EP.179
私の魔力を注がれた魔法陣は、眩く光り転移可能な状態になる。
転移先からも魔力が込められた事を確認して、私達はお互い目を合わせて頷き合った。
しかし、転移を要求してきている相手が誰かも調べずに、簡単に魔力を込めるとは。
まぁ私達ならこれくらいの単純な転移魔法陣、向こうから応答無くても強制的に開けられるけど、向こうから開けてくれるに越した事はないから助かるけどさぁ。
不用心過ぎない?
確かにここは秘密部屋だから、そもそもが転移してくる人間は限られている。
だからこそ調べもせずにゲートを開いたのだろうけど。
だとしても、セキュリティガバガバ。
まず、最初の扉を開けられる人間が王国には居ないだろうと、高を括っていたのだろうけど、王国を舐め過ぎだ。
あんな扉私達には容易く開けられるし、なんかお家に早く帰りたい魔神が吹っ飛ばしちゃったけど……。
本当ならあの程度の魔法、吹っ飛ばさなくても開けられたしねっ!
いやマジでっ!
私ら誰の弟子だと思ってんだっ!
「じゃ、行きましょう」
ベキボキと拳を鳴らす私に続くヤロー共。
大した魔法陣じゃないから、若干狭いが、我慢するしか無い。
ってか、我慢する事多くない?
私、前世より今世の方が我慢してると思うわ、本当に。
前世ではストレス社会なんてよく耳にしたけど、甘いな。
ちょっと異世界転生してみたらいいと思う。
コッチの我慢の頻度、ハンパ無いから。
魔法陣が光り輝き、直ぐに転送が始まった。
師匠の魔法陣に比べて速さは大した事ない。
エレベーターくらいの速さか?
とはいえ、魔法師としてはそれなりの力のある人間が術式を構築したのだろう。
このレベルだと、ギルドでもAクラスくらいかな?
などと考えていると、地下の秘密部屋に転移完了していた。
魔法陣の側にある机の上に、ワインとつまみが置いてある。
その机の椅子に座っていた男が、私達を見て慌てて立ち上がった。
「なんだっ!お前達はっ!
一体どうやってここに入ってきたっ!」
「真空波っ!」
魔法師と思われる男は、私の掌から放たれた攻撃をモロに腹に食らい、ゴフッ!とか言いながらぶっ飛んで、壁に全身を強打しそのままズルズルと床に横たわった。
『シシリアーーーーッ!』
悲鳴のようなミゲルの声が聞こえてきたような気がしたが、知らん知らん。
ここ地下だからかな〜〜〜?
電波悪いやっ!
スタスタと倒れた男に近付き、男に向かって掌をかざす。
「土縛っ!」
ドサドサと土が男の体を多い、身動き出来ないように固まっていく。
「リア〜〜、これは流石に可哀想かな」
のほほんとしたエリオットが近付いてきて、私が捕縛した男の側にしゃがむと、人差し指でおでこに触れ、何やらやっている。
それを胡散臭げに見つめながら、私はリゼからもらったポーションをバシャバシャと男に振りかけた。
気を失っていた男はポーションをかけられ、うう〜ん?と意識を取り戻した様子だったが、何故かそのまま目を開けずに、ムニャムニャと眠っているようだった。
「ウヘヘ……ウヘッ………アハハッ」
急に幸せそうに寝言を言い始めたので、私はズサっと飛び退り、何事かと様子を伺った。
その私の後ろにクラウスとノワールが立ち、同じように怪訝な顔をしている。
「彼には幸せな夢を見ながら待っていてもらおうと思って。
今彼は【100人の巨乳美女が俺の嫁】の夢の中だよ」
アハッと笑うエリオットに思わず飛び蹴りを食らわし、私はスタッと華麗に着地した。
「気色悪い事してんじゃないわよっ!」
ブルブルと身震いしながら怒鳴りつけると、私に飛び蹴りされて吹っ飛んだエリオットが、チーンとご臨終しかけているところだった。
「ふざけてないで早く行くわよ」
そんなエリオットを放って、私達はスタスタと奥に進む。
エリオットはやはり何事も無かったかのように起き上がって、慌てて追いかけてきた。
「わ〜ん、待ってよぉ、リア〜〜〜」
情けない声に追われて先に進むと、直ぐに目の前に大きな扉が現れた。
固く頑丈なその扉は、やはり魔法で閉じられているようだった。
「壊すか?」
扉を指差し首を傾げるクラウスに、私はやれやれと首を振って、追いかけてきたエリオットの首根っこを掴み、グリグリと扉に押し付けた。
「早く開けて」
冷たく言い放つと、エリオットは扉に押し付けられながら情けない声を上げる。
「待って待って、今開けるからっ!」
エリオットが扉に触れると、頑健なその扉はいとも容易く開いた。
便利道具として連れてきたが、本当に便利だな〜〜。
たまに余計な事するけど。
扉の向こうには今までより一層広い空間になっていた。
それぞれライトを大きくして、その倉庫のような部屋を煌々と照らす。
「……えっ、これってっ!」
目の前の光景に息を呑んで、目を見開く私の横で、エリオットが珍しく無表情で部屋の中を見渡している。
そこにあったのは大量の武器。
王国の物は当たり前に並んでいるが、よく見ると帝国の物も大量に並んでいた。
見慣れない武器も多くあり、まるで兵器の見本市のような状態だった。
『それは東大陸の暗器ですね、そっちも我々の大陸のものです』
ライヒアの声が妖精を通して聞こえ、私はスクリーン越しにライヒアに振り返った。
「大陸間の武器の輸出入は禁止されている筈よ。
一体どうやってグェンナは、こんな大量の武器をこちらに持ち込んだの?」
私の問いに、ライヒアは困ったように眉間に皺を寄せた。
『グェンナの後ろ盾はゴルタール公爵ですからね。
検問所に手の者を潜り込ませるなど容易い事でしょう。
東大陸を出る時も、懇意にしている役人にそれなりの額を渡せば何とでもなるでしょうね。
東大陸ではその辺りが杜撰だと、最近問題になっていますから』
他の大陸の事を言えた義理は無い。
うちの国に根を張ったゴルタールという毒を、絞り出せていない私達が悪いのだから。
東大陸から輸入した物は、帝国を通り更に海を渡って王国に持ち帰るのが最短ルートなのだが(帝国と王国は陸でも繋がっている)その際、王国への荷物は検閲出来ない決まりになっていた。
代わりに帝国を出るまで荷を解けない魔法をかけられるが。
魔法大国である帝国ならではの方法だ。
それも、協定と信頼の上に成り立っているというのに。
実際、北の大国への輸出入品はガンガン検閲が入り、禁止物などは遠慮無くその場で処分されている。
本来ならそれが当たり前なのに、帝国は王国を信用して今の方法を守ってくれている。
グェンナはそれを逆手に取って武器の密輸入を行ったという事だ。
「これは……国家間問題になるのでは?」
ヒヤリと冷気を放つノワールに、エリオットが無表情のまま答える。
「そうだね、帝国との信頼問題に発展するだろうね。
……東大陸との取引にも亀裂が入るね、このままじゃ……」
……なんか、いつものように笑いながらブチ切れてくれた方がまだいいような気がしてきた。
ここまで無表情なエリオットなんて、初めて見る。
いつもヘラヘラしているか、王太子然と優雅に微笑んでいるか、私相手にふざけているか、そんな表情なら見慣れているけど。
何だろう、この無表情は。
完全に感情が読めない。
コイツにこんな芸当が出来るだなんて。
まるで本当に感情が無いみたいだ。
そこにあるのは、本当に無のみ、そんな気がして、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ちょっと……エリオッ」
「シシリア、これを見てくれ」
エリオットに話しかけようとした時、丁度タイミング悪くクラウスが私を呼んだ。
ちっ、なんだよ。
少し苛つきながらクラウスの方を振り向くと、クラウスは一本の刀を持って立っていた。
「ちょっ、アンタそれどうしたの?」
驚いてクラウスの方に駆け寄ると、クラウスは無数の木箱を指差して、なんて事なさそうに言った。
「ここに沢山あるぞ」
って、いやいやいや。
そんな訳…………って、あったーーーーっ!
めっちゃいっぱいあるじゃねーーーかっ!
どうなってんだっ!!
目玉が飛び出るほど驚いて、私はその大量の刀を唖然として見つめた。
細長い木箱の中にびっしりと詰められた刀。
そんな木箱があり得ないくらい無数に並んでいる。
「………どうなってんのよ、これ……」
絶句する私に、クラウスが首を傾げて聞いてきた。
「刀の取引はアロンテン家が一任されている筈じゃなかったのか?」
その問いに、私は黙って頷いた。
そうだ、刀はゴルタールの持つ武器商権とは独立していて、我がアロンテン家の独立商権となっている。
表立っては好評されていないが、発案者が私だという事で陛下から我が家が賜ったのだ。
我が家を通さずには、ドワーフの里に受注など出来ない。
それに、こんなに大量の刀の生産など現実的に考えて無理だ。
急激に人気の出た刀は、ドワーフの里で連日連夜生産され続けているが、作業工程が多く、更に細かい作業を必要とする刀を、量産するには無理がある。
熟練した職人で、年間40本ほど。
そこに達していないとすれば、年間25本ほどが限界だ。
ドワーフの里にいる刀鍛冶は今や100人ほどに達したが、それでも生産できるのは年間で3000本いくかいかないか、といったところだろう。
その、一年間で作れる本数を超える数の刀がここにはあった。
もちろん、刀は厳重に我が家で管理している。
刀剣商も我が家からの承認が無いと刀を扱えないし、そもそもが手に入れられない。
借金のかたなどで刀を泣く泣く手放す人間もチラホラいるにはいるが、これも我が家から承認を受けた刀剣商でしか買い取ってはもらえない。
つまり、我が家で管理の出来ていない刀はほとんど無いのだ。
ましてやこれだけの量、見逃している訳が無い。
大量の刀を前に、脳がバグりそうになりながら、とりあえずは一本手に取ってみて、私はハテ?と首を傾げた。
何だ?この違和感。
鞘からゆっくりと抜いてみて、その違和感に直ぐに気付いた。
鈍い光を放つその刃を見て、私は全てを悟った。
そして素早く構えると、振り向き様に壁に向かって刃を下ろす。
ガッキィンッと鈍い音を立てて、その刀は容易くボキッと真っ二つに折れた。
「なまくらね」
キッパリと言い捨てると、私は手に持った折れた刀を、元の箱にガシャッと投げ入れた。
なまくらにしても酷い、切れ味も何もあったもんじゃ無い。
ドワーフの里で作られた正規品であれば、壁に向かって斬りつけたところで、最悪刃がかける程度だ。
ポキッと情けなくも、真っ二つに折れる筈など無い。
要因は鉄の量と火入れの甘さか。
鉄の質も悪過ぎる。
つまり、ここにあるのは役に立たない、なまくらの刀である可能性が高いという事だ。
それにしても、よりにもよって刀を違法に製造するなど、常軌を逸している。
前にも言ったが、刀は製作過程がとんでもなく大変な割に、普通に使えば脆く繊細な武器だ。
だからこそ、騎士団の使用している刀には師匠オリジナルの強化魔法の術式が付与されている。
しかし、市販で売られている物にはそれが無く、つまり前世の刀と変わらない。
それゆえ、刀だけでは強い武器とは言え無いのだ。
使う人間の刀への理解と練度によって、強さが変動する、扱いの難しい武器、それが刀。
そんな物をわざわざ不法に、しかもこんなに大量に、更に人も斬れないだろう、なまくらばかり………。
一体、何がしたいのだろう?
もちろん、私にとっては唯一無二の最強の武器だ。
だからこそ、こんななまくらを見ると腹が立って仕方なくなってくる。
今もドワーフの鍛冶屋の里では、ドワーフ達が寝る間を惜しんで鉄を打っている筈だ。
全肯定に、熟練者であれば10日程度、そうでなければ二週間程かけて、やっと一本の刀が出来上がる。
その厳しい工程が、目の前にある刀からは全く伝わってこない。
刀について何も理解していない人間が作ったとしか思えない。
こんな物、存在しているだけで腑が煮えくり返りそうだ。
「やれやれ……盗品に違法魔道具、武器の密輸入に刀の違法製造………。
これはグェンナだけでは行えない。
間違い無く、グェンナに指示を出しているのはゴルタールだ。
しかし、ゴルタールもここまでやるとは、よっぽど瀬戸際まで追い込まれているって事だね。
それに、相変わらず清々しいくらいに国への想いが欠落している。
この国の土地で育まれ、生かされてきた事を何とも思っていないようだ。
さて、そんなゴルタールにはこの国から、この土地の恵みから、そろそろご退場頂こうか」
無表情で淡々とそう言うエリオットから、静かな怒りを感じる……。
ゴルタールは決して開けてはいけない、地獄の釜を開けたんではなかろーか。
ブルルッと震える私の目に、床に落ちている一枚の書類が目に入った。
何となく拾いあげて読んでしまい、そこに書いてある事に目を見開いた。
「……ちょっと、その武器と刀の行き先が分かったわよ」
指で摘んで皆に見えるようにピラっと表を向けると、そこに書いてある文字に皆も私同様目を見開き言葉を失う。
【刀 50箱(1000本)
ライフル銃 3000丁
フリントロック拳銃 5000丁
クロスボウ 2000丁
ロングソード 8000本
第一次搬入完了を確認した事を報告する。
ゾウール国 軍事部】
「………………」
「………………」
「………………」
言葉が出ない私とエリオットとノワール……。
皆が固まる中、クラウスが私の手からその書類を奪い、目の前でヒラヒラとさせた。
「ゾウール国ってのは、確か北の大国の正式名称だったか?」
呆れ顔のクラウスに、皆が心の中で総ツッコミをかました。
《そうだよっ!大正解だよっ!》
お陰で緊張した空気が少しだけ緩み、レオネルが咳払いをしてから重々しく口を開く。
『エリオット様、これは外患誘致罪に該当するのでは……?』
レオネルの問いに、エリオットは慎重に口を開く。
「……どうだろうね?この武器を使って、北の大国が何をしようとしているのかによるかな。
これを使って我が国に攻めてくるというのなら、間違い無く外患誘致罪が適用される。
その場合、グェンナには一族諸共死刑しか道が無い。
ゴルタールも同様にね」
外患誘致罪とは、基本どこの国でも、内乱罪と同じく最も重い刑に処される罪だ。
つまり、法定刑には死刑しか設定されていないという、恐ろしい罪なのだ。
加えてそれは一族全てに及ぶ。内乱罪との違いは、国家転覆させるために、外国と共謀して我が国に武力行使を誘発したというところ。
この武器を北に流して、それを使って北が王国を攻めてくる、またはその計画が立ててある事が立証されれば、ゴルタールとグェンナには、間違い無く内乱罪及び外患誘致罪が適用される。
とんでも無い事になってきた。
まさか、ずっと前にエリオットが予言めいて言っていた事が、現実になろうとしていただなんて。
この国で1番重い罪にまで手を出して、一体ゴルタールは何をしようとしているのだろうか………。
だが、そんな恐ろしい計画を私達が先に知ったのが運の尽きだ。
外患誘致罪など起こさせる前に、キッチリ型に嵌めてやる。
いよいよゴルタールとの最終決戦が近いと、私達はお互いに目を合わせて強く頷き合った。




