EP.169
目の前のエリオットの顔に小さな拳をめり込ませ、嫌そうな顔をしている私型の妖精、シシー。
私はシシーと目が合うと、こっちゃさこいと手招きした。
シシーはニッと笑うと優雅に私の所まで飛んでくる。
そのシシーに向かって両手を広げ、嬉しそうにニコニコしているエリアスを、エリオットの方にポイっと放り捨てると、エリアスは小さな悲鳴を上げながらエリオットの掌の上にポスッと着地した。
それを冷たい目で見つめていたシシーが、ケッと嫌そうに目を逸らし、私の肩にチョコンと座る。
うん、何だこれ。
めちゃくちゃ親近感ある。
私をモデルにしたというより、もうこれコピーだろ。
ってかもう、クローンじゃん。
私はシシーと見つめ合い、うんうんと頷き合った。
お互い苦労するよな。
人外生物に取り憑かれてる者同士、仲良くしようぜ。
私の指をシシーが掴み、熱い握手を交わした。
「皆んなにはそれぞれの妖精のパートナーになって欲しいの。
遠隔会話をしたい時は、自分の妖精に相手の妖精の名前を言うだけで繋がるわ。
それから、基本食事は必要ないんだけど、性格による個人差で、ティティは甘い物が、それからシシーはブラックコーヒーが大好きよ。
他にもそれぞれ好物があって、無くてもいいのだけど、あげると喜んでくれて可愛いの」
にゃるほど。
そんなとこまでオリジナルに近いのか。
テレーゼの説明に、私は少し疑問を感じた。
「どうやってここまで本人に似た妖精を作り上げたの?
テレーゼでは発想出来ない所までそっくりなんだけど」
細かい性格までそれぞれ的確にトレースされている事に首を傾げていると、ノワールがテレーゼの隣でニッコリと笑って口を開いた。
「僕が皆んなの髪を一本づつ手に入れてテレーゼに提供したからだよ。
事前に研究内容を話して許可を貰っても良かったんだけど、そうしたら色々と手続きが面倒だったから、省略させてもらったんだ」
ふふっと笑うノワールに、皆が少し顔色を悪くした。
いつの間に………。
いや、良いんだけど。
使ってもらって良いんだけど、マジでいつの間に………。
テレーゼの為なら私どころかエリオットやクラウスの虚もつけるとは、ノワール、恐ろしい子っ!
若干震えつつノワールとエリオット、クラウスの顔を交互に見つめていると、エリオットがいやいやと顔の前で手を振った。
「僕は魔術師庁から、研究についての進捗等の報告を定期的に受けているからね。
テレーゼちゃんの研究の為に自分とクラウスの髪をいち早く提供したよ」
ニコニコ笑うエリオット。
あっ、やっぱり。
エリオットの背後をノワールが取ったわけじゃなかったか。
ってかコイツ、クラウスの背後取れんのっ!
新たな衝撃に目を見開いてエリオットとクラウスをまじまじと見ていると、クラウスが嫌そうに肩を上げた。
「俺でも兄上をかわすのは無理だ。
髪の一本くらいどうでもいいから、放っておいたが」
お前もお前で、エリオットの気配を読めるのかよ………。
恐らく隠密系のスキルを発動していただろうエリオットを、察知出来てる時点でコイツも人外なんだよな〜〜。
あーやだやだ。
兄弟して規格外が過ぎる。
自分が知らぬ間にノワールに髪を毟られていた事より、この兄弟の桁外れた能力がもうね。
いちいち、あのエリオットの背後をっ!
あのクラウスの背後を……取った、だと………!
みたいな、説明口調多めの端役なセリフ言いたく無いんですけど。
何で私がそこのポジションなんだよ。
拗ねて口を尖らせながら、私はまたふと疑問が浮かぶ。
「この妖精達って、それじゃあ量産は無理よね。
それぞれに人格とかを与える術式なんて、そんなに沢山作れないじゃない?」
私の問いにテレーゼがう〜ん?と顎に指を当て首を傾げた。
「そうねぇ、詳細な人格を与えなくても遠隔通話だけなら出来るけど」
そのテレーゼの答えに、私はキュピーンと目を輝かせた。
「それじゃあ、例えば、同じ容姿の妖精を量産して、単純な人格を植え付けるだけなら、いくらでも出来るって事?」
鼻息の荒い私に、テレーゼは少し引き気味にうんうんと頷いた。
「ええ、ティティ達みたいに、モデルがいる訳では無くて、見た目に拘らないなら、いくらでも可能よ?」
サラッと凄い事を言ってのけるテレーゼ。
私はもう、ウハウハと気味悪く笑いながら、ググイっとテレーゼの目の前まで身を乗り出した。
「私が妖精と契約出来る店を開くから、そこで量産型の妖精と人とを結ぶ事業を始めましょうよっ!
もちろん、大事に扱ってもらう為に契約事項は細かく決めて、買取では無くレンタルって事にするの。
そうすれば、不要になったら店に返すだけだもの。
レンタル料金は毎月払ってもらって、滞納があれば妖精は返却。
まぁちょっと、滞納分を回収するのに色々ある場合もあるだろうけど、大丈夫っ!
その辺は私に任せて。
ねっ?どうかしら?テレーゼ」
目をランランとさせる私に、テレーゼは驚いた顔で目を丸くしていたが、それが徐々に私への羨望の眼差しに変わっていった。
「凄いわ、シシリア。
あっという間にそんな事を考え出すなんてっ!
本当に商売の天才なのね。
私はもちろん、協力するわ。
遠隔会話が出来るだけの簡単な妖精なら、いくらでも作れるもの」
頼もしいテレーゼの応えに、私は小さくガッツポーズをした。
そして隣のノワールにニッコリと微笑む。
「もちろん、まずは騎士団で団体契約してくれるのよね?」
私の強制に近い(脅し)問い掛けに、ノワールは優雅にふふっと微笑んだ。
「テレーゼがしっかり潤う対価を払ってくれるなら、騎士団の団体契約如き、僕が何とでもするよ」
よっしゃっ!
言ったな?
もちろん、テレーゼには相応以上のライセンスフィー(知的財産権の使用許可に対する対価)を払うつもりだ。
妖精型遠隔会話具(仮)が世に出回れば、魔道具業界に革命が起こるだろう。
もちろん、その開発者であるテレーゼは注目を浴び、いつしかその名が魔道具のトップブランドと呼ばれる日がくる筈。
そうなれば、テレーゼが開発した物ってだけで飛ぶように売れるぜ、ゲスゲスゲスッ!
花のように美しく笑うノワールの目の前で、ゲスい笑いを浮かべる私とシシー(連動中)。
と、そんな私の肩を慌てた様子でジャンが掴んだ。
「待て待て、そんな大事な事、お前らだけで決めてんじょねーよっ!」
水を差してくるジャンに、私はチッと舌打ちしつつ、目を細めてジャンを見た。
「アンタもさっき、騎士団で使えるみたいな事言ってたじゃない。
情報は速さが命なんでしょ?」
えっ?どうなのよ、その辺?
欲しいんだろ?
本当は騎士団に配給したいんだろ?
えっ?どうよ?
ゲスくニヤリと笑う私を前に、ジャンはくっと悔しそうに言葉を吐き出した。
「……だ、団体割りは、ありますか?」
「そうね、その辺も考えておくわ」
勝利の微笑みを浮かべる私を前にして、ジャンは敗北の白旗を上げた。
くっくっくっ。
まずは国を顧客にする。
これがビッグビジネスの基本だぜ。
騎士団との契約に成功すれば、次は宮廷の新しい物好きの人間がこぞっておしかけてくる筈。
そうなれば、近衛騎士団も配給しろと騒ぎ出し、更なる団体契約をゲット出来るってもんよ。
ぬわぁーはっはっはっはっはっはっ!
笑いが止まりませんなぁ、これは。
ゲスゲス笑う私を見つめながら、テレーゼがほぅっと溜息混じりにポツリと呟いた。
「本当にシシリアは凄いわ。
私は自分が楽しいと思う空想を具体化する事なら出来るけど、シシリアみたいにそれを活用する方法は考えつかないもの」
いや、アンタの方がスゲーわ。
頭の中にあるものを実体化させるとか、可能性は無限大じゃねーか。
と、心の中でツッコミつつ、私はテレーゼに向かってニッコリと微笑んだ。
「いいのよ、テレーゼは今のままで。
自分の好きな研究に打ち込んでいてちょうだい。
研究資金ならいくらでも、国からの予算とは別にアロンテン家からも支援するわ。
だから、何も考えずに好きな事をしていてね」
それが莫大な利益に繋がるんだから。
内心ゲスゲス笑いながら、私は優雅な微笑みをテレーゼに対しては崩さなかった。
「さて、リアの商売の事は一旦置いて。
テレーゼちゃんからのプレゼントはまさに、今僕達が求めていた物そのものだったね。
ありがとう、テレーゼちゃん。
皆、それぞれのパートナーの名前は覚えたかな?
クラウスのパートナーがラス。
キティちゃんが、ティティ。
レオネルがレオ、ノワール君がノア、ジャン君がヤン、ミゲル君がミル。
そして、僕のパートナーがシシー」
エリオットの最後の言葉に、私はハッとして自分の肩を見る。
が、さっきまでそこに居た筈のシシーの姿が消えていたっ!
バッとエリオットを振り向くと、その手にシシーが囚われているじゃないかっ!
ガジガジとエリオットの指に噛み付いているその姿が、哀れで不憫で仕方ないっ!
「ちょっとアンタッ!私のシシーを返しなさいよっ!」
ビシィッと指差す私を無視して、エリオットは知らん顔で続ける。
「リアのパートナーがエリアスだよ。
皆しっかり覚えて、遠隔会話の相手を間違えないようにね」
ニコニコと皆を見渡すエリオット。
私は嫌な予感を感じつつ、ギギギッと真横に首を回した。
そして目の前のウフウフ笑うエリアスと目が合い、クラァっと目眩を感じる。
な、ん、でっ!
私のパートナーがコイツなんだよっ!
おかしいだろっ!
私のパートナーは誰がどう見たって、シシーの筈だろうがっ!
「ふざけた事抜かしてないでっ!
さっさと私のシシーを返しなさいっ!
あと、これっ、要らないからっ!」
ガシィっとエリアスを掴み、大きく振りかぶって思い切りエリオットに向かってぶん投げた。
エリアスの小さなおでこがエリオットのおでことゴッチーンと衝突して、二人が目を回して星を飛ばしている隙に、急いでシシーを救出する。
クソッ!油断も隙もねぇなっ!
大事なシシーを両手で守りつつ、まだ目を回しているエリオットをガルルッと睨む。
「次にシシーに少しでも触ったら、アンタのその腕を木っ端微塵に吹き飛ばすからね」
血の底を這うような、私の本気の声に、エリオットはブルルッと震え上がると、エリアスと手を合わせてガクガクアワアワ震えていた。
「ううっ、せめてシシーたんとだけでも一緒に居たかったのに」
涙をダバダバ流すエリオット、とうんうん頷きながら咽び泣くエリアス。
エリオットが二人になったようなその光景に、うげぇっと絶望的になったのは私だけじゃない筈だ。
あと、シシー〝たん〟とか言うな、気持ち悪い。
そもそも、自身が便利道具のようなものであるエリオットに、便利な妖精など必要ないんじゃなかろーか。
テレーゼもこんな奴の分まで制作しなくてよかったのに。
シシーと同時にチッと舌打ちしながら、エリオットとエリアスからなるべく距離を取りつつ、テレーゼに話しかけた。
「他にも量産じゃなくオーダーでお願いしたい人間が居るんだけど、いいかしら?」
私の厚かましいお願いに、テレーゼはニコニコと笑い頷いた。
「その方々の姿を記録水晶で写した物と、髪の毛を一本頂ければ、少し時間は掛かるけど出来るわよ。
鍛錬の為に少しでも制作したいと思っていたから、丁度良かったわ」
うふふっと笑う、お人好し全開のテレーゼ。
その人の良さそうな姿は、熟練の詐欺師でも罪悪感を感じて騙せそうに無いオーラを放っていた。
才能が有り、金になる上にお人好し、しかし騙すのも憚られる程の清廉さ………。
最強じゃないですか、テレーゼお姉様っ!
更に隣に最強最悪の氷のガーゴイルも連れてるしね……。
ちょっ!おまっ!
冷気混ざったビームを目から出すなっ!
痛い痛いっ!
私のせいでまたテレーゼが忙しくなって、二人の時間が減るじゃ無いか的な冷たい視線やめてっ!
仕方ないでしょっ!
テレーゼにしかお願い出来ない依頼なんだからっ!
エリクエリーやゲオルグ、リゼにだって妖精を渡しておかないと、この先の計画が円滑に進まないじゃんっ!
テレーゼが居なくて寂しいなら、もうお前が縮んで羽生やしてノアと入れ替われよっ!
そんでテレーゼの周りをパタパタ飛んでろやっ!
ビシバシ小さな氷の礫を飛ばしてくるノワールにイライラしながら、私はテレーゼに頭を下げた。
「ありがとう、助かるわ。
必要な物は直ぐに用意して、テレーゼの研究室に送るから」
その私にテレーゼは慌てて手を振って、私の頭を上げるように肩に手を置いた。
「いいのよ、スカイヴォード伯爵令嬢の事は私もノワールから聞いたわ。
いくら貴族は政略結婚が当たり前だとはいえ、彼女のお相手はあんまりだと思うの。
どうか彼女を助けてあげてね。
それから、今回の計画でゴルタール公爵の最後の資金源を奪うのよね?
だとしたら皆んなが危険な目に遭うかもしれないもの。
私はこんな事でくらいしか役に立てないけど、少しでも皆んなを守りたいの。
妖精達は私からのお守り代わりだと思って、気にせず受け取ってもらえたら嬉しいわ」
そう言って微笑むテレーゼは、正に女神っ!
平伏したくなる程、女神っ!
あぁぁぁぁっ!私のビジネススピリッツが浄化されるっ!
浄化されてしまうぅぅぅぅっ!
………レンタル2年縛りはやらないでおこう………、ゲスゲスゲス………(か細い笑い)。
流石の囲い込み引っ付き系男子ノワールも、そのテレーゼの微笑みに邪な気持ちが浄化されてしまったのか、バツの悪そうな顔をしている。
妖精を具現化してしまうようなピュアピュアな人間に対して、やれビジネスだ、やれ独り占めしたいだなどと、私達は何を言っていたのやら………。
私とノワールは苦笑いを浮かべながら顔を見合わせ、同時にフッと自虐的に笑った。
俗物ですよ、私らは。
我が欲に塗れまくりですよ。
でもお願い、テレーゼ。
全部浄化されちゃったら大変困るので、一旦、とりあえず一旦、その清らかマイクロ波放つの止めてくれるかな?
私もノワールも、欲を浄化されちゃったら、あんまりあと残るもの無いよ?
ほぼ溶けちゃうよ?
ねっ?お願い。
一旦、一旦やめてくださいっ!
清らかすぎて直視するのも辛いからっ!




