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EP.175


「お初にお目にかかります。

アインデル王国の高貴な皆様。

私は大陸を渡った先にございます国々からやって来ました、ライヒア・ハルミツヒと申します。

ハルミツヒ商会の商会主をさせて頂いております。

どうかライヒアとお呼び下さい」


胸に手を当て頭を下げるライヒアは、大陸の向こうから来たとは思えない程、この国の作法を完璧に身に付けていた。

流石、大陸を渡る程の商会の商会主。

国々によって異なる礼儀作法などお手のものなのだろう。

それだけでもライヒアが優秀な商会主であると分かる。


それにしても、やはりコチラとは見た目からして違う。

黒目黒髪ってだけでもコチラの大陸では珍しい。

それに顔立ちがコチラよりあっさりしていて、色の白さの質が違う気がする。

例えるなら、前世の東アジアの顔立ちに似ている。


「ハルミツヒという名はコチラでは珍しいのですが、大陸の向こうではどうなのですか?」


興味津々なミゲルに、ライヒアは人好きするような温和な笑みを浮かべた。


「アチラでも珍しい名なので、すぐに覚えて頂けて大変重宝しております。

我が商会は元々東の国にあった、ある小国の一族を祖に持ちますから、今はほとんど失われた珍しい名をしているのですよ」


おおっ!あの大陸の向こうにかつて存在していたという伝説の国っ!


「確か、かつて東の大陸に謎に包まれた国があったのよね?

そこの人々は、この国でいう魔法みたいな、不思議な力を使っていたんでしょっ?

隠形術って言ったかしら」


ミゲルに続いて興味津々な私に、ライヒアはニコニコと笑って口を開いた。


「おや?よく知っていらっしゃいますね。

流石は王国の公爵家のご令嬢でございます。

その見識の広さにこのライヒア、心から感服致します。

そう、かつてあった謎の国、そこに存在していた一族こそが我がハルミツヒ商会の祖先です。

実は、国が滅亡した際に、各地にバラバラとなった我が同胞を探す為に作られたのが、ハルミツヒ商会の始まりなのですよ。

商人として各地を旅しながら、同胞を探してきたのです」


へーーーーっ!

凄い話を聞いてしまったっ!

その国の子孫が今こうして私達の目の前にいるだなんてっ!

何これっ!めっちゃワクワクするっ!


「じゃあっ、ライヒアも使えるのっ⁉︎ 隠形術っ⁉︎」


興奮気味な私に、ライヒアは優しく微笑むと残念そうに首を振った。


「残念ながら、私などが使える術では無いのです。

長い時の中で隠形術の力は失われていきましたから。

今もし使えるとしたら、それは天上の方と呼ばれた、高貴な方々の血脈を持つ人間だけでしょうね。

とはいえ、その血脈は完全に失われたと言われていますが」


ライヒアの言葉に私は首を捻り、エリオットをチラリと見た。

エリオットは悪戯っ子のように口元を楽しそうに上げている。


あ〜〜〜、なるほどねぇ。

だから、私だったのか。

やっと全てを理解した私は、クスリと笑ってゆっくり口を開いた。


「エリー」


もう調査は十分だと、エドワルドの監視から外していたエリーの名を呼ぶと、音も無くエリーがそこに現れた。


「お呼びでしょうか?マイロード」


私の隣に傅くエリーにスッと手を伸ばし、黙って立たせ、肩を抱いてライヒアに対面させる。

ライヒアはそのエリーを見てハッと息を呑んだ。


「さ、先程の身のこなし………貴女様は間違いなく隠形術の後継者………。

貴女は、我が一族の失われし姫君っ!」


それまで商人然と感情を表に出さず、揉み手でニコニコしていたライヒアが顔色を変え、食い付くようにコチラに一歩足を踏み出した。

その瞬間、エリーがピュッと私の後ろに隠れ、無表情のままライヒアの様子をそこから窺っている。


「驚かせてしまって申し訳ありません。

ですが、貴女様は間違いなく我らが一族の公家の血脈の方。

やんごとなき我らの姫君にあらせられます。

我らは長い時の中、先祖代々貴女様公家の血筋の方を探し求めて来ました。

まさかこのような場所で貴女様を見つける事になるとは………」


まだ驚愕した様子のライヒアに、私はニヤリと笑ってエリーに耳打ちをした。


「エリー、エリクもここに呼んでちょうだい」


私の言葉にエリーはすぐに頷くと、目を瞑りエリクの名を小さく呼んだ。

するとそこに音も無くエリクが現れ、私の背に隠れるエリーを確認し、見慣れぬライヒアの存在に気付くと、直ぐに私の前に立ち、ライヒアに向かって無表情な顔を向ける。


「……姫君ばかりか、みこの宮様までおられたとは………。

いや、世が世なら貴方様が天子様、ゆくゆくは天の帝となられる筈だったお方です。

ああ、何てことだ、王太子殿下、貴方は全てを知っていて私をここにお呼びになったのですか?」


ライヒアの目尻に涙が光り、声を震わせていた。

そのライヒアに、エリオットが穏やかに微笑む。


「たまたま2人を保護して、シシリア嬢に預けていただけだよ。

珍しい見た目だからね、もしかしたらとは思ってはいたんだ。

だから、王家ではなく公爵家に預けたんだよ。

申し訳無いけど、王家で保護して彼の国によからぬ疑いを抱かれたく無かったからね」


エリオットの説明に、ライヒアは得心がいったというように頷いた。



「なぁちょっと、訳が分かんないのは俺だけか?

説明してもらってオケ?」


なんかコイツ、いつの間にやらマリーみたいな喋り方になってるなぁ、と思いつつジャンを見ると、同じようにミゲルが溜息混じりにジャンを見つめていた。


「ライヒア殿は商人とはいえ、一国の侯爵家と縁続きの方。

そのような言葉遣いはお控えなさい、ジャン」


まるで小姑のようなミゲルに、ジャンは密かにウゲッと顔を顰めた。

人の事を言えた義理ではないが、これが我が国の伯爵家子息の普通だと思われてもかなわん。

私は優雅にテーブルを指し示し、ライヒアに微笑みかけた。


「詳しい話はあちらで、お茶でもしながら話しましょう」


公爵家令嬢然とした物言いはどうにも偉そうで、私も未だ好きにはなれない。

とはいえ、ジャンほど砕けた言い方をする訳にもいかないのだ。


皆で一旦席に着き、メイドを中に入れてお茶の準備をしてもらう。

もちろん、それが終わったら厳重に人払いをしておいて、私達はとにかくも一息をついた。

エリクエリーは依然、私の後ろに立って控えている。

う〜ん、エリクエリーを天子様、姫君様と呼ぶライヒアの前でこれはちょっといかがなものか……。

優雅にお茶を口に運びながら、私はなんて事ない風を装ってエリクエリーに声を掛けた。


「貴方達も座ってお茶を頂きなさい」


しかしエリクエリーはガンとしてその場を動かない。


「皆様の前でシシリア様と席を同じにする訳にはいきません」


「シシリア様とのお茶は神聖なものですから、邪魔者のいない所でゆっくりと楽しみたいですし」


エリクに続いてエリーがそう言うと、ライヒアが面白そうに眉を上げた。


「シシリア様は侍従や侍女とお茶をなさるのですか?」


ライヒアの言葉に、エリーが自慢げに顎を上げ、鼻を高く上げた。


「お茶だけではありません。

お食事も共にする事を許されています」


ふふふーん、とドヤ顔のエリーの隣で、エリクもフンスフンスと若干鼻息荒く頷いている。


「出会った頃からの私達の習慣なの。

2人は我が家に住み込みで仕えているから、侍従や侍女という職を与えてはいるけど、正確には私の側近よ。

子爵家の令息と令嬢という立場だから、使用人の扱いでは無いわね。

お茶や食事を共にするは当たり前の事よ」


ニッコリ微笑む私に、ライヒアは感心したように頷いた。


「なるほど、異国人であるにも関わらず、爵位までお与え頂けているのですね。

この王国においてそんな事が出来るのは、確かにアロンテン公爵家だけでしょう」


流石にライヒアは一流の商人らしく、この王国の事を熟知しているようだ。

帝国と違い、王国は異国人に対して閉鎖的なところがある。

見た目からして王国人ではないエリクエリーに対して、自由に貴族位を与えられる、つまり養子に入れてしまえるのは、うちくらいのものだ。

王家ではそんな自由に振る舞えない。

王家に次いで高貴な家柄であり、尚且つ王家より自由に動ける、我が家特有の絡め手である。

それをこの大陸を超えてやって来た商人が熟知しているとは、ハルミツヒ商会は思っていたより広く深く至る所に根を張っているのかもしれない。


ふむふむ、侮れん。

しかし、味方につければこれ程心強い相手もいない。

問題は、相手が利害関係を第一に置く商人であるという事だ。

相手にどれだけの利を与えられるかで、合理的でシンプルな関係性は築けるだろうが、利にならない事にまで手は貸してくれないだろう。


もちろん、ライヒアとはその関係性で十分ではあるが、彼の手を借りたいと思う度に、都合良くそれに見合った条件を提示出来るかどうか。

金ならいくらでも用意出来るが、商人は常に金だけを求めているという訳ではない。

特に、ハルミツヒほどデカい商会になれば尚更。

条件も金以外で求められる可能性は十分にある。

その辺をクリアして、何とかいい感じの関係を是非築きたいもんだ。


腕を組んで私がうんうん唸っているうちに、エリオットがヒラリと一枚の書類をライヒアの目の前に差し出した。


「さて、今回の案件に協力してもらう側で大変心苦しいけどね、こちらに目を通して納得が出来たらサインをしてもらえるかな?

なにぶん、王国承認の商会の不祥事を暴こうというんだからね、その内情を情報として抜かれては困るんだ。

決して他には口外しないと、書面で誓ってくれないかな?」


ニッコリ微笑むエリオットに、ライヒアは同じように微笑むと、サッと書類に目を通し、サラサラッといとも容易くサインをしてしまった。

これには私も驚いて、思わず身を乗り出した。


「ちょっ、良いの?そんな簡単にサインなんかしてっ⁉︎」


公爵令嬢にあるまじき声を上げてしまったが、ライヒアだって同様に、商人にあるまじき行動をしたのだから仕方ない。


「ええ、もちろん、商人としては良くは無いですね。

私達商人は、それがどんなにコチラに好条件な話であっても、書面には必ず隅々まで目を通します。

後から契約内容が変えられるような抜け道を用意していないか、また逆に、更に好条件にする為の、相手側の抜けはないか、目を皿にして粗探しさせて頂きますよ。

ですが、今回は話が全く違います。

グェンナ商会を大人しく、いえいっそ潰してしまえれば私達は多方面から感謝され、ハルミツヒ商会の名をより一層売る事が出来るでしょう。

ですから、元からコチラのお話には乗らせて頂くつもりでいました。

まぁ少し渋って条件を上げるくらいは考えていましたけどね。

しかし、我が一族の天子様と姫君様がそちらについていらっしゃるなら話は別です。

我らはお二人の意思に従うまで。

国は無くとも、我らの主君は天上の方々、龍の血脈を継ぐ方々ですから」


そう言って、ライヒアはエリクとエリーに向かって恭しく頭を下げた。



………龍の血脈………だとっ!


途端に劇画タッチになってライヒアをガン見する私とジャン。


「り、龍の血脈って、ど、どういう事だってばよ」


なんかもう、訳の分からないキャラ変を起こし、ライヒアに前のめりに詰め寄るジャンに、ライヒアは若干引きつつその口を開いた。


「我が一族の祖は双龍だったと言われているのです。

ですから、天の帝は常に双子でお産まれになります。

それも必ず男女の双子として。

その内男児が天子様となり、ゆくゆくは帝に、女児は姫巫女様とおなりあそばされます。

帝と姫巫女様は誰よりも隠形術に優れ、帝は国を治め、姫巫女様は国の守護を担います。

我らの失われし亡国は、霧の国と周辺諸国から呼ばれていました。

それは姫巫女様のお力で、霧の結界を張り、国を護っていたからなのです」


もうっ、素晴らしく厨二設定ですありがとうございます。

そうそう、それそれっ!

そんなのっ!

私が求めてきたのはそういうのやでっ!

何かジャンルがいまいち合致せず、何度も涙を堪えてきたが、ここにきてのまさかの大ホームランっ!

私が求めてきた世界がそこにあるっ!

母ちゃんっ!明日はホームランやっ!


鼻息荒くエリクエリーを振り返り、羨望の眼差しで見つめていると、エリクエリーは不思議そうに首を傾げた。


………なにっ、いまいち響いていない、だと………っ!

あまりに薄いその反応に、再び衝撃を受ける私に、エリクエリーは淡々と口を開いた。


「出自や血脈などには全く興味がありません。

僕達はただシシリア様にお仕え出来れば良いのです」


「シシリア様にお仕えするのに、霧の力云々が役に立つのであれば、それには興味がありますが」


全く感情のブレもなく、無表情にそう言うエリクエリーに、私はちょっと寂しくなってしまった。

気持ちは有難いが、やはりそこはちょっとは反応して欲しかった。

こんな重大な話を聞いた時くらい、せめてその無表情くらいは、崩そうよ………。

まったく、うちの双龍さん達はよぉ………。


そこで私はハタと思い付いた。

いや、ちょっと待って?

失われし亡国の、龍の血脈を側近に持つ私は、アレじゃない?

双龍に選ばれし最強の勇者的なアレじゃない?

双子の龍(人型美男美女)を従えて、世界を救う的な、アレじゃなーーーーーーいっ!


ウォォォォォォォォォォッ!!

滾るっ!滾るぞっ!

最近忘れかけてた、俺TUEEEっ!が滾るっ!


そうかっ!

エリクエリーとの出逢いはディスティニーッ!

私の俺TUEEEっ!伝説の序曲だったのかっ!


よしっ、行こうっ!

亡国の双龍(呼び名がシビれるっ!)を従えて、2人の魂の故郷を取り戻しにっ!

今、私の伝説がここから始まるっ!


待ちに待っていた展開に、胸を熱くしてジーンと感涙していると、ジャンがそんな私の肩に手を置き、照れ臭そうに鼻の下を指で擦っている。


「へへっ、俺も行ってやってもいいぜ、その冒険の旅に」


勝手に頭の中を読んで、勝手に仲間に入ってくるジャンと、私は熱い握手を交わした。


「ああっ!私らの旅はここから始まるぜっ!」


「始まらないよ〜〜〜」


せっかく盛り上がっていたところに、水を差すようなエリオットの間の抜けた声………。

殺意を込めてエリオットを睨むと、エリオットはアワアワと震えている。


「あのね、非常に申し訳ないんだけど、冒険の旅は一旦置いておいてくれないかな?

今はグェンナ商会の不正を見つけに潜入しに行くんでしょ?」


震え声のエリオットの言葉に、私はハッと我に返った。

しまった、つい目の前の厨二設定に飛びついてしまったっ!


危ない危ないと額の汗を拭う私に、とんでも無く鋭い視線が突き刺さる。


ちょっ!イテッ!

視線が何故か物理的に痛いっ!

やめっ!やめろっ、レオネルッ!

視線で私を刺してくるんじゃないっ!

悪かったからっ!

もう二度と脱線しないからっ!

刺すな刺すなっ!

実の妹に容赦なさ過ぎだろっ!

お兄様っ、このヤローーーーーーーーっ!






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