食ったわ。
うんうん。
で、なんだ。
つまり、アレだよ。
師匠がね、アレねアレアレ。
アレでしょ?
聖女とか何とか………いう……アレね………。
………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
いやっ!あり得なくねーーーーーーーーっ!
師匠が聖女っ!?
師匠が、聖女っ!!
あんな聖女がいてたまるかっ!
嬉々としていたいけない少年少女をぶっ飛ばしてたかんねっ?あの人っ!
えっ?
どのツラ下げて?
どのツラ下げて聖女ぶっちゃってんの、あの人っ!
認めないからっ!
あんな聖女、私は絶対に認めんっ!
そもそも、じゃあ何であの人、聖女のくせに教皇庁で暮らさず、自由に出歩いてんの?
爵位まで継いで、大公にまでなってんのよっ!
そんな自由な聖女、聞いた事ないわっ!
「……ねぇ、その話、どうして私達は1ミリも知らない訳?」
ガクガクと謎の寒気を感じながら、腕をスリスリ擦る私に、エリオットが困ったように眉を下げた。
「それは、君達にとってグランドデューク(大公)であるエブァリーナ様の方が興味を引いたからだろうね。
君達好きでしょ?グランドデュークとか。
まぁ、ミゲルくんまで知らなかった事には驚いたけどね」
ニッコリ笑うエリオットに、私はハッとしてミゲルを振り返った。
「そうよっ!何でアンタ、知らないのよっ!」
自分の事は棚において、ミゲルを責める私に、ミゲルは真っ青な顔で答えた。
「教会の資料にはそんな事、何も………。
それに、聖女に関する書籍があるなど、今初めて知りました」
カタカタ小さく震えるミゲルに、エリオットがヘラッと笑った。
「こういうのは意外に、民間の方が的を得ていたりするからねぇ。
エブァリーナ様は聖女であると公言した事もないし、教皇庁から認められてもいない。
でも、人々にとって大事な事はそんな事では無く、エブァリーナ様のカリスマ性だよ。
帝国にとって欠かせない存在であるエブァリーナ様が、実は聖女でもあった、という話の方が皆興味があるし、ハマって調べる人間はもの凄い熱量で当時を洗い出したりするから。
なかなかどうして、聖女研究家という人種も侮れないよね?」
んっ?
結局どっちだ?
聖女研究家なる人々の、希望的観測なのか?
聖女ファンの勝手な憶測か?
エリオットの言葉でますます訳が分からなくなり、グルグル目を回しながら、しかし私は一つの確固たる答えを出した。
どっちだろうと、私は信じんっ!
私は信じないからなーーーーっ!
師匠が聖女だなんてーーーーーーーーっ!!




