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EP.183


やはり、シャカシャカが私達の事を故意にゴルタールに、更に北の大国に黙っている事は間違いないようだ。

それは、以前のように北がクラウスを狙ってきていない事が証明になる。


………シャカシャカの事だ、奴はクラウスの闇の力に勘付いていると思っておいた方がいい。

だとしたら、北は闇の属性を持つ人間を、北の血筋、つまり邪神オルクスの眷属だとか何だとか、勝手な事を言って今血眼になって探している所なのに、シャカシャカからそれを聞いていれば、黙っている訳が無い。

まぁ、見つけて何をしたいのかと言うと、闇の力を暴走させて魔族、つまり魔王化させたいとかいう、くっだらない理由なのだが。

しかし、それを本気でやろうとしているところが北クオリティ。


そんな訳で、奴らが今1番欲しい情報は、魔族、または闇属性の人間の情報。

それをどちらも持っているであろうシャカシャカが、その情報と引き換えに北と繋がったのかと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。

では、北にとってシャカシャカと繋がる利点は?

シャカシャカの方は、北を使って禄でも無い事を考えていそうだが、北の方はどうだろう。

多少スキルの使える、王国のたかだか男爵令嬢と懇意にする理由は?


グェンナが言っていた、ゴルタールのミコ、という発言が何かヒントになっているのだろうか。

ミコ、というのは、巫女で間違いないような気がする。

しかし、この世界でわざわざ自分を巫女だと名乗る理由は何だ?

女神や天の使い、聖女なんかならまだ分かるが、巫女………?


その時、ズキンッと頭が痛くなって、堪え切れない程の痛みに襲われた。

いつもの警鐘を鳴らすようなあの声がする時と同じような痛み、でも今日のはその倍くらい痛みが激しい。

頭の奥で声にならない声が聞こえる気がするけど、何故か錯乱しているような、ハッキリと言葉にはならないような、悲痛は叫び声だけが頭に鳴り響く。


「……ぐっ……てぇ………」


頭を押さえて蹲る私にいち早く気付いたエリオットが、弾けるように執務机から飛んできて、私の側に跪くと、そっと優しく頭を両手で包み込んだ。

そして頭の中に話しかけるように、額に唇をつけて、小さく呟いた。


「貴方の気持ちは分かるが、関わるなら彼女に優しくしてくれ。

そんな風に彼女を苦しめるなら、貴方を消し去るしかなくなる。

お願いだから、気持ちを鎮めて。

彼女なら大丈夫。彼女は貴方とは違うのだから」


小さな小さなエリオットの呟きは、私以外には誰にも聞こえていなかったようだ。

やがて、エリオットの言葉に応えるように叫び声が静まっていき、割れるような痛みもスーッと引いていった。


「……ハァッ……よく、分かんないけど……とりあえず、ありがとう……」


肩で息をしながらエリオットを見ると、エリオットは痛みで自然と滲んだ涙を親指で優しく拭ってくれながら、哀しそうにその顔に儚げな微笑みを浮かべた。


「ごめんね、リア。今はこんな事しか出来ないけど、君を見ていれば彼も必ずいつか納得して、君の中から消えてくれる筈だ。

それまでは、僕が必ず君を守るから」


エリオットの真剣な眼差しに、一瞬胸が跳ね上がった気がした。

……頭痛くらいで、大袈裟なんだよなぁ。

たまに変な声は聞こえるけど、なんか最近はその声が私を心配してくれてるような、そんな気もしてきたし。

まぁ、一方通行なのはちょっと困るけど。

話したい事があるんなら、ちゃんと腹割って話そうぜって、言えたらいいんだけどな。


「どうした、大丈夫か?シシリア」


私の隣で、レオネルが心配そうな顔でこちらを見ていた。


「大丈夫よ、ちょっと頭が痛くなっただけ。

もう治ったから、本当に大丈夫」


ボソッと小声で答えると、大事にしたく無い私の意図が伝わったのか、レオネルは静かに黙って頷いた。


「エリオットも、グェンナの尋問中に悪かったわね。

でも、ありがとう、助かったわ。

もう大丈夫だから、尋問に戻って」


ヒラヒラと手を振る私の頭をひと撫してから、エリオットは私に向かって微笑み、執務机に戻っていった。


「急に離席して悪かったな、グェンナ」


エリアスの映し出すグェンナにエリオットが軽く頭を下げると、グェンナは恐縮したように深く頭を下げた。


「いえ、ご多忙の王太子殿下のお時間を、このような事で割いてしまっている私が悪いのです。

どうかお気になさらず、私のような罪人に頭など下げないで下さい」


誠実なグェンナの態度に、エリオットは小さな溜息をつき、心から残念そうに重い口を開いた。


「……さて、ギルバート・グェンナよ。

貴殿は、己の犯した罪について、また、ゴルタール公爵との繋がりについても、包み隠さず全てを話してくれた。

北とゴルタールとの繋がりの変化など、我々には大変貴重な情報であった。

が、貴殿の持っている情報は、これだけでは無さそうだ。

何に使う為、情報を隠している?」


ギラリと鋭くエリオットの瞳の奥が光る。

グェンナはゆっくりと頭を上げると、そのエリオットを真っ直ぐに見つめた。


「畏れ多くも、取引の為にでございます」


グェンナの返事に、エリオットは驚く訳でもなく、片眉を少し上げただけだった。


「ほぉ……大罪人が司法取引を持ち掛けてくるか?」


ヒヤリと冷たいエリオットの声に、その場にいる皆が身を縮こませた。

とは言っても、動じていない人間も約2人。

クラウスとニースさんは、顔色を変える事も無く平然としている。


私達はどうしても、普段のニヘラニヘラしているエリオットしか知る事が出来ない。

けど、この2人はこんな風に威圧的で冷徹なエリオットの姿も知っていたのだろう。

弟と最側近だもんな。

仕方ない事とはいえ、少し寂しく感じるのはなんでだろ?



「畏れ多くも、王太子殿下に申し上げたい事があり、このような不躾なお願いを申しております。

殿下、私の罪は内乱罪と同じく、最も罪の重い外患誘致罪で相違ありませんか?」


冷徹な表情を浮かべるエリオットにも怯まず、グェンナは真っ直ぐにエリオットを見つめて聞いた。


「うむ、相違ないな」


短いエリオットの返答に、グェンナは納得したように頷いた。


「では、一族皆、極刑でありますね。

その一族とは、何代まで遡りますでしょうか?」


グェンナの問いに、エリオットは自分の顎を掴んで、考えるように答えた。


「法的には、三代前まで遡る事が可能だ」


その答えに、グェンナはガバッと頭を下げると、床に擦り付けて悲壮な声で懇願した。


「どうかっ、我々の代だけでお許し頂けないでしょうかっ!

両親は既にありませんが、叔父や叔母、その子供達はどうかっ!お目溢し頂けませんでしょうかっ!」


初めて感情を露わにしたグェンナに、エリオットは静かに問いかけた。


「我々の代とは?」


エリオットの問いに、グェンナは落ち着きを取り戻しながら、静かに答える。


「私の、妻と娘、それに……息子。

それから、妹夫婦に、その子供となります」


言葉を詰まらせながらもそう言うグェンナに、エリオットは哀れみを滲ませた声色で再び問い掛けた。


「その者達は、貴殿と共に罪を背負い、極刑を受け入れるのだな?」


グェンナは、エリオットの言葉に、自嘲的に微かに笑った。


「私と息子以外は、既に罪を贖う為、魂を差し出しました」


そのグェンナの言葉に、私達にビリッとした緊張が走った。

……まさかっ、極刑になる前に他の家族は心中したのかっ。

それとも、グェンナとエドワルドで他の家族を害した後……だとでも言うつもりかっ!?


ビリビリとしたこちらの緊張が伝わったのか、グェンナは緩く頭を振った。


「私が殿下にお願い申し上げたいのは、どうか私と息子、そして既に魂を差し出した者達の命で、どうかこの罪をお納め頂く事。

そしてもう一つ、差し出した魂を、どうか神の御許までお届け頂きたいのです」


そのグェンナの言葉に、エリオットは慎重に問いかける。


「それは、どういった意味だ?」


エリオットからの反応に、グェンナは助けを求めるようにガバッと頭を上げる。


「そちらに、教会本部の高位神官、ミゲル・ロペス・アンヘル様はいらっしゃいますか?」


その悲壮な声に、ミゲルは静かに立ち上がると、エリオットの隣に立ち、グェンナに向かって穏やかに微笑みかけた。


「はい、私ならここに。

グェンナさん、貴方の家族の魂が安らかなる事をお祈り申し上げます」


そのミゲルの慈悲深い言葉に、グェンナは縋るように体を前のめりにする。


「ミゲル様、このような悪辣な罪人が貴方様のご尊顔を拝する無礼をどうかお赦し下さい。

ですがどうか、私の家族の魂の救済を、貴方様にお願いしたいのですっ!

どうか、私の妻と娘、そして妹家族を、浄化して頂けませんかっ!」


グェンナの切実な願いに、皆が驚きに目を見開き、部屋がシーンと静まり返った。


………浄化?

今、家族を浄化して欲しいって、言ったのか………?



「グェンナよ、貴殿の条件を呑もう。

極刑に値する者は、貴殿の代のみとする。

また、貴殿の家族の魂を神の御許に還すと約束しよう。

貴殿の隠している情報を、全て今すぐ話すならば、だ」


静寂を破るように、エリオットが即断を下した。

王太子権限を使った、司法取引の成立。

グェンナの話を聞いて、エリオットはそれを直ぐに決断したのだ。

その決断の早さが、グェンナの家族に起きた出来事が只事では無いと私達に気付かせた。


「ありがとうございます……全て、やっと全てをお話し出来ます……。

殿下、包み隠さず全てをお話しすると、我らが神、クリケィティア神に誓います」



………そして、グェンナは全てを語り出した。

その身に、家族に降り掛かった、悲惨な出来事の全てを。



「ある日、息子のエドワルドが1人の男を連れて来ました。

東大陸出身で、向こうの裏取引に詳しいという、怪しい男でした。

男は息子に、東大陸での美術品の盗品買い付けの話を持ち込み、他にも儲け話があると近付いてきたようです。

男の後ろ盾はゴルタール公爵だと言われ、私は直ぐにはその男を追い出す事が出来なくなりました。

ゴルタール公爵が我がグェンナ商会に目を付け、不法な方法で金を儲け、ゴルタール公爵の資金源になるように望んでいると、そう言われ、私は男の目を盗み、宮廷にその事を密告しようと動きましたが、それをその男に悟られてしまい………。

男はその私の裏切り行為の代償に……妻と娘、それに妹家族を、魔族の力で異形の姿に変えてしまったのです」


グェンナの話に、ミゲルが震える声を上げた。


「ま、魔族の力、ですかっ」


グェンナは大粒の涙をボロボロと流し、小さく頷いた。


「……はい、男は人に化けた、魔族だったのです。

人の姿の時は、アビゲイル・ゴードンと名乗っていました」


ゴードンッ!

その名前は、フィーネことニアニアを準魔族に堕とした魔族が名乗っていた名前だった。

その時は、隠者ゴードンと名乗り、嫌悪感を抱く程の醜い姿をしていたが。


「その男の容姿はどんなだったのっ!?」


思わず気が急いてそう問い掛けた私に、グェンナは少し動揺して周りをキョロキョロと見渡した。

そうか、2画面映っているのはこちらだけで、グェンナの方は1画面だけ。

あちらにはエリオットとミゲルの姿しか見えていないんだった。

焦る私に、しかしグェンナは直ぐに状況を理解したのか、丁寧に答えてくれた。


「アビゲイル・ゴードンは美しい青年でした。

妖しい色香のある男で、私は経験から、一目見て心を許すべきでは無い人間だと判断しました。

が、息子のエドワルドは既に彼に掌握されていて、我が家に彼を易々と招き入れてしまったのです。

不出来な息子ですが、アレもアビゲイル・ゴードンに出会うまではあそこまででは無かったのですが……。

毎夜いかがわしい場所に赴き、虚楽に耽る怠惰な生活に染まっていってしまいました」


苦悶に顔を歪めるグェンナ。

私も眉間に皺を寄せ、自分の顎を掴んだ。

魔族であるゴードンの容姿を目撃したのは、私とエリオットだけ。

人相描きまで作ったというのに、あの姿はやはり本来の姿では無かったのか……。


「グェンナ、君は、ゴードンの魔族になった姿も見たんだね」


いつもの口調に戻ったエリオットにそう問われて、グェンナは力強く頷いた。


「はい、見ました。

……奴は、その姿に戻り、妻と娘、妹家族を異形の姿に変えたのです。

奴は、自分の事を、淫魔の魔王、ニシャ・アルガナ伯爵だと名乗りました。

容姿はアビゲイル・ゴードンの時とあまり変わりはありませんでしたが、耳は尖っていて、瞳は禍々しい金緑色に光り、爬虫類のように瞳孔が縦に開いていました」


グェンナの証言に、皆がゴクリと唾を飲み込んだ。

とうとう、魔族の真の姿を見た者が現れた。

そして、魔族の犠牲になった者も。



「妻と娘、妹家族を異形の姿に変えられてからは……まさに地獄でした。

言う事を聞けば、家族を元の姿に戻してやると言われ、そんな事はもう無理な事だと、頭では分かっているのに、微かな希望を捨てきれず……。

言われるがまま、東大陸への買い付けをエドワルドに一任し、盗品の美術品を隠す為の秘密部屋を作り、増築を繰り返し。

お抱えの魔法師に魔法で誰も入れないように、秘密部屋の扉を隠させました。

違法な魔道具の取引も行い、とうとう武器の密入まで………。

それを北の大国のサフ家に流し、国を脅かす手伝いをしてきました。

お抱えの魔法師から、仲間に記憶除去魔法を使用された痕跡があると報告された時は、あの秘密部屋に誰かが侵入したのだと、直ぐに気付きました。

それと同時に、やっと家族を楽にしてやれると……そう思いました。

捕縛された時は、やっと楽になれるのだとさえ思った………。

私は、家族を誰1人救えず、魔族の脅威を国に報告する事も出来なかった、罪深く矮小な男です………。

ですが、殿下、家族は、家族には罪は無いのです。

どうか、ご慈悲を……ミゲル様の浄化の力で、私の家族を楽にしてやって下さい………」


後ろ手に縛られている事も気にせず、グェンナは前のめりに頭を下げると、床に打ち付けるように、額を床に擦り付け、エリオットに懇願した。


「分かりました、直ぐに貴方のご家族を救い出しましょう」


ミゲルの言葉にグェンナが救われたように頭を上げた瞬間、ニースさんがそのミゲルを手で制した。


「待ちなさい、これが魔族の罠では無いと言い切れません。

高位神官の中でも最上位の力を持つミゲル様を向かわせるのは、危険過ぎます」


ニースさんの言葉に、ミゲルは焦れたような声を上げた。


「ですがっ」


その時、グェンナが思いついたように口を開いた。


「今朝早く、アビゲイル・ゴードンは我が家を出て行きました。

我が女王の為に、ゴルタール公爵と女王の玩具との晩餐の用意がある、とそう言っていました」


グェンナの言葉に、ニースさんが直ぐにどこかに確認を取りに行く。




……グェンナの話が本当なら……いや、本当であって欲しくは無いが……たぶん、真実なのだろう。


そうであれば、グェンナの家族は、もう………。



私は拳を握りしめ、グッと耐えた。

叫び出したいような、悲しい何かを。






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