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EP.185


「我が神の御許へ、彼者に慈悲と博愛を、ホーリーリフィケィション」


ミゲルから放たれる浄化の光が全てを包み、風が巻き起こり、瘴気を祓っていった。

黒い塊達を眩い光が優しく包み込んでいき、スゥッとゆっくり、異形の者達が浄化されていく。

そこには苦しみも痛みも存在していなかった。

慈悲深く慈しむように、ゆっくりと優しく、そしてただただ静かに、異形の姿が消えていく………。



「おお………おお………マヤ……リリー………。

ソフィア……ハリー……チャーリー……」


グェンナが涙をボロボロと流しながら、家族一人一人の名前をゆっくりと呼んでいった。


その時、グェンナの直ぐ目の前に、幻のように人影が現れた。


『あなた………ありがとう……』


澄んだ声の主はだんだんとハッキリと人としての姿になり、眩く輝きながらグェンナに手を伸ばした。


「おおっ!マヤッ!」


グェンナもその人影に手を伸ばすが、掴もうとした手は虚しく空を切った。

目の前の女性に実体は無く、見えているのは魂の残像のようなモノなのかもしれなかった。

それでもグェンナは、嬉しそうに妻に向かって両手を広げる。



『パパ、助けてくれてありがとう』


母親によく似た若い娘が、グェンナに優しく笑いかけた。


「リリー……すまない、リリー………」


止めど無く流れる涙を、グェンナは拭おうともせず、娘の残像から目を逸さなかった。

まるで、少しでもその姿を目に焼き付けておこうとしているかのように。



『兄さん、私達はもう大丈夫よ、ありがとう』


『お義兄さん、ありがとうございます』


妹夫婦と思われる男女の残像も、グェンナに向かって穏やかに笑いかける。


『おじちゃんっ!僕もう、どっこも痛くないよっ!おじちゃん、ありがとう!』


妹夫婦の子供だろうか。

6歳くらいの男の子が、グェンナの前でピョンピョンと飛び跳ねた。


「ソフィア……ハリー……チャーリー………。

すまない………すまない………」


嗚咽を上げながら号泣するグェンナに、奥さんであるマヤがゆっくりと両手を広げ、グェンナの精悍な体を抱きしめる。

娘のリリーも、グェンナの肩に手を置いて、微笑んでいた。


『いいえ、皆あなたに感謝していますよ。

あなたは良き夫、良き父でありました。

そして、家族の長として、グェンナ商会を正しく切り盛りして下さいました。

あなたにばかりご苦労をお掛けしますが、どうかグェンナ商会の幕を、正しく引いてくださいね』


マヤの言葉に、グェンナは力強く頷いた。


『パパ、先に行って待ってるからね』


リリーもグェンナの太い首に腕を巻きつけ、最後に父親を抱きしめる。


「うっ……うう……分かった。

直ぐに追いかけるからな、リリー……」


その体に直接触れる事は叶わなくとも、3人はお互いを優しく抱きしめ合った。


『あなた、どうかエドワルドの事も、お願いします。

あの子も一緒に、神の御許でまた家族になりましょう』


そう言うマヤに、グェンナは何度も何度も頷く。


「必ず、アイツも連れて行く。

待っていてくれ、マヤ、リリー……」


マヤとリリーは涙に濡れるグェンナに優しく微笑み見つめていた。



『では、私達はもう行きますね。

あなた、後の事をお願いします。

あちらでお帰りを待っています、あなた……』


マヤとリリーの体がフワッと浮いて、天に吸い込まれるように上へ上へと、ゆっくりと上がっていく。

見上げると、倉庫の天井に金色に輝く雲が渦巻き、そこから光の柱が5人に向かって伸びてきていた。

その光に包まれて、皆の体がフワリと光の柱に吸い込まれていく。



『兄さん、先に行って待ってます』


『お義兄さん、後を頼みます』


『おじちゃん、バイバーイ』


妹夫婦とその子供、チャーリーが先に、黄金に輝く雲に吸い込まれていった。


『あなた、愛してます、それを最後まで忘れないで……』


『パパ、大好きだよ、もうあんまり泣かないでね』


グェンナの妻と娘、マヤとリリーも光に包まれ、黄金の雲の中に吸い込まれていく………。

グェンナはその2人に手を伸ばし、涙を静かに流した。









一部始終を見守った誰もが涙を流して、グェンナの家族を見送った。

5人が天に昇り、黄金の雲が徐々に消えて、元の倉庫の天井に戻る、その時まで。



「ミゲル様、神官様方………ありがとう、ございました」


床に膝を突き、胸の前で手を組んで、グェンナは祈るようにミゲル達に礼を述べた。


「最後にどうしても貴方と話をさせてあげたかったのです。

彼らがそれを私に望んだのですよ。

それはとても悲痛な声で、どうかお願いしますと………。

残していく貴方の事が心配で仕方なかったのでしょうね」


ミゲルは涙に濡れた、慈悲深い瞳でグェンナを暖かく見つめた。

異形の姿になってなお、皆グェンナの事を心配していたのだ。

自分達の事で心を痛め、無理をしているのでは無いかと。

そして、全ての責任を追い、断罪されなければいけない、グェンナを。


「最後に家族に会えた。私にはもう、それだけで十分です。

あとはエドワルドを探し出し、必ず家族の元へ共に連れて行きます」


強い覚悟を決めた目だった。

今だ逃げ続けるエドワルドは、今全力で探しているが、まだ見つからないままだ。

エドワルドが見つかり次第、2人の処分が決まるだろう。


「大変な思いをさせたね、グェンナ。

我が国に魔族が入り込んでいる事を、王家が秘匿にしていたばかりに………。

君とご家族には本当に申し訳ない事をした………」


深く頭を下げるエリオットに、グェンナは慌てて立ち上がった。


「そんなっ!王太子殿下にそのような………。

私があちらに行った時に、家族に叱られてしまいます」


グェンナは何とかエリオットに頭を上げてもらおうと、身振り手振りでエリオットに訴えた。

これ以上グェンナを困らせる訳にもいかず、エリオットはゆっくりと頭を上げた。

………本当は、頭を下げるくらいじゃ足りないとエリオットが思っている事は、見ているだけで分かる。

それでも、いくら非公式な謝罪だとして、グェンナはエリオットに頭を下げさせるなど、恐縮してしまって耐えられないのだろう。


「……それに、あの魔族は間違いなく、私の息子、エドワルドの心の弱さが招いたものです。

エドワルドに商会を継ぐ能力など、無いのは分かり切っていました。

私は妹の夫ハリーか、娘の将来の伴侶に商会を継がせる気でいました。

それを、エドワルドも分かっていたのでしょう。

あれの憤りや劣等感があの魔族を呼び寄せた。

私は父親として、エドワルドに大事な事を教えてやれなかった。

アレにも、商人では無い、他の才能があったかもしれないのに。

商人として育て、他の道は与えず、才能が無いと知るや切り捨てようとしたのです。

全ては私の父親としての資質が足りなかったせいです。

エドワルドがあの魔族を招く結果になってしまったのは、全て私の責です。

私はその罪から逃げも隠れも致しません。

エドワルドの事も、最後くらい父親らしく、責任を持って連れて行きます。

………マヤもそれを心待ちにしているでしょう」


そうだ………グェンナや、その妻マヤにとっては、あのエドワルドだって、可愛い息子なんだ。

例え、魔族につけ入れられ、家族を失う原因になったとしても、それでもエドワルドは2人の血を分けた大切な子供なのだから。


私は悪党というには無邪気すぎる、エドワルドの自慢顔を思い出した。

私がグラシアット子爵令嬢として商会に潜入した時、エドワルドは始終ご機嫌で、自慢げだった。

例え魔族の力とはいえ、自分がグェンナ商会の正式な後継ぎとして扱われるのが嬉しかったのだろう。

あんなに嬉しそうにご機嫌だったのは、自分がとうとう父親に認められたと錯覚していたからだ。


エドワルドに家族を異形に変えてでも、商会主である父親から権限を奪うような冷酷さは無いと思う。

下手したらエドワルドは、アビゲイル・ゴードンが魔族である事にも気付いていないのでは無いだろうか。

グェンナはああ言っていたが、エドワルドを後継ぎにしないと決めたのは、息子の為を思っての事だろう。

能力に見合わない大役を背負わされれば、いつかエドワルドは耐えきれなくなり、潰れていたかもしれない。

グェンナなりに、エドワルドを大事に思っての決断だったのだと思う。


母親のマヤだって、最後までエドワルドの事を心配していた。

異形に変えられ、魂を魔族に囚われてなお、息子の事を心配する、心の優しい母親だった。


そんなグェンナとマヤに育てられたエドワルドが、真からの悪人になり得るとは思えない。

たぶん、盗難品の美術品も、違法魔道具も、北との武器の不法取引も、本当にグェンナ商会の為になると思ってやっていたに違いない。

アビゲイル・ゴードンに唆されて行ったのだろうが、それでも自分の持ってきた儲け話で商会が潤い、皆に、特に父親であるグェンナに、自分を認めさせたい一心だったのかもしれない。

それは、エドワルドが常に父を意識して生きてきた証拠だ。

エドワルドにとって父であるグェンナは、超えらない高い壁であると同時に、尊敬すべき相手だったのだろう。


エドワルドが浅はかで不勉強であったにしても、グェンナに認められたいと思う気持ちは本物だったのだと思う。




「……とにかく、王宮に帰ってこれまでの経緯の整理と、これからの話しをしましょう。

アビゲイル・ゴードンの事もどうなったか気になるわ」


私の言葉に皆が頷いた。

王宮に残ったクラウス達からの連絡は無いが、魔族が直ぐそこまで迫ってきているのだ、どうなっているのか気になって仕方ない。


対クラウスによるアルマゲドンとか起きてないよな?

何があろうとキティだけは無事だろうけど、その他の身が危ないっ!

最悪ジャンくらいなら丸焦げになってても、まぁ、良いんだけど。

後でノワールにテキトーに冷やしてもらっとけばいいだろ。

だけど、リゼにエリクエリーもいるからなっ!

ゲオルグぐらいなら丸焦げになってても、まぁ後でノワールに冷やしといてもらうけど。

リゼとエリクエリーはっ!

私の大事な側近の、リゼとエリクエリーだけはっ!


くそっ!

無事でいてくれっ!

リゼとエリクエリーッ!

ちゃんとジャンとゲオルグを盾にして無事だよなっ!?








王宮に戻ると、ミゲルと高位神官達が眉間に皺を寄せ、ピリッと緊張感を漂わせた。


「……微かにですが、瘴気の気配を感じます」


ミゲルが緊迫した声でそう言った時、ジャンがこちらに走ってきた。


「よう、どうだった?」


落ち着いたジャンの様子に、こちらでは何事も無かった事が伝わって来て、私達は安堵の息をついた。


「こっちの話はまた後で、ゆっくりするわ。

で?アビゲイル・ゴードンは抑えられたの?」


私の問いに、ジャンは肩を上げて軽く答えた。


「遠隔地からの発動だとしても、あの師匠の結界だぜ?

魔力のある俺達も補助に入ったし。

ってか、クラウス1人で十分って勢いの魔力補助をこなしてたけど。

まぁ、とにかく、アビゲイル・ゴードンは王宮の敷地には一歩も足を踏み入れられず、エリオット様の言う通り、大人しく外の馬車でご主人様を待っていただけ。

ついさっき、何事も無くニーナ・マイヤーと帰って行ったぜ?」


こちらでは何事も無かったようで、皆改めて安堵した。


「それでも、流石は魔族といったところでしょうか。

微かですが、瘴気の残留を感じます」


しかしミゲルだけは、まだ緊張した面持ちでそう言った。


「私達が浄化してまいりますので、どうかミゲル様はお休み下さい。

あのような上級聖光魔法をお使いになったばかりなのです。

ご無理はなされないで下さい」


神官達の言葉に、ミゲルが穏やかに微笑んだ。

しかし、確かに神官達の言うように、その横顔には疲労の影が浮かんでいる。

微かに汗もかいているところを見ると、あの魔法は通常の浄化魔法とは違い、相当に難易度の高いものだったのだろう。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、後をお願いしても良いですか?」


ミゲルの返事に、高位神官達はホッとしたように頷き、師匠の結界の外へと向かって行った。

高位神官というくらいなのだから、皆長い年月を光魔法の研鑽に費やしてきた者達であり、当然皆ミゲルよりずっと年上なのだが、神官達からは始終ミゲルを敬う雰囲気を感じた。

ミゲルが協会内で誰よりも尊ばれているという話は、どうやら本当らしい。

既にミゲルの父親である大司教が、その座をミゲルに譲る為に動き出しているというのも、ただの噂では無さそうだ。

もし実現すれば、史上最年少の大司教が爆誕する事になるが、ミゲル本人はそんな事に無関心で、市井に降りては治癒魔法の必要な人間の所に気軽に向かっている。



「ミゲルくんについて、少し考えなければいけないかもしれないね。

あのレベルの聖光魔法を使えるとなると、魔族の標的になるかもしれない。

今時点であのレベルの力を使えるのは、帝国の教皇庁にもいないかもしれない。

つまり、師匠を除けばただ1人、ミゲルくんだけが魔族を滅する力を持っているかもしれない可能性が出てきたという事だ。

魔族は今まで師匠ただ1人を恐れてきたけれど、それが2人に増えるのを良しとはしないだろう。

襲撃をかけては返り討ちに遭ってきた師匠より、ミゲルくんの方が狙われる確率が高い」


顎を掴んで思慮深げに、物騒な事を言うエリオット。

ミゲルが魔族から狙われるかもしれないという事もそうだが、それより師匠が魔族に恐れられてるとか、返り討ちにしたとか………!

あの人本当に何なの?


あの人が魔王なんじゃないの?

既に魔の者を統べる王なんじゃないの?

何で魔女が魔族をボコボコにしてんだよ。

おかしいだろ………。


「………赤髪の魔王って改名した方がいいんじゃない?」


ボソリと呟く私に、エリオットがハハッと笑った。


「確かにね。一部の魔族からは、狂眼の赤髪とか、凶乱の魔女とか呼ばれてるしね」


いやどっちもメチャクチャ物騒じゃねーかっ!

どんな二つ名だよっ!

厨二っぽくてちょっとカッチョイイしさぁ。

魔族ってあれなの?やっぱ厨二病患ってたりするの?


「ちなみにどちらも、魔族と相対した時の師匠の様子をそのまま表現しただけみたいだよ?

師匠、獲物を前にすると、目がヤバいからね〜〜。

テンションも高いし」


いや、テンション高いだけで凶乱とか言われないからっ!

あの人今まで、魔族をどんな目に遭わせてきたんだよっ!

どんだけ恐れられてんだよっ!



………まぁ、私達をしごく時の師匠の目とか、思い当たるところがない訳ではないので………。

あの人を敵に回すような魔族が悪いっ、うんっ!

やっぱ魔族ってバカだなぁっ!バカバカっ!

私だったら絶対に、師匠だけは敵に回したりしないっ!

師匠に対しては、全面降伏白旗上げるスピードには自信があるからねっ?マジでっ!





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