EP.180
「全て押収だ」
いつに無く厳しいエリオットの声に、私達はピリッと緊張を走らせた。
私とクラウスとノワールでそれぞれの収納魔法に武器を収めていく。
ちなみに収納魔法はその人間の魔力量によってスペースの大小が異なる。
私やノワールなんかだと、だいたいこの倉庫くらいは余裕。
クラウスなんかは、底が見えないというか、底が無いというか………ブラックホールみたいなもんだと思ってもらって間違いは無いと思う。
それから私達は、空っぽになった倉庫を何とかすべく、取り急ぎ師匠に連絡を取り、事のあらましを相談した。
私達から相談を受けた師匠は、秘密部屋の全てに遠隔で幻術魔法をかけてくれた。
現物と全く同じ物がそこにあるという幻覚を見る魔法だ。
師匠の凄いところは、それが実際に手に取れ触れる事。
もちろん幻覚だからどれも使用は出来ない。
部屋から持ち運んだ瞬間、幻覚が解け、どれも一瞬で消えてしまう。
グェンナはこの怪異現象に当分悩まされる事になるだろう。
お陰でライヒアが捜索を依頼されていた美術品も全て回収する事が出来た。
いや最初から、エリオットじゃなくて師匠を連れて来れば良かった。
便利道具レベルSSR持ってるの忘れてたわ。
まぁ、忙しい人だから連れ出すの大変だけど。
「さて、一旦戻ろう」
相変わらず無表情のままのエリオットに不安を感じつつ、私達は皆の所に戻る事にした。
まさかここまでの事をグェンナがやっていたとは、ここに潜入する前は思ってもいなかった。
ゴルタールと通じている時点で、碌でもない商会だろうとは思ってはいたが、まさかここまでだったなんて。
皆黙りこくったまま、私達は王宮に戻った。
「今日はもう遅い、明日また話をする事にしよう」
深夜に潜入して、王宮に戻ったのは朝方だった。
その日は流石に一旦解散して、次の日私達は再び王宮にあるエリオットの執務室に集まった。
「昨日というか、今朝なんだけどね。
陛下を叩き起こして全てを伝えておいたから。
直ぐに帝国の皇帝陛下との秘密裏の会食のアポを取って、今夜には帝国に向かうそうだよ。
急だから転移魔法を使うみたいだね」
エリオットの言葉に、私は目を見開いて口を開いた。
「皇帝陛下との会食なんて、そんな急に整えられないでしょっ?
何ヶ月も、下手したら何年も待つ事なんてザラじゃないっ」
その私に、エリオットは事もなげに答えた。
「普通なら、ね。でも陛下には独自の方法があって、皇帝陛下もよっぽどの事が無い限り、それには逆らえないんだよね。
あと陛下と皇帝は実はとっても仲良しなんだよ、兄弟みたいにね」
そのエリオットの答えに、私はますます驚いた。
帝国の皇帝が逆らえない独自の何かって何だよ………。
おのフニャフニャ親父、実はすげーの?
まぁ、うちの父上とローズ大将閣下が側近として側にいるくらいだからな〜。
それにジャンちの親父さんにミゲルんとこも。
王太子時代から、これだけの人間が支えているのだから、それなりの何かがあるんだろうとは思ってはいたんだけど。
皇帝にまで無理が効くとか、意外に侮れん。
あのフニャフニャ笑いを見ていると、エリオットに感じる苛立ちと同じものが湧き起こって、つい冷たくしてしまうのだか、今後はちょっとは仲良くしてやろうかな。
単純に陛下の人と繋がる手腕が気になる。
そういや、陛下って師匠とも仲良しなんだよな〜。
う〜むと腕を組み首を傾げていると、エリオットが皆を見渡し、難しい顔のまま口を開いた。
「禁止品を帝国に密輸入した件は、陛下が何とかしてくれると思う。
この事は公にはならないけれど、今後王国への荷物にも厳しい検閲が入るようになるだろうね。
コチラからも検閲官を帝国に派遣して、それにあたる事になると思う。
それから、盗品である美術品なんだけど」
エリオットはそこで一旦言葉を切り、チラリとライヒアを見ると、ライヒアも承知しているとばかりに頷いた。
「コチラは問題ありませんよ。
美術品さえ戻れば、詳細はむしろ知りたく無いという方々ばかりですので。
そもそも、紛失した事自体が公表されていない物が殆どです。
どれも歴史的価値が高過ぎて、公表すれば誰かが責任を取らなければいけなくなりますが、関わっている人間が全て高名な美術家ばかりですからね。
才能は生まれ持ったもの、特に美術品を判定出来るような審美眼を持っている人間はそうそういません。
そんな人間に責任を取らせ、芸術から遠ざけるなど愚の骨頂です。
美術館や個人の所有者も、責任の所在を追求したくは無いのです。
その為、盗まれた事は秘匿にされ、公に捜索出来ないもので、私のような人間が駆り出されたという訳です。
美術品さえ戻ってくれば、誰もこの国に責任を追求したりはしません、いや、出来ません。
翌日には何事も無かったかのように美術館に展示されるでしょうね」
そう言ってニッコリと笑うライヒアに、私達は同時に安堵の息を吐いた。
いやぁ、良かった、マジで。
盗品に違法魔道具に、密輸入に他国への武器の違法輸出。
これだけ揃えば、国がひっくり返る程の大スキャンダルだ。
まったく、やってくれたな、グェンナ………いや、ゴルタール………。
「ライヒア、ありがとう。
では、美術品については君に任せるよ。
次に、ゴルタールの手の者が潜り込んでいる全てを炙り出す為、既にニースが動いている。
検閲所や外交部、国防庁、軍事部、あらゆる全てに秘密裏にメスが入る。
間違い無く国庫の改竄もされているだろうからね、そこも根こそぎ調べ上げて、必ずゴルタールから武器商権を奪う。
暫くは王宮、宮廷のみならず、至るところでゴタゴタすると思うけど、皆そのつもりでいてほしい」
エリオットの話に皆が頷き、いよいよあのゴルタールを追い込む事が出来ると、表には出さずとも、皆が意気込んでいる事が伝わってくる。
「北への武器の流出については、ローズ家領地に駐在しているルパートに調査を頼んであるから、もう少し待ってほしい。
事が事なだけに、こちらはより一層慎重に動きたい。
それとは別に、先にグェンナを盗品と違法魔道具の件で捕縛する事にしたよ。
これ以上リゼ嬢を、アイツらと関わらせては置けないからね。
盗品については被害届自体は出ていないけれど、正規で買い取ったものでは無い事は明白だし、密輸入しているからね。
まずはゴルタールとは切り離して、平民であるグェンナ単独での暴走という事になると思う。
大貴族であるゴルタールが絡んでいる事は伏せて話を進めなければ、国際問題になりかねないからね。
ゴルタールお得意のトカゲの尻尾切りにはなるけど、これでゴルタールはいよいよ資金が尽きる筈だ。
最後の頼みの綱であるグェンナを失うのだから。
資金が尽きれば、奴に出来る事などたかが知れてる」
真っ暗な顔でニヤリと笑うエリオットに、私はゴクリと唾を飲み込んでから、静かに聞いた。
「追い込まれてヤケになったゴルタールが、内乱を起こす可能性もあるんじゃないの?
あの量の武器を保有していたのよ?
既に自分の邸にある程度運び込んで、その準備をしていてもおかしくは無いわ」
私の疑問に、エリオットは優雅に、そして鮮やかに微笑んだ。
「だから、たかが知れている、んだよ、リア。
ゴルタールが内乱を起こしたところで、その刃は王家には届かない。決してね」
諭すようにニッコリ笑うエリオットの隣で、クラウスが不穏な空気を纏い、同じように黒く笑っていた。
「キティの住むこの場所に、奴の刃など届かせる訳が無いだろう………この俺が」
瞳の奥を仄暗く光らせるクラウスに、私は〝ソウダネ〟と頷いた。
うん、そういや王宮には愛妻家の魔王がいたんだっけ?
そりゃ無理だ、無理無理。
いくらゴルタールが大量の武器を抱えて攻めて来ようと、魔王に一瞬で消し炭にされる未来しか見えない。
ゴルタールが伝説の勇者とかを見つけてきたとしても、無理。
勇者も一瞬で石化されるね、断言出来る。
巻き込まれた勇者が可哀想だから、彫刻として街の広場に飾ってあげよう。
せめて、それくらいはっ、うっうっ。(咽び泣き)
まぁ、城の護りは万全だとして、後は王都の守りを強化する為に、秘密裏に騎士団が警備兵に潜り込んでその任に当たる事になった。
ちなみにゲオルグ率いる私の私兵団も、平民に紛れ込み王都の護りに従く。
相変わらずエリオットの仕事の速さには驚かされる。
明け方に帰った私とレオネルと、入れ違うように父上がバタバタと邸を出ていったのはそういう事かとやっと理解した。
一応話が纏まったところで、私達はまた一旦解散して、それぞれのやるべき事に戻って行った。
ノワールとジャンは、王都の護りを強化する綿密な計画を立てに騎士団へ。
レオネルは父上の補佐に。
ミゲルはリゼの婚約を破棄にする為の根回しに。
ライヒアは美術品の詳細な確認作業へ。
そして、クラウスとキティはイチャコラする為に第二王子宮へ………。
ブレんなぁ、お前らは……。
早よ月に帰ればいいのに。
で、私はというと、エリオットの執務室のソファーで、依然ふんぞり返っていた。
「リアは私兵団への指示とかしなくていいの?」
ソファーから立ち上がりながらそう聞いてくるエリオットの服の端を掴み、私はグイッと力任せに引っ張った。
「うわっ、おっとっとっ」
情けない声を上げながらエリオットはバランスを崩し、ドサッと倒れてきた。
私の膝の上に。
「リ、リア?」
目をパチクリさせるエリオットの肩をバシバシ叩きながら、私はちょっと上擦った声で言う。
「アンタ、寝てないでしょ?
私達は帰らせて休ませといて、自分は動きっぱなしだったんでしょ。
いくら人外生物とはいえ、休まなきゃ体を壊すわよ。
ありがたくも私の膝をかしてあげるから、仮眠を取りなさい、仮眠を」
命令口調でそう言うと、エリオットは呆然としていた顔をニヤけ顔に急変させた。
「リ、リアのお膝で眠って良いのっ!?本当にっ!?
えっ?僕死ぬの?これ、それ系のフラグ?」
喜んだかと思ったら、急に不安げにアワアワする情緒不安定なエリオット。
常日頃(主に私に関して)不遇な思いをしていると、人って目の前の幸運を素直に受け入れられないんだな〜〜。
カワイソウニ。(棒読み)
しかしエリオットは直ぐにまた嬉しそうに顔を綻ばせ、幸せそうに私の膝に頬をスリスリさせた。
「最後にこんなに幸せな思いが出来るんなら、もう死んでも良いっ!
絶対に死んでも堪能するっ!」
お前の命、やっすいな〜〜。
いや、私の膝枕なんだから、それくらいの価値はあるか。
よしっ!心置き無く逝け。
うんうんと頷いていると、太もも辺りに違和感を感じて、私はピクンと体を震わせた。
「ちょっ、アンタっ、なにをっ!」
いつの間にかエリオットの手がドレスの中に潜り込み、太ももをサワサワと撫でているっ!
コ、コ、コイツっ!
膝枕は許したけど、そんな不埒な真似まで許した覚えは無いっ!
叩っ斬ってやるっ!そこへ直れっ!
空間魔法からカゲミツを取り出そうとした私の耳に、エリオットの微かな寝息が聞こえてきた。
え……コイツ、本当に寝てる………?
狸寝入りでは無く本当に寝ている事は、見ただけで分かった。
つまり太ももを撫でているのは無意識で、寝ぼけてやっているという事だ。
膝の上でふやけた幸せそうな顔で、クゥクゥ寝息を立てているエリオットを、叩き起こすわけにはいかない。
そもそも、寝ろって言ったのは私の方だし。
クッと悔しげに下を向き、私はこの屈辱に耐えるしか無いのかと絶望した。
その間もエリオットの手が、サワサワスリスリと太ももを遠慮なく撫でてくる。
私は下を向いまま、自分でもよく分からないのに真っ赤になってプルプルと震えた。
キティがクラウスによく公開セクハラされている事を思えば、これくらいっ!
耐えろっ!耐えるんだ、シシリアッ!
グッと拳を握りエリオットのサワサワに耐えていると、急にその手がスルッと太ももを撫であげて、私はまたもやビクンと体を揺らした。
「ひゃっ、やっ」
自分でも信じられないくらいの変な声が出て、私は慌てて自分の口を両手で塞いだ。
もう、顔が真っ赤になっているのは恥ずかしさなのか怒りなのか、どっちか分からない。
グルグルと混乱する頭の中で、一つだけハッキリしている事は、起きたらコイツ、ただじゃ置かないっ、て事だけだった………。
「ふぁ〜〜よく寝た。
ありがとう、リア。凄くスッキリしたよ」
私の膝から起き上がり、呑気に欠伸をしながら体を伸ばすエリオット。
「疲れたんじゃない?僕どれくらい寝てた?」
心配するようなその声に、私はボソリと呟いた。
「……小一時間ってとこね」
私の答えにエリオットは申し訳なさそうな声を上げる。
「えっ、そんなに?ごめんね、動けなくて疲れたでしょ?」
気遣うようにそう言うエリオットは、私の顔を見てギョッとしたように慌てた声を出した。
「どうしたのっ、リア?顔が真っ赤だよっ!?」
私はその言葉にカッと目を見開き、カゲミツ片手にゆらりと立ち上がった。
「………貴様……そこに直れ……刀の錆にしてくれる……」
静かな私の怒りに、私の本気を素早く感じ取ったエリオットは、ガタガタと震えながら目に涙を浮かべた。
「や、やっぱり、フラグだった……。
そうだよね、僕にこんな幸せな事、普通に起きる筈無かったんだ……」
ガチガチと歯を鳴らしながら震えるエリオットの、見開かれたロイヤルブルーの瞳に、悪鬼の如く刀を片手に迫る私が映り、ユラリと揺れた………。
「不埒者めっ!成敗っ!」
一刀両断っ!
斬り捨て御免っ!
その日、エリオットの執務室から聞こえる悲鳴を何人もの使用人が聞いていた。
彼らは一様に、心の中でこう呟いたという。
『あっ、シシリア様、来てるんだ』
その後、私の怒りの理由を知ったエリオットは、その時の自分に意識が無かった事を悔しがり、七転八倒していた。
壁にガンガン頭を打ち付け、どうにか記憶を呼び覚まそうとし始めた時は、流石にこの国の未来が不安になって仕方なかった。
別に止めもしなかったけど。
むしろ飛び散る血を眺めながら、アハハ〜〜もっとやれやれ〜〜って思ったけども。
セクハラ被害に遭った私には、それくらい思う権利があると思うのね?
太ももを小一時間ナデナデスリスリサワサワされたんだぜ?
むしろ耐え切った私が凄いわ。
いや、むしろなんで耐えようと思ったんだろう?
いくらエリオットが寝ているからって、以前ならあんな事1秒だって耐えられなかったのに。
なんか、私も大人になっちゃったのかな〜〜。
ふ〜むと首を傾げながら、私は飛んでくるエリオットの血飛沫を華麗な動きで避け続けた。




