EP.176
レオネルの何故か物理的に人を刺せる視線から、エリオットを盾にしつつ逃れ、私はライヒアに疑問を投げかけた。
「それにしても、どうして貴方達の国は滅んでしまったの?」
私の問いに、ライヒアはニコリと笑った。
「我が国は周辺の国と比べると、国とも呼べない程の国土面積の小国でしたが、良質な砂鉄が豊富に取れる土地だったのですよ。
そこに目を付けた隣国に攻め入られ、アッサリと敗戦して国を奪われてしまいました。
とはいえ、当時の姫巫女様が、最後に毒の霧で土地を腐らせ、人の住めぬ土地にしてしまったそうで、隣国は徒労に終わったそうですが」
アハハハハハッと笑うライヒアだが、目が笑っていない………。
いやぁ、何だろ。
人として癖が強そうなライヒアの一面を垣間見てしまい、私は密かに冷や汗を垂らした。
「それがおよそ500年ほど前の出来後です。
ハルミツヒは元々、天の双龍様方の忠臣であった一族でしたので、戦ののち逃げ延びた者達で同胞を集め、商会を大きくしていきました。
ですが何故か、龍の血脈である天の双龍様方だけはどうしても見つけ出せないままだったのです。
ですから、思わぬ所で双龍様方に巡り会ったのも、これも天の采配なのでしょう。
私、ライヒア・ハルミツヒ、いえ、我がハルミツヒ商会は、全力で王太子殿下並びに高貴な皆様のお力になる所存です。
どうか我々を双龍様方の手足だと思って、存分にお役立て下さい」
深々と頭を下げるライヒアに、私とエリオットは目を合わせ頷き合った。
ハルミツヒ商会が味方についてくれるなら、こんなに心強い事は無い。
エリクとエリーとの出逢いが、まさかこんな縁を運んできてくれるとは。
人の縁とは本当に分からないものだ。
「それで、エリクとエリーの事なんだけど、一体どうするつもり?
やっぱりハルミツヒ商会で引き取りたいとか言うの?」
私がライヒアにそう聞いた瞬間、エリクエリーが私の服をキュッと握って泣きそうな顔でフルフルと頭を振る。
私はそんな2人を安心させるように微笑んで、大丈夫だと手で制した。
「もちろん、エリクとエリーの意思を尊重するけど、私としては2人を手放す気は無いわよ。
それだけは理解しておいて欲しいの」
私の言葉にパァァァッと、さっきまで不安そうだった顔を途端に輝かせるエリクエリー。
ライヒアはその2人をジッと見つめ、諦めたように溜息をついた。
「我々の所にお帰り願いたいのは山々ですが、双龍様方のご意志は聞かなくとも分かります。
お二人は既に、アロンテン公爵令嬢様の傍らを御身の居場所となさっているようですからね。
お二人が存在している事実だけで、我々には十分です。
どうかお二人を今後もよろしくお願い致します」
今度は私に向かって深々と頭を下げるライヒアに、私はホッと胸を撫で下ろした。
国は無くとも御旗の元に人が集う場合もある。
エリクエリーをその御旗として返してくれと言われたら、さてどうしようかと若干身構えていたが、そうならなくて本当に良かった。
別に2人を私に縛りつける気はサラサラないが、2人が私の側にいる事を望んでいるうちは、その希望を叶えてあげたいと思う。
………しかし、側近の2人が一国の王の正当な血脈だったとは………。
えっ?いいの?このままで。
外交的にマジ大丈夫?
急に不安が押し寄せたところで、もちろんそれを顔に出す事は出来ないが、私の立ち位置がますます謎になっていく事は致し方の無い事だと思う。
「それに、我々にはまだ懸念がございまして。
実は我が国が隣国にアッサリ獲られたのには理由があります。
もちろん、兵力の差は歴然ではありましたが、それでも双龍様方のお力があれば、あのような無惨な結果には終わっていなかった筈です。
それが起こってしまったのは、むしろ内的要因の方が大きかったのです」
続くライヒアの言葉に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……つまり、反逆?内乱が起きたって事?」
私の問いに、ライヒアは神妙な顔で頷いた。
「ええ、そういう事です。
実は忠臣の中に、祖となる双龍様方から力を与えられた、縛龍の一族という者達がいました。
彼らの役割は、ごく稀に先祖帰りを起こし、龍そのものの姿に変わってしまう双龍様方をお抑えする事でした。
彼ら一族にしか伝わらない縛龍の術で双龍様方の力を一時的に抑え、本来のお姿を取り戻して頂く、それは我が国で最も神聖なお役目でした。
しかし、双龍様方の先祖帰りはそもそも歴史上でも稀な事、彼らはその力を秘して淡々と次代に繋ぐだけでしたが、ある時その一族の当主が代替わりした時に、全てがひっくり返ってしまったのです。
その新しき当主は、龍を縛る事の出来る自分達こそが、この国でもっとも尊ばれるべき存在であり、双龍は自分達が使役する力に過ぎない、という主張を始め、あろう事か隣国と通じ、我が国を己のものにしようと戦を招きました。
禁忌をおかし、当時の双龍様方のお力を縛龍の術で奪い、他国の侵入を許した。
そのせいで我が国は滅亡してしまったのです。
その時、天の帝が最後の力を振り絞り、姫巫女様を術から解放し、姫巫女様が毒の霧で国を覆いました。
かつての我が国は、今も毒の霧に覆われ、人を寄せ付けず拒否し続けています」
龍に守られる神秘的な国とて、滅びるのはやはり人的要因なんだな。
龍から力を与えられておいて、自分達はその龍を使役する存在だなどと。
長い時の中で、人が関わって不変でいられるものは何も無いのかもしれない。
国を滅ぼすのは、やはり最後は人の無知だ。
人々が必ず守らなければいけないものを見失った時、国は滅びるのだろう。
急激にでも、緩やかにでも、結果は同じ。
国を守る為、絶対に見失ってはいけないものが確かにあると私はそう思う。
「で、懸念というのは、その一族の事?」
私がそう聞くと、ライヒアはまたも頷く。
「はい、かの者達は今だに存在します。
戦を招いたその当主の考えを尚も掲げ、双龍様方を探し回っているのです。
龍の力を取り戻し、国を再興して、自分達こそが帝となり君臨するべきだと、愚かな考えのまま長い時を執念深く双龍様方を探し続けています。
ですから、双龍様方がこの王国の公爵家に庇護されている事は、実は私共にとっても都合が良いのです。
かの者達もここまでは捜索の手を伸ばせないでしょうし、もし奴らに見つかったとて、この王国の力があれば、かの者達を寄せ付けず退けられるのでは無いでしょうか?」
そう言ってライヒアは私を真っ直ぐに見つめ、それからエリオットをチラリと見た。
なるほど、失われたとはいえ、一国の王(帝)と姫巫女であるエリクとエリーを、この王国で責任もって預かり守れとは、いやぁ、なかなかに豪胆。
大商人らしいライヒアの手腕に舌を巻きつつ、私は優雅にニッコリと微笑みを返した。
「元より、臣下を守るのは主たる私の務め。
使えるものは(エリオットをチラリ)何でも使って、2人を守りきりますわよ。
言われなくとも」
私の返答にライヒアは満足そうに笑っている。
いやぁ、流石の手練手管。
丸っと上手い事やり込められた感はあるが、2人がこのままでいられるならもう何でもいいやーーー。
しかし、人の妬み、嫉み、嫉妬、欲、執着が実際に一国を滅ぼしたケースがあったとは。
そういった人間は、自分の器を顧みない。
己の為のみに生きようとする人間が、人の上になど立てるはずが無いのに。
何故それに気付かないのか、気付かないからこそ、そこまで暴走出来るのか。
どちらにしても、自分の器を超えた欲など碌なものでは無い。
今後は港の検閲をより一層厳しくして、その縛龍の一族に備えた方がいいんだろうか。
いやいっそ、師匠に頼んでそいつら限定でバリアでも張ってもらおうかな〜〜。
師匠だって、大事な茶飲み友達であるエリクエリーの為なら、それくらいやってくれるさ。
うんうん、決定。
使えるものは何でも使うって、ライヒアに言ったばかりだしね。
ふっふっふっ!
私の大事なエリクエリーを狙う不届きもの共めっ!
纏めて師匠の〝エ・ンガ・チョ〟(師匠特有結界魔法)の餌食になりやがれっ!
………ネーミングについてはもう何も言わないであげてっ!
「お2人が貴女方のような人達に巡り合って下さり、本当に安心致しました。
今後は我々がこの国を影から支え、恩返しさせて頂きます。
いかような事でもご命じ下さい」
ライヒアは商人の顔から、一忠臣の顔になり、ジッと私達を、いや、その後ろに立つエリクとエリーを見つめた。
ライヒアにとって、やっと出会えた仕えるべき正当な主。
それがエリクとエリーだったのだ。
「では、早速、遠慮なくお願いしようかな?
我が国を蝕む、グェンナ商会、そしてゴルタール公爵を共に再起不能にしてくれるかい?」
ニッゴリ微笑むエリオットに、ライヒアも同じく真っ黒な笑顔で微笑み返した。
「もちろんでございます、王太子殿下。
特にグェンナ商会には、我々も積もる話がございますから。
ゆっくりじっくりと、お話出来ればと思います。
旅行気分で大陸を渡って来て、色々と好き放題にやってきたその経緯を」
ふふふと笑うライヒアの黒く鋭い眼光に、私はヒヤッと汗を流した。
どんだけ好き放題してきたら、こんなにライヒアをキレさせられんのよ………。
我が国を代表して交易を行っていた商団が、大陸に渡りやらかした事を思うと、もう吐き気がしそうだった。
変な話だが、ゴルタールが暴走してグェンナ商会とより結託してくれた事で、その辺の問題も早期に浮き彫りになったのだから、心中複雑ではあるが、最悪な事態は免れたのかもしれない。
「それでは、〝梟〟からの連絡を待って、決行日を決めよう」
エリオットの言葉に、皆が強く一斉に頷いた。
「何か、必要な物はございませんか?
邸や馬車、衣類や宝石など、何でも仰って下さい」
私の邸に移動して、庭園でお茶を飲みながら、ニコニコとライヒアは、エリクエリーに話しかけた。
2人はそのライヒアに警戒心をまだ解いていない様子で、私にピッタリと引っ付いて無表情のままライヒアを見つめている。
可愛いからいいけど、ちょっとお茶が飲みにくい………可愛いからいいけど。
ちなみに、ちゃっかりエリオットも引っ付いて来ている事に、もう今更ツッコむ気にもなれない。
「エリク、エリー、せっかくライヒアさんがそう言って下さっているのだから、何でもお願いして献上して頂きなさい」
ラチがあかないので、そう助け舟を出すと、ライヒアは孫に貢ぎたくて仕方ない爺ちゃんみたいに嬉しそうに笑った。
いや実際、エリオットとそんなに歳は変わらない感じだが、凄いな双龍………。
青年を爺ちゃんに変えるとか、存在がヤバい。
「僕達はシシリア様から与えられる物だけで十分です」
「むしろ、シシリア様から与えられる物以外は必要ありません」
にべもなくそう2人に拒否られて、ライヒアはガックリと肩を落とした。
ツレナイ孫達だな〜〜〜。
ちょっとはライヒア爺ちゃんを喜ばせてやれよ。
私はコホンと咳払いをすると、ゆっくりとお茶を口に運び、静かに口を開いた。
「そういえば、2人に新しい服を新調したかったのよね。
せっかくなら珍しい物がいいと思っていたのだけど、ライヒアさん、貴方が今着ているような」
チラリとライヒアの着ている衣装に視線を移す。
ずっと気になってはいたのだが、ライヒアの着ている服は、前世の着物によく似ていた。
違うところと言えば、帯が細い事と、着物の丈が膝下くらいに短い事。
それからその下に、ツルリとした生地のズボンを履いている事だった。
他にも見事な細かい刺繍が入っているところなども違う。
言うなれば、和中ミックスされた感じの衣装だった。
「流石、アロンテン公爵令嬢様、お目が高い。
この衣装は私共、ハルミツヒ商会でしか扱っていない物になります。
デザインも豊富で、王国風のドレスのような物も用意してございますよ。
今は亡き我が国の伝統的な衣装を、今風にアレンジした物なのですが、私共の大陸の国々ではとても人気がございまして、貴族の皆様にご愛用頂いております。
特にシルクで織った寝巻きなどは、ワンピース型のネグリジェより寝心地が良いと好評でございます」
ニコニコと揉み手でこちらを伺うライヒアに、私もニッコリと笑い返した。
「では、一通り見繕って下さる?
私とエリクとエリーに」
私の言葉にライヒアは飛び上がらんばかりに嬉しそうな様子だ。
「ねっ?エリク、エリー。
私からなら受け取ってくれるでしょ?」
2人の頭を撫でながら聞いてみると、2人ともフンスフンスと頷いている。
「シシリア様とお揃いが良いです」
エリーがそう言うと、エリクがちょっとムッとして口を尖らせた。
「僕も。女性用で構わないので」
そう言うエリクに私は思わず声を上げて笑ってしまった。
「それは無理よ、エリク。
出会った頃ならまだしも、貴方随分背が伸びたじゃない?」
ふふっと笑うと、エリクはぷぅっと頬を膨らませた。
「それでもシシリア様よりは少し低いですし、お役目で女装する事だって日常茶飯なのですが」
ムゥっと膨れるエリクは、確かにこの国の男共に比べて華奢だった。
その分柔軟性があって身軽。
女装してしまえば男とは分からないだろう。
「そうね〜〜、でも私は、その衣装を着て2人と正式なパーティに出席したいのよ。
エリーのエスコートはエリクの役目でしょ?
男女で違いはあるけれど、お揃いにはしてもらいましょ」
ニッコリ笑うとエリクは納得したのか、コクコクと頷いた。
エリクとエリーは見た目がかなり幼い。
この国の標準で言えばの話だが。
学園を探る為、私より1年早く入学してもらいたかったので、戸籍状はゲオルグと同じ年、つまり今年19歳という事になるが、実際の2人の年齢は分からないままだ。
私はずっとその事が気にはなっていた。
誕生日だって、2人が私と出会ったあの日が良いと言うのでそうしているが、本当にそのままでも良いのだろうか………。
ってか、それ私が2人に寝込み襲われた日だからねっ!
なんか、どうなのよ、それっ⁉︎
「ライヒア、貴方に折り入って頼みたい事があるのだけど」
私の言葉に、ライヒアはすぐさま返事を返した。
「お二人の、シシリア様に出会う以前の事ですね。
もちろん、既に調査に入っております。
王太子殿下にお聞きした情報を元に、私達独自のネットワークにて調査して参りますので、少しお待ち頂けますか?」
早っ!えっ!いつの間にっ⁉︎
商団の仲間に連絡するにも、王宮からうちに移動している間くらいしか時間無かった筈なんだけどっ⁉︎
早いよっ!仕事がっ!
まぁでもそうか、わざわざ私に言われなくても、そこは何が何でも自分達で調べに行くよね。
なんせ自分達の国の正当な後継者が、別の大陸で奴隷として扱われていたんだから………。
そうなった経緯が分かったら、どうなんだろ、その北の奴隷商人……。
まぁ、無事で済む筈は無いか。
エリクエリーを奴隷として扱い、木の根を齧る程飢えさせた奴隷商人の事など、私の知ったこっちゃないな。
うんうんと満足げに頷いて、私はお茶を一口啜ると、ニッコリ、ライヒアに向かって微笑んだ。
それに微笑み返してくるライヒアの、一癖も二癖もありそうな笑顔が、今のこの状況下では大変頼もしく見えるのだった。




