EP.172
用が済んだらこんな場所、さっさとオサラバだぜとばかりに、私達はエドワルドとテキトーに別れて、ゴミを大量に詰んだ馬車に乗り込んだ。
帰り際にエドワルドが、ねっとりとした視線を一方的に向けてリゼの手を取り、そこに口づけようとしたが、もちろん謎の石礫が飛んできてそれを阻んだのは言うまでもない。
多分投げたのはエリクだろう。
エリーなら容赦なくナイフが飛んできていた筈だ。
良かったな、石で。
それ以上ウザ絡みされる前にさっさと馬車に乗り込み、私達はハァ〜〜っと深い溜息を同時についた。
「いやぁ、事前に聞いてはいたけど、キツいわね、アイツ。
リゼもよくあんなの相手にしてきたわね」
疲れ切った私の言葉に、リゼは胸を張り軽やかに答える。
「私は忙しい身ですから、必要以上のお誘いは全て断ってきました。
どうしても会わなければいけない時は、自分の周りに薄い防御結界を張り、ごく微量の雷を流しておき、彼が私に触れようとする度にバチンとその手を弾き返しておりました。
セイデンキといって、自然の現象に近い効果があると、以前師匠に教えて頂いたものです。
早速役に立ったので、師匠には感謝しなければいけませんね」
淡々と話してはいるが、その防御結界を修得する為にリゼが並々ならぬ苦労をしただろう事が私には分かった。
やはり、頭では了承していても、心が他の男を寄せ付けたく無いと思ったのだろう。
そんなものを修得する前に、私に一言相談してくれれば………。
私は馬車を中からコンコンと叩き、馭者に扮したゲオルグに話しかける。
「人通りの無い所で、一度止まってちょうだい」
私の言葉に、ゲオルグが直ぐに返事をする。
「御意」
その私にリゼが不思議そうに首を傾げるが、私はただ黙って馬車の揺れに身を任せていた。
やがて、静かな森の入り口にゲオルグが馬車を止めると、私は黙って馬車から降りた。
それにリゼも、やはり不思議そうにしながらついてくる。
私が馬車の前で、髪ゴムのような輪を放り投げると、輪はどんどんと広がり馬車が通り抜けるくらいの大きさになった。
輪の中の何も無い空間にそっと触れて、軽く目を閉じある場所を思い浮かべると、一瞬で輪の中にその場所が浮かび上がった。
「シ、シシリア様っ!これは一体っ!」
驚愕して声を上げるリゼに、私はニッと笑った。
「これはエクルース女伯爵の発明した、空間と空間、場所と場所を繋げる魔道具よ。
今までの転移魔法だと、魔法陣のある場所から場所にしか転移出来なかったでしょ?
それに、両方にある一定以上の魔力量を持つ人間が必要だった。
でもこれだと、魔力が無くても使えるし、頭に思い浮かべるだけでその場所に行けるの。
まぁ、条件として、行った事のある場所であり、尚且つしっかりと頭に思い浮かぶ場所って制約はあるけどね。
だから、行った事の無い場所はこれまで通り転移魔法を使う事になるけど、遠いけどよく行く場所なら、こっちの方が便利でしょ?」
ニヤリと笑って、その輪の中に浮かぶ別空間を親指で指差すと、リゼは目をこれでもかというくらいに見開いて尚も驚いている。
ちなみに、その後ろでゲオルグも同じような顔をしているのが、私的にはかなりツボだった。
そう、これは、この前テレーゼが妖精達を出現させたあの輪だ。
妖精達の事で驚きの連発だったもんで、うっかり見逃しそうになったが、もちろん私が本当に見逃す訳が無い。
テレーゼの空想魔法から生まれたこの魔道具は、やはりとんでもない代物だった。
今は馬車くらいを通すくらいまでしか広がらないけど〜〜、なんてテレーゼは遠慮がちに笑っていたが、いやもうそれで十分だわっ!
携帯代わりになる妖精達とは違って、こっちは大量生産して世に流通する訳にはいかない。
気軽に侵略者が攻めてくるような世の中になってもらっては困るからだ。
この簡易ゲートは王家が秘密裏に管理し、限られた人間だけが所持する事となった。
その1人が、私。
キチンと個人の識別まで刻まれているので、私以外には反応しない。
誰にも悪用は出来ないって仕組みになっている、私以外は………。
い、いやいやっ!
しないよ?悪用。
女性メンバーの入浴シーンを覗きに行ったりとかしないよ?
そもそも、皆の浴室に行った事もないし。
行った事ある場所にしか行けないからね、これ。
ラッキースケベとか無理だからっ。
いや、マジでマジでっ!
誰に説明しているのか、1人身の潔白を証明しようとワタワタする私を、リゼとゲオルグが首を傾げて見つめていた。
えーーー………ゴホンッ。
「さっ、それじゃ、無事に師匠の所に繋がったし、ちょっくら行くわよ」
善は急げと馬車に乗り込む私に、リゼが慌ててついてくる。
ゲオルグも馭者台に戻り、輪の中に馬車を進めた。
ちなみに、簡易ゲートを潜った後は、〝解除〟と念じれば、元の髪ゴムサイズに戻って持ち主の所に戻ってくる。
本当に便利だな〜〜〜、空想魔法。
何も無いだだっ広い草原の中に、ポツンと佇む一軒のログハウス。
帝国の森側の師匠の家の方では無く、鍛錬場側を思い浮かべてしまう辺り、良いにしろ悪いにしろ、師匠といえばココという概念が知らずに植え付けられてしまっているのだろう………。
師匠の弟子ならまず間違い無くこっちとゲートを繋ぐだろうと、私には妙な確信があった。
今度他のゲート保持者でも試してみよう。
もちろん事前に来訪を知らせなどしていないのだが、既に師匠はログハウスの前でニコニコと笑いながら私達を待っていた。
「師匠っ!お久しぶりですっ!」
馬車から飛び降り師匠の元に駆け寄ると、師匠は嬉しそうに私の手を取った。
「最初だけテレーゼの鍛錬に付き合って来ていたが、最近はまた忙しそうじゃの。
うちのお転婆な弟子は、今度は何に首を突っ込んでおるのやら」
ニコニコ笑ってそう言う師匠に、リゼが申し訳なさそうにおずおずと口を開いた。
「師匠、申し訳ありません。
シシリア様は私の事で、その………」
そのリゼを手で制して、師匠はヨイヨイとでも言うかのように、家の扉を開く。
「さて、話は中でゆっくりと、お茶でも飲みながら聞こうかの」
その師匠に促されて、私達は家の中に入っていった。
ゲオルグが馬車から運んでくれたグェンナ商会の商品の数々を机の上に並べると、師匠ははぁやれやれと溜息をつく。
「ゴミじゃな、全て」
やっぱりなぁ。
一応師匠に鑑定眼を使ってもらおうと思って持って来たが、そんなもの使う価値も無いと、師匠は一目見るなりバッサリと切り捨てた。
「やれやれ、こんな物を諸外国からの貴重な輸入品だなどと、グェンナ商会も随分と質が落ちたものだ。
元々は、死をも厭わぬ屈強な商会主が、王国に交易をと興した骨太な商会だったのじゃがのう。
商会が大きくなり、その有り様も変わってしまったか。
……しかし、ここまでの変わりようとは、一体いつの間に」
嘆くようにそう言う師匠の目の前から、とりあえず元凶であるゴミを撤去すべく、空間魔法内にナイナイしておいた。
「このような暴挙は最近になっての事のようですね。
商品買付けの渡航をあのボンクラ、エドワルド・グェンナに一任するようになってからのようです」
これも得意げにエドワルドがベラベラと話していた事だ。
己の無能っぷりをよくもまぁ、胸張って話せるなと、内心リゼと辟易したもんだ。
「ほぅ、大事な買付けをボンクラにかい?
そりゃ、おかしいね………。
さて、それでは商会主は、渡航もせず一体何に夢中になっているのやら」
師匠も私と同じところに疑問を持ったらしい。
やはりそこがどうしても引っかかる点であった。
「さて、王国一の大商会の不穏な動き、それをいち早く察知して動き出した、というだけではなさそうじゃな。
ここまでに至る経緯を話してもらおうかの」
ニッコリと微笑む師匠に、私とリゼは思わず息を呑みながら、これまでの話を詳しく話した。
師匠の微笑みの前では、私達など赤子同然。
条件反射で言われた通りに動くように、体に叩き込まれているのよ……悲しいかな………。
「なるほどのぅ………。
そんな事になっておったとは。
ふむ、じゃがまだ解せんの。
リゼ嬢ちゃんや、アンタ何故一言もシシリアに相談せなんだ?
何か理由があったんじゃないかのかい?」
ニッコリと師匠に微笑まれて、リゼは震えて竦み上がった。
攻撃魔法を積極的に習いたいと師匠に願い出たリゼの事、ちゅど〜んっと師匠に吹っ飛ばされたのも一度や二度じゃないのだろう。
師匠に問われれば答えは一つ、イェッサーのみ。
そう体に刻み込まれてんのよ、悲しいかな。
リゼの気持ちを慮ってハラハラ涙を流しつつ、ハンカチでそれを拭っている私を、リゼはチラチラと何度も見てきた。
「ちなみに、私にもバレてるわよ。
何か私に話せなかった理由があった事」
あっけらかんと言い放つと、リゼは唖然と口を開いて金魚のようにパクパクさせていたが、やがて諦めたように肩をガックリと落とした。
「………あの、シシリア様はステファニー・ヴィ・クインタール侯爵令嬢様を知ってらっしゃるでしょうか?」
リゼの質問に、私はんっ?と首を傾げた。
「知ってるわよ、ステファニー嬢はしつこくレオネルに婚約を迫っていた令嬢だけど、それがどうかしたの?」
私がそう答えると、リゼは目を丸くして、首を傾げた。
「えっ?ステファニー様が、ですか?
レオネル様からステファニー様に婚約を申し込んだのでは無くて?」
リゼの言葉に私はますます首を捻り、ハテナマークを頭の上に浮かべた。
「いや、ステファニー嬢の方からしつこくレオネルに迫ってたわよ。
もちろん、毎回断られてたけどね。
あのレオネルの容赦ない拒否に尚も食い付いて
きてたのは、ステファニー嬢くらいのもんだけど」
私の答えに、リゼもハテナマークを無数に頭の上に浮かべ、私達は向かい合って首を傾げ続けた。
「なるほどのぅ。リゼ嬢ちゃんは、そのステファニーちゃんに何事か言われたんじゃないのかい?」
師匠がそう言って、リゼをピッと指差した。
リゼは条件反射のように背筋を伸ばすと、師匠に真っ直ぐに向かい合う。
「はい、あの、ステファニー様に、私はレオネル様に相応しくないと、ご指摘を頂きました」
リゼの言葉に、今度は私が目を丸くする番だった。
はっ?あのステファニー嬢がっ?
何の事か分からず、私はリゼの肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「その話、詳しく話してちょうだい」
私の気迫にリゼは息を呑みながら、コクコクと頷く。
「はい、あの、学園内の人気の無い場所に呼び出されまして、レオネル様との関係について問いただされました。
文をやり取りして頂いていると答えましたら、ステファニー様は大層おかしそうにお笑いになって。
自分はレオネル様に婚約を申し込まれた。
貴女はレオネル様と親しくするには相応しくないと、仰られ………それから………」
ギュッと膝の上で服を掴み言い淀むリゼに、私は真っ直ぐにその目を見つめて問い掛けた。
「それから?」
続きを促す私に、リゼは覚悟をしたように口を開く。
「それから、私がシシリア様の側近である事も、お二人に迷惑をかけていると。
我が家はゴルタール公爵家と関係浅からぬ仲ですので、敵対している相手の息のかかった私がシシリア様の側近では、その内皆様に迷惑が掛かるだろうと。
そう言われまして………。
自分に見合った相手からの求婚を受けて、レオネル様とシシリア様から自分から身を引くようにと、そう言われましたので。
私もステファニー様の仰る事は尤もだと、納得致しまして、折を見て側近の立場から辞そうと思っておりました。
そんな時に、今回の事が起きたものですから、これ以上シシリア様には迷惑を掛けられないと黙っておりました……」
リゼの話を聞いて、私は背中に嫌な汗が伝うのを感じた。
「………一つ聞くけど、ステファニー嬢はその時、他に人を連れていなかった?」
私の問いに、リゼはフルフルと首を振った。
「いえ、お一人でしたが」
やはり、違うっ!
「ゲオルグッ!〝梟〟に連絡して、直ぐにステファニー嬢の所在と、安否を確認してっ!」
私の指示に素早く動いたゲオルグは、直ぐに〝梟〟に連絡を送った。
「あ、あの、一体……どういう事ですか?」
戸惑うリゼに、私は下を向いてフーーっと息を吐くと、顔を上げてその目を真っ直ぐに見つめた。
「リゼ、いい?落ち着いて聞いてね。
そのステファニー嬢は偽物よ。
たぶん、ニーナ・マイヤーがスキルを使って化けてたんだわ」
私の言葉に、リゼは目を見開き驚愕の顔で私を見つめ返した。
「ほぅ、して、シシリア嬢ちゃんがそう思う根拠は?」
師匠が口を挟んできたので、私はガクガクと震えるリゼの肩を抱いたまま、顔だけ師匠に向けて答えた。
「まず、ステファニー嬢は人を呼び付けて裏でいちゃもんをつけるような人間ではありません。
言いたい事があれば、堂々と人前で言いますね。
それから、彼女は常に取り巻きを5〜6人連れています。
これは彼女の身分に平伏した人間では無く、正に本当の取り巻き、ステファニー嬢を推している令嬢方です。
ステファニー嬢はそのご令嬢方に、常に証人であって欲しいと言っています。
侯爵家という高い身分であるからこそ、自分の言動を誤解、または曲解されないように、彼女達に見聞きした事をそのまま証言出来るようにしておいて欲しいと頼んでいるんです。
それゆえ、再三レオネルに断られている事も、皆が知っています。
ステファニー嬢は皆の前でレオネルに当たって、潔く砕ける事を隠していませんから。
もしリゼを呼び出したとしても、自分の発言に責任を持つ為、いつもの取り巻きを必ず連れていた筈です」
私の話にリゼがガタガタと震え、口元を手で覆った。
「わ、私は、な、なんて事を………。
私、ステファニー様の事を、い、嫌な方では無いかと疑って………。
な、何故、そんな方では無いと、少しでも思いつかなかったのかしら………」
その異様な怯え方に、私は嫌な予感が止まらなかった。
まさか………リゼ、既にシャカシャカに何かされたんじゃっ!
冷や汗がこめかみから吹き出し、顎を伝って膝の上に落ちる。
まさか………嘘だろ………?




