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EP.174


「つまり、リゼ嬢は騙されて、そのグェンナ商会の息子、エドワルドと婚約してしまったという事なんだな?」


レオネルの持っていたティーカップが音を立てて砕け散り、それを握り潰した右手からポタポタと血が流れる。

それを気遣うようにミゲルが治癒魔法をかけるも、それにさえ気付いていない様子だった。


「そうよ、ニーナがステファニー嬢に化けて、リゼをエドワルドと婚約するように追い詰めたの。

時期的に、ゴルタールとグェンナが結託してスカイヴォード家を追い込み、リゼとエドワルドの婚約を強要していた頃でしょうね。

私達はテレーゼの事で一杯一杯だったし、その事を考慮して私達に黙っていたリゼが、更に私達にその事を相談出来ないように、追い討ちをかけたってところね」


私の言葉に、レオネルはギリッと唇を噛み、やはりそこからも血を滴らせる。

痛みとか、感じないくらいにキレてんだろーな。

レオネルの気持ちは私にも十分に分かる。

だからこそ、ここでただキレてるだけでは何にもならないのだと、レオネルに教える必要があった。


「多分、私達に正体がバレるのなんてどうでも良かったのよ。

ろくにステファニー嬢の事を調べずもせずに、杜撰な演技でリゼに近付いているもの。

重要なのは、その時期だったんでしょ。

リゼが婚約宣誓書を教会に提出してしまえば、全てが後の祭りだもの。

それさえ済めば、リゼが私達に何を話そうが、ニーナにとってはどうでも良かった」


やはり悔しそうに顔を歪めるレオネルの唇に治癒魔法をかけていたミゲルが、心配そうに顔を上げた。


「それで、ステファニー嬢の安否は確認出来たのですか?」


そのミゲルに、私は力強く頷いた。


「ええ、ステファニー嬢なら無事を確認出来たわ。

すぐに〝梟〟が捜索してくれて、自領の別荘に滞在していた事が分かったの。

レオネルに婚約を断られ落ち込んでいた彼女を、取り巻きのご令嬢方が休養に誘ったみたいね。

ニーナはステファニー嬢には何もしていないみたい。

逆に、たまたまステファニー嬢が王都から離れたから、彼女になりすます小芝居を思いついたって事だと思う。

別に、リゼを追い込む方法は他にもあったんでしょーけど、都合良くステファニー嬢がいなくなったから、その方法にしただけだと思うわ」


私の返事にミゲルは少しホッとした顔をしたのち、すぐに心配そうに顔を曇らせレオネルを見つめた。


そう、今回の事は本当にたまたま条件が揃っていただけで、利用する相手は別にステファニー嬢じゃなくても構わなかった筈だ。

最初からステファニー嬢に完璧に化けるつもりなら、下手したらゴルタールを利用して本物のステファニー嬢を害していたかもしれない。

取り巻きのご令嬢方だって同様に、手を出されていただろう。

シャカシャカならそれくらい平気でやる。


アイツは別に、リゼだけを騙せたらそれだけで良かったのだろう。

わざとリゼを追い込むような言葉を選び、エドワルドとの婚約を急がせている。

それは逆に、リゼに対しては入念に調べ上げている、という事だ。

どんな言葉にリゼが騙され、信じるか。

どんな言葉にリゼが反応し、傷付くか。

実に良く分かっている。

奴は人の悪意を感じ取れるくらいだ。

ある程度、その人となり、性格も読めるのかもしれない。

それにしては、こうも的確にリゼを追い詰められた説明には足りない気もするが。


「ニーナはたまたま利用出来たステファニー嬢よりも、リゼについての方が詳しく調べあげていたように思うわ。

リゼを私達から離す事に成功しているもの。

テレーゼの事で私達が動いている最中に、リゼに接触してエドワルドと婚約させている。

つまり、その時点でかなりリゼの性格を掴んでいたって事よ。

リゼに目をつけたと同時に、すぐに動いていた事になるわね。

テレーゼの事と並行して動いていたって事は、ある程度のところで、テレーゼの件は自分の思い通りにならないと見切りをつけていたのか、本気で私の周りにいる人間全てを不幸にするつもりだったか………」


呟くような私の言葉に、クラウスが淡々と口を開く。


「恐らく、後者だな。

他の者も既に目を付けられていると思った方がいいだろう。

ジャンなら、母や姉を、ミゲルなら敬虔な信者ってところだろうか。

しかしそれでは決定打に欠ける。

奴の好むのは、あくまでその人間が最も大事にする人物、かつ執着する者だ」


冷静なクラウスの言葉に、しかし私はほんの少しの不安を感じた。

ジャンには確かに、まだ執着するような相手はいない、が………。

ポンッと頭の中にマリーの呑気な顔が浮かび、う〜むと頭を捻った。

2人は今のところ特に接点は無いが………。

会えば何となく良い感じで仲良くやってるし、念には念を。

〝梟〟からマリーの護衛兼監視役を回してもらっておくか。

まぁ、念の為。



「それにしても、これでニーナの悪意を引き出し増幅する謎の力も、万能では無いと証明された訳だね」


顎に手をやり思案しながらそう言うノワールに、私は小さく頷いた。


「そう、ニーナの力はリゼには効かなかった。

リゼは合理的で、無駄な事を嫌う性格だから、妬み嫉みなんて非合理的な感情は持ち合わせていないのよね。

人を妬む暇があれば、己を磨く方に時間を使うわ。

つまり、元から大して無いものはニーナにも作り出せない。

ニーナの手に堕ちる人間が、元からまぁまぁの屑ってとこもこれで説明がつくわね」


そう言って私は、ミゲルとジャンをジーっと見つめた。


「この2人も大丈夫そうよね」


ボソリと呟く私に、皆が自然と頷いている。

ちなみに、私やノワール、クラウス辺りはアウトだと思う。

正直、ピュアに真っ黒。

人に悪意を抱く事にさほど抵抗の無い愉快なメンバーだからだ。

キティもギリやばい。

煩悩まみれだから。

煩悩引き出されたら、もう人として形を保て無いくらいには腐ってるから。


エリオットは当たり前のように真っ黒なんで、まったく話にならないし。

このメンバーの中で無事で済みそうなのは、ジャンとミゲルくらいだ。

レオネルは、リゼに出逢う前なら大丈夫だっただろうが、今はもう駄目だな。

リゼと婚約したエドワルドを亡き者に出来るくらいには、黒い。

妬みや悪意が渦巻いて、この件については大好きな合理性などかなぐり捨ててしまっている。


とはいえ、皆黙ってシャカシャカに良いように操られるようなお人好しでも無いので、正直そんなに心配はしてないけどね。

キティについては前世からシャカシャカに免疫があるし、何故かその頃からシャカシャカはキティに直接近付いたりもしなかった。

気のせいかもしれないけど、若干避けていたようにも思える。

そんな訳で、シャカシャカが直接キティに何かする事はないだろう。

ってか、純正の魔王が常に背後に憑いているから、無理。

何かしようと近付く事さえ出来ない出来ない。


やはり危険なのは、各々が大事に想っている人間だろうな。

だが、ノワールのテレーゼを探り出した事といい、レオネルが周りが考えていた以上にリゼを想っていた事に勘付いていた事といい。

一体シャカシャカはどうやって、私の周りの人間をそこまで探り出せるのだろうか。

本人でさえ無自覚な感情さえ、炙り出されているように思う。

レオネルやリゼが正にそうだ。

あのまま何事もなく、文通で愛を育めば時間はかかっても自分達の気持ちに気付けただろう。

しかし、今回の事でレオネルはいかに自分がリゼを強く想っていたか、既に執着に近い感情が芽生えていた事に強制的に気付かされた。

リゼとて、自分の感情が憧れを超えていた事に気付いた。


そんな感情を無理やりに掘り起こし、それゆえなお残酷な結末へと突き落とす。

シャカシャカの行動は、それさえも計算されているようで、本当に腹が立って仕方なかった。

性格が歪んでいるどころか、もう異次元だ。

それを暇潰しに行っているのだから。

人では無いという認識でもう良いような気がする。


人の楽しみなど千差万別だが、奴のは違う。

明らかに異常だ。

しかもそれさえ暇潰し程度なのだから、人とは異なる、悪そのもののような存在だと思って間違いないだろう。

しかし、何でそんなもんが前世のあの世界に誕生して、更に私に目を付けこっちの世界にまで追ってきたのか?

時折聞こえるあの声と関係しているのだろうか?

依然正体の掴めないシャカシャカという存在に、しかしいつまでも翻弄されている訳にはいかない。

囚われれば囚われるだけ、コチラの被害が深刻なものとなる。

もう良い加減、奴を封じる術を考えるべきだ。

それにはコチラから奴に接触する必要も出てくるだろう。

それを望まない者(頭の中の声)がいたとしても、だ。


「とにかく、私達のやる事に変わりはないわ。

グェンナ商会を暴き、リゼとエドワルドを正当な理由で婚約破棄させる。

ゴルタールの最後の資金源も潰し、いい加減引導を渡してやりましょう」


ギラリと目を光らせる私に、皆が同じ想いで頷いてくれた。


「エリーとエリクからの報告では、エドワルドは商会の金を湯水の如く浪費して、日夜虚楽にふける爛れた生活を送っているみたいね。

全て記録に残してあるから、最悪これだけでもスカイヴォード伯爵家の名を継ぐ資格は無い事を証明出来る。

けど、リゼとの婚約破棄にはまだ決定打に足りないわ。

スカイヴォード伯爵家を継げなくとも、リゼとの婚姻は勧められる。

リゼがグェンナに嫁入りする形でね。

宣誓書を覆すだけの材料にはならないわ。

スカイヴォード伯爵家の名を手に入れられなくとも、リゼさえ手に入れば、伯爵家の縁戚になれるのだから、グェンナはそうするでしょうね」


なるべく淡々と話す事に集中してみたが、やはり腹の底から湧き出る怒りが声に表れてしまう。

レオネルがギリギリと、怒りの炎をその瞳に燃やすのを、止める気にもなれなかった。


「次に〝梟〟からの報告だけど。

やはりグェンナ商会には何かがあるみたいね。

私も確認したけど、あの建物には無数の隠し部屋が存在するわ。

〝梟〟の報告では、隠し部屋には更にその次の隠し部屋に通じる扉があり、最後は地下に繋がっているのでは無いかと推測出来るそうよ。

つまり、表向きの部屋と繋がっているのはたった一つだけで、後は隠し部屋から隠し部屋に繋がる構造になっているのね。

〝梟〟の間者が建物内を隅々まで調べ計測して出した結論だから、まず間違い無いわ。

今、その最初の扉を捜索してくれているから、それが見つかり次第、グェンナ商会に潜入するわよ」


ニヤリと笑う私に、ジャンが自分の拳を掌に叩きつけ、ニヤッと笑い返してきた。


「うしっ!やったろーじゃんっ!」


悪ガキのように楽しそうに笑うジャンに、私は顔の前で手を振った。


「いや、アンタはお留守番。

それに、ミゲルとキティ、レオネルも」


私の言葉にジャンがナッ!と驚愕した顔で口をあんぐりと開けた。


「何でだよっ!俺も行くに決まってんだろっ!」


ウッキーッと怒りながら立ち上がるジャンに、私はハァッと溜息をついた。


「皆でお手手繋いで潜入して、何かあったらどうすんのよ。

せっかくの証拠を持ち帰れない状態になったら?

テレーゼに妖精達を改良してもらって、リアルタイムの映像を送受信出来るようにしてもらうから、コチラからの映像を受信して証拠として記録する役がいんのよ。

私とエリオット、クラウスとノワールからの送信をそれぞれ受け取るのに4人はいるでしょ?

それをアンタ達に任せたいの。

あと、ジャンに潜入調査とか恐ろしくて頼めないわ」


無理無理と真顔で手を振る私に、ジャンは悔しそうに地団駄を踏んだが、それ以上ついて行きたいとかは言わなかった。

自分でも潜入調査は自分の性質に合わないと、心当たりがあったのだろう。


「ミゲルは最後の切り札、教会に提出されたリゼの婚約宣誓書の不当性を証明する為の大事な存在よ。

もし潜入に関わっていた事がバレたら、その時のミゲルの主張が通らなくなるわ。

絶対にそれだけは避けないといけない。

ミゲルを連れて行く事は最初からあり得ない。

あと、キティはただ単純に邪魔」


ミゲルの説明辺りではウンウン頷いて納得していたキティが、最後の私の言葉にガーンッと傷ついた顔をしていた。

いや、だってそうじゃん?

運動神経も悪いし、いざ戦いになったとしたら、もう君邪魔以外の何者でもないからね?

クラウスが余裕で守り切るだろうけど、いや最初からいなければそこの戦力もこっちに使えるから。


「潜入後はどうなるか分からない。

私達もそれぞれ別行動になるかもしれないわ。

そうなった時は、レオネルが遠隔から全体を纏めつつ、隠し部屋の構図を書き記しておいて欲しいの。

どの部屋に何があったか、映像記録とも合わせて纏めておいて欲しい。

私達の潜入後に、もしグェンナが異変に気付いて隠し部屋を片付けたとしても、言い逃れの出来ないようにね」


ハッキリ言って、通常の状態のレオネルなら戦力として連れて行きたいところだが……。

今は残念ながら、いつものレオネルとは言い難い。

不測の事態に備えて懸念材料になり得る人材は連れてはいけない、悪いけど。


「分かった、任せておけ」


私の憂いも理解しているのだろう、レオネルは他に何も言わず頷いてくれた。



「あっ、そうだ。以前言っていた、大陸の向こうの商会主と繋がる事が出来てね。

近々この国に訪れてくれる事になったよ。

潜入の際には、彼にもコッチでグェンナの所有する品々をチェックしてもらおう。

多分、彼にしか分からない品もあるだろうからね。

なにぶん、大陸の向こうの物に、僕らは無知だから」


急なエリオットの言葉に、しかし私はすぐには頷けなかった。


「大丈夫かしら、部外者をいきなり巻き込んだりして。

商人なら尚更、この国の恥部を晒したりしたら、それをどう利用しようとしてくるか分からないわよ」


私の懸念にエリオットは理解を示すように頷いた。


「もちろん、細かなところまで契約事項を設けて彼に提示するつもりさ。

参加するしないは、それを彼が確認してから決めてもらう。

けど、彼はそれらの条件を全て飲んででも参加してくると思うな。

少し聞いただけだけど、どうやらグェンナ商会は大陸の向こうで色々とやらかしているらしくてね。

今回それを解決出来れば、彼の評判がまたグッと上がるって訳さ。

理由は違えど狙うターゲットは一緒だったって事だよ。

コチラに着いてから一から探りを入れるより、僕らの計画に乗っかった方が諸々省略出来て合理的だからね」


ニコッと笑うエリオットに、私はなるほど、と頷いた。

向こうにも向こうの思惑があるのなら、多少の不利な条件も飲まざるを得ないだろう。

エリオットとの契約となれば、一国の王太子との約束事になる。

破ればその国の王家から訴えられる事になるのだから、合理主義の商会主がそんな無駄な事をする筈がない。

つまり、その商会主はコチラからの条件を全て飲み、尚且つ違える事は無いって訳だ。

それならそのイレギュラーなお客さんを迎え入れても良いだろう。

むしろ私達では分からない品々の鑑定をしてくれるなら、願ったり叶ったりだと言える。


私達はエリオットの提案に黙って頷いた。

後は着々と準備を進めていくだけだった。





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