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EP.177


「〝梟〟から秘密部屋に侵入する最初の扉が分かったと連絡が入った。

また、急だが今夜、グェンナとその息子エドワルドが、ゴルタールとの密会に出かける為不在であるらしい。

皆、今夜グェンナ商会に潜入してもらう。

準備は既に万端だとは思うが、くれぐれも慎重に行動してくれ」


レオネルの言葉に、皆がそれぞれに頷く。

あれから毎日、王宮のエリオットの執務室に集まり、この日の為に準備して来たんだ。

決行日が今夜だと言われても、躊躇する人間などここにはいない。


妖精達にリアルタイムで映像を送る機能、つまりビデオ通話そのままの機能をテレーゼが追加してくれたので、こちらももちろん抜かりなど無い。

ってか、テレーゼさんマジ神。

想像神と呼ぶしか無いと思う、マジで。


「それじゃ、いっちょ行ってくるから、映像の記録と全体への指示をお願いね」


労うようにレオネルの肩をポンポンと叩くと、レオネルは眉間の皺をますます深くして頷いた。

レオネルには歯痒い思いをさせてしまうが、これは致し方無い事だった。

いっそ、レオネルの風魔法でグェンナ商会を一思いに吹き飛ばさせてやりたいところだが、そうもいかないのだから。

私達がまずやらなければいけない事は、何としてもグェンナ商会の不法性を炙り出し、ゴルタールの最後の資金源を叩き潰す事。

そして次は、ゴルタールの不正を一気に暴き、スカイヴォード家への不当な扱いを訴え、リゼの婚約の破棄に繋げる。

そこまでは必ず、やり遂げなければいけないのだ。





私とエリオット、クラウスとノワールは、真夜中になるのを待って、エリオットのスキルで姿を消し、グェンナ商会に忍びこんだ。

商会の中は、まだ少数の人の気配がするものの、それくらいかわし切れない私達では無い。


「映像は上手く繋がってる?」


私のパートナー妖精、シシーの目から空中に小さなスクリーンが浮かび上がる。

そのスクリーンに映ったレオネルに話しかけると、タイムラグの一切無い返事が返ってきた。


『ああ、こちらからはそちらがハッキリと映っている。

そっちはどうだ?』


レオネルからの問いに、私はニヤリと笑い返した。


「こっちもバッチリよ。映像は記録出来てるわよね?」


問い返すと、レオネルは力強く頷いた。


『それぞれの妖精が映し出している映像を、こちらで記録水晶で録画中だ。問題ない』


レオネルからの返答に私はホッと胸を撫で下ろした。

つまりアチラが今何をしているかと言うと、ビデオ通話中の映像をビデオ撮影している、みたいな状況だ。

これはもの凄く画期的な状況で、全てはリアルタイム映像会話を可能にしたテレーゼ神のお陰。

妖精の目からビームが出てその先にスマホ画面程度のスクリーンが映し出され、お互いを繋いでいるのだが………。

まぁ、妖精ちゃん達の絵面については、ね。

くっ、何も言わないであげてっ!

頑張ってるからっ!妖精ちゃん達っ!

テレーゼも頑張ってくれたからっ!

十二分だよっ!ありがたいよっ!


そりゃ、スマホ的な知識をテレーゼに伝える事は出来たよ?

でもね、私は必要無いって思ったんだ。

この世界にはこの世界の、夢とファンタジーに溢れた流儀があるからさ。

無粋な真似はしたくなかったんだよね。

………あと、スマホ嫌いの師匠にぶっ飛ばされんの嫌だし………。


でもさ、妖精型遠隔会話魔道具だって、前世でも考えられないくらい便利なんだよね。

まず、手を使わずに操作出来るとこが良い。

必要な時は常にパタパタと周りを勝手に飛んでついてきてくれるし、必要無い時は肩で休んでいたり、勝手に邸に帰ってくれたり、めちゃ便利。

それからやっぱり、見た目ねっ!

とにかく可愛いじゃんっ!

シシーとかもう、可愛いの代表じゃね?

いや、ティティの可愛さとはまた違ってね、シシーにはシシーの可愛いがあんのよ。

私型の妖精だから贔屓してるって訳じゃなく、いや、マジでマジで。

妖精なんてそれだけで可愛いのに、更に個性まで付与されたらそりゃあもうっ、愛着も湧くってもんですよ。


が、さっきからシシーの周りをウロチョロしているエリアス、お前は別だ。

ウゼーなっ!マジでっ!

シシーちゃんのお仕事の邪魔してんじゃねーよっ、お前はよぉっ!


私はガシッとエリアスを掴むと、エリオットの顔面にグリグリと押し付けた。


「ちょっ、痛い痛いっ!リアッ!

痛いっ!そして酷いっ!」


ギャーギャーと騒ぐ(音遮断魔法は発動している)エリオットとエリアス。

いや、エリアスの方は何言ってんだかちょっと分からないけど。

とにかく煩い2人を、私はギヌロッと睨み上げると親切丁寧に奴らが今やるべき事を教えてやった。


「いいからサッサッとあっちと繋げ」


ゆっくりと威圧的に教えてやると、2人は身震いしながら慌ててアチラのミゲルと映像を繋いだ。


『ああ、良かった。ミルだけ誰とも繋がらないので、何かあったのかと心配しましたよ』


ホッとしたようにニコニコ笑うミゲルの顔が映し出されて、エリオットとエリアスはうっと言葉に詰まっている。

良かったよ、お前らにも罪悪感ってもんがあったみたいで。

純真無垢なミゲルはお前らがふざけて職務放棄していた事を、1ミリも疑ってなかったってよ。

その清廉な微笑みに、浄化されてしまえっ、お前らみたいな奴らは。


ケッと呆れ顔の私に、2人はワザとらしくシュンとしているが、もちろんそんなものは私には1ミリも響かない。


「ふざけてないでサッサと行くぞ」


クラウスに呆れ声でそう言われて、私はんっ?と片眉を上げた。

お前今、私とコイツらを一緒くたにしなかったか?

私とシシーは真面目にやってたぞ?

ふざけてたのはお前のバカ兄貴とアホ妖精だけだぞ?

それを何故一緒に扱った?


納得がいかずクラウスにピッタリと引っ付き、ああ〜ん?と下から睨み上げていると、ノワールがやはり呆れ顔でその私をベリッとクラウスから引き離した。


「顎でてるよ、シシリア。

本当に君は、淑女の嗜みをテレーゼとキティから学んだ方がいいね」


溜息混じりのノワールの言葉に、私は今度はノワールに顔を引っ付け、顎を出しつつ、ああんっ?と下からノワールを睨み上げる。

テレーゼはもちろん分かるが、何でそこにキティの名前が出てくんだよ、コラッ!

あの腐った淑女から何を学べって?

アレか?最近キティお気に入りの、獣人クラウス(狼)×獣人ノワール(雪豹)のガッツリ猛獣系本を聖典として崇める事か?

自分の婚約者と実の兄を猛獣にメタモルフォーゼさせて、あんな事やこんな事させて楽しめるアイツは本物の腐り者だぞ?

ちなみにその本はキティがマリーにリクエストして描いて貰ったやつだからな?

良いのか?本当にお前の妹を淑女としてカウントしていいんだな?


あん?コラ、テメーとノワールに食ってかかる私を、今度はエリオットがバリィッと引っぺがした。


「はいはい、僕とエリアスが悪かったから、罪の無いクラウスとノワールに絡むのはやめようね」


ポンポンと頭を撫でられて、私の額に青筋が浮かぶ。

あかんっ!ボコりたいっ!

まるで私が1人でふざけてたみたいに、諭してきやがったっ!コイツっ!

無理だ無理無理っ!

コイツを一旦ボコらないと、もう私の気が済まないっ!


エリオットの胸倉を掴み、握った拳を大きく振りかぶった瞬間、シシーと繋がっているレオを通して、スクリーンに映し出されたレオネルが苛ついた声を上げた。


「ふざけてないで早く秘密部屋に侵入しないかっ!」


シンプルに怒られて、私はシュンと肩を落とした。

何だよぉ、悪いのは全部エリオットなのに、何で私が怒られんだよぉ〜。

でも正論過ぎて何も言い返せないよぉ〜。


悔しさにグスンと涙を拭う私を、慰めるようにエリオットがうんうんと肩を抱く。


ゴキィッ!

そのエリオットの腕を捻り上げ、軽く肩を外してやって、とりあえずは納得してやる事にした。


「あがあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


大袈裟に痛がるエリオットを放っておいて、私はスタスタと先に歩いた。

その私を追いかけながら、クラウスがグギッと軽くエリオットの肩を入れてやっていた。

それにも大袈裟に絶叫するエリオットだが、お前に痛覚があるなんぞ私は信じんっ!

ワザとらしく痛がってないで、サッサっと来いや。


フンっと鼻息荒く進む私の横にノワールが並んで、哀しそうに首を振った。


「やっぱりシシリアはテレーゼとキティから淑女の嗜みを教わりなよ。

このままじゃエリオット様が憐れで仕方ないよ………」


やかましいっ!

お前はもういい加減黙れっ!








「なるほど、ここだったのね」


私達はグェンナ商会の3階にある、例の保管庫の前に立っていた。

あの無駄に立派な扉は、あっさりエリオットが開錠し、私達はズカズカとゴミの山の中に足を踏み入れた。


「何だ、コレは」


山と積まれたゴミの一つをクラウスが持ち上げ、無表情で眺めている。


『ああ、それはゴミですね。

何の価値も無い物ですよ』


その時、向こうと繋がっているラスの映すスクリーンに、ライヒアがヒョッコリと映り込んでそう言った。

あっ、お墨付きもらっちゃった。

もう既に師匠からももらってるのに、本場から来たしかも商人からもお墨付きもらっちゃったよ。

ゴミにそんなお墨付きいらないんだけどね。


「それを何故わざわざ保管庫になんか、しかもこんなに大量に何故積んであるんだろう?」


ノワールが不思議そうに首を傾げていると、クラウスが壁の一部をコンコンと叩きながらニヤリと笑った。


「カモフラージュのつもりなんじゃないか?」


ほう、秘密部屋の扉はそこか。

私達はクラウスの側に集まると、その壁をペタペタと触ってみる。

一部分だけ向こうに空洞がある事は分かるのだが、繋ぎ目も何も無い………。

確かに隠し部屋と言うくらいだから、パッと見て分かる代物じゃ話にならないが、こんなに見事に壁と一体化できるものだろうか?


「魔法を使用した痕跡を感じるな。

開閉には魔道具を使っているんだろう」


クラウスがアッサリ答えを導き出したので、改めてその場所に自分の魔力を送ってみると、確かにそこに他者の魔力の痕跡を感じた。


「おかしいわね、ゴルタールの側には魔法を使える程魔力のある人間はいない筈よ。

グェンナだって、大商人とはいえ平民だし、魔法を使える人間なんて………」


私が首を傾げていると、エリオットが面白くなさそうに口を開いた。


「雇ったんだろうね、帝国のフリーの魔法師を。

帝国のギルドから引っ張ってくるには多額の金が必要だろうけど。

そこまでしてでも隠したい何かが、この先にあるんだろうね」


なるほど、そ〜ゆ〜事ね。

ゴルタールが雇えば直ぐに足がつくが、グェンナなら問題はない。

大陸を渡る危険性を考えれば、魔法師の1人や2人は抱えていてもおかしくは無いからだ。

まぁ、ベラボーに値が張るけどね。


「ライヒアのとこにもいるの?魔法師」


あちら側のライヒアに問いかけると、ライヒアがシシーの映し出しているスクリーンにニュッと顔を出した。


『いますよ。帝国のギルドでスカウトさせて頂きました。

今ではうちの立派な商団員です。

まぁ、給金は少しばかり高いですが、それ以上の利がありますから』 


ライヒアの答えに私はなるほどと頷いた。

自分が魔法を使えるのが当たり前だから、つい忘れがちだが、魔法は本来、帝国以外では非常に希少で貴重なものなのだ。

魔法が当たり前の帝国人でさえ、その認識を持っている。

だからこそ、ギルドに登録出来るような力の強い魔法師は、自分を安売りしたりはしない。

帝国以外の人間からの依頼なら尚更、目が飛び出るほどの金額を提示する。


別にこれは、帝国人がアコギな人種だからじゃなく、そういうルールだからだ。

魔法が当たり前の世界なのは帝国だけ。

それを、大した事では無いからといって、他国の人間に安売りしては、魔法が至る所で乱用され、世が乱れてしまう。

魔法の使い方を理解している帝国内ではそんな事は起こり得ないが、他国から見ればその力は脅威であると共に、手に入れれば莫大な力となり得る。

そして人を狂わせるのだ。


実際に過去には、他国の人間に雇われ、その力を酷使されて命を削り、果てには失ってしまった帝国人もいたらしい。

その為、他国に雇われる魔法師には細かい制約がある。

契約の際に、雇う側は必ず守らなければいけない項目を提示され、それを受け入れる必要があった。

更に莫大な契約金を要求する事で、魔法の価値を上げ、魔法師を消耗させられるリスクを回避している、とまぁ、そういう訳だ。

生活魔法程度しか使えない帝国人でさえ、他国では重宝がられ、貴族に雇われ丁重に扱われるのが当たり前の事なのだ。



「それじゃ、これをどうするかなんだけど………」


魔法で閉ざされた秘密部屋への入り口である壁を、コンコンと叩いていると、急にボゴォッ!と音を立て、煙を巻き上げながら木っ端微塵に砕け散った。


「………クラウス……アンタねぇ……」


壁を破壊した張本人であるクラウスを睨み付けると、なんて事ない顔でヒョイと肩を上げている。


「この程度の魔法、いちいち解除するのも面倒だ。

こうするのが1番手っ取り早いだろ?」


悪びれる様子の無いクラウスに、私はハァッと溜息をついた。


「サッサと行くぞ」


そう言って中にズンズン入っていくクラウス。

それについていきながら、私は得心がいったと頷いた。

うん、よし、分かったぞ。

さてはお前、アレだな?

早く帰りたいんだな?

サッサと済ませてキティのとこに帰って、イチャコラするつもりだな?

毎日毎日飽きもせず、よくもまぁそんなにイチャコラ出来るよなっ!

そうだねっ、君らのイチャコラの為なら、こんな壁の一つや二つ。

そりゃ、破壊しちゃうよねっ!

ってか、どーすんだよっ!

こんな粉々にしやがってっ!

侵入した痕跡ありまくりじゃね〜かっ!

直ぐにバレるわっ!秒でバレるわっ!

そしたら糾弾されんのは、私らの方になっちまうじゃね〜かっ!


「も〜〜、こんなに粉々にしたら、流石の僕でもちょっと時間かかっちゃうでしょ〜、リバース」


エリオットが情けない声を出しながら、特定の物の時間を逆転させるスキルを発動する。

粉々に砕けていた壁が、見る見るうちに元に戻っていく様子を、私はチベスナ顔で見つめていた。


「どうしたの〜?シシリア、早く行くよ〜」


いつの間にか奥の方までスタスタ歩いて行っているノワールにそう呼びかけられて、私はふぅ〜やれやれと首を振った。


で、何に悩んでいたんだっけ?私は。




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