EP.171
「さぁっ!これが我がグェンナ商会にしか扱えない、大陸を超えた国々から仕入れた世にも珍しい商品の数々だっ!」
大きなテーブルに所狭しと置かれた品々を、ドヤ顔で紹介してくるエドワルドに、私とリゼは流石に呆れ顔でスンッとする。
いや何だ、これは?
ゴミか?ゴミだよな?
よく分からない羽が付いた扇や、よく分からない石が埋め込まれたアクセサリー、よく分からない木材で作られた変わった形のステッキに、よく分からない材質で出来た帽子………。
うむ、総じてよく分からん。
価値があるのかも分からん。
いや、無いという事は分かる。
何だこれ………。
流石にこんなモン、堂々と商品として扱うなど冗談だろ。
商人ジョーク?
商人ジョークだよな?
扇で口元を隠し、もう嫌ですわ、エドワルドさんったら〜、ご冗談がお上手っと口にしようとして、自信満々の表情をしているエドワルドとバッチリ目が合い、咄嗟にその言葉を飲み込んだ。
……おいおい、マジかよ。
コイツ、これを商品として本気で扱うつもりか?
だとして、何かないの?
商品や材料の説明とか。
あるじゃん?
こちらは大陸の向こうの〇〇という国のお品で〜〜大変希少なそこでしか取れない〇〇という材質で出来ていて〜〜、とか何とか。
ない訳?ないのっ?よしっ!その顔はないんだなっ!
ただただドヤ顔で胸を逸らしているエドワルドに、私は扇の下で口元をヒクつかせた。
「ま、まぁ、どれも珍しくて素敵なお品ねっ!
私、全て購入致しますわっ!
後で馬車に積み込んでおいて下さる」
要らねーーーー。
どれも、1ミリも欲しくねぇ………。
が、グェンナ商会の扱っている品を証拠として押さえるには、これも致し方無し………。
「いやぁっ!グラシアット子爵令嬢はお目が高いっ!
どれもこの王国では滅多に手に入らない、大変貴重なものですからねっ!
お代はこれくらいでいかがです?」
エドワルドが提示した金額に、私はますます口元をヒクつかせた。
こんなゴミに500万かよ………。
いくら大陸の向こうの品だとはいえ、ぼったくりにも程があんだろ……。
私にとっては大した金額では無いが、それでもこのゴミにそんな金は払いたく無い。
う〜ん、グラシアット子爵令嬢としての最適解は?
私は扇をズラし、ワザとヒクつく口元をエドワルドに見せつけた。
「ま、まぁ。珍しいお品ですもの、それくらいはしますわよね?
でもそうですわね……どれも素敵ですけど、お品の半分だけを頂く事にしようかしら?
私が全て独り占めしては、他の方に申し訳ないないもの」
と、こんなとこか?
流石に小娘がポンッと払える額じゃないからな。
そう言ってエドワルドの反応を待つと、奴は慌てていやぁ、と頭を掻いた。
「いやいや、本来ならその値段だけどね。
君は我が愛しの婚約者殿の友人であるからして、もちろん、友人価格で構わないよ」
そう言ってエドワルドが次に提示してきた金額が、100万……。
なるほど、なるほど……。
まぁ不思議。
500万の物が、あっという間に100万にっ!
なぁんてお得なのかしらっ!
………って、なるかぁぁぁぁぁぁぁっ!
おうおう、馬鹿だなぁ、お前はっ!
ボッタくってきてんのは分かってんだよっ!
ってか、100万の価値だって無いのも知ってっけどさ。
でも商人として、駆け引きくらいしろやっ!
いきなり400万もプライスダウンしたら、流石にどんな人間でも怪しむだろーーーがっ!
お前、商売を舐めとんのかっ!
こめかみがピクピクと痙攣し出して、私は慌てて顔に笑みを浮かべた。
「まぁっ!それならやっぱり全て頂くわねっ!
はいっ、お代もお支払いするわ」
物を見る目の無いグラシアット子爵令嬢こと私は、あっさりと100万を支払い、ニコニコとご機嫌な様子で笑った。
即席で作ったにしては便利だな〜〜、グラシアット子爵令嬢。
なんかだんだん好きになってきちゃった気がする。
「いやいやぁっ!リゼ……んんっ、スカイヴォード伯爵令嬢のお友達にしては金払いが良くて助かるよっ!
なんせリゼ……んんっ、スカイヴォード伯爵令嬢は度を過ぎた倹約家だからね。
もしかしたら、金の使い方を知らないのかもしれないね〜〜〜っ!
アーハッハッハッハッ!」
リゼと呼ぼうとする度にリゼに冷たく威圧的に睨まれて、その度言い直してはいたものの、エドワルドがリゼを軽んじている事は明白だった。
脅して買った爵位のオマケが思いの外美しい令嬢だったもんで、まるで自分の功績だとでも勘違いしているのだろう。
更に身分の差によるコンプレックスからの鬱憤を、リゼを貶める事で晴らそうとしている事が見え見えだ。
あ〜〜〜斬り捨てたい。
一思いに斬って捨てたいなぁ。
扇で顔を隠し、肩を震わせる私は、エドワルドの言葉に同意して密かにリゼを馬鹿にし笑っているように見えるだろう。
が、横から私の表情を窺い知ったリゼはギョッとして、慌てて顔を俯かせ、小刻みに肩を震わせた。
これも、エドワルドから見れば、貧乏である事を馬鹿にされ笑い者にされた事でリゼが羞恥に震えているように見えているだろうが、もちろん、違う。
リゼは私にガチでビビっているだけだ。
扇で隠したその私の表情に。
仄暗く目をギラギラと光らせ、不穏な笑いを浮かべる私に、リゼは震えるほどビビってらっしゃるのだ。
最悪、この建物くらい吹き飛ぶ事は覚悟しているのか、小さな声で最大級の防御結界を、直ぐにでも展開出来るように準備までしている。
やだなぁ、リゼ。
そんな事しないよ?
危ないじゃん?そんな事したら。
まぁ、エドワルドを吹っ飛ばすくらい致し方ないとして、ちょこっとこの悪趣味な建物にも損害出ちゃうかな〜〜ってとこで止めるから。
それくらいの分別、私にもあるからね?一応。
扇に隠してリゼにだけ見えるように、黒くニッゴリ微笑むと、リゼは慌てた様子でポンッと手を打った。
「そ、そうですわ、エドワルド様。
商会の中をグラシアット子爵令嬢にご案内して差し上げたらいかがかしら?」
ねっ?と可愛らしく小首を傾げるリゼ。
こんな阿呆にそんな破格のサービスいらんのに。
綺麗めのリゼのギャップ萌えな可愛い仕草に、エドワルドはまんまと鼻の下を伸ばし、ご機嫌な様子でバッと両手を広げた。
「それはいいね、リ………いや、スカイヴォード伯爵令嬢っ!
グラシアット子爵令嬢、我が商会の内部を是非見学していってくれっ!」
いちいち顔と動作がうるさいエドワルドに、私はグラシアット子爵令嬢然として、ミーハーなテンションでパチンッと扇を閉じた。
「まぁっ!それは楽しみですわっ!
きっと珍しい物が他にも沢山見られるのでしょうねっ!」
キャッキャッと喜ぶ私に、エドワルドは鼻の穴を広げて満足そうにドヤ顔で胸を逸らした。
あ〜〜〜毟りたい。
その大きく開いたビラビラのシャツから覗く胸毛と、クルクルした巻き髪を、毟りたい。
毟っては捨て、毟っては捨てってしてやりたい。
我慢我慢と自分を押さえ付け、ご機嫌なエドワルドについてグェンナ商会内部見学ツアーに出かける。
「ここ、2階は主に商談に使う部屋が並んでいるね、1階は手軽に買える物を扱う店になっていて、これから向かう3階が貴重な品々を保管する保管庫になっているんだ」
ペラペラと説明するエドワルドに、貴族への礼儀と客への礼節をその身に刻んでやりたいが、我慢我慢。
何故貴族であり客であるグラシアット子爵令嬢に始終タメ口なのかと、背中の骨が砕けるくらい踏み付けつつ聞いてみたいとこだが、我慢我慢。
「まぁ、その保管庫も見せて頂けるの?」
ニコニコと無邪気に笑う私に、エドワルドは得意げに鼻を天井に向かって高く上げた。
「本来ならそんな事出来ないんだけどね。
貴方は運が良い。この、グェンナ商会の商会主を父に持つ僕が、自ら案内しているのだから。
従業員でも限られた者しか持てない保管庫の鍵を、僕は当たり前のように持っているからね」
よくこんな奴にそんな大事なもん持たせるなぁ。
グェンナ商会のザルっぷりに呆れつつ、私はキャッキャッとハシャいでおいた。
「流石ですわっ!やはり跡取りですもの、それくらいは当然ですわよねっ!」
ハイハイ、よいしょよいしょ。
いいから早く保管庫の中を見せろや。
エドワルドは3階にある一際大きな扉の前で、得意げに胸を逸らすと、もったいぶるようにゆっくりと鍵を回す。
いいから、早くしろやっ!
あと1秒でもモタクサしやがったら、お前もろともこの扉を木っ端微塵に吹っ飛ばすぞっ!
という私のイラつきに気付いていたのは、もちろんこの場ではリゼだけだった。
「さぁ、どうぞお嬢さん方、異国の世にも珍しい品々をとくとご覧あれっ!」
私がキレる寸前で、エドワルドは保管庫の扉をやっと開いた。
そこに広がる光景に、私達はハッと息を呑む………。
「まぁ、凄いですわね………。
見た事の無いものばかり、こんなに………」
そこにある大量のゴミの山に、私は驚愕に目を見開いた。
やっぱり、ゴミかよ………。
仰々しい扉まで付けやがって、大事にゴミを保管するとか、グェンナ商会はどうなってやがんだ。
流石に、商会としてどうなんだよ、と疑いたくもなる。
確かに、大陸を超えた国々の品などそうそうお目に掛かれる物じゃ無い。
それだけでありがたがる人間はいくらでもいるだろう。
でも、ここにあるのは………。
そうだな、例えるなら、前世で土産物屋レベルにも達ない、よく分からない露店で日本と書いてあるだけのキーホルダーをありがたがって商人が大量に仕入れ、自国で商売するような、そんな程度の低さだった。
流石にそんな商人など、どこにも存在しない。
ましてや国の許可を得て、大陸を渡る商人がこれとは、誰も思わない。
それにこれでは、見る目の肥えた高位貴族には相手にもされないだろう。
その辺の太客も無しに、一体どうやってグェンナ商会は商会を維持できているのか………。
ふむ、ますますきな臭くなったな。
ゴルタールと密にやってる時点で、怪しいとは思っていたが。
………それに、この建物の構造………。
2階まででは気付きにくい構造になっていたが、3階に上がってようやく分かった。
この建物には、巧妙に隠し部屋が作られている。
ザッと見ただけでも、外から見た外観と中の構造が合致しない。
さてさて、一体その隠し部屋に何をしまい込んでいるのやら?
扇の奥で、密かにニヤリと笑うと、私はグラシアット子爵令嬢らしく無邪気で傲慢な声を上げた。
「でも、こんなに立派な商会ですのに、本当にお品はこれだけですの?
特別なお品がまだあるのでは無くて?」
キラリと横目で見ると、エドワルドは分かりやすく動揺して体を硬らせた。
「も、もちろん、こことは別にまだ保管庫はあるけどね。
そっちは高貴な方々に献上する、大変貴重なものだから、君達には見せられないなぁ。
値段のつけられない、本当に貴重な物なんだ」
しどろもどろといった様子のエドワルドに、私は目を細めた。
高貴な方々とは、王家の人間の事だろう。
だが、ここ最近ずっとグェンナ商会から王家への謁見の申し込みは無い。
その予定も無い。
大陸を渡る許可を唯一有するグェンナ商会は、交易を終え国に帰ってきた際には、王家への献上品と共に、大陸の向こうの情勢を伝える役割も担っている。
が、ここ最近は書簡でのみの報告で、献上品も無いという。
これは今回の事でグェンナ商会を調べているうちに発覚した事実だ。
献上品や謁見といっても、実際に王家の人間に会えるのは稀で、基本は宮廷の外交部の人間とのやり取りのみ。
その外交部の人間に、どうやらゴルタールの手の者が紛れ込んでいるらしいのだ。
巧妙に偽装されてはいたが、グェンナ商会が国からの役割をキチンとこなしていない事は火を見るより明らかだった。
やれやれ、さてさて。
どうやら、大商会主であるグェンナ氏は、他の事で忙しいらしい。
一体何で忙しければ、王家への不敬とも取れるそんな行動が出来るのやら。
リゼの事が最優先ではあるが、その辺もキッチリスッパリ暴かせてもらうぜ。
扇の奥でクックッと笑う私に、リゼがまた細かくカタカタと震えている。
いやいや、だから、しないって。
建物ごと吹っ飛ばして秘密部屋まで暴くとか、しないから。
面倒くさいけど、コツコツ調べるから、安心してよ。
………多分ね?




