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EP.181


エリオットの言う通り、宮廷内は俄かにバタつき始めた。

秘密裏にといっても、ゴルタールの忍ばせた手の者を次々にその役職から解任していくのだから、その補充が必要になる。

急な人事異動を命じられて、皆目が回る忙しさといったところだった。



「あっという間に動き出しましたね」


私のお供として宮廷に赴き、それを眺めていたリゼが、ポソリと呟いた。


「そうね。思っていた以上の事をゴルタールとグェンナがやらかしていたから、急ピッチで動くしか無かったのよ。

もう、泳がせておく余裕なんてないわ。

一気に潰しておかなきゃ、本当に北との戦争になりかねないし」


ハァッと溜息をつく私を、リゼが真っ青な顔で見つめる。


「北の大国の狙いは、この王国でしょうか?」


リゼの問いに、私はゆるく首を振った。


「狙いは帝国よ。帝国を打ち負かし、大陸全土を手に入れようと狙っているのよ。

遥か、昔からね」


私の答えにリゼは、信じられないとでも言いたげに目を見開いた。


「帝国は魔法大国ですよ?そんな事、出来る筈がありません」


そう、帝国と北の大国では戦力に差があり過ぎる。

普通に考えれば、そんな事思いつきもしない筈だ。

北が、普通という概念さえ持ち合わせていれば。


「北の大国は自分達の国が、かつて神が降り立ち、神が興した国だと、本気でそう信じているのよ。

だから、王国も帝国も、果てはこの大陸全てが、神の国である自分達のものだと信じ込んでいる。

奴らの異常な選民意識の源はそこよ」


ハァァァッと深い溜息をつく私に、リゼは不思議そうに首を傾げる。


「ですが、神は平等に恩恵をお与え下さる筈です。

北の大国が神にとって特別だなどと……。

そうであれば、何故北の地はあのように寒く厳しい環境なのでしょうか?」


そう、リゼの言っている事はもっともだ。

北の地は雪深く、人間が住みにはあまりにも厳しい環境である。

春や夏は短く、殆ど雪に閉ざされてしまうから、穀物も育ちにくい。

自国に、国民全てを十分に満たすほどの食料が無いのだ。

北が他国を愚かな愚民と見下しながらも、表向きは必要最低限の国家間協定に則っているのは、まさにそこにある。

食料の80%を他国からの輸入に頼っているゆえだった。


食料だけでは無い、燃料や資源なども他国に頼っている。

北の本音は、自分達は神を祖にもつ特別な国の人民なのだから、他国は神の子孫である自分達を尊び、自ら喜んで全てを献上すべき。

といった碌でも無いものだが、もちろんそんな事はどこにも通用しない。

頭イタイ子が何か言ってる………。

他国からはそんな扱いをされていた。


そんな訳で、流石の北の大国も、表面上は国家間協定に則っているフリをしなければならない。

例え腹の中では、お前ら本当は全部うちの領土なのに、などと考えていたとしても、だ。


ちなみに、我がアインデル王国は、食料自給率、脅威の100%。

ハハッ!笑っちゃうねっ!

何でそんな事が可能なのかと言うと、それはこの国が女神の加護を受けて成り立った国だからだ。

元々は北の大国と帝国に挟まれた、不毛の地と呼ばれ、何処にも属さない見捨てられた土地だった。

土が腐っていて植物が育たず、高い山々に囲まれ日も差さない。

そんな、およそ人が住めたもんじゃ無いこの土地を、当時帝国の皇子だった初代国王に、兄である皇帝が彼を追い払う形で、領土として勝手に与えたらしい。


まぁ、そこから、北と手を組んだ皇帝との戦いに勝利して、女神様がこの土地に永久の加護を与え、自然豊かな肥沃な大地に変貌した訳だ。

いやぁ、実にファンタジー。

お陰でこの国は適度な四季にも恵まれ、さまざまな植物が実り、人々が豊かに暮らせる地上の楽園となった。


そうなると騒ぎ出すのが北のかの国。

元々そこは自分達の国の一部だったと主張を始め、アインデル王家は今すぐ退き自分達にその土地を返還すべし、とワーワーキャーキャーギャーギャーと………今に至るまで騒ぎ続けている。

あっ、もちろんそんな主張は誰も本気で相手にしていない。

1ミリも。


とはいえ、帝国と北の大国に挟まれては小国と言わざる得ないアインデル王国が、国の規模も国民の人数も勝る北の大国相手に、どうやって自国を防衛し続けられているのかというと、まず、帝国からの庇護。

これが1番に大きい。

かつては初代国王ごと滅ぼそうとしてきた帝国だが、愚王と未だ名高い当時の皇帝が討たれたのちは、王国と協定を結び、無期限の無償の防衛支援を確約してもらっている。

つまり、帝国は何があろうと見返りは求めず、永遠に王国を守る、と言っているのだ、凄くない?

初代国王と共に愚帝を討ち、新しく帝位についた皇帝の、決して破られる事の無い親愛の証なのだとか。

って、いうよりその皇帝、もう信者じゃん。

初代国王好きすぎる信者じゃん。

歴史を学びながら、何度そうツッコんだことやら。


まぁ、人の推しにとやかく言うのは無粋なので、これ以上は言及を避けさせて頂きますけどね。

あっ、ちなみにどっちかが男装していて実は女だったパターンは無いよ。

どちらも正真正銘、男。

BでLな匂いが香ってきそうだが。(実際キティは、初代国王→精神的攻め肉体的受け、新皇帝→精神的受け肉体的攻め、とかってcp設定でキャッキャッしていた)

歴史上の人物はそこの餌食になるのは避けられない運命なので、申し訳ないが耐えて頂きたい。

恨んで化けて出てくるとか、やめてねっ、ホントッ!

出るならキティとマリーのとこだからねっ!

アイツらが勝手に歴史を腐らせてるだけだからっ!


おっと、話はだいぶ逸れたが、つまりはアインデル王国は巨大な帝国に庇護されているので、北もおいそれと手は出せないのだ。

じゃなければ、とっくに蹂躙されていてもおかしく無い。

何だかんだと言っても、北の大国は人口が桁違いだから、単純に兵力が違う。

個の能力はアインデル王国が格段に上だが、例えば1人の兵士がそれぞれ100人の北の兵士を討ち取ったところで、まだ湧いてくる。

それが北の大国の兵力なのだ。

消耗戦に持ち込まれたら、必ずアインデル王国が打ち負ける。

子供でも分かる単純な計算だ。



「あの、ところで、前から凄く気になっていたのですが、何故北の大国はゾウール国と正式名称では呼ばれないのでしょうか?」


考え込んでいた私は、リゼの言葉にハッと我に返り、リゼに振り向くとピッと人差し指を立てた。


「それは、北の大国の国名が50年くらいでコロコロ変わるからよ」


私の答えにリゼは不思議そうに首を傾げた。


「国名が変わるとは、どういう意味ですか?」


もっともな問いに、私は腰に手を当てハァァァッと床に向かって深い深い溜息をつく。


「北の大国を治めているのは4つの大老家だと言われているんだけど、この家同士で常に潰し合いを行ってるって訳。

自分の家が国を我が物にしようと、殺し合いの削り合いよ。

たまに2家で婚姻による平和的解決に持ち込んでも、結局残った2家がそれを潰したり、もうめちゃくちゃのグチャグチャ。

他国との強行外交に加えて、内輪でも常に揉めているって状況なのよ。

で、国名がコロコロ変わるから、面倒くさいって事で、どこも北の大国って呼んでんの。

今のゾウール家には姫君しかいないから、また近々揉めるんでしょうね、性懲りも無く」


ケッと呆れ顔で肩を上げると、リゼは目を見開いてびっくりとしている。


「………それでよく国を維持出来ていますね」


またもや、リゼのもっともな感想に、私はジッと前を見て答えた。


「上が揉めていれば、その煽りを受けるのは常に下の人間よ。

北の国民はずっと、飢えと貧困に喘いでいるわ。

神の直系だと自分達の事を崇めさせ、4大老家だけが贅を極めた暮らしをしている。

私はね、リゼ、北の大国に君臨している人間共が、国を治めているとは言いたくないわ。

国を治める人間は、国民を飢えさせてはいけないのよ。

それが例え、自分が飢えようとも、よ。

だって、それは普通の事でしょ?

親は子に、兄弟なら自分より幼い下の子に、飢えさすくらいなら自分のパンを与えるでしょう?

例えそれが他人でも、自分より弱い人間を助けようと咄嗟に体が動く。

それが人の高潔さだと思うの。

それが国であれば尚更、そうあるべきだと思うわ。

それなのに、守るべき国民を飢えさせ、自分達ばかりが腹を満たしているなんて、そんなの国とも呼びたくない。

そういう意味では、とっくに国として破綻している。

私はそう思う」


ギリッと前を見据える私を見て、リゼが息を呑むのが伝わってくる。

私は腹が立っているのだ、北の大国の在り方に。

全ての国が清廉潔白で高潔であれ、とまでは言わない。

ただ、自分達が贅を極めた生活をしている裏で、飢えた国民が木の根を齧るような、そういうのは違うだろう?

何故、まずは分け与えないのか。

何故、国民が飢えないように考えられないのか。

何故、国民を自分達の所有物のように扱うのか。

北の大国に君臨する奴らに、そんな言葉は通じないだろう。

それでも、聞きたくて仕方ない。

分からないなら分からせたい。

この、拳でっ!!


グッと拳を握り、ギリギリと歯軋りする私に、慌ててリゼが飛びついてきた。


「シ、シシリア様っ!着きましたっ!

王太子殿下の執務室、こちらで間違いないですよねっ!?」


焦るように早口でそう言うリゼに、あれ?いつの間に着いたんだ?と頭をガリガリ掻いて首を傾げていると、扉の前の近衛兵が恭しく扉を開けた。



「やぁ、皆揃っているよ」


すかさず出迎えに来たエリオットと共に、執務室の中に入ると、レオネルがリゼの姿にいち早く気付き、微かに頬を染めた。

対してリゼは、真っ赤に顔を染め、お互い見つめ合ったまま動かなくなってしまった。


………これで、お互いの気持ちに気付いていないのだから、大したもんだよなぁ………。

なんか、そんな呪いにでもかかってんのかと疑いたくもなる。


その部屋にいる全ての人間がもどかしい気持ちを抱えながら、ゴルタールとシャカシャカに引き裂かれた2人をただ見守っていた。

今更どうしようもないけれど、こうして見つめ合うくらいは許してやってほしい。

たった、それくらいの事でも、2人には大事で貴重な時間なのだから。



「リゼ嬢、こちらだ」


その時、全く空気を読めない男、ゲオルグがリゼに向かって手を上げた。

……あっ、もどかしい気持ちで見守っていたのはこの部屋の全員って訳じゃなかった。

そうだそうだ、コイツがいた。

ザッ⭐︎朴念仁。

我が私兵団の団長を務める、ゲオルグ・オルウェイ。

人の恋心を察知するセンサーが常時不具合を起こしている、残念な男。


もちろん、ゲオルグに他意は無い。

エリクエリーと同じ席に座っていたゲオルグは、同じく私の側近であるリゼに、チームシシリアの席はこっちだぞ、と教えてあげただけなのだから。


でもね、タイミングッ!

今、うちの兄ちゃんとリゼが、切ない恋心を交わし合ってたところじゃん?

お前の知らないところでの話だけど、君今そのリゼの婚約者候補No. 1なんだわ。

私達によるバチバチの政略結婚だけど、リゼの幸せを考えに考えた結果なのね?

兄ちゃんも血を吐く思いで了承してんの。

でもそれと気持ちの問題は別問題でね?


って説明してる(心の中で)うちからリゼを手招きすなっ!

椅子を引いて自分の隣に座らせるんじゃないっ!

ほらも〜〜、うちの兄ちゃんから出ちゃいけない禍々しいオーラが放たれちゃってるじゃんっ!

男の嫉妬の方が醜くて面倒くさいだぞっ!

兄ちゃんが呪いの竜巻を巻き起こす前に、一旦離れてっ!

今日の所は、リゼの隣から一旦離れて下さいお願いしますっ!


私の願いを素早く読み取ったエリクがゲオルグの襟首を掴んで席から離し、そこに素早くエリーが座って、何とか事なきを得た。

ゲオルグはキョトンとしたまま、エリクの隣に座らされている。


あかんっ!

奴の恋心察知センサーを早めに直しておかなければっ!

でも、中古でも無いのに、何故か不具合起こすんだよな〜〜。

……あれ?そういや、装備されてるっけ、そもそも。

普通は標準装備されてるんだけど、奴にそんなもんあったっけ?


今までのゲオルグのアレコレを思い出し、私はポンっと手を打った。

うん、無かったわ。

ゲオルグにそんな装備無かった。

いやぁ、無いもんは直しようがないなぁ、アハハハハハッ!

参った参ったっ!


……うん、お花畑乙女キティ塾に入れよう。

ちょっと腐って帰ってくるかもしれない危険性は孕んでいるが、今のままじゃゲオルグが、いや、婚約する予定のリゼがヤバい。

可哀想すぎて見てられないっ!

これ以上、可哀想な思いはさせたくないっ!


クルッとキティの方を見ると、キティが任せろ!とばかりにサムズアップを返してきた。

頼もしい反応に、しかし一抹の不安は拭えない。

ゲオルグが腐男子になって帰ってきたら、どうしよう………。


うん、その時はリゼに献上するのはスッパリ諦めて、黙ってマリーの生贄にしよう。

マリーならそんなゲオルグを上手く扱ってくれる筈だ。

デッサンモデルとか、アシとか。


どう転がろうと、ゲオルグを使い倒すつもりの私は、黙ってレオネルの隣に座った。


すまんな、兄ちゃん。

うちのゲオルグが色々とアレで。

何とか矯正する計画は立てたから、許してくれ。

そう思いつつ、チラッとレオネルの横顔を見て、私はヒェッと数センチは飛び上がった。


ま、ま、禍々しすぎんだろっ!

呪いかけてるよねっ!?

今、間違い無くゲオルグに呪いかけてるよねっ?

や、やめてくんないっ?

出来れば五体満足でリゼ(もしくはマリー)に献上したいんだからさ〜〜。

その辺、大変申し訳ないんだけど、弁えて下さいお願いしますっ!


レオネルの呪いに震え上がっていると、ニースさんが急いでいる様子で部屋に入ってきた。

ツカツカとエリオットの執務室に真っ直ぐに向かうと、ニースさんは低い声で言った。


「エリオット、グェンナを秘密裏に捕縛する事に成功した………」


ニースさんが私達の前で、敬称も無くエリオットを呼ぶのは珍しい。

コイツ、とかはよく言ってるけど……。


「よくやった、ニース」


ニヤリと笑って、エリオットはそう言うと、椅子の背もたれに体重をかけながら、組んだ膝の上で両手を組む。


「で?どうだった?」


短いエリオットの問いに、ニースさんは沈痛な面持ちで静かに首を振った。


「………やはり、そうか………」


ニースさんと同じく、沈んだ表情でエリオットはそう呟くと、2人はそのまま黙り込んでしまった………。



一体、何があったのか?

2人の重苦しい雰囲気に誰も何も言えず、ただ黙って見守るより他に何も出来ずにいた………。






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